神崎くんは残念なイケメン

松丹子

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1章 神崎くんは不思議なイケメン

07 大学2年、7月

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 7月中旬になると、講義もぼちぼち夏休みに入り始める。先生たちは割と気ままに「ちょっと早めに休みに入ります」とかって言うけれど、真面目な先生や非常勤講師の講義を一つでも取っていると、結局7月いっぱいは大学に通うことになるのだ。
「暑いねぇ」
「暑いね。今日足立先生の講義だったけど、汗で眉毛が消えたら講義終わりにしますって言ってた」
「ウケる。足立先生って近代文学の?面白いね」
 早紀の呟きを私が拾い、サリーが笑いながら言う。
「眉毛消えるってどういうこと?」
「メイクのことでしょ。さすが女子大だね」
 イオンとリンリンが言う横でちゃきが大笑いした。
「講義終わって先生の眉毛なくなってたら、ちょっと怖いかもー」
 そんな話をしている横で、幸弘が相ちゃんに話しかける。
「そういえば、先輩たちで合宿来るの、今年何人?」
 幸弘が問うと、相ちゃんが答える。
「4年5人、3年7人」
 相ちゃんの言葉に、私はふと先月の出来事を思い出す。八代先輩はどうなんだろう……合宿来るのかな。
 八代先輩は週に1度は練習に来ているようだが、自主練の日に来るとパートが違う私とは会わないこともある。1度たまたま顔を合わせたが、互いに人と話していたりで距離があったので、気にせずスルーできた。
 先輩はテノール、私はソプラノなので、合宿に来るとなると合同練習もすることになるだろう。先輩の部屋に上がってしまい、経験したことのない気まずさを感じている私にとっては、合宿で差し障りのない距離を保っていられるか――というか、酔った勢いで先輩から何か言われたりしないか、最終的には何もなかったとはいえ、ついつい気になってしまう。
 もう20になろうというのに、男慣れしなすぎだろうか、と思ったりもするが、大学の友人と話していると同類ばかり、むしろ私よりもそういう経験に疎遠な人も多いので、まあいいか、とも思う。あまりこの手のことに経験があり過ぎるのも考えものだし。
 例年9月頭にある合宿は、3泊4日、都内の合宿場で行われる。
 我がサークルの現在の部員は、1年25人、2年13人、3年12人、4年20人で全員来ても60人程度だが、3、4年で参加するのは例年半数ほどだ。4年生は特に、一部参加が目立つ。
 11月頭にある文化祭に向けて本格的に練習に入る時期がこの合宿以降、夏休みが明ければ週1の練習が週3になる。交流の意味でも、この合宿は楽しみにしている部員は多い。場所が都内なだけに、卒業後に顔を出してくれる先輩もいる。
「でまあ、お楽しみイベントとして何やろうかなーということで、みんなに集まってもらったんだけど」
 毎年、各学年出し物を披露して盛り上げることになっている。
「ミュージカルでもやるか」
「オペラは?」
 やはりそれなりに歌に関係するものをと、それぞれ意見を出していると、チャラ男、もといケイケイが挙手した。
「せっかく夏に合宿やるなら、肝試しはどうでしょう!」
「演目何にする?」
「なんという鬼スルー!違うんだ、決していかがわしい発案ではなくてだね、ちょっと考えがあるんだよ!!」
 ケイケイが慌てて言うので、みんなはあきれ顔のまま、とりあえず聞いてやるかという姿勢になった。
「夏休みに入った8月は、練習参加率が下がるじゃないですか」
 確かに、8月になるとわざわざキャンパスに来るのを嫌がり、足が遠のく部員も多い。
「その参加率を上げるべく、魅力的な餌……もとい、出ることでのインセンティブをと思ったわけですよ」
「インセンティブと肝試しに何の関係が?」
「鈍いなー」
 私のツッコミに、ケイケイは嘆息した。
「8月の練習に全て参加した部員は、肝試しで一緒に歩くパートナーを自由に選ぶじゃんけん大会への参加資格を得る。トーナメント方式になるから、上位4名の特権ということで。他の人は当日くじ引きね」
 みんなの顔を見渡すと、そんなに悪くない案だと思っているのが見て取れる。
「景品もらえるとかそういうのだと、準備の手間もお金もかかるだろ。このインセンティブなら、仲良くなりたい人がいれば狙い目だし、逆に苦手な人がいても避けるのに得する。とにかく交流にも寄与すると思うのであります!」
 誇らしげに言いきって、ケイケイはみんなの顔を見渡した。
「肝試しってことは、脅かす側も必要でしょ」
「それは、うちの代で担当する。でも全員肝試しにも参加するよ。歩かない人が脅かすの。脅かす人が変わった方が面白いだろうし、脅かし方はそれぞれに任せる。場所もね」
「それ、女子にはちょっと危険じゃない?一人で暗闇に隠れてるってことでしょ」
「だったら、歩くときのパートナーを同伴すれば。常に二人で動けば、トイレとか連絡とか、何かと安心でしょ」
 サリーが言うと、えみりんが提案した。
「まあ、肝試しにするかどうするかはともかく、8月の練習参加に合宿でのインセンティブをつけるっていうのは、面白いかもな」
 もう少し考えて、来週もう一度話し合おう、と相ちゃんが締めた。

 結局、肝試し以上にいい案も浮かばず、翌週の話し合い後、連絡役を買って出たケイケイから、次のような連絡が流れた。

ーーみんな、夏休みの準備はバッチリかな?どぉもー2年テノールの砂川啓太ことケイケイでっす☆
 夏休みなんだからさー、わざわざキャンパスに行くのめんどくさいよねー、練習参加めんどくさいよねー!
 でも、やっぱりサークル参加してほしいし、みんなにたくさん会いたいし……
 ってことで、2年一同、考えました!!僕思いついちゃいました!!
 みんな、9月の合宿は楽しみにしてるよね!3年生までは全員参加予定って聞いたよ!これって超楽しみってことでしょ?
 もちろん楽しみなのは、合唱練習だけじゃないよね!交流とか友達づくりとか、ともすればカレカノとか!?そういうの期待しちゃうよね!
 その期待に応えましょう!
 2年の出し物は、夏の定番☆肝試し!!
 仲良くなりたいあの子とお近づきになるチャーンス!でしょでしょ♪
 でも、目的の子と一緒に歩けないならちょっとテンション下がるよねー。
 そんなわけで、8月の練習に全て参加した人は、なーんーと!相手を選ぶチャンスが得られます!
 8月最後の練習会で、じゃんけん大会を開催!参加資格は8月皆勤賞であること。自主練も皆勤賞の君は、シード権もあるよ☆
 上位4名は順番に気になるあの子を指名できちゃう!これぞ大学の夏合宿!これぞ青春!
 えっ?3年以上の先輩には不利だって?後輩の交流のために温かいご理解を!
 みんな、張り切って練習に参加しよう!!僕も待ってるよ☆ーー

「2年の恥さらし」
「頭の中かち割って見てみたい」
「先輩にも送ってるんだよね、これ」
「任せた俺達が馬鹿だった」
「ケイケイの辞書に常識という言葉はないのか……」
 まだみんなで一緒にいる間に奮って送信されたそれに、即効で入るツッコミの数々。さすがに一斉送信の前に一度確認すべきだった、と反省していた私と相ちゃんだったが、一番ケイケイの心に刺さったのはえみりんの「ウザ」という一言だったらしい。
 それはともあれ、予想以上に後輩たちの食いつきはよかった。文面に対するツッコミはない。多分ケイケイのキャラクター的に、文面は無視してみんな内容だけ読み取ったのだろう。出来のいい後輩たちである。
「全員参加ってことは、早紀先輩もえみりん先輩もいるんですか?」
「ざっきー先輩も?こばやん先輩も?」
「いいっすねそれ!ケイケイ先輩ナイスっす!」
 インセンティブというより、まさに餌だなーと思うような反応である。撒き餌に寄って来る鯉を思い出しながら、まあそうだよねと思う。やっぱり華やかな先輩に話しかけるのは勇気がいるから、こういう機会に仲良くなりたいと思うのが人情だろう。
「でも、香子大丈夫なの?」
 みんなの反応をひとしきひ見た後で、サリーが私に声をかけた。
「怪談嫌いでしょ」
「それなら、早紀もだよ」
 私は苦笑を返す。
「怖い話は苦手だけど、肝試しはただ暗いところで脅かし合戦するだけでしょ」
 割と気配で人がいるのを感じるたちなのて、むしろ、脅かし役を脅かしてみたりして、それが楽しいのだ。
「え、俺とっておき用意してたのに。だって順番に出発するでしょ。ただ待ってるのつまんないから、その間に百物語でもって」
「えー」
 不安そうに言ったのは早紀だ。
「眠れなくなっちゃう……」
「そのときは一緒にオールしよう、早紀」
「よーし、大丈夫。早紀ちゃんも香子ちゃんも、サリーちゃんが守ってあげよう!!」
「って言ってソッコーで寝るでしょ、サリー」
 私、早紀、サリーが話していのを聞いて、神崎くんが口元を押さえて小さく震えている。
「……鈴木さん、怖い話苦手なんだ」
「おいそこ、ギャップ萌えしてんじゃねぇぞ」
 神崎くんにつっこむイオン。
 ギャップ萌えっていうか、イメージと違うからウケたのかな……でも笑っちゃ悪いからって、口を覆って我慢しているんだろう。
 でも、いわゆる怪談話で眠れなくなるのは本当のことで、夏によくやる特番や、ホラー映画は極力避ける。大概その晩は怖い夢を見るのだ。
 まあ笑われてもいいけど。何はともあれ、自分の身は自分で守る!
 何かの台詞のようなことを思って、ふと八代先輩と過ごしたときを思い出した。腕を掴む手。掴まれた瞬間、華奢なように見えても、私よりも力があるとはっきり感じた。本気になったら振りきれない、と、瞬時に感じた。その本能的な恐怖。ーー
 怖いのはお化けよりも生身の人間の方か。
 苦笑いを噛み殺して、そんなことを思っていたら、不意にえみりんが声をかけてきた。
「コッコはさー」
 かわいく小首を傾けながら、えみりんが大きな目で見つめてくると、なんとも言えないそわそわした気分になる。女の私でもそうなんだから、男ならさぞかしだろう。この攻撃に屈しない神崎くんの手強さよ……などと内心あれこれ思いながら、私は努めて冷静に応じた。
「うん。なに?」
「もし、じゃんけんで一位とったら、誰を選ぶの?」
「……え?」
 余りに想定外の質問に、それを聞いて彼女にとって何があるんだろう、と真剣に考えてしまって、思わず答えに窮する。
 一息の間の後、
「早紀だね」
「ミートゥ」
 サリーがすかさず親指を立てて応じた。
 自分の身は自分で守る。守れないであろう早紀は私たちが守る。それでいいのだ。
 幸弘が呆れたように嘆息した。
「女子大組って、イマイチ思考回路が理解出来ない……」
「何を言う。健気でかわいい女の子を守るのは私たちの勤めなのだ!」
 サリーは私と熱い握手を交わしながら、さながら宝塚の男役のように言い放った。
 えみりんが深々と嘆息するのが見えて、私は首を傾げた。
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