神崎くんは残念なイケメン

松丹子

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2章 神崎くんは残念なイケメン

20 大学4年、前期

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 私が受ける公務員試験は行政の事務職。日程が重ならなければ何カ所でも受けられるが、大体併願したいと思う規模の市や県は日程が重なるので、実質、受けられるのは3つか4つ、というところだった。
 4月末、最初の試験会場で、私がばったり会ったのは、神崎くんと同じ弓道部の立木くんという眼鏡の子だった。
「あれ、神崎と話してた」
 会場に入るところで行き当たり、驚いた顔で立木くんは言った。
「こんなところで会うって、すごいね。説明会とかでは全然会わなかったのに。公務員志望だったんだ」
 私も驚きながら頷いた。
「ええと、立木さん、でしたっけ」
「あれ、名乗ったっけ。俺、君の名前知らないけど」
「神崎くんが呼んでたのでーーすみません、勝手に」
「いや、記憶力いいんだね。あいつの隣にいて関心持ってもらえることなんてなかったから、嬉しいよ」
 立木くんはからりと笑った。あのときの印象と同じく、気持ちのいい人だな、と感じる。
「他には、何受けるの。えっとーー」
「あ、すみません。鈴木です」
 私が慌てて名乗ると、立木さんはにこりと笑った。
「鈴木さん。俺、国と、県受けるつもりなんだけど」
「私も、一応国と、市役所にしようかと」
「国も受けるんだ。今後、色々情報交換しない?」
 国家公務員の採用方式は、結構ややこしい。紙での試験は共通だが、そのあとは、各官庁に足を運び、採用面接してもらうらしい。いろんな人と繋がって、情報交換した方がいいよ、と先輩が言っていたのを思い出す。
 初めて出会う人じゃないこともあり、連絡先を交換しても構わないと判断した私は、端末を取り出した。
「オッケー。ありがと」
 連絡先を交換すると、立木くんはにやりと笑った。
「神崎には黙っとこ」
「え?何で?」
「その方が面白そうだから。タメ口でいいよ。俺達は仲間だ」
 立木くんは拳を掲げて言って、じゃあ、俺こっちの部屋だから、と手を振って去った。
 私も自分の席を探して部屋に入った。

「その立木とは、誰ぞや」
 就活の合間。久々に会って大学内のカフェテリアでお茶をしたサリーが、眉を寄せて言った。
 季節はもう夏になろうとしている。私の方は筆記試験が一段落して、7月中旬には面接が始まる。それまで少し期間があるので、立木くんが、気分転換に飲もう、と誘ってくれた。それが、今日の夜なのだ。
 立木くん曰く、「香子ちゃんはまじめにがんばり過ぎて最後の方でバテそうだから」とのことだ。最近気温が上がりはじめてそろそろビールを飲みたくなってきた私としても、ありがたい申し出だった。
 友達はみんな就活で忙しいので、ゼミくらいでしか会わないが、ゼミの子はアルコールが苦手な子ばかりなので、自然茶話会になってしまうのだ。
 というのをサリーに話したところが、武士のようなさきほどの反応である。
 ちなみに、早紀は既に私立女子校の女子校に内定をもらっているが、準公務員の法人も受けようかな、と言っているし、サリーも大手一社、子会社一社から内定をもらったが、一応もう少し就活を続けてみるそうだ。
「なに、その時代劇みたいな言い方」
 私が笑うが、サリーの表情は変わらない。
「あのですね、香子ちゃん。私の記憶では、もう例の美丈夫はご帰国あそばされたと思うんですが」
 例の美丈夫。また時代がかった言い方だなぁと思いながら、心当たりの人を懐かしく思い出す。
「ああ、そっかぁ。神崎くん、今月帰国だっけ。時差ボケの中就活かな」
「そっかぁじゃないよ!連絡来てないの?」
「サリー、連絡来たの?」
 私が問うと、サリーがうっと言葉を詰まらせた。
「あの子は……帰って来たら連絡ちょうだいね、って社交辞令を律儀に守ってる場合じゃないでしょう」
 サリーが頭を抱えながら嘆息混じりにぼやく。状況を察して笑いそうになった。神崎くんは相変わらず、マイペースなんだろう。
「就活忙しいだろうし、私は別にもう副部長でもなんでもないんだから」
 私は笑ってアイスを一口食べた。例のごとく、期間限定フレバーに付き合わされたのだ。
「それ、もう一口ちょうだい。こっちもあげる」
 サリーは両方とも気に入ったらしい。これなら、最初から半分ずつにすればよかった。素直にカップを差し出しながら思う。
「で、その立木くんとは」
「神崎くんの友達だよ。2年の時に会ったことがあったんだけど、試験会場でばったり会ったの」
 私が言うと、サリーの眉間が一瞬緩み、かと思えばさらに厳しく寄った。
 かと思えば急にすました顔になり、すいっと手を上げて言う。
「その飲み会、サリーちゃんも参加は可能ですか」
「え?別にいいと思うけど……聞いてみるね」
 私は苦笑しながら、端末を取り出した。アイスを食べ終わる頃、立木くんからの返事は[大歓迎♪]とあった。

「はじめまして。吉田里沙です。サリーって呼ばれてます」
 営業スマイルでサリーが言うと、立木くんはちょっと頬を赤らめた。あ、やっぱり可愛い子にはこういう反応なんだな。まあ分かってたけど。
「はじめまして。立木です」
 立木くんは頭を下げると言った。
「他の公務員志望の子も声かけたんだけど、わざわざこっちに出て来る用がないって断られちゃって。サシ飲みも後々怖いし、むしろよかったかも」
 後々怖いって、何が?
 私が首を傾げる横で、サリーが言った。
「なぁんだ」
 サリーが急に肩の力を抜いて続ける。
「ちゃんと分かってるんだ。なら私、いらなかったかな」
「いやいやいや、せっかくだから行こうよ。証人になってよ」
 居酒屋に入って、わいわいと好きなように頼む。サリーは誰とでもすぐ打ち解けるタイプなので、立木くんもすぐにリラックスしたようだ。
 お酒に弱くないサリーと私のペースにつられて、気づけば立木くんが一番酔っているように見えた。
 サリーの鞄で着信が鳴る。私たちにことわって席を外したが、しばらくすると戻って来て言った。
「今、同じ会社に内定した子、何人かで集まって飲んでるんだって。ここから10分くらいの駅なのよ。悪いけど行ってもいいかな?」
 私はいいよと頷いた。嫌でないなら、同期の付き合いは大切にした方がいいだろう。
 立木くんも、それならと腰を上げようとしたが、
「だめ。まだ注文したメニューで来てないのあるから。ちゃんと食べてって。私の代金は置いていきます」
 しっかり者のサリーにストップをかけられて座り直す。財布を出そうとしたサリーに、私が言った。
「後で請求するよ。立て替えておくから、行っておいで」
「ありがとう。ごめんね。立木氏、うちの香子をよろしく頼んだ」
 サリーは敬礼して、店を後にした。よろしく頼まれる覚えがないんだけど、と思いながら、私がグレープフルーツサワーを口にしたとき、店員さんが残りの料理を持ってきてくれた。
「食べたら、出ようか」
 立木くんが、すっかり赤くなった顔で言う。私は頷いて、空いたグラスを掲げると、
「その前に、もう一杯頼んでもいい?」
 立木くんは苦笑して頷いた。
「香子ちゃんといい、サリーちゃんといい、ウワバミだね」
「褒め言葉として受け取っておきます」
 私は店員さんにドリンクをお願いして、運ばれてきたばかりのピザに手を伸ばした。
 そこで立木くんのスマホが鳴る。立木くんは腰を浮かしかけたが、画面に映った相手の名前を見て嘆息すると、そのまま手に取った。
「サリーちゃん、予防線を張ったな」
 呟くと、耳に端末を当てて話し始める。
「どぉもーこんばんはー。え?うん。いや、そうだけど、さっきまでサリーちゃんもいて……え?だってそう呼んでくれっていうから呼ぶだろ。とにかく、今頼んだもの食べ終わったら帰ろうって、香子ちゃんとも話して……おい、ちょっと。俺の話聞いてる?」
 私はその声を聞いていいのかいけないのかわからず、とにかくピザにかじりつきながら立木くんを見ていた。立木くんは深々と嘆息して、埒があかん、と私に端末を差し出す。
「香子ちゃん、ちょっと変わって」
「ふぇ?」
 口にピザが入ったままの私は、油で汚れた手をおしぼりで拭き、受け取りながら口の中の塊を飲み込む。
「もしもし?」
 電話の向こうで、息をのむのが感じられた。
『ーー鈴木さん?』
 心の準備のないまま久々に聞いた声に、私は一瞬呼吸を忘れる。
「……神崎くん?」
『うん。……久しぶり』
 うん、と頷こうとして、ひゃっくりが出てきた。
『鈴木さん?どうかした?』
「だ……いじょぶ、ひっく……無理矢理、ピザ飲み込んだから……っく」
 私は水がわりに、運ばれて来たばかりのモスコミュールを飲むが、ひゃっくりはなかなか収まらない。立木くんも声を殺して笑ってる。あんたのせいでしょ!と内心苛立つが、電話の向こうで神崎くんが噴き出し、くすくすと笑いながら言う。その笑い声が、妙に耳にくすぐったい。
『苦しそうだね。……でも、』
 神崎くんが、次の言葉を飲み込んだ。
「なに?……っく」
『いや、立木に見せるのも腹立たしいから、やめた』
 よくわからなくて首を傾げる。立木に変わって、と言われたので、大人しく立木くんに端末を返した。
「はい。はいはい、分かってるよ。分ーかってるって。それは香子ちゃんに言ってよ。俺に言うのは違うでしょ。え?あのねー、俺の友達、鈴木が10人くらいいんの!仕方ないでしょ!」
 立木くんが呆れ返って応えている。遠慮ないもの言いに、思わず笑った。
「まったく」
 通話を切ると、立木くんが嘆息した。私は笑いながら言った。
「仲、いいんだね。神崎くんと」
 立木くんは驚いたように眼鏡の奥の目を丸くした。
「今のやり取り聞いて、その反応?ーーまあ、悪くはないと思うけど」
 そういえば、幸弘と神崎くんのやり取りも、こんな感じだった気がする、と思い出した。懐かしく思って笑う。あれからもう1年も経ってしまった。
「でも、声聞けてよかった。神崎くんも元気そうだったし」
「それ、本人に言ってやってよ。俺は伝言板じゃないの」
 私はさきほど聞こえた会話を思い出す。
「そういえば、私に言って、って何のこと?」
 立木くんは一瞬躊躇ってから、拗ねたように言った。
「バイバイしたら連絡寄越せって」
 私は首を傾げる。
「立木くんとゆっくり話したいことがあったんじゃないの?」
「あるわけないでしょ、そんなもの。ちゃんとすぐ別れたか確認したいだけだよ」
 だから、香子ちゃん連絡してあげてね、と言って、立木くんは残った料理をがつがつ食べはじめた。
「急いで出よう。またかかってきたらたまんない」
 私はそんなことないよ、と笑ったが、立木くんは私を一瞥しただけで、何も言わず黙々と食事を平らげた。
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