仔猫は月の夜に少女に戻る

まみはらまさゆき

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1.助けた仔猫

(4)やっぱりミケは福猫だったか

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 仔猫は腹を空かせているようだったから、高志は手短に身体を流して風呂から出た。とりあえず台所に残ったパンを牛乳でふやかせて与えようと思ったが、念のためにとスマホで調べるとそれはあまり良くないと書いてある。
 しかし台所を漁っても仔猫が食べられそうなものはなく、母親もとうに夜勤に出てしまっているから仕方なく外出着に着替え直して、仔猫を父親に託して近くのスーパーまで行く。彼自身が空腹でぶっ倒れそうなのに、いったん手を出してしまったものを引っ込めるわけにもいかない。
 棚の隅にあった「子猫用」とある餌とトイレ用の猫砂を買って戻ると、父親は仔猫を膝に乗せて上機嫌だった。仔猫も、父親の膝の上で立ち上がるようにし、父親が手に持つ何かに手を伸ばして取ろうとしている。

「おい、この猫、豆腐を食べるぞ!」
「あのさぁ、勝手なことしないでくれる? 猫に豆腐やっていいかどうか、調べてもないんだからさぁ……」

 高志は仔猫を父親からひったくると、台所へ連れて行った。そして改めてスマホで調べ、子猫用フードの少量を皿に取ってぬるま湯でふやかす。
 その皿を持ってテーブルに向かうと、仔猫も素直に従いてきた。彼の足元に皿を置くと、仔猫は警戒することもなく皿に首を突っ込んで無心に食べ始めた。
 それを見届けて、高志もようやく夕食。メインは、豆腐と豚肉の炒め物。
 なかなかに脂っこくて、人間にとってはそれがまた美味いのだろう。しかし高志は、(親父、こんなもの仔猫に食わせやがったのか)と思わず睨みつけてしまう。
 しかし父親は、テレビのプロ野球の経過に気を取られてしまっている。高志も仕方なく夕食をかき込み、空きっ腹を埋める。

・・・

 仔猫は、とりあえず「ミケ」と呼ぶことにした。どうせ里親が見つかるまでの期間限定だから、そこまで名前にこだわるつもりもなかった。
 段ボールにバスタオルを畳んで入れて、それをねぐらにした。空腹が満たされたからか安心感からか、彼が机に向かう間、ミケは体を丸めて眠りこけていた。
 机に向かうと言っても勉強は時間的に半分もなく、残りはスマホを眺めていた。ただ、普段だったら動画を見るのだが、この夜は仔猫の育て方についてのサイトを真剣に眺めていた。
 そうしているうちに、気がつけば夜半。ミケを見ると、呼吸でお腹をピクピク膨らませながらなおも眠っていた。
 この小さい生命を、救ったのだ……高志は改めて、胸が熱くなった。危険を冒し、壁を乗り越えていま、この生命はここにある。
 安らかに眠るミケの存在に、彼はすべてが報われた思いだった。しかしそれはそれとして、ミケが自分になにか恩返ししてくれないかなぁとお伽話めいたことをふと思ったのも確かだ。

「そんなバカな」

 彼は自分で自分の思いを一笑に付した。やはり、ミケが生きてここにいるだけで、彼はじゅうぶん満足だった。
 夜更かしはやめて、布団を敷いた。そしてミケをそっと撫でて柔らかい毛並み、暖かい身体を確かめ、布団に潜り込んだ。

・・・

 しかしやっぱり、ミケは福を呼び込む能力を持っているのかもしれなかった。

 夜勤明けでまだ寝ている母親に、ミケの食事をお願いする書き置きを残して彼は家を出た。昨夜までの大雨がウソのように、朝早くからきれいに晴れていた。
 バイパスに出るとバス停に香代がいた。朝、こうして会うのはなかなかない。

「あれ? 朝練は?」
「雨上がりでグランドコンディション悪いから」

 素っ気なく、彼女は答えた。普段なら外で練習しなくても、体育館周りで何かしらトレーニングしているんではないか?
 ……高志は微妙な違和感を覚えた。そんな彼に、香代は聞いてきた。

「仔猫ちゃん……どうなった?」
「なんとか親を説得したよ……」
「よかった……ちゃんとご飯食べてる? それより、ちゃんとしたもの、食べさせてる?」
「信用ないんだなぁ。ちゃんと、仔猫用の餌飼ってきて、スマホ見て食べやすいようにしたよ。そしたら、必死に食べてた」
「良かった。でも、欲しがるからっていくらでもあげちゃ、ダメだからね」

 しまった、それを母親への書き置きに書き忘れていた。……彼はスマホを取り出して、母親にLINEを送る。
 彼がスマホをカバンの奥底にしまおうと電源を切ろうとすると、香代が「待って」と声をかけてそれを止めた。見ると、彼女はスマホを取り出すところだった。

「ね、LINEの交換しよう。仔猫ちゃんの情報を交換できるように。だって戸田くん、猫には無知でしょう。変なことして死なせちゃったらいけない」
「無知ってなんだよ……でも、色々教えてもらえたら助かる」
「それに、もし里親を探すんだったら、私も協力する、インスタとか使ってね。そのためにも」
「ありがとう」

 ふたりは、アカウントを交換した。彼の初恋の相手だったけど疎遠になっていたのが、そうしてまたつながった。

・・・

 香代はインスタの他にTikTokもやっていて、それぞれフォロワーが多くいいねも多く付くのだと言う。だから里親探しも楽勝だと高志は期待しながら、高志は彼女と連絡を取り合っていた。
 けれどもなかなか里親は現れず、現れたとしても香代が相手とやり取りした末に断るということが続いていた。断る理由はつまるところ、みんな生き物を飼うことを安直に考えているという一点に集約された。
 そうするうちに梅雨明けも間近と思われる時期となり、その間にもミケの餌代の出費はかさみ高志は頭を抱えるのだった。その一方で、昼間は家で休んでいる母親がミケに夢中になっていた。
 母親は買い物に出かけた先でミケが喜びそうなおもちゃを見つけるたびに、それを買って帰った。ミケが喜べば母親も喜ぶし、ミケがそっぽを向けば母親はいじけるのだった。

 ある日、学校が早く終わって帰宅すると、母親は飽きもせずミケと遊んでいる最中だった。しかし母親は空のゴミ箱を抱えて、いったい何をして遊んでいるのかパッと見では分からなかった。

「たかちゃん、たかちゃん、見てて、見てて!」

 年甲斐もなく……と言ってしまえば悪いが、少女のように無邪気に笑いながら、部屋の隅に移ってゴミ箱の口を反対側の隅にいるミケに向ける。ミケは体を伏せて、しかし顔を上げてゴミ箱の口を凝視しながら、獲物でも狙うみたいにおしりを振って臨戦態勢を取る。
 次の瞬間、ロケットのように飛び出すミケ。あっという間に母親が構えるゴミ箱に突入する。

「ね、面白いでしょ!」
「……あれだけ反対したのに、『面白いでしょ』はないだろうに」
「ちょっとちょっと、反対なんかしてないじゃない。あなたが『責任を持って飼う』って言うから、賛成したんじゃない」
「そうだったかもしれないけどさ……でも少なくとも子供の頃は反対された。香代のところのニャン吉も……」
「あれはあなたがまだ子供で、生き物を飼うのに責任なんて持てそうになかったし、そうなったら世話するのはお母さんだし、だいたいあなたはあの頃とっても手のかかる子だったから余裕なんてなかったから」
「はいはい」

 分が悪くなって高志は、部屋に逃げるように引っ込む。母親とミケは遊びを再開させる気配がした。
 ミケが来てから、家の中が明るく穏やかになったような気がする。この頃いつも仕事のストレスを抱えて帰って来る父親も、風呂上がりにミケと遊んで癒やされているようだ。

 ミケはやっぱりいわゆる「福猫」なのかもしれない。餌代の問題が解決すれば、このまま飼ってもいいのかなと思えてくるのだった。
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