色づく景色に君がいた

松丹子

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 彼の名は、橘健人、という。
 入学式に並んだ新入生の中でも、彼はずば抜けて目立っていて、磁石みたいに人の目を引き付けた。
 第一印象はずばり、「ああ、モテそうな子だなぁ」。
 その華やかな空気を見るに、僕と無関係な世界の住人としか認識していなかった。

 それが、どうして互いを認識するに至ったかといえば、部活がきっかけだ。
 僕は空手部のマネージャー。彼は柔道部のエース。
 その部活はどちらも、OBのお金で建てられた武道場を使っていた。どちらかが休部の日を除いて、半分ずつ区切って使っていたから、自然と互いの部員を認識するようになるのだ。
 橘くんは、入部した当初から注目の的だった。
 柔道、というと暑苦しいイメージがあるから、女子は嫌煙しがちのはずなのに、橘くんがいるとなると一気にギャラリーが増えた。
 もちろん、空手部員たちからは賛否あった。「あまりに騒がしくなると、部活動に影響するのでは」とひがみ半分文句を垂れる奴もいたが、結果的にはそこまで騒がしくならないまま、状況は落ち着いた。
 どうも、ミーハーな女子は橘くん本人がうまいことあしらったらしい。
 そのことに感心する男子が多かった中、僕はむしろ、ますます別世界の人という印象を強めた。
 なぜって、そういうあしらいが上手になるような経験をしてきたのだろう、と思ったからだ。
 僕には想像もできない世界の中に住んでいる人。
 彼はまるで漫画の主人公で、いち脇役にもなり得ない僕に、その世界は縁もないだろう。
 もちろんそのときには本人と直接話す機会なんてなかったから、風の噂からそんなことを考えていた。

 それなのに、いつの間に僕は彼に、こんな感情を抱くに至ったのだろう。
 気づいたらこうなっていた。それは偶然のようでいて、不思議な必然性を感じさせる。
 彼と出会えば、それがいつであっても、どこであっても、僕は――彼に惹かれたのだろう。

 彼と一緒に過ごした時間は、さして長くないのに、ひどく鮮明に僕の中に残っている。
 あのときも。今も。遠ざかるほど、むしろあざやかさを増しているように。
 僕の中で、彼は、彼との時間は、サングラスを外したときの風景のように明るく在り続けている。
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