仔猫は月の夜に少女に戻る

まみはらまさゆき

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2.小夜子

(4)ピンチまたピンチ(高志にとっては)

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 神社の奥に向かうと、おやしろの前には願い事をする人びとが列を作っていた。はぐれないようにと高志は小夜子と手を繋ぐが、滑らかで暖かい彼女の手のひらに胸がドキリとした。
 しょせん小夜子は猫なんだ……なまじそんな予備知識があるせいで、それほど彼女に「異性」的なものを感じてこなかった。しかし手を繋いでみると、もともと人間だった小夜子への想いがふつふつと沸き起こってくるのだった。
 いや、本当に彼女に「異性」を感じていなかったのだろうか? ついつい、自問自答してみる。
 実はそれを心の奥底に感じつつも、無意識のうちに押し殺していたのではなかろうか? それは仔猫としてのミケの「保護者」としての、ある意味当然の思いなのかもしれなかったが。

「進みましょう」

 小夜子の声に促され、ハッとする。いつの間にか、参拝待ちの列の最前列に来ていた。
 慌てそうな気持ちを彼女に気づかれないように、ゆっくり前に進む。進みながら、何をお願いしようかと今度こそ本当に慌てて考えた。

(小夜子がずっと人間のままでいて、僕の「妹のような彼女」になってくれますように)

 そんな願いが一瞬浮かんだが、彼自身それをひとりで一笑に付した。あくまでも彼は、彼女を懸命に助け、これからも守っていかなければならない「保護者」であるべきだと思い直したのだ。
 だから、「せーの」で賽銭を一緒に投げて、並んで手を合わせながら高志は、「ミケがいつまでも元気でいられますように」とだけ祈った。隣の小夜子は何やら長めに祈っていたが、高志はあえてその内容を訊かなかった。

・・・

 雑踏の中を、お社から舞台の方に手をつなぎながら歩いていった。舞台では旧道沿いのカラオケスナックのママさんが、ド演歌を歌いはじめるところだった。
 一度くらいはスナックを利用したことのありそうな年配の男女が、口ぐちに声援を送って盛り上げている。

「おーい、タカシぃ」

 喧騒の中で後ろから呼ばれて、しかしその呼び方に嫌な予感を覚えながら振り向いた。そこで思わず、「げっ!」と口に出しながら小夜子を守るような形で半歩下がった。
 同じ中学出身の、二人組だった。二人は本物の不良ではないが、ちょいワル気取りのセコいヤツらだった。
 高校に進学してからめったに会う機会などなく、会っても無言ですれ違うような別世界の人間になっていた、と思っていた。しかしわざわざ声をかけてくるのは、そばに小夜子というセーラー服の美少女がいるからに違いない。

「可愛い子じゃないかよぉ」
「ねぇねぇ、その制服、どこ中?」
「タカシみたいなマジメなだけなヤツなんかより、おれたちと遊ばない?」

 獲物を狙うヘビのように、ジリジリと間隔を詰めてくる。高志は小夜子を守りながら、その分だけ後ずさりする。

「おい、タカシ、その子と話しさせてくれないか?」
「そうだよ、その子だっておれたちと話ししたいかもよ」
「なあ……」

 高志から見て左側の山口という大柄なヤツが、胸を反らしながら高志に迫った。彼を見下げる目には、狡猾で残忍な光が宿って見えた。
 右側の杉林という痩せたヤツも、右手に作った拳をさすりながら一緒に迫ってきた。彼は確か、空手を習っていたが道場から出入禁止になったと噂で聞いたのではなかったか。
 ひとりだったら、絶対逃げ出している状況だった。逃げ足だけは、高志の数少ない得意技のひとつだった。
 しかし背後には、小夜子がいる。彼ひとり逃げ出すなどという、見殺しみたいなマネをすることなどできない。
 あの大雨のなか、身の危険も顧みず助けた小夜子だった。あの時の勇気は、どこへ行った……。
 ……いや、たしかに彼自身の内にそれは秘められている。何としてでも小夜子を守らなければならない……彼は勇気をふりしぼって大声を上げた。

「やいこら! これ以上、近づくな! この子に指一本でも触れてみろ! ただじゃ済まないぞ!」

 これには勇気とは別に、打算もあった。群衆の中だ、大声を出せばみんなこちらを向いてくれるはず……。
 期待した通り、周囲は一斉に振り向いた。しかし舞台の演歌、舞台前の声援に高志の声は狭い半径のうちにしか届かず、その効果は限定的なようだったが。
 しかしそれでも、周囲の目が集中するのを見て相手はふたりとも顔色を変えた。見るからに、うろたえていた。

「おいタカシ、このバカ!」
「大声出すんじゃねぇよ! 人が見るだろ!」
「おまえ、なにを本気マジに捉えてるんだよ、冗談だよ、冗談!」

 二人は取り繕おうとするが、どう見ても小夜子を連れた高志が因縁を付けられている構図だ。しかも地域の祭りのさなかだ……わずかとは言えども取り巻く群衆の中には、二人を普段から白い目で見ている者だっているかもしれない。

「タカシくんよぉ、ちったぁ大人になれよ」

 二人は意味不明な捨てぜりふを残して、逃げるように人混みの中へ消えていった。高志の背中に手を添えて隠れるように息を潜めていた小夜子も、ホッとしたように彼の手を握った。
 不安から開放された小夜子は、目を潤ませながら笑っていた。高志も手を握り返しながら、同じく緊張が解けた緩い笑顔を返した。
 ちょうど舞台では歌が終わったところで、飛び交う歓声と盛大な拍手で大騒ぎだった。小夜子と高志を眺めていた人垣も、みんなそちらの方へ目を向けた。

「何か、食べるものでも買って、帰ろうか」

 高志が言うと、小夜子も「うん」と頷いた。またしても小夜子を守ったという事実からくる自信を噛み締めながら、高志は彼女の手を引いて屋台の並ぶ方へと歩いていった。

・・・

 屋台では、お好み焼き1パック、焼きそば2パック、たこ焼きひと舟を買った。それを家に持ち帰って、高志と小夜子のふたりで食べるつもりでいた。
 先ほどの緊迫したひとときの後だったから、高志も小夜子も気分はいい感じに昂っていた。しかしそこに、高志にとっては新たなピンチが訪れた。

「戸田くん」

 家路に向かおうとしたふたりの背後から、呼ぶ声があった。聞き覚えのあるその声、振り向くと果たして香代が立っていた。
 彼女は紫色の地に跳ねるうさぎが染め抜かれた浴衣を着ていて、妙に大人っぽい佇まいに高志は思わず胸が跳ねる思いがした。しかし彼女の顔は、険しい。

「や、鈴木さん……」
「ミケちゃんは、元気? 最近ちっともLINEでミケちゃんについての報告も相談もないから、どうしてるのかなぁなんて思ったりしてるんだけど」
「いや……ミケは元気だよ」

 まさか彼女の目の前にいるセーラー服の女子中学生がそのミケだと言えず、歯切れの悪い答えになってしまう。そんな彼に迫りながら、彼女は話題を変えた。

「それはそうと、今日、グランドゴルフの練習試合があったんだ。参加6チーム中の、2位よ!」

 勝ち誇ったように言っているようでいて、顔は険しい。そもそもが高志にとってはどうでもいい情報だったが、なんとか返事をする。

「それは、頑張ったね。おめでとう。……で、僕にも同好会に入れって?」
「うん、それもある。でもそれよりも、グランドゴルフの楽しさを戸田くんと共有したいってのもある」
「……無理だよ。僕はグランドゴルフなんてルールも楽しさも知らないし」
「同好会に入れば、分かるって!」

 高志は困惑したし、小夜子もどうすればよいのか分からず黙ってふたりのやり取りを見守るだけ。そこで香代が、訊いてきた……押し殺した口調で。

「で、その子は、誰?」
「えっ?」

 高志は思わず小夜子の方を見る。彼女の顔も、こわばっていた。

「うん……従妹いとこの子。夏休みになるんで、遊びに来たんだ」
「ふうん、そうなんだ……。でも、中学の終業式は、明日じゃないの?」
「えっ……?」
「……まぁ、いいか。呼び止めちゃって、ごめんね」

 それだけ言うと、香代は祭りの人混みの中に消えていった。高志は嫌な汗を感じ、思わず額を手の甲で拭った。
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