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1章 神崎くんは不思議なイケメン
03 大学1年、3月
しおりを挟む 3月の集まりでは、来月に新入生の勧誘を控え、チラシ作成やメンバーの配置などを話し合うことになっていた。
私たちのサークルは、インカレとはいえ実質2校だけが参加している。私たちの通う女子大と、幸弘たちの通う共学大学だ。
残念ながら、入学式は同日に行われるので、誰がどちらに行くか、決めておく必要がある。
私たちの通う女子大から、幸弘たちの通う共学大学へは、地下鉄で二駅の距離。講義が午前中で終わって別行動だったサリーとは現地合流することにして、私と早紀は二人で女子大を出た。
「神崎くんって、いい人だね」
歩いていると、急に早紀がぽつりと言ったので、私は思わず息を飲んだーーというか、むせた。
早紀が男子をそういう風に誉めるのを初めて聞いたからだ。
「えっ、何、急に。何かあったの?」
私が言うと、早紀はにっこり笑った。
「ううん、別に。追いコンのとき、少し話したんだけど、仲良くなれそうだなって」
私は背中を変な汗が伝っていくのを感じた。
ちょっと幸弘、マズイんじゃないの? 仲良くなれそうって、どういうこと? やっぱりそういうこと?
思わず私は想像してみた。早紀と神崎くんが隣り合って微笑んでいる姿ーーヤバい、似合い過ぎる。困り果ててしまうくらいお似合いだ。
「そ、そっかぁ。早紀、男子は苦手って言ってたから、驚いたよ」
冷静さを装って言うと、早紀はくすりと笑った。
「うん、神崎くんと、相ちゃんと、こばやんは、大丈夫」
そこに幸弘の名前を聞いて、私は内心大いにホッとした。
よかったね幸弘、とりあえず望みがない訳ではなさそうだよ!
そんな私の心中を知ることなく、早紀は散歩中の犬を見つけて、かわいい~と目を細めている。
そんな早紀の横顔がかわいくて、ひとり和んだ。
幸弘が早紀のことを好きだと気づいたのは、半年前。文化祭の準備をしている頃だった。
教職のカリキュラムも取っている早紀は、朝が早い。ほとんど毎日、一現から出席していて、文化祭で毎日のように夜まで残っていると、疲れが見えてきた。
本人は奥ゆかしいから、大丈夫と言っていたのだけど、私は気になって仕方なかった。
ある日、ただでさえ白い顔が、本当に真っ白だったので、私はまた心配して、大丈夫?と聞いた。それが気休めにしかならないと分かっていながら、聞かずにはいられなかったのだ。
「うん、大丈夫ーーちょっと、あれが重なっただけ」
確かに、月一でくるあの日は、私も貧血気味になる。
「無理しないでね。休んでもいいから……」
早紀は力無く微笑んで、ありがとう、と言っていた。
そして案の定、床に座り込んでポスターの色を塗っていた早紀は、立ち上がった拍子にふわりと倒れた。咄嗟に私が支えたが、息が荒くて意識がなくなっている。
私が何度も呼びかけ、みんながぽかんとしている横から、幸弘が早紀を抱え上げた。
「医務室行ってくる。香子、鞄持ってついて来い」
言い放つなり駆け出す幸弘を、早紀の荷物を持って慌てて追いかけた。
医務室で横になった早紀は、30分ほどすると意識を取り戻した。1時間は寄り添っていようと思っていた私は、ホッとして幸弘に連絡した。ほどなく着いた幸弘は、開口一番こう言った。
「キツイならそう言え。こんなとこで倒れて何になる。当日楽しめなかったら意味ないだろ。俺でも香子でも誰でもいい、キツイ時はちゃんと言って、休めよ」
厳しい口調だった。早紀はもちろん、私も驚いた。
幸弘が本気で怒っていたからだ。
いつも明るく、何でも冗談のようにしてしまう幸弘が、本気で思いやっている。
一緒にいる時間が長いからこそ、私にははっきりと分かってしまったのだった。
ああ、幸弘は早紀のことが好きなんだ、と。
早紀は驚きながらも、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい」
そして、顔を上げる。
「ありがとう」
微笑んだ顔からは、幸弘の思いやりをしっかり受け止めたことが見て取れた。
早紀は早紀なりに、みんなが何かと早紀に対して遠慮しているのを感じていて、気にしているのだが、幸弘が本気でぶつかってくれたのが嬉しかったと、後で笑っていた。
穏やかで柔らかい早紀も、芯のある子なのだーー間違いなく。
私はそのとき感じていた。幸弘と早紀なら、きっとうまくいくだろう。互いを思いやって尊重して、いい関係を築いていけるだろう。
二人に近い私だからこそ、ほとんど確信するように思ったのだ。
ただ、二人が相当に奥手なことが、最大の課題だろう、とも思ったのだったが。
「入学式の新入生勧誘に向けて、決めていきたいと思いまーす」
相変わらずのゆるさで、相ちゃんが声をかけた。これからのサークル活動は、基本的には私たちの代が中心で、先輩たちはたまに手伝いに来てくれるくらいだ。
「チラシ作りはちゃきとゆいゆいにお願いします。印刷のときは紙運ぶのとか大変だったら男子使ってね。リーフレットの原稿はりんりんと早紀ちゃんが書いてくれて、それぞれの大学に提出済みです。ありがとー」
相ちゃんの言葉に、みんなもありがとう、と声を合わせる。さて、続いて本題ですがー、と相ちゃんは続けた。
「例年通り、今年も入学式は2大学とも同じ日になりました。手分けしてチラシ配りやるので、チームを組みましょう」
相ちゃんの言葉に、りんりんが手を挙げた。ちゃきと自分を示しながら言う。
「私たち、もう一つのサークルの方があって。チラシ一緒に配ってよければ、やります」
この二人はカルタ部に入っているが、部員数が多くないので二人が動かざるを得ない。
「了解。で、たっちゃんは朝早く無理でしょー」
相ちゃんが冗談で言うと、たっちゃんはムッとした。
「起きるよ、相ちゃんが電話くれれば」
「人頼みかーい! しかも俺がモーニングコールとかキモい!」
相ちゃんが言って、みんなが笑った。たっちゃんの朝の弱さはサークル内では有名だ。
「女子大組も分かれてもらった方がいいな。で、男子も分かれよう」
「俺女子大行くー!」
ケイケイが言うと、相ちゃんが苦笑した。
「言うと思った。でも誰かストッパーになってー」
わいわいと話が進み、女子大にはサリー、早紀、ゆいゆい、ケイケイ、幸弘、イオンの6人。共学側には私、えみりん、相ちゃん、神崎くん、たっちゃんの5人で、カルタ部のチラシと一緒にりんりんとちゃきにも配ってもらうようお願いした。
「よーし。じゃ、そういうことで、他に議題は?」
みんな首を振る。
「んじゃあ、お楽しみに行きましょー」
相ちゃんは嬉しげに鞄を持って言った。
誰かが、話し合い後カラオケに行こうと言い出したのだ。
「行くの誰だっけ」
「はーい」
私が手を挙げると、幸弘、サリー、ちゃきが手も挙げた。騒ぐのが好きなメンバーだ。
「……俺も行こうかな」
「じゃ、私もー!」
神崎くんと、それに便乗するえみりん。いっそ清々しいくらい狙いが見え見えである。
「私、もう一コマあるから、大学戻るね」
「えっ、早紀大変だね」
早紀が控えめに微笑んだ。
カラオケでは案の定えみりんとちゃきが神崎くんを挟んで座り、相ちゃん、幸弘、サリー、私がそれに向き合う形で座った。とはいえ相ちゃんはいつも左右に移動しながら楽しむので、ちゃきの隣と幸弘の隣を行き来するのだろう。
みんなが歌いたい曲を入れていく。えみりんに勧められて神崎くんが入れた曲を見て、私はおやっと思った。私たち世代にしては少し古めだが、好きな人の多いラブバラードだ。
ただし、高音部分は男子には少し高めで、なかなか難しい。私の十八番の一つだった。
実は私はテノールからソプラノまで、出そうと思えば声が出る、幅広い声域なのが自慢だ。カラオケでは、かわいい曲を他の女子に任せ、女子が好きなラブバラードとか、男性ボーカルの曲を入れていく。なかなか女子受けがいいので、「男の出番を取るな」としょっちゅう幸弘始め男子に文句を言われるが、私が満足する出来で歌い上げてくれる男子がいないのだから仕方ない。
ーーと言うと、これまた苦笑されるのだが。
ーー神崎くんのお手並み拝見。
私はこっそり、審査員のような気持ちで、何曲か先に入れられた神崎くんの歌を待った。彼の歌いぶりによって自分が入れる曲を変えるつもりだ。
結論から言って、神崎くんの歌は私にとって合格点だった。彼もバスからテノールまで出る幅広い声域らしい。高音も無理なく出ていて、時に優しく、ときに力強く、聴いていて心地好い歌だった。
ーー思い浮かぶあなたが いつも僕に力をくれる
あなたにとって僕も そんな存在になりたいーー
そういう歌詞を歌い上げる神崎くんにーー正直、ちょっとぐらっときた。えみりんとちゃきはもちろん、サリーも思わず飲まれている。女子にとっては声って大事なんだよね。
あまりに情感が篭っているように感じたので、つい考えてしまった。
神崎くんがここまで想う人って、どんな人だろう。
あ、早紀か。
でもここにいないの残念だろうなぁ。
歌い終わったとき、全員が一瞬聞き惚れてしんとした。場の空気が気まずくならないうちに、幸弘がマイクを手に取り、みなさんもご一緒に! とかいいながら、ノリのいい流行歌を歌いはじめたが、あれ? と思う。何故か男子二人も顔が赤い。
神崎くんの歌は男子も惚れさせる? いやまさか。
ふと視線を感じて見やると、神崎くんが私から幸弘に視線を反らしたのが見えた。その表情からは何も読み取れない。
私は首を捻りながら、入れる曲を探しはじめた。ーーとりあえず、今日は無難な女性ボーカルの曲を入れて、神崎くんの持ち歌をチェックしておこう、と思いながら。
1時間ほどしたとき、私の頭の後ろで幸弘がサリーにマイクを渡そうとして、私の頭にぶつかった。
「あ、ごめん」
「ううん。いいよ」
後ろでくくったポニーテールが少し緩んだのを感じて、結び直そうと手を上げる。ただ少し高めにくくるだけの髪型なので、いちいちトイレに行って直す気にはならない。ゴムをするりと抜くと片手に持ち、もう片手に髪を持って、結び直そうとしたときーーぱちん、とゴムが切れて飛んだ。
うぇっ。と喉の奥で微妙な声が出る。
ゴムは神崎くんの膝上に飛んでいって、神崎くんがびっくりしたのが見えた。私は慌てて謝りながら、手を伸ばして切れたゴムを受けとろうと、髪からも手を離す。
上の方でくくっていたので変な形に癖がついていてみっともないのだが、ついつい離してしまったのだ。
神崎くんは私にゴムを返そうと伸ばした手を止めて、ぽかんとした。私は手を伸ばしたまま戸惑う。神崎くんは震えはじめた手で私にさっとゴムを渡すと、膝上に顔を寄せ、腕で隠すようにした。
私、またなんかやった?
いつもシンプルなポニーテールだからあまり気にされないが、私は肩甲骨が隠れるくらいのロングヘアーだ。しかもストレート。
もしかして、乱れたロングヘアーを見て、某ホラー映画でも思い出したのかしら。怖い思いさせちゃった?
そんなことを思いながら、私はサリーに借りられるゴムがあるか聞いたが持ってないらしい。相ちゃんが、少し考えてから、たまたま腕にはまっていた輪ゴムを示したが、丁重にお断りした。私は髪質が柔らかいので輪ゴムは絡まって痛いのだ。
えみりんは腕にシュシュをしていて、貸そうか?と言ってくれたけど、あまりにガーリーで、私には合わないのと、えみりんのコーディネートはシュシュまでトータルであることを分かっているので遠慮した。ちゃきもショートカットなので髪ゴムとは無縁だ。
結論、後でコンビニで買おうと思いながら、さすがにくくり癖がついた髪を梳かして来ようと、ポーチを持ってトイレに立ち上がった。
トイレから戻って来ると幸弘とサリーが廊下で話していた。二人ともドリンクバーに飲み物を補充しに行っていたらしい。他の人のも引き受けたらしく、手にはコップを二つずつを持っている。
「あ、おかえりー」
サリーがやたらとにこやかに言って、私にコップを一つ渡した。
「これ、神崎くんの。さっきのお礼かたがた渡しておいて。こっちは私の。私もトイレ行って来るから」
「え……でも」
私はまだ髪をくくっていない。いくら梳いて落ち着いたからといって、また怖がられちゃうかも、と思ったが、サリーは無理矢理私にコップを押し付けた。
「よろしくー」
去ったサリーの背中を見て、幸弘が嘆息した。心なしか疲れているように見える。
「サリーになんか言われたの?」
「いや……」
幸弘は私をちらりと見て、また深々と嘆息する。
「あいつの鋭さ、少し分けてもらえないのか」
「は?」
私は首を傾げたが、幸弘は何でもないと言ってドアを開けたので、黙って後ろに従った。
私たちのサークルは、インカレとはいえ実質2校だけが参加している。私たちの通う女子大と、幸弘たちの通う共学大学だ。
残念ながら、入学式は同日に行われるので、誰がどちらに行くか、決めておく必要がある。
私たちの通う女子大から、幸弘たちの通う共学大学へは、地下鉄で二駅の距離。講義が午前中で終わって別行動だったサリーとは現地合流することにして、私と早紀は二人で女子大を出た。
「神崎くんって、いい人だね」
歩いていると、急に早紀がぽつりと言ったので、私は思わず息を飲んだーーというか、むせた。
早紀が男子をそういう風に誉めるのを初めて聞いたからだ。
「えっ、何、急に。何かあったの?」
私が言うと、早紀はにっこり笑った。
「ううん、別に。追いコンのとき、少し話したんだけど、仲良くなれそうだなって」
私は背中を変な汗が伝っていくのを感じた。
ちょっと幸弘、マズイんじゃないの? 仲良くなれそうって、どういうこと? やっぱりそういうこと?
思わず私は想像してみた。早紀と神崎くんが隣り合って微笑んでいる姿ーーヤバい、似合い過ぎる。困り果ててしまうくらいお似合いだ。
「そ、そっかぁ。早紀、男子は苦手って言ってたから、驚いたよ」
冷静さを装って言うと、早紀はくすりと笑った。
「うん、神崎くんと、相ちゃんと、こばやんは、大丈夫」
そこに幸弘の名前を聞いて、私は内心大いにホッとした。
よかったね幸弘、とりあえず望みがない訳ではなさそうだよ!
そんな私の心中を知ることなく、早紀は散歩中の犬を見つけて、かわいい~と目を細めている。
そんな早紀の横顔がかわいくて、ひとり和んだ。
幸弘が早紀のことを好きだと気づいたのは、半年前。文化祭の準備をしている頃だった。
教職のカリキュラムも取っている早紀は、朝が早い。ほとんど毎日、一現から出席していて、文化祭で毎日のように夜まで残っていると、疲れが見えてきた。
本人は奥ゆかしいから、大丈夫と言っていたのだけど、私は気になって仕方なかった。
ある日、ただでさえ白い顔が、本当に真っ白だったので、私はまた心配して、大丈夫?と聞いた。それが気休めにしかならないと分かっていながら、聞かずにはいられなかったのだ。
「うん、大丈夫ーーちょっと、あれが重なっただけ」
確かに、月一でくるあの日は、私も貧血気味になる。
「無理しないでね。休んでもいいから……」
早紀は力無く微笑んで、ありがとう、と言っていた。
そして案の定、床に座り込んでポスターの色を塗っていた早紀は、立ち上がった拍子にふわりと倒れた。咄嗟に私が支えたが、息が荒くて意識がなくなっている。
私が何度も呼びかけ、みんながぽかんとしている横から、幸弘が早紀を抱え上げた。
「医務室行ってくる。香子、鞄持ってついて来い」
言い放つなり駆け出す幸弘を、早紀の荷物を持って慌てて追いかけた。
医務室で横になった早紀は、30分ほどすると意識を取り戻した。1時間は寄り添っていようと思っていた私は、ホッとして幸弘に連絡した。ほどなく着いた幸弘は、開口一番こう言った。
「キツイならそう言え。こんなとこで倒れて何になる。当日楽しめなかったら意味ないだろ。俺でも香子でも誰でもいい、キツイ時はちゃんと言って、休めよ」
厳しい口調だった。早紀はもちろん、私も驚いた。
幸弘が本気で怒っていたからだ。
いつも明るく、何でも冗談のようにしてしまう幸弘が、本気で思いやっている。
一緒にいる時間が長いからこそ、私にははっきりと分かってしまったのだった。
ああ、幸弘は早紀のことが好きなんだ、と。
早紀は驚きながらも、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい」
そして、顔を上げる。
「ありがとう」
微笑んだ顔からは、幸弘の思いやりをしっかり受け止めたことが見て取れた。
早紀は早紀なりに、みんなが何かと早紀に対して遠慮しているのを感じていて、気にしているのだが、幸弘が本気でぶつかってくれたのが嬉しかったと、後で笑っていた。
穏やかで柔らかい早紀も、芯のある子なのだーー間違いなく。
私はそのとき感じていた。幸弘と早紀なら、きっとうまくいくだろう。互いを思いやって尊重して、いい関係を築いていけるだろう。
二人に近い私だからこそ、ほとんど確信するように思ったのだ。
ただ、二人が相当に奥手なことが、最大の課題だろう、とも思ったのだったが。
「入学式の新入生勧誘に向けて、決めていきたいと思いまーす」
相変わらずのゆるさで、相ちゃんが声をかけた。これからのサークル活動は、基本的には私たちの代が中心で、先輩たちはたまに手伝いに来てくれるくらいだ。
「チラシ作りはちゃきとゆいゆいにお願いします。印刷のときは紙運ぶのとか大変だったら男子使ってね。リーフレットの原稿はりんりんと早紀ちゃんが書いてくれて、それぞれの大学に提出済みです。ありがとー」
相ちゃんの言葉に、みんなもありがとう、と声を合わせる。さて、続いて本題ですがー、と相ちゃんは続けた。
「例年通り、今年も入学式は2大学とも同じ日になりました。手分けしてチラシ配りやるので、チームを組みましょう」
相ちゃんの言葉に、りんりんが手を挙げた。ちゃきと自分を示しながら言う。
「私たち、もう一つのサークルの方があって。チラシ一緒に配ってよければ、やります」
この二人はカルタ部に入っているが、部員数が多くないので二人が動かざるを得ない。
「了解。で、たっちゃんは朝早く無理でしょー」
相ちゃんが冗談で言うと、たっちゃんはムッとした。
「起きるよ、相ちゃんが電話くれれば」
「人頼みかーい! しかも俺がモーニングコールとかキモい!」
相ちゃんが言って、みんなが笑った。たっちゃんの朝の弱さはサークル内では有名だ。
「女子大組も分かれてもらった方がいいな。で、男子も分かれよう」
「俺女子大行くー!」
ケイケイが言うと、相ちゃんが苦笑した。
「言うと思った。でも誰かストッパーになってー」
わいわいと話が進み、女子大にはサリー、早紀、ゆいゆい、ケイケイ、幸弘、イオンの6人。共学側には私、えみりん、相ちゃん、神崎くん、たっちゃんの5人で、カルタ部のチラシと一緒にりんりんとちゃきにも配ってもらうようお願いした。
「よーし。じゃ、そういうことで、他に議題は?」
みんな首を振る。
「んじゃあ、お楽しみに行きましょー」
相ちゃんは嬉しげに鞄を持って言った。
誰かが、話し合い後カラオケに行こうと言い出したのだ。
「行くの誰だっけ」
「はーい」
私が手を挙げると、幸弘、サリー、ちゃきが手も挙げた。騒ぐのが好きなメンバーだ。
「……俺も行こうかな」
「じゃ、私もー!」
神崎くんと、それに便乗するえみりん。いっそ清々しいくらい狙いが見え見えである。
「私、もう一コマあるから、大学戻るね」
「えっ、早紀大変だね」
早紀が控えめに微笑んだ。
カラオケでは案の定えみりんとちゃきが神崎くんを挟んで座り、相ちゃん、幸弘、サリー、私がそれに向き合う形で座った。とはいえ相ちゃんはいつも左右に移動しながら楽しむので、ちゃきの隣と幸弘の隣を行き来するのだろう。
みんなが歌いたい曲を入れていく。えみりんに勧められて神崎くんが入れた曲を見て、私はおやっと思った。私たち世代にしては少し古めだが、好きな人の多いラブバラードだ。
ただし、高音部分は男子には少し高めで、なかなか難しい。私の十八番の一つだった。
実は私はテノールからソプラノまで、出そうと思えば声が出る、幅広い声域なのが自慢だ。カラオケでは、かわいい曲を他の女子に任せ、女子が好きなラブバラードとか、男性ボーカルの曲を入れていく。なかなか女子受けがいいので、「男の出番を取るな」としょっちゅう幸弘始め男子に文句を言われるが、私が満足する出来で歌い上げてくれる男子がいないのだから仕方ない。
ーーと言うと、これまた苦笑されるのだが。
ーー神崎くんのお手並み拝見。
私はこっそり、審査員のような気持ちで、何曲か先に入れられた神崎くんの歌を待った。彼の歌いぶりによって自分が入れる曲を変えるつもりだ。
結論から言って、神崎くんの歌は私にとって合格点だった。彼もバスからテノールまで出る幅広い声域らしい。高音も無理なく出ていて、時に優しく、ときに力強く、聴いていて心地好い歌だった。
ーー思い浮かぶあなたが いつも僕に力をくれる
あなたにとって僕も そんな存在になりたいーー
そういう歌詞を歌い上げる神崎くんにーー正直、ちょっとぐらっときた。えみりんとちゃきはもちろん、サリーも思わず飲まれている。女子にとっては声って大事なんだよね。
あまりに情感が篭っているように感じたので、つい考えてしまった。
神崎くんがここまで想う人って、どんな人だろう。
あ、早紀か。
でもここにいないの残念だろうなぁ。
歌い終わったとき、全員が一瞬聞き惚れてしんとした。場の空気が気まずくならないうちに、幸弘がマイクを手に取り、みなさんもご一緒に! とかいいながら、ノリのいい流行歌を歌いはじめたが、あれ? と思う。何故か男子二人も顔が赤い。
神崎くんの歌は男子も惚れさせる? いやまさか。
ふと視線を感じて見やると、神崎くんが私から幸弘に視線を反らしたのが見えた。その表情からは何も読み取れない。
私は首を捻りながら、入れる曲を探しはじめた。ーーとりあえず、今日は無難な女性ボーカルの曲を入れて、神崎くんの持ち歌をチェックしておこう、と思いながら。
1時間ほどしたとき、私の頭の後ろで幸弘がサリーにマイクを渡そうとして、私の頭にぶつかった。
「あ、ごめん」
「ううん。いいよ」
後ろでくくったポニーテールが少し緩んだのを感じて、結び直そうと手を上げる。ただ少し高めにくくるだけの髪型なので、いちいちトイレに行って直す気にはならない。ゴムをするりと抜くと片手に持ち、もう片手に髪を持って、結び直そうとしたときーーぱちん、とゴムが切れて飛んだ。
うぇっ。と喉の奥で微妙な声が出る。
ゴムは神崎くんの膝上に飛んでいって、神崎くんがびっくりしたのが見えた。私は慌てて謝りながら、手を伸ばして切れたゴムを受けとろうと、髪からも手を離す。
上の方でくくっていたので変な形に癖がついていてみっともないのだが、ついつい離してしまったのだ。
神崎くんは私にゴムを返そうと伸ばした手を止めて、ぽかんとした。私は手を伸ばしたまま戸惑う。神崎くんは震えはじめた手で私にさっとゴムを渡すと、膝上に顔を寄せ、腕で隠すようにした。
私、またなんかやった?
いつもシンプルなポニーテールだからあまり気にされないが、私は肩甲骨が隠れるくらいのロングヘアーだ。しかもストレート。
もしかして、乱れたロングヘアーを見て、某ホラー映画でも思い出したのかしら。怖い思いさせちゃった?
そんなことを思いながら、私はサリーに借りられるゴムがあるか聞いたが持ってないらしい。相ちゃんが、少し考えてから、たまたま腕にはまっていた輪ゴムを示したが、丁重にお断りした。私は髪質が柔らかいので輪ゴムは絡まって痛いのだ。
えみりんは腕にシュシュをしていて、貸そうか?と言ってくれたけど、あまりにガーリーで、私には合わないのと、えみりんのコーディネートはシュシュまでトータルであることを分かっているので遠慮した。ちゃきもショートカットなので髪ゴムとは無縁だ。
結論、後でコンビニで買おうと思いながら、さすがにくくり癖がついた髪を梳かして来ようと、ポーチを持ってトイレに立ち上がった。
トイレから戻って来ると幸弘とサリーが廊下で話していた。二人ともドリンクバーに飲み物を補充しに行っていたらしい。他の人のも引き受けたらしく、手にはコップを二つずつを持っている。
「あ、おかえりー」
サリーがやたらとにこやかに言って、私にコップを一つ渡した。
「これ、神崎くんの。さっきのお礼かたがた渡しておいて。こっちは私の。私もトイレ行って来るから」
「え……でも」
私はまだ髪をくくっていない。いくら梳いて落ち着いたからといって、また怖がられちゃうかも、と思ったが、サリーは無理矢理私にコップを押し付けた。
「よろしくー」
去ったサリーの背中を見て、幸弘が嘆息した。心なしか疲れているように見える。
「サリーになんか言われたの?」
「いや……」
幸弘は私をちらりと見て、また深々と嘆息する。
「あいつの鋭さ、少し分けてもらえないのか」
「は?」
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