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(11)初めてのキス・・・鮎美の視点で
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鮎美の高校でも、紘孝の高校でも、一学期末テストは終わった。
その頃、梅雨は終わりに近付いていたが、いよいよ雨は激しく降るようになった。
けれども、本格的な夏が来るのはもう少しだと思われた。
大雨の夜、鮎美は自宅最寄りの菊池電車の無人駅に降り立った。
大粒の雨は待合所のスレートぶきの屋根を激しく打っていた。
電車は短い警笛を鳴らし煙幕のような雨のなかに向けて出発し、蛍光灯が雨と霧のような飛沫を薄暗く照らすホームから、鮎美と他の数人の降車客はめいめいの家に向かって散っていった。
街灯がぽつぽつと点在する寂しい道を、鮎美は緩やかな足取りで歩いた。
遠くの空で稲妻が走り、低く垂れこめた雨雲がフラッシュを当てられたかのように瞬間的に浮かび上がった。
その日、鮎美は紘孝と街に出た。
いろんな店を回って、カフェでおしゃべりして、ちょっとした買い物をして、晩ご飯を食べて。
二人で、ファストフードではなくレストランに入ったのは初めてだった。
全国チェーンのイタリアンだったけれども、なんだか嬉しかった。
おごるよという紘孝と、それでは悪い、割り勘にしようという鮎美でもめたのも、あとで思い出すとほのぼのとしたものだった。
上通アーケードから古着屋や雑貨屋や古本屋の並ぶ並木坂をブラブラ通り抜けて、繁華街の外れの、菊池電車の始発である藤崎宮駅まで紘孝は送ってくれた。
明々とした蛍光灯に照らされたひと気のないホームにはすでに電車が停まって乗客を待っていたが、二人はドアのところで発車時間が迫るまで話し込んでいた。
何度も会い、それが重なる度に、別れる時は名残惜しくてならなかった。
また次の週末には会えるとは分かっていても、それまでのウィークデーの長さを思うと、切なかった。
そのままずっと一緒にいたい、離れたくない、そんな気持ちは募るばかりだった。
それでも別れの時はやってきた。
電車の運転士がホームの外れにある詰所から出てきて、運転席に乗り込んだ。
今生の別れでもないのに、辛かった。
哀しかった。
電車が故障して、発車できなくなればいいとさえ思った。
けれども、古びて調子外れで耳に障るベルは、定刻にホームに鳴り響いた。
ベルが鳴り始めるのと、紘孝がいきなり鮎美の肩を抱きすくめ唇を合わせてきたのと、ほとんど同時だった。
突然のことに鮎美は驚いた。
驚くと同時に、限りない嬉しさがこみ上げてきた。
鮎美にとって生まれて初めての(そして紘孝にとっても初めての)拙いキスだったが、合わせた唇を通してお互いの生命の息吹を感じ取るような思いさえした。
短いベルが鳴り終わり、お互いに離れた。
鮎美は電車の中に、紘孝はホームに。
大声を上げながら駆け込んできた中年の女性が乗るのを待って、ドアは閉じられた。
鮎美は、ドアに顔を近づけた。
紘孝も、寄ってきた。
けれども、電車はすぐに動き出し、紘孝はどんどん後ろに遠ざかり、ホームの照明から抜けると同時に激しい雨が窓を叩きだした。
電車の中に、乗客は疎らだった。
ベルが鳴る間の二人を見ていなかったのか、あるいは見て見ぬふりをしているのか、少ない乗客のなかには誰も鮎美に目を向ける者はいなかった。
座席に腰を下ろした鮎美は、天井から吹きつける冷房の風の冷たさに気が付いた。
電車に乗っている間は、それでも幸福な気分に浸れていた。
けれども電車を下りて雷雨の中を家に向かって歩き始めてからは、漠然とした不安感が襲ってきたのだった。
道は、暗かった。
道の両側の家々からは明るい光が漏れていたが、鮎美はひとり、人通りの絶えた新興住宅地の街路を歩いていた。
遠かった雷が少しずつ近づいてきているようだった。
雨脚も早くなってきた。
傘の布を打つ雨粒の音は、耳の奥を痛いほどに震わせた。
歩みを早めながら、少女という時代の終わりを感じ、その不安と畏れにおびえる自分の姿に気付いていた。
その頃、梅雨は終わりに近付いていたが、いよいよ雨は激しく降るようになった。
けれども、本格的な夏が来るのはもう少しだと思われた。
大雨の夜、鮎美は自宅最寄りの菊池電車の無人駅に降り立った。
大粒の雨は待合所のスレートぶきの屋根を激しく打っていた。
電車は短い警笛を鳴らし煙幕のような雨のなかに向けて出発し、蛍光灯が雨と霧のような飛沫を薄暗く照らすホームから、鮎美と他の数人の降車客はめいめいの家に向かって散っていった。
街灯がぽつぽつと点在する寂しい道を、鮎美は緩やかな足取りで歩いた。
遠くの空で稲妻が走り、低く垂れこめた雨雲がフラッシュを当てられたかのように瞬間的に浮かび上がった。
その日、鮎美は紘孝と街に出た。
いろんな店を回って、カフェでおしゃべりして、ちょっとした買い物をして、晩ご飯を食べて。
二人で、ファストフードではなくレストランに入ったのは初めてだった。
全国チェーンのイタリアンだったけれども、なんだか嬉しかった。
おごるよという紘孝と、それでは悪い、割り勘にしようという鮎美でもめたのも、あとで思い出すとほのぼのとしたものだった。
上通アーケードから古着屋や雑貨屋や古本屋の並ぶ並木坂をブラブラ通り抜けて、繁華街の外れの、菊池電車の始発である藤崎宮駅まで紘孝は送ってくれた。
明々とした蛍光灯に照らされたひと気のないホームにはすでに電車が停まって乗客を待っていたが、二人はドアのところで発車時間が迫るまで話し込んでいた。
何度も会い、それが重なる度に、別れる時は名残惜しくてならなかった。
また次の週末には会えるとは分かっていても、それまでのウィークデーの長さを思うと、切なかった。
そのままずっと一緒にいたい、離れたくない、そんな気持ちは募るばかりだった。
それでも別れの時はやってきた。
電車の運転士がホームの外れにある詰所から出てきて、運転席に乗り込んだ。
今生の別れでもないのに、辛かった。
哀しかった。
電車が故障して、発車できなくなればいいとさえ思った。
けれども、古びて調子外れで耳に障るベルは、定刻にホームに鳴り響いた。
ベルが鳴り始めるのと、紘孝がいきなり鮎美の肩を抱きすくめ唇を合わせてきたのと、ほとんど同時だった。
突然のことに鮎美は驚いた。
驚くと同時に、限りない嬉しさがこみ上げてきた。
鮎美にとって生まれて初めての(そして紘孝にとっても初めての)拙いキスだったが、合わせた唇を通してお互いの生命の息吹を感じ取るような思いさえした。
短いベルが鳴り終わり、お互いに離れた。
鮎美は電車の中に、紘孝はホームに。
大声を上げながら駆け込んできた中年の女性が乗るのを待って、ドアは閉じられた。
鮎美は、ドアに顔を近づけた。
紘孝も、寄ってきた。
けれども、電車はすぐに動き出し、紘孝はどんどん後ろに遠ざかり、ホームの照明から抜けると同時に激しい雨が窓を叩きだした。
電車の中に、乗客は疎らだった。
ベルが鳴る間の二人を見ていなかったのか、あるいは見て見ぬふりをしているのか、少ない乗客のなかには誰も鮎美に目を向ける者はいなかった。
座席に腰を下ろした鮎美は、天井から吹きつける冷房の風の冷たさに気が付いた。
電車に乗っている間は、それでも幸福な気分に浸れていた。
けれども電車を下りて雷雨の中を家に向かって歩き始めてからは、漠然とした不安感が襲ってきたのだった。
道は、暗かった。
道の両側の家々からは明るい光が漏れていたが、鮎美はひとり、人通りの絶えた新興住宅地の街路を歩いていた。
遠かった雷が少しずつ近づいてきているようだった。
雨脚も早くなってきた。
傘の布を打つ雨粒の音は、耳の奥を痛いほどに震わせた。
歩みを早めながら、少女という時代の終わりを感じ、その不安と畏れにおびえる自分の姿に気付いていた。
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