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1章 神崎くんは不思議なイケメン
01 大学1年、1月
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神崎隼人くんとの出会いは、大学1年の年明けだ。
女子大に通っている私は、友人の誘いで、近隣大学と共に活動するインターカレッジサークルーー略してインカレの合唱サークルに入っていた。
文化祭やクリスマス発表会など、主要な発表を終え、来年に向けて係決めなどをしようと、1年だけで集まった日。
私をこのサークルに誘ってきた友人の一人ーー共学大学に通う小林幸弘が連れて来たのが、神崎くんだった。
「こばやんに誘われて、クリスマス発表会を聞きに行ったら、僕も参加してみたくなって。どうぞよろしくお願いします」
身長は180cm近く。肩はがちっとしているが、いかつい印象ではない。染めていない黒髪はさらりとしていて癖がない。顔立ちは甘すぎず、かといって濃すぎず。
私の目にもイケメンだと思えたし、和服の似合いそうな人だな、というのが、私の第一印象だ。
「ちょうど俺たちの代が役付きになる年だし、人数多い方がいいと思って勧誘したんだ」
こばやんこと、小林幸弘が胸を張って言った。3年は就活、4年は卒論で忙しくなるので、よほどの物好きでなければ運営側には参加しない。
「客寄せパンダにと思った訳でなく?」
私が言うと、幸弘は悪びれずに笑った。
「さっすが、香子。まあそれも、半分くらいはある」
新メンバーになって最初の課題は、もちろん新入生の勧誘だ。イケメンがいればそれだけで有利なものである。私はやれやれと嘆息すると、神崎くんに言った。
「ほんとにいいの?こいつ、無理矢理連れて来たんじゃない?」
幸弘と私は高校からの付き合いだ。調子の良さと人の扱いのうまさはよく知っている。私自身、いつも上手く丸め込まれてしまうから。
神崎くんは私の顔を見るなり、なぜだかひどく狼狽した。ちょっと泣きそうにすら見える。
「僕がいると、ご迷惑ですか?」
私は思わず目が点になった。
え? なんでそうなるの?
「やーだ、そんなことないよぅ。全然大歓迎。ねっ? 早紀もそう思うよね」
言ったのは、小坂恵美、通称えみりん。かわいらしい容姿にワンピース、焦げ茶に染めた長い髪は緩やかなパーマをかけている。
1年にいる7人の女子のうち、彼女と、たまたま隣にいて同意を求められた金澤早紀が、男子の人気を二分していた。
「そうだね。たくさんいた方が楽しいよね」
金澤早紀は、小悪魔系のえみりんとは逆の、清楚なお嬢さまといったタイプ。いつでも穏やかににこにこしていて、意見を求められたとき以外はほとんど話さない。無口というほどではないが、とにかく穏やかで優しい印象の子で、私と同じ大学から来ている。
同じ学年で私と大学が一緒なのは、この早紀と、幸弘と同じく高校からの友人である吉田里沙ことサリーだけだ。
「えと、僕は鈴木さんにーー」
「あれ?私、自己紹介したっけ」
私が首を傾げると、神崎くんはあっと口を閉ざして、それから先、口をきかなくなった。
「あんまりザッキーいじめないでくれるぅ。来なくなったらどーすんの」
「はいはい、新メンバーの紹介は終わった? 今日のお題目、ちゃっちゃと決めるよー」
幸弘の横で、相川浩之がリーダーシップを発揮して、メインテーマだった役決めへと話を変えた。
いじめたつもりはないのだが、私はどうも言い方がキツイらしく、受け手は責められた気になるらしい。
そのつもりもないのにそういわれると、私も傷つくのだけど。
まあ、名前については幸弘が教えたのだろう。そう思いながら、役決めの話し合いを始めた。
話し合い、とはいえ、事前に元部長、副部長との簡単な面接があったので、本人の意向を互いに確認する、実質承認たけの話だ。
役決め自体はすぐに終わり、えみりん始め、共学大学女子の4人が神崎くんを取り囲んで話し始めた。
神崎くんはあんまり口数の多い方ではないらしい。聞き役になっているのが見て取れる。
「ったく、すぐこれだよ。ここにもいい男がいるってのに」
私の隣でふて腐れるのは幸弘。彼は顔立ちではなく、明るい雰囲気で人をひきつけるタイプだ。雰囲気イケメンというやつか。ただ、背も神崎くんと同じくらい高いし、マラソンが趣味で身体も引き締まっているーー高校時代は陸上部だったーーから、昔からモテる。本人に自覚はないが。
「まあ、見た目だけなら負けてるよね」
「うあ、きっつー。刺さるわ」
幸弘は胸を押さえたが、表情はあまり気にしている様子もなく笑っている。
私は幸弘と話していると気が楽だった。歯に衣着せぬ言い方を、誤解なく受け取ってくれる。いちいち傷ついたりしない。そうわかっているからだ。
「じゃ、何なら勝てると思う、俺」
ひょいと私の顔を覗き込んでくる。その近さが心臓に悪い。
「無神経さ!」
顔が赤くなっていないことを祈りつつ、私は無愛想に幸弘を押しのけた。幸弘は笑いながら「これは失礼」と座り直す。
「しっかし、いいのか。女子大の奴こそ、こういう出会いを見逃しちゃいけないんじゃないの?」
イケメン神崎くんに群がる共学女子とは裏腹に、私たち三人は全くそちらに興味を持っていないのが、幸弘には面白く感じられたらしい。
早紀とサリーは、二人で引き続き打ち合わせをしている。先程の打ち合わせで、二人が次の会計担当、部長は相川、副部長は私に決まったところだった。ちなみに、幸弘は折衝担当。神崎くんとえみりんもだ。
「そういうの、興味ないし」
「そーかそーか、俺以外のやつには興味ないか」
「水道で頭冷やしてくれば」
いつもと同じようなやり取りだ。言いながらも、思っている。
本当は、気づいているんだろうか。
もし、気づいているんだとしたら、なんて残酷な奴だろう。
幸弘は笑いながら、新しい会計担当の元へーー実際には、お気に入りの早紀と話しにーー席を立った。
その背中を見届けながら、私は静かに嘆息した。
「いやぁ、ありがたいなー」
私の隣で、部長になった相川ーー通称相ちゃんがゆるりとぼやく。彼は周りをよく見て、的確に声かけができる。部長に持ってこいの人材だ。
基本的にはゆるくてざっくりしているのもいいところなのだが、それが服装にも出ていて、何年着ているのか聞いてみたいようなゆるゆるのTシャツなどを着ている。それさえ直せば、すぐに彼女もできるだろうに、とは女子一同一致した見解だ。
「神崎って、あれだからどこも欲しがってるんだよねー。女子の人気すごいし。今年もミスターキャンパスに応募させられそうになって、逃げ回ったらしいよ」
その時逃げるのを手伝った代わりに、幸弘がサークルへ勧誘し始め、ひとまずクリスマスコンサートへ誘ったらしい。
「ふぅん」
私が興味なさげに応えると、相ちゃんは愉快そうに笑った。
「ざっきーに関心ない女子もいるんだな。さすがコッコ」
コッコは私のサークルでのあだ名だ。香子の名前から来ているが、ニワトリのように口うるさいのがお似合いと思われているのではと内心自嘲している。それでも、早紀は羨ましがっていた。
「コッコ、って、かわいい。いいなぁ、香子ちゃん素敵な呼び名があって」
サークルでは、呼びやすいようあだ名をつけるのが何となくの風習で、吉田里沙はサリー、小坂恵美はえみりん……等と呼ばれているが、何故か早紀だけはなかった。いろいろと考えたが、あまりしっくり来なかったのだ。
「いや、カッコイイとは思うけど」
まるで女じゃないみたいな言われようだったので、一応言っておく。
早紀たちのところに行った幸弘が、神崎くんも巻き込んで話し始めていた。恵美たちの絡みに辟易し始めていた神崎くんも笑っている。早紀も、いつも通り手を口に当てて、かわいらしく笑っている。
幸弘の明るさは、あっという間に周囲を楽しげな空気に変える。太陽みたいな男だ、と私はよく思う。到底真似をしようと思ってできるものではない。持って産まれた性質というか、才能というか。
「でも、私は相ちゃん好きだよ」
私がサラっと言うと、相ちゃんはまた笑った。
「おぉ、そーかそーか。ありがとう。俺もコッコ好きだよ」
お互い、完全に異性としての好意とは別で言っているのが分かっている。相ちゃんも、私が身構えず話せる少ない友人の一人だ。
「えっ、なに、お前らなに告り合っちゃってんの、つき合っちゃうのー!?」
すかさず突っ込んで来たのは、砂川啓太。通称ケイケイ。私たちの代で一番チャラくて煩い。声が高いから余計煩い。
「だって、コッコ。どーする?」
「どーもしません、部長」
私たちがゆるいテンションで言っていたとき、神崎くんが立ち上がった。ガタリ、とずいぶん大きい音を立てて立ち上がる。
ただのパイプ椅子のはずなんだけど、立ち上がるときにそんなに大きい音って出たっけ?
「こばやん、トイレどこ?」
「部屋出て右。突き当たり」
「サンキュ」
言って出ていく、その声はさっきよりだいぶ低かった。そんなに低い声も出るんだなーと思った私は、恵美たちが「なんか怒ってた?」とか言っているのを無視して、目を輝かせる。
嬉しい気づきに晴れ晴れとした声で言った。
「バス!神崎くんはバスね!たっちゃん、よろしく!」
「えぇ!本人の意思は?」
「そこを説得するのがパーリーの仕事!初仕事!がんばれ!」
私たちの代にはバスが少ない。声質だけで言うと5人中4人がテノールなのだが、色んなバランスを考慮して、無理に一人、バスを担当している。唯一バスらしいバスなのは、今声をかけた三原達也だけなので、必然的にパートリーダーになったのだ。
「えっ、じゃあ、俺、テノールに行ってもいい?」
嬉しそうに言ったのは久原庵。某ロボットアニメが好きで、名前から文字ってイオンと呼ばれている。彼が、無理をしてバスを担当していた男子だ。
「たっちゃんと協力して説得だ!がんばれ!」
私は拳を作って応援する。幸弘が笑って言った。
「確かに、イオンきつそうだったもんなぁ」
「ジャンケンに負けたばっかりに……」
くっ、と、涙を拭うふりをする。イオンは元演劇部でもある。そしてやたらとジャンケンが弱い。
そうこうしていると、神崎くんが戻ってきた。
「そういうわけだから神崎くん、バスパートに入り給え」
「……は?」
部屋に入った途端、頭一つ分背の低いイオンに腕組みをしながら言い渡され、ドアの前できょとん、とする神崎くん。
あ、その顔ちょっと可愛い。
そう思ったのは私だけではないらしく、えみりんがうふ、とか言ってる。
「どういう話の流れで?」
怪訝そうに、イオン、その近くにいたたっちゃん、そして私を順番に見る。
「うちの代、バス少ないんだよー。神崎くん、バスやってくれると助かる!」
私が言うか言わないかのところで、がたたん、と近くの机が音を立てた。神崎くんがなぜかよろめいたらしい。
「だ、大丈夫?」
慌ててえみりんが駆け寄り支えるーー豊かな胸を押し付けながら。
「あ、いや、大丈夫。ごめん。うん、分かった。バスやるよ」
神崎くんはなんとなく早口で、どこかあっちの方を見ながら言った。
え? 壁? そっちの壁、何かある?
疑問符が脳内にいっぱいになった私をよそに、イオンがうわーいと喜んでいる。他の男子が良かったな、と笑っている。えみりんたち共学女子は神崎くんを囲んで、案外そそっかしいんだね、かわいーとか言ってる。
え、で、何? よろめいたのって私のせい? 目、合わせてくれないんだけど、私何かした?
「なんか、面白い子だね」
私にこっそりと言ったのはサリーだった。
「イケメンなのに鼻にかけないし……それに」
にやり、と笑う。
彼女のこの笑顔は、相当悪辣なことを考えているときの顔だと、高校からの付き合いの私は知っている。なんとなく顔が青ざめた。
「何、どうしたの」
「いや、別に。まだ確定事項じゃないから」
「いやいや。気になるじゃん。何、一体」
「いーのいーの」
ぽんぽん、とサリーは私の背中を叩いた。
「香子はそのままでいいの。そのままでいて、その方がーー」
サリーはただ、優しげな顔でにこりとした。が、内心は優しくなどないことを、私は知ってる。絶対何か面白がってる。
サリーもテレビや雑誌映えしそうな早紀やえみりんとは違うけれど、割と整った顔をしている。だから内面をわかっていても、かわいい笑顔だなーなんて思ってしまう。ミーハーなファンも多い二人とは違い、本気の男子がチラホラいるのがサリーだ。
「うふふっ、楽しくなりそう」
早紀がその横で、サリーちゃん、嬉しそうだねぇ、とほんわか言った。
女子大に通っている私は、友人の誘いで、近隣大学と共に活動するインターカレッジサークルーー略してインカレの合唱サークルに入っていた。
文化祭やクリスマス発表会など、主要な発表を終え、来年に向けて係決めなどをしようと、1年だけで集まった日。
私をこのサークルに誘ってきた友人の一人ーー共学大学に通う小林幸弘が連れて来たのが、神崎くんだった。
「こばやんに誘われて、クリスマス発表会を聞きに行ったら、僕も参加してみたくなって。どうぞよろしくお願いします」
身長は180cm近く。肩はがちっとしているが、いかつい印象ではない。染めていない黒髪はさらりとしていて癖がない。顔立ちは甘すぎず、かといって濃すぎず。
私の目にもイケメンだと思えたし、和服の似合いそうな人だな、というのが、私の第一印象だ。
「ちょうど俺たちの代が役付きになる年だし、人数多い方がいいと思って勧誘したんだ」
こばやんこと、小林幸弘が胸を張って言った。3年は就活、4年は卒論で忙しくなるので、よほどの物好きでなければ運営側には参加しない。
「客寄せパンダにと思った訳でなく?」
私が言うと、幸弘は悪びれずに笑った。
「さっすが、香子。まあそれも、半分くらいはある」
新メンバーになって最初の課題は、もちろん新入生の勧誘だ。イケメンがいればそれだけで有利なものである。私はやれやれと嘆息すると、神崎くんに言った。
「ほんとにいいの?こいつ、無理矢理連れて来たんじゃない?」
幸弘と私は高校からの付き合いだ。調子の良さと人の扱いのうまさはよく知っている。私自身、いつも上手く丸め込まれてしまうから。
神崎くんは私の顔を見るなり、なぜだかひどく狼狽した。ちょっと泣きそうにすら見える。
「僕がいると、ご迷惑ですか?」
私は思わず目が点になった。
え? なんでそうなるの?
「やーだ、そんなことないよぅ。全然大歓迎。ねっ? 早紀もそう思うよね」
言ったのは、小坂恵美、通称えみりん。かわいらしい容姿にワンピース、焦げ茶に染めた長い髪は緩やかなパーマをかけている。
1年にいる7人の女子のうち、彼女と、たまたま隣にいて同意を求められた金澤早紀が、男子の人気を二分していた。
「そうだね。たくさんいた方が楽しいよね」
金澤早紀は、小悪魔系のえみりんとは逆の、清楚なお嬢さまといったタイプ。いつでも穏やかににこにこしていて、意見を求められたとき以外はほとんど話さない。無口というほどではないが、とにかく穏やかで優しい印象の子で、私と同じ大学から来ている。
同じ学年で私と大学が一緒なのは、この早紀と、幸弘と同じく高校からの友人である吉田里沙ことサリーだけだ。
「えと、僕は鈴木さんにーー」
「あれ?私、自己紹介したっけ」
私が首を傾げると、神崎くんはあっと口を閉ざして、それから先、口をきかなくなった。
「あんまりザッキーいじめないでくれるぅ。来なくなったらどーすんの」
「はいはい、新メンバーの紹介は終わった? 今日のお題目、ちゃっちゃと決めるよー」
幸弘の横で、相川浩之がリーダーシップを発揮して、メインテーマだった役決めへと話を変えた。
いじめたつもりはないのだが、私はどうも言い方がキツイらしく、受け手は責められた気になるらしい。
そのつもりもないのにそういわれると、私も傷つくのだけど。
まあ、名前については幸弘が教えたのだろう。そう思いながら、役決めの話し合いを始めた。
話し合い、とはいえ、事前に元部長、副部長との簡単な面接があったので、本人の意向を互いに確認する、実質承認たけの話だ。
役決め自体はすぐに終わり、えみりん始め、共学大学女子の4人が神崎くんを取り囲んで話し始めた。
神崎くんはあんまり口数の多い方ではないらしい。聞き役になっているのが見て取れる。
「ったく、すぐこれだよ。ここにもいい男がいるってのに」
私の隣でふて腐れるのは幸弘。彼は顔立ちではなく、明るい雰囲気で人をひきつけるタイプだ。雰囲気イケメンというやつか。ただ、背も神崎くんと同じくらい高いし、マラソンが趣味で身体も引き締まっているーー高校時代は陸上部だったーーから、昔からモテる。本人に自覚はないが。
「まあ、見た目だけなら負けてるよね」
「うあ、きっつー。刺さるわ」
幸弘は胸を押さえたが、表情はあまり気にしている様子もなく笑っている。
私は幸弘と話していると気が楽だった。歯に衣着せぬ言い方を、誤解なく受け取ってくれる。いちいち傷ついたりしない。そうわかっているからだ。
「じゃ、何なら勝てると思う、俺」
ひょいと私の顔を覗き込んでくる。その近さが心臓に悪い。
「無神経さ!」
顔が赤くなっていないことを祈りつつ、私は無愛想に幸弘を押しのけた。幸弘は笑いながら「これは失礼」と座り直す。
「しっかし、いいのか。女子大の奴こそ、こういう出会いを見逃しちゃいけないんじゃないの?」
イケメン神崎くんに群がる共学女子とは裏腹に、私たち三人は全くそちらに興味を持っていないのが、幸弘には面白く感じられたらしい。
早紀とサリーは、二人で引き続き打ち合わせをしている。先程の打ち合わせで、二人が次の会計担当、部長は相川、副部長は私に決まったところだった。ちなみに、幸弘は折衝担当。神崎くんとえみりんもだ。
「そういうの、興味ないし」
「そーかそーか、俺以外のやつには興味ないか」
「水道で頭冷やしてくれば」
いつもと同じようなやり取りだ。言いながらも、思っている。
本当は、気づいているんだろうか。
もし、気づいているんだとしたら、なんて残酷な奴だろう。
幸弘は笑いながら、新しい会計担当の元へーー実際には、お気に入りの早紀と話しにーー席を立った。
その背中を見届けながら、私は静かに嘆息した。
「いやぁ、ありがたいなー」
私の隣で、部長になった相川ーー通称相ちゃんがゆるりとぼやく。彼は周りをよく見て、的確に声かけができる。部長に持ってこいの人材だ。
基本的にはゆるくてざっくりしているのもいいところなのだが、それが服装にも出ていて、何年着ているのか聞いてみたいようなゆるゆるのTシャツなどを着ている。それさえ直せば、すぐに彼女もできるだろうに、とは女子一同一致した見解だ。
「神崎って、あれだからどこも欲しがってるんだよねー。女子の人気すごいし。今年もミスターキャンパスに応募させられそうになって、逃げ回ったらしいよ」
その時逃げるのを手伝った代わりに、幸弘がサークルへ勧誘し始め、ひとまずクリスマスコンサートへ誘ったらしい。
「ふぅん」
私が興味なさげに応えると、相ちゃんは愉快そうに笑った。
「ざっきーに関心ない女子もいるんだな。さすがコッコ」
コッコは私のサークルでのあだ名だ。香子の名前から来ているが、ニワトリのように口うるさいのがお似合いと思われているのではと内心自嘲している。それでも、早紀は羨ましがっていた。
「コッコ、って、かわいい。いいなぁ、香子ちゃん素敵な呼び名があって」
サークルでは、呼びやすいようあだ名をつけるのが何となくの風習で、吉田里沙はサリー、小坂恵美はえみりん……等と呼ばれているが、何故か早紀だけはなかった。いろいろと考えたが、あまりしっくり来なかったのだ。
「いや、カッコイイとは思うけど」
まるで女じゃないみたいな言われようだったので、一応言っておく。
早紀たちのところに行った幸弘が、神崎くんも巻き込んで話し始めていた。恵美たちの絡みに辟易し始めていた神崎くんも笑っている。早紀も、いつも通り手を口に当てて、かわいらしく笑っている。
幸弘の明るさは、あっという間に周囲を楽しげな空気に変える。太陽みたいな男だ、と私はよく思う。到底真似をしようと思ってできるものではない。持って産まれた性質というか、才能というか。
「でも、私は相ちゃん好きだよ」
私がサラっと言うと、相ちゃんはまた笑った。
「おぉ、そーかそーか。ありがとう。俺もコッコ好きだよ」
お互い、完全に異性としての好意とは別で言っているのが分かっている。相ちゃんも、私が身構えず話せる少ない友人の一人だ。
「えっ、なに、お前らなに告り合っちゃってんの、つき合っちゃうのー!?」
すかさず突っ込んで来たのは、砂川啓太。通称ケイケイ。私たちの代で一番チャラくて煩い。声が高いから余計煩い。
「だって、コッコ。どーする?」
「どーもしません、部長」
私たちがゆるいテンションで言っていたとき、神崎くんが立ち上がった。ガタリ、とずいぶん大きい音を立てて立ち上がる。
ただのパイプ椅子のはずなんだけど、立ち上がるときにそんなに大きい音って出たっけ?
「こばやん、トイレどこ?」
「部屋出て右。突き当たり」
「サンキュ」
言って出ていく、その声はさっきよりだいぶ低かった。そんなに低い声も出るんだなーと思った私は、恵美たちが「なんか怒ってた?」とか言っているのを無視して、目を輝かせる。
嬉しい気づきに晴れ晴れとした声で言った。
「バス!神崎くんはバスね!たっちゃん、よろしく!」
「えぇ!本人の意思は?」
「そこを説得するのがパーリーの仕事!初仕事!がんばれ!」
私たちの代にはバスが少ない。声質だけで言うと5人中4人がテノールなのだが、色んなバランスを考慮して、無理に一人、バスを担当している。唯一バスらしいバスなのは、今声をかけた三原達也だけなので、必然的にパートリーダーになったのだ。
「えっ、じゃあ、俺、テノールに行ってもいい?」
嬉しそうに言ったのは久原庵。某ロボットアニメが好きで、名前から文字ってイオンと呼ばれている。彼が、無理をしてバスを担当していた男子だ。
「たっちゃんと協力して説得だ!がんばれ!」
私は拳を作って応援する。幸弘が笑って言った。
「確かに、イオンきつそうだったもんなぁ」
「ジャンケンに負けたばっかりに……」
くっ、と、涙を拭うふりをする。イオンは元演劇部でもある。そしてやたらとジャンケンが弱い。
そうこうしていると、神崎くんが戻ってきた。
「そういうわけだから神崎くん、バスパートに入り給え」
「……は?」
部屋に入った途端、頭一つ分背の低いイオンに腕組みをしながら言い渡され、ドアの前できょとん、とする神崎くん。
あ、その顔ちょっと可愛い。
そう思ったのは私だけではないらしく、えみりんがうふ、とか言ってる。
「どういう話の流れで?」
怪訝そうに、イオン、その近くにいたたっちゃん、そして私を順番に見る。
「うちの代、バス少ないんだよー。神崎くん、バスやってくれると助かる!」
私が言うか言わないかのところで、がたたん、と近くの机が音を立てた。神崎くんがなぜかよろめいたらしい。
「だ、大丈夫?」
慌ててえみりんが駆け寄り支えるーー豊かな胸を押し付けながら。
「あ、いや、大丈夫。ごめん。うん、分かった。バスやるよ」
神崎くんはなんとなく早口で、どこかあっちの方を見ながら言った。
え? 壁? そっちの壁、何かある?
疑問符が脳内にいっぱいになった私をよそに、イオンがうわーいと喜んでいる。他の男子が良かったな、と笑っている。えみりんたち共学女子は神崎くんを囲んで、案外そそっかしいんだね、かわいーとか言ってる。
え、で、何? よろめいたのって私のせい? 目、合わせてくれないんだけど、私何かした?
「なんか、面白い子だね」
私にこっそりと言ったのはサリーだった。
「イケメンなのに鼻にかけないし……それに」
にやり、と笑う。
彼女のこの笑顔は、相当悪辣なことを考えているときの顔だと、高校からの付き合いの私は知っている。なんとなく顔が青ざめた。
「何、どうしたの」
「いや、別に。まだ確定事項じゃないから」
「いやいや。気になるじゃん。何、一体」
「いーのいーの」
ぽんぽん、とサリーは私の背中を叩いた。
「香子はそのままでいいの。そのままでいて、その方がーー」
サリーはただ、優しげな顔でにこりとした。が、内心は優しくなどないことを、私は知ってる。絶対何か面白がってる。
サリーもテレビや雑誌映えしそうな早紀やえみりんとは違うけれど、割と整った顔をしている。だから内面をわかっていても、かわいい笑顔だなーなんて思ってしまう。ミーハーなファンも多い二人とは違い、本気の男子がチラホラいるのがサリーだ。
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