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閑話
4年後*市役所のお仕事(サリー視点/『期待外れな吉田さん』公開記念)
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香子たちが結婚して2年後の秋。週末に実家に帰る予定があったので香子に会えないか連絡をしたら、快くお宅にお招きいただいた。
「なんと!ざっきー兄に会えるとな!?」
二人の息子、二歳の翔太くんと遊んでいた私は、手を止めて身を乗り出した。ついつい鼻息が荒くなる。
最近どうよという話から、明日ざっきー兄の一家と会うと聞き付けたのだ。
というのも、市役所勤めの香子は、市主催のお祭りで明日、日曜日に出勤になった。ざっきーは父子でお祭りに足を運ぶことを提案したのだが、父子二人ではやや不安な香子は、ざっきー兄家族も合流するという話で納得した。ーーと、かい摘まんだ説明はこんなところだ。
実は私は香子たちの結婚式で見かけて以来、ざっきーの兄、マサトさんの大ファンである。結婚して家を訪問した際、ざっきーに昔の家族写真を見せろと言い、半ば強引に少年から青年に至るマサトさんの変遷を目にした。アイドルのブロマイド写真さながら身もだえたのは記憶に新しい。そのときのざっきーの何とも言えない目は、忘れてないけど気にしない。
「サリーちゃん忙しいんでしょ」
「忙しいからこそのカンフル剤!」
ざっきーの遠回しなご遠慮いただきたい発言に、私はソッコーで返した。多少目がぎらついているのはご勘弁いただきたい。そんな様子に香子は苦笑した。
「まあ、来たければいいんじゃない、来ても」
うわぁい。
「翔太くん、明日も一緒に遊べるよー」
「やったー!」
「……それ、俺スルーしてるのわざと?」
ざっきーの静かなツッコミも華麗にスルーして、私に抱え上げられてクルクル旋回している翔太の楽しげな笑い声が響き渡った。
「こんにちは、香子と隼人くんの友人の吉田里沙です」
にこり、と笑顔の良さには自信がある。憧れのマサトさんとその奥様アヤノさん、そして一歳の息子悠ユウトくんの前でできるだけ好感度の高い挨拶をすると、ご夫婦からは自然体の笑顔が返ってきた。
「こんにちは。君、隼人の結婚式にいたよね。コーラルピンクのワンピース着てた」
「うわ、覚えててくれたんですか!」
「うん、よく似合ってたから」
その笑顔と台詞に殺されそうになる。いやむしろこれで死ねたら幸せすぎる。
やばいこの人、色気と魅力が駄々漏れすぎ。動悸が激しくなりすぎて、心臓が口から出そう。
「兄さん」
呆れた顔をしているのはざっきーだ。相変わらずだなという視線を受けて、マサトさんは慌てた。
「あーと、ごめん」
目線をさ迷わせた後で、隣を示す。
「これが妻の彩乃で、息子の悠人」
「初めまして。悠人、挨拶は?」
アヤノさんが促すと、ユウトくんはぺこりと頭を下げた。ぐはっ。かわいい。かわいすぎる。
「よろしくね、ユウトくん」
膝を曲げて挨拶をし、立ち上がって改めてアヤノさんに頭を下げる。
「家族水入らずのところ、お邪魔します」
「ううん、いいの。大人が多い方が何かと助かるから」
言ってから、アヤノさんは笑った。私はその笑顔に見惚れる。
「こちらこそ、しっかり子守要員として期待しちゃっててごめんね」
ああ、爽やかで気持ちのいい人だ。
胸の奥ががっつり掴まれる。ついていきます、アネゴ。ーーいやアネゴは失礼か。お姉様。くっ、この人をお姉さんと呼べる香子が羨ましい。
私は拳を握って答えた。
「いえ、喜んで子守要員になります。ガンガン使ってください」
マサトさんとアヤノさんは軽やかに笑った。
出店をしばらく冷やかしながら歩き、つまみ食いや子ども向けのワークショップを楽しんだ頃、アヤノさんがお手洗い、と言って立ち上がった。途端、ユウトくんが離れがたそうにする。
「じゃあ、トイレまでお姉さんと一緒に行こうか」
私がにこりと笑って手を引くと、ほっとした顔をする。
「悪いね。知らない場所ではどうしても母親がいいらしくて」
マサトさんが苦笑した。
「いえ、大丈夫です。ユウトくん、小さなお部屋にはお母さん一人で入るから、その前でお姉さんと待ってようね」
ユウトくんは満足げに頷いた。
トイレの手洗い場の前で待っていると、用を済ませたアヤノさんが個室から出てきた。
「ごめんね、ありがとう」
手を洗うアヤノさんの足に、ユウトくんがすがりつく。
「いえ、大丈夫です」
かわいいなあ、と思いながら微笑んでいると、アヤノさんが控えめに聞いてきた。
「隼人くんは、サリーちゃんって呼んでるよね。私もそう呼んでいい?」
「え、え、嬉しい。ぜひぜひ!呼んでください!」
こんな美人さんにそんな風に呼ばれるだなんて。ちょっと親しくなった気持ちでウキウキしてしまう。大学だけとはいえ女子校にいた私にとっては綺麗で性格のいいお姉さんとお近づきになるのは大っ変、嬉しいことなのである。
アヤノさんは笑う。
「じゃあ、そう呼ぼう。サリーちゃん」
「は、はいっ」
「そんなに嬉しい?なんだか照れちゃうな」
「嬉しいですー!だってアヤノさん素敵だもの!」
「そんな。サリーちゃんこそ素敵よ」
「いやいや滅相もない」
手を振りながら引け腰になる私に、アヤノさんはからりと笑った。
トイレを出ると、私たちはキョロキョロと辺りを見回した。
「どこかしら、男連中は」
「ざっきー、結構ふらっとどっか行っちゃいそうですよね」
「うーん。うちのはそんなにふらふら行くとも思わないんだけどーー」
アヤノさんが一カ所に目を留め、いた、と呟く。確かにその視線の先には、マサトさんと香子、香子の息子の翔太くん。
おいおい、ざっきーはどこよ。自分の息子を兄に任せるなよ。
見渡すと掲示物に気を取られている長身があった。
これだな、きっと香子が父子だけだと不安がる理由は。
二歳の翔太くんはだいぶ活発になっていて、何か見つけると走り出す。見守る側がああして他に気を取られていると危ないこともあるだろう。
思いながら私とアヤノさんはユウトくんを間に挟み、その手を取って歩き出す。ユウトくんがジャンプをしたがったので、手を引き上げながら歩いてあげると大喜びだ。
「ぴゅーん、ぴゅーん」
私たちが合流した頃には、ざっきーももう香子たちと合流している。
「ユウトくん、お父さんいたよー」
私が言うと、悠ユウトくんがてけてけとマサトさんに近づく。マサトさんはしゃがみ込んで抱き上げた。
「彩乃さん、こんにちは。ありがとうございます」
「香子ちゃん、お疲れ~」
アヤノさんと香子が挨拶を交わす。その下方から翔太くんの声がした。
「サリーちゃん抱っこー」
手を伸ばして来る小さいボーイフレンドに胸きゅん。デレた顔で屈むと、マサトさんの腕の中にいたユウトくんが暴れた。
「なんだよ」
マサトさんがゆっくり降ろすと、ユウトくんは張り合うように私に抱き着く。
おおぅ。何という幸せなモテ期。
香子が笑う。
「サリー、モテモテだね」
「へへ、嬉しい~」
翔太とユウトくんを両手で抱きしめる。すりすりと頬を寄せると二人はくすぐったがった。
「うちのベビーシッターになる?」
「いいかもな」
アヤノさんがいたずらっぽい目をすると、マサトさんは笑った。
「いいですね、でも私料理できませんよ」
私も冗談で返すと、マサトさんがにやりとした。
「大丈夫、料理は俺するから」
そのちょっといたずらっぽい顔、かーなーりーツボなんですけど。
一人悶えそうになるのをかろうじて堪える。でも、大丈夫、心のカメラにばっちり撮った。私しばらくこれで生きていける。
「で、彩乃には残業代を稼いでもらおう」
「だから何であんたそんないつも定時で上がれるわけ?」
「要点を押さえるのが上手いからだろ、多分」
「うあ、ムカつく。どうせ私は要領悪いですよっ」
平和な夫婦げんかに癒される。ああこの夫婦は盤石で揺らぎないな。仕事で荒れすさんだ心もほんわかしてくるやりとりである。
ふとマサトさんが嫌そうな目でざっきーを見た。どうにも生暖かい視線を感じたらしい。
「隼人、お前目つきが年々姉さんに似て来るな」
「そう?それは嬉しいな」
「なんでだよ」
「兄さんが敵わないと思うってことでしょ」
ざっきー姉って、あのめちゃくちゃ美人で空手の有段者って人か。あんな美人は私もお近づきになりたいものだが、政人さんは何か思うところあるらしい。
それにしても神崎家、見た目が華やかで近づきがたいくらいだが、飛び込んでみれば大変賑やかで楽しいものだ。
「サリーちゃんあっちー」
「あっちー」
「ああ、はいはい」
子ども二人にぐいぐいと手を引かれていると、マサトさんが苦笑していた。
「すっかり懐いちゃったな。助かるけど申し訳ない」
「いえ、好きなので大丈夫です。ーー自分の子どもなんて、いつになるか分からないし」
若干自虐的になるのは仕方ない。最近出会った男はいるが、デートを繰り返してもうまく行かないことの方が多いのが私である。
「サリーちゃん、都内で働いてるんでしょ?そのうち我が家にもおいでよ。悠人もきっと喜ぶし」
思わぬお誘いはアヤノさんからのものだ。私の目がきらりと輝く。
「え、ホントですか!?本気にしちゃいますよ!」
「うん。おいでおいで」
アヤノさんはスマホを取り出した。私もスマホを取り出す。
連絡先を交換して、私は半ば小躍りした。
「じゃあ、うちの近くの超おいしいプリン買って行きます!」
「プリン、好きだから嬉しい!この人、コーヒーいれるの上手いんだよ。サリーちゃんコーヒー好き?」
「あ、苦いのはちょっと……カフェオレまでが限界です」
「カフェオレ入れもいいけど、一回試してみてよ。俺のコーヒーなら飲めた人もいるんだ」
マサトさんの得意げな笑顔は少年のようだ。本日二度目の心のカメラのシャッターを押す。ああこの顔。この気持ち。忘れない。絶対忘れない。
「超楽しみです!それを楽しみに明日からまたがんばりますー!」
ぴょんぴょん跳ねながら両手を振ると、子どもたちがきゃっきゃと喜んで真似をする。
そんな私たちの様子を見ていた香子とざっきーは、一度顔を見合わせてから笑った。
* * *
最初香子視点で書いていたのですがサリーに飲まれました。我が強すぎる。
サリー主役の『期待外れな吉田さん、自由人な前田くん』はこれから更に2年後の話です。
ということで、公開開始記念話でした。
「なんと!ざっきー兄に会えるとな!?」
二人の息子、二歳の翔太くんと遊んでいた私は、手を止めて身を乗り出した。ついつい鼻息が荒くなる。
最近どうよという話から、明日ざっきー兄の一家と会うと聞き付けたのだ。
というのも、市役所勤めの香子は、市主催のお祭りで明日、日曜日に出勤になった。ざっきーは父子でお祭りに足を運ぶことを提案したのだが、父子二人ではやや不安な香子は、ざっきー兄家族も合流するという話で納得した。ーーと、かい摘まんだ説明はこんなところだ。
実は私は香子たちの結婚式で見かけて以来、ざっきーの兄、マサトさんの大ファンである。結婚して家を訪問した際、ざっきーに昔の家族写真を見せろと言い、半ば強引に少年から青年に至るマサトさんの変遷を目にした。アイドルのブロマイド写真さながら身もだえたのは記憶に新しい。そのときのざっきーの何とも言えない目は、忘れてないけど気にしない。
「サリーちゃん忙しいんでしょ」
「忙しいからこそのカンフル剤!」
ざっきーの遠回しなご遠慮いただきたい発言に、私はソッコーで返した。多少目がぎらついているのはご勘弁いただきたい。そんな様子に香子は苦笑した。
「まあ、来たければいいんじゃない、来ても」
うわぁい。
「翔太くん、明日も一緒に遊べるよー」
「やったー!」
「……それ、俺スルーしてるのわざと?」
ざっきーの静かなツッコミも華麗にスルーして、私に抱え上げられてクルクル旋回している翔太の楽しげな笑い声が響き渡った。
「こんにちは、香子と隼人くんの友人の吉田里沙です」
にこり、と笑顔の良さには自信がある。憧れのマサトさんとその奥様アヤノさん、そして一歳の息子悠ユウトくんの前でできるだけ好感度の高い挨拶をすると、ご夫婦からは自然体の笑顔が返ってきた。
「こんにちは。君、隼人の結婚式にいたよね。コーラルピンクのワンピース着てた」
「うわ、覚えててくれたんですか!」
「うん、よく似合ってたから」
その笑顔と台詞に殺されそうになる。いやむしろこれで死ねたら幸せすぎる。
やばいこの人、色気と魅力が駄々漏れすぎ。動悸が激しくなりすぎて、心臓が口から出そう。
「兄さん」
呆れた顔をしているのはざっきーだ。相変わらずだなという視線を受けて、マサトさんは慌てた。
「あーと、ごめん」
目線をさ迷わせた後で、隣を示す。
「これが妻の彩乃で、息子の悠人」
「初めまして。悠人、挨拶は?」
アヤノさんが促すと、ユウトくんはぺこりと頭を下げた。ぐはっ。かわいい。かわいすぎる。
「よろしくね、ユウトくん」
膝を曲げて挨拶をし、立ち上がって改めてアヤノさんに頭を下げる。
「家族水入らずのところ、お邪魔します」
「ううん、いいの。大人が多い方が何かと助かるから」
言ってから、アヤノさんは笑った。私はその笑顔に見惚れる。
「こちらこそ、しっかり子守要員として期待しちゃっててごめんね」
ああ、爽やかで気持ちのいい人だ。
胸の奥ががっつり掴まれる。ついていきます、アネゴ。ーーいやアネゴは失礼か。お姉様。くっ、この人をお姉さんと呼べる香子が羨ましい。
私は拳を握って答えた。
「いえ、喜んで子守要員になります。ガンガン使ってください」
マサトさんとアヤノさんは軽やかに笑った。
出店をしばらく冷やかしながら歩き、つまみ食いや子ども向けのワークショップを楽しんだ頃、アヤノさんがお手洗い、と言って立ち上がった。途端、ユウトくんが離れがたそうにする。
「じゃあ、トイレまでお姉さんと一緒に行こうか」
私がにこりと笑って手を引くと、ほっとした顔をする。
「悪いね。知らない場所ではどうしても母親がいいらしくて」
マサトさんが苦笑した。
「いえ、大丈夫です。ユウトくん、小さなお部屋にはお母さん一人で入るから、その前でお姉さんと待ってようね」
ユウトくんは満足げに頷いた。
トイレの手洗い場の前で待っていると、用を済ませたアヤノさんが個室から出てきた。
「ごめんね、ありがとう」
手を洗うアヤノさんの足に、ユウトくんがすがりつく。
「いえ、大丈夫です」
かわいいなあ、と思いながら微笑んでいると、アヤノさんが控えめに聞いてきた。
「隼人くんは、サリーちゃんって呼んでるよね。私もそう呼んでいい?」
「え、え、嬉しい。ぜひぜひ!呼んでください!」
こんな美人さんにそんな風に呼ばれるだなんて。ちょっと親しくなった気持ちでウキウキしてしまう。大学だけとはいえ女子校にいた私にとっては綺麗で性格のいいお姉さんとお近づきになるのは大っ変、嬉しいことなのである。
アヤノさんは笑う。
「じゃあ、そう呼ぼう。サリーちゃん」
「は、はいっ」
「そんなに嬉しい?なんだか照れちゃうな」
「嬉しいですー!だってアヤノさん素敵だもの!」
「そんな。サリーちゃんこそ素敵よ」
「いやいや滅相もない」
手を振りながら引け腰になる私に、アヤノさんはからりと笑った。
トイレを出ると、私たちはキョロキョロと辺りを見回した。
「どこかしら、男連中は」
「ざっきー、結構ふらっとどっか行っちゃいそうですよね」
「うーん。うちのはそんなにふらふら行くとも思わないんだけどーー」
アヤノさんが一カ所に目を留め、いた、と呟く。確かにその視線の先には、マサトさんと香子、香子の息子の翔太くん。
おいおい、ざっきーはどこよ。自分の息子を兄に任せるなよ。
見渡すと掲示物に気を取られている長身があった。
これだな、きっと香子が父子だけだと不安がる理由は。
二歳の翔太くんはだいぶ活発になっていて、何か見つけると走り出す。見守る側がああして他に気を取られていると危ないこともあるだろう。
思いながら私とアヤノさんはユウトくんを間に挟み、その手を取って歩き出す。ユウトくんがジャンプをしたがったので、手を引き上げながら歩いてあげると大喜びだ。
「ぴゅーん、ぴゅーん」
私たちが合流した頃には、ざっきーももう香子たちと合流している。
「ユウトくん、お父さんいたよー」
私が言うと、悠ユウトくんがてけてけとマサトさんに近づく。マサトさんはしゃがみ込んで抱き上げた。
「彩乃さん、こんにちは。ありがとうございます」
「香子ちゃん、お疲れ~」
アヤノさんと香子が挨拶を交わす。その下方から翔太くんの声がした。
「サリーちゃん抱っこー」
手を伸ばして来る小さいボーイフレンドに胸きゅん。デレた顔で屈むと、マサトさんの腕の中にいたユウトくんが暴れた。
「なんだよ」
マサトさんがゆっくり降ろすと、ユウトくんは張り合うように私に抱き着く。
おおぅ。何という幸せなモテ期。
香子が笑う。
「サリー、モテモテだね」
「へへ、嬉しい~」
翔太とユウトくんを両手で抱きしめる。すりすりと頬を寄せると二人はくすぐったがった。
「うちのベビーシッターになる?」
「いいかもな」
アヤノさんがいたずらっぽい目をすると、マサトさんは笑った。
「いいですね、でも私料理できませんよ」
私も冗談で返すと、マサトさんがにやりとした。
「大丈夫、料理は俺するから」
そのちょっといたずらっぽい顔、かーなーりーツボなんですけど。
一人悶えそうになるのをかろうじて堪える。でも、大丈夫、心のカメラにばっちり撮った。私しばらくこれで生きていける。
「で、彩乃には残業代を稼いでもらおう」
「だから何であんたそんないつも定時で上がれるわけ?」
「要点を押さえるのが上手いからだろ、多分」
「うあ、ムカつく。どうせ私は要領悪いですよっ」
平和な夫婦げんかに癒される。ああこの夫婦は盤石で揺らぎないな。仕事で荒れすさんだ心もほんわかしてくるやりとりである。
ふとマサトさんが嫌そうな目でざっきーを見た。どうにも生暖かい視線を感じたらしい。
「隼人、お前目つきが年々姉さんに似て来るな」
「そう?それは嬉しいな」
「なんでだよ」
「兄さんが敵わないと思うってことでしょ」
ざっきー姉って、あのめちゃくちゃ美人で空手の有段者って人か。あんな美人は私もお近づきになりたいものだが、政人さんは何か思うところあるらしい。
それにしても神崎家、見た目が華やかで近づきがたいくらいだが、飛び込んでみれば大変賑やかで楽しいものだ。
「サリーちゃんあっちー」
「あっちー」
「ああ、はいはい」
子ども二人にぐいぐいと手を引かれていると、マサトさんが苦笑していた。
「すっかり懐いちゃったな。助かるけど申し訳ない」
「いえ、好きなので大丈夫です。ーー自分の子どもなんて、いつになるか分からないし」
若干自虐的になるのは仕方ない。最近出会った男はいるが、デートを繰り返してもうまく行かないことの方が多いのが私である。
「サリーちゃん、都内で働いてるんでしょ?そのうち我が家にもおいでよ。悠人もきっと喜ぶし」
思わぬお誘いはアヤノさんからのものだ。私の目がきらりと輝く。
「え、ホントですか!?本気にしちゃいますよ!」
「うん。おいでおいで」
アヤノさんはスマホを取り出した。私もスマホを取り出す。
連絡先を交換して、私は半ば小躍りした。
「じゃあ、うちの近くの超おいしいプリン買って行きます!」
「プリン、好きだから嬉しい!この人、コーヒーいれるの上手いんだよ。サリーちゃんコーヒー好き?」
「あ、苦いのはちょっと……カフェオレまでが限界です」
「カフェオレ入れもいいけど、一回試してみてよ。俺のコーヒーなら飲めた人もいるんだ」
マサトさんの得意げな笑顔は少年のようだ。本日二度目の心のカメラのシャッターを押す。ああこの顔。この気持ち。忘れない。絶対忘れない。
「超楽しみです!それを楽しみに明日からまたがんばりますー!」
ぴょんぴょん跳ねながら両手を振ると、子どもたちがきゃっきゃと喜んで真似をする。
そんな私たちの様子を見ていた香子とざっきーは、一度顔を見合わせてから笑った。
* * *
最初香子視点で書いていたのですがサリーに飲まれました。我が強すぎる。
サリー主役の『期待外れな吉田さん、自由人な前田くん』はこれから更に2年後の話です。
ということで、公開開始記念話でした。
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また、少しでも本作の言葉を心に残していただけたこと、とても嬉しく思います。
書いていると、その言葉が独りよがりなのではないかと、だんだん自信がなくなってきてしまうので……そう言っていただけると、少しは何かを伝えられたかなと安心できます。
兄以外のキャラクターも、番外編や更なるスピンオフの構想はありますので、掲載にこぎつけられました際はお付き合い頂けると嬉しく存じます。
本当にありがとうございました!