仔猫は月の夜に少女に戻る

まみはらまさゆき

文字の大きさ
上 下
14 / 15
3.小夜子 家に帰る

(4)お盆の夜に

しおりを挟む
 高志も香代も簡単に考えていたが、しかし死んだはずの小夜子を家族にどうやって会わせるかというのは実は大きな問題だった。初めて高志が小夜子を見たときのように、香代が高志から小夜子の正体はミケだと聞かされたときのように、驚き、信じられない思いを誰もがするはずだった。
 かと言って、あらかじめふたりで予告をしに行っても、怪しまれるのがオチだ。最悪、「ばかにするな!」と追い出されるかもしれない。
 しかし考えている余裕はない。下旬になれば月の出は遅くなり、小夜子と両親を会わせづらい時間になってしまう。
 そしてまた半月以上、待たなければならない。小夜子が「この世」に現れたのも父親に「ごめんなさい」を言うためならば、引き延ばしすぎるのも可哀想だった。

「お盆の晩に、みんなで行こうか」

 小夜子は、翌日には早くも提案した。彼女が言うには、お盆は死者が帰ってくる時期だと昔から言われているから、それに合わせて小夜子が現れたら家族みんなの抵抗は少ないのではないだろうか、と。

「ええっ、お盆に黄泉がえるって、ホラーの世界じゃん……かえってみんな怖がるよ」

 高志は絶句し、次いで苦笑が漏れた。香代は不服そうだった。

「そうかなぁ……名案だと思ったんだけどなぁ……」
「はい、却下!」
「でも……そのくらいのときが、ちょうどいいかも」

 ポツリと小夜子が、呟いた。「ほら見なさい」と言いたそうに、香代が高志にニヤリと笑ってみせる。
 高志は、あまり面白くない。しかし一応小夜子に訊いてみる。

「でも、なんで?」
「私の家には、ご先祖様をお祀りした仏壇があるんです。本当は遠いおじいちゃんの家にあるんですが、位牌分けしてあるんです」
「へぇ……?」
「だから、毎年お盆の入りには迎え火を焚いてご先祖様をお迎えして、それから家族みんなで庭でお食事していたんです……お食事と言っても、お好み焼きパーティーですが。そして最後は、スイカを食べて、花火をして……」

 小夜子は、どこか遠くを見るような目をして言った。家族との楽しかった日々を、頭の中で追いかけているような。
 ひょっとしたら、彼女はそこに一時いっときでも混ざりたいのかもしれないな……高志はそう思った。ならば、お盆の入りの日しか選択肢はないように思えるのだった。

・・・

 お盆の入りの8月13日、まだ夕日がギラつく時間に高志は都心のターミナルにいた。手に提げたペットキャリーには、ミケが入っていた。
 香代からペットキャリーを借りて、まだ家にいた母親には「里親候補が見つかったから」と方便を言ってミケを連れ出したのだ。
 その時、母親は表情を崩して泣きそうになった。無理もない、日中はずっとミケと遊ぶ日が続いていたから。

「ひょっとして、もう会えなくなったりする?」
「……いや、今日はただの顔合わせだから、また戻ってくるよ」
「だと良いけど……悲しいけど、いいところに行けたらいいね」

 母親は目に涙をためながら、キャリーの中のミケに声をかけた。ミケは甘えるような声で「んにゃ~ん」と答えた。
 小夜子が父親に「ごめんなさい」を言えば、またミケは帰ってくるはずだった。しかし香代のインスタグラムやTikTokにミケのことを「里親募集中!」と紹介している以上は、いずれミケはいなくなってしまうだろう。
 ミケがいなくなったら、家中が火が消えたように寂しくなるだろうなと高志は胸が痛む。このミッションが完遂できたら、里親募集を取り下げようかとも思ってみたりもする。

 グランドゴルフ同好会はお盆休みだったが、自主練習をやったらしい。その帰りに香代は駅に直行し、高志と合流。

「電車に乗ったら、家まですぐだからね。お父さんやみんなに、会えるよ」

 彼女は身を屈めてキャリーの中を覗き込み、ミケに声をかけた。ミケは信頼しきったような声で、「んにゅ~ん」と答えた。
 帰宅ラッシュの最中のほぼ満員の電車に揺られ、小夜子がいた町に到着。ちょうどその頃に日没となった。
 駅の多目的トイレが空いていたから、そこに香代がキャリーごとミケと入った。そして空のキャリーを提げた香代がひとり出てきて30秒もせずに、セーラー服の小夜子が出てきた。

「さ、急ごう」

 小夜子からキャリーを受け取った香代が促し、駅を離れる。小夜子の後輩だろう、塾帰りと思われる同じセーラー服の女子生徒ふたりとファストフード店前で鉢合わせる。
 ふたりの「あの子、誰?」「あんな子、いたっけ?」という声を背に、踏切へ急ぐ。いちいち、気にしている暇などなかった。
 踏切を渡り、刻々と宵闇が迫って街灯が点り始める道を家へと向かう。3人とも、無言だった。
 そして角を曲がれば、もうその先には小夜子が7年ぶりに帰る家だ。……しかし、角を曲がったところで小夜子の足は止まり、2、3歩進んで高志と香代も見えない糸に引っ張られるように足が止まった。

「どうしたの?」

 伏し目がちに、首を横に振りながら半歩下がる小夜子がいた。彼女の視線は高志と香代の間を抜けて、その先には小夜子の家の前で迎え火を焚く家族の姿があった。

「みんないるよ、行くのは今しかないよ!」

 香代が励ますように呼びかけたが、小夜子はなぜか角の陰に隠れた。ふたりが慌てて彼女に寄ると、身体全体を小刻みに震わせて目には涙を浮かべていた。

「やっぱり……行けない。なんでか、私自分でも分からない……」

 心の準備もろくにせずに、いきなり過ぎたか。同じようなことを香代も感じたらしく、彼女の肩を抱いて慰めるように言った。

「ごめんね。ちょっと急ぎすぎたかもね。心を落ち着かせてから、また来ようか。まだまだ月は高いところにある」

 なるほど、見上げれば南の空高くに半月が浮かんでいる。残照よりも月明かりがはっきりとした道を、駅の方に戻る。
 とりあえず、ファストフード店に立ち寄った。ちょうど、テーブル席が空いていた。
 ポテトとナゲット、そしてそれぞれ冷たい飲み物で落ち着くことにする。まだうつ向く小夜子に、香代はポテトとナゲットを近寄せて勧めた。

「高志さん、香代さん、ごめんなさい……どうしても、足が動かなくなっちゃって……」
「いいから、いいから。食べて、食べて」

 小夜子はこっくりと頷き、ナゲットをひとつつまむ。それを時間をかけて咀嚼し飲み込んでから、言った。

「やっぱり、怖かった。みんなを驚かしたら、どうしよう。それより、信じてもらえなかったら、どうしよう。もっとそれより……私のことを忘れていたら、どうしよう」
「忘れるわけ、ないでしょうが。あなたは家族みんなにとって自慢の子なんだから」

 香代は無造作にポテトを口に運び、炭酸水で流し込みながら言った。そうだ、忘れるはずがない……高志も、ナゲットを口に放りながら思った。
 小夜子が助けた子供と家族も、彼女のことを忘れずに池まで供養に来ていた。ましてや彼女自身の家族が忘れるはずなど、あるはずがないだろう。
 その時、小夜子がハッと顔をこわばらせた。不審に思って高志と香代がその視線の先へ振り向くと、大学生くらいの女性が恋人らしい男性とテーブルに向かい合っていた。
 先日、池のほとりから離れるときにすれ違った女性だった。その女性は高志たちの方を見ていたが、彼らから視線を返されていることに気づいて正面の恋人の方へ向き直った。
 しかし小夜子は、なおもその女性を見つめていた。香代が、訊いた。

「ひょっとして、あの人があなたの大親友だった人?」
「うん……マキちゃん……」

 小夜子の目は、みるみる潤んできた。それを隠すように、彼女は残ったポテトやナゲットを乱暴に口に運んだ。
 それからすぐに店を出たが、「マキちゃん」の脇を通るとき、小夜子も「マキちゃん」も、互いに視線を不自然に反らしたままだった。しかし、互いにひどく気にし合っていることは、高志や香代にもわかった。


・・・

 家への道を戻りながら、小夜子はポツリ、ポツリと言った。沈んだ、哀しい声で。

「確かにマキちゃんで、間違いなかった。……でも、私の知ってるマキちゃんじゃ、なかった。……7年の間に、彼女は大人になっていた。優しそうな彼氏もいた。……私が暗いどこかを彷徨さまよっているうちに時間は進んで、世界は変わってしまっているんだって分かった。……私が家に行けなかった理由も、だんだんはっきりしてきた」
「何を言っているの! 今度こそ、勇気を出して!」

 香代は小夜子の背中を押すように言うが、その声にはどこか力がない。そして、またあの角を曲がった。
 今度は小夜子は歩みを止めずに、家に向かった。庭には照明が出されているらしく、家の前の街路をぼんやりと照らしていた。
 近づくにつれ、笑い声が聞こえてきた。小夜子の両親と、弟の団らんの声が。

「よーし、1枚目が焼けたぞぉ」

 父親らしい声が、聞こえてきた。小夜子は一瞬、足を再び止める素振りを示したが思い切ったように歩調を速めた。
 そして……ガレージの陰で、再び足を止めてしまった。高志と香代も、同じく足を止めた。

「やっぱり……今日は、止めよう」

 小夜子は、振り向いて言った。高志には、せっかくここまで来たのに……という思いはあったし、香代だってそうだろう。
 しかし、当事者である小夜子の思いを尊重することにした。今日を逃しても、まだ別日はいくらでもある。
 小夜子はいったん塀の際まで進み、庭にいる両親と弟を覗き込んでからまた戻ってきた。そして競歩みたいな早足で、家を背にして暗い方へと歩いていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀

さんかく ひかる
SF
22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。 畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。 日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。 しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。 鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。 温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。 彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。 一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。 アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。 ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。 やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。 両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は? これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。 完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

処理中です...