早春の空港で

まみはらまさゆき

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(3)惨めな思い

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限りなく深い沈黙が、流れた。

沈黙を破るように、離陸していく飛行機の甲高い音が鳴り響いた。
亜紀から別れを切り出された瞬間、何も考えられなくなり茫然としていた孝は、また熱い汗を感じた。

彼女の言った事が、信じられなかった。
もう一度、やり直したい・・・彼はそれだけを思っていた。

けれども、それとは全く逆の結論が亜紀の口から出てきたのだ。
いや、違うんだ。僕は終わりにしたくない。

そのような本心とは、まったく逆の言葉が、彼の口からこぼれた。
体面だけ繕うような、うわべだけの言葉が。

「・・・そうだね。いつまでもこんな、中途半端なまんま続けても・・・お互い不幸だからね」

語尾は、笑っていた。
明かに平常心をなくした、上ずって、乾いた笑い声だった。

「今まで・・・楽しかった。一緒にいられて、本当に良かったと思う」
「私も。タカのおかげで楽しい毎日が過ごせた」

亜紀の声は、冷たさを感じさせるまでに落ち着いていた。

また飛行機が、離陸していった。
飛行機が飛び去って、静けさが戻ってきた時、孝は車を降りた。

「それじゃぁ、いつまでも元気で・・・そして、いつかきっと幸せに」
「帰りは、どうするの?」
「誰かに電話して、迎えに来てもらう。アキも気を付けて帰って」

亜紀は、ハンドルを握り締め、一瞬、息を止めるように前かがみになった。
しかし、深い息とともに身体を起こし、彼の方を向いた。

「私、タカのこといつまでも忘れない」
「僕も・・・死ぬまで忘れないよ。きっと」

なんとも芝居がかった台詞だなと心のどこかで思いながら、けれどもそれは彼自身の本音である事に違いなかった。
孝は、ドアを閉めて、滑走路のフェンスに寄った。

それからしばらくして、マーチのエンジンが掛かった。
ヘッドライトが光り、孝を真正面から照らし出した。

彼は、マーチに背を向けてフェンス越しに空港の方を見た。
青や緑や赤色の標識灯が、滲んで見えた。

そして、タイヤが砂利を蹴る音とともにマーチのエンジン音は遠ざかっていった。
あとには、静寂が残された。

(もう、終わった・・・とうとう、終わった・・・)

もう、亜紀が彼のもとにもどって来る事は、ないだろう。
彼女に追いすがるのも未練がましいし、だいいち彼女に迷惑だろう。

空港の明かりは、ますます滲んだ。

・・・

亜紀の車が去ってから、孝は誰かに迎えに来てもらおうと電話をかけようとした。
しかし彼はひどく惨めな気分にあり、そんな落ち込んだ姿を誰にも見せたくないという気持ちもあった。

それで、携帯を見詰めボタンを押しては、暗がりの中に液晶画面の青い光が浮かび上がるのを見るという事を何度も繰り返していた。
しかし結局彼は何十分も歩いてターミナルビルまで行き、そこからリムジンバスで街まで帰った。

夜の空港道路を飛ばすバスの後方座席で、孝は目を閉じて、何も考えないように努めた。
それでも、亜紀の事を思い浮かべてしまい、心はかき乱され、ため息は尽きる事がなかった。
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