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第四章 二人の生活
06 役目
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11月下旬。四十九日を済ませるのために、俺は京都へ向かった。
ホテルに宿泊するつもりだったが、義母が「泊まりなさい」と言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。
ヨーコさんがいそいそと、自分の部屋に二人分の布団を並べる。
手伝おうと手を伸ばすと、目が合って嬉しそうに微笑まれた。
あー、可愛い。
キスしたい。抱きしめたい。
膨れ上がる欲望をかろうじて押さえ込み、布団を引く。
「ホームの入所の件な、二人待ちらしいねん」
手を動かしながら、ヨーコさんが話しはじめた。
「もう少しで冬やし、入所まで一緒に待つか……せめて春まではと思てな」
「そうですか」
覚悟はしていた言葉だ。俺はできるだけ明るく頷いた。
「ヨーコさんの悔いがないようにしてください。俺はそれを応援するだけです」
ヨーコさんはふにゃりと微笑んだ。
「……おおきに」
囁くように言って、そろりと手を伸ばして来る。
引き終わった布団を間に挟み、指を絡めて手を繋いだ。
「……年末年始、またこっちに来ましょうか」
俺が問うと、ヨーコさんが首を振った。
「その頃は、うちが一度関東に帰るわ。……あんたの誕生日もあるしな」
意外なことを言われて、俺は黙る。ヨーコさんが笑った。
「昨年は祝えへんかったけど、忘れてへんねんで。大晦日産まれやなんて、あんたらしいというかなんというか、一度聞いたら忘れられへんわ」
ヨーコさんは、ふぅと息を吐く。あるはずもないその吐息の甘さを感じて身体が疼く。
「どうせ喪中で新年は祝えへんし、じっくりあんたの誕生日を祝おうな」
俺は照れ臭い上に反応に困って、はい、とだけ、答えた。
電気を消して布団に入ると、俺はおずおずと手を伸ばした。
ヨーコさんはふと笑って、手を握り返してくれる。
その温もりを感じて。俺はほっと息をついた。
薄暗い室内で隣を見る。
愛妻の白い肌が、カーテン越しの月明かりにぼんわりと浮き出している。
まるでかぐや姫みたいだ。
じゃあ、いずれ月に帰ってしまうのだろうか。
「……ジョー?」
かすれた囁き声が、俺の名を呼ぶ。
「あ、すみません」
つい、手に力が入っていたことに気づいた。
はかなげで綺麗なこのひとのことを、ずっと手元に繋ぎとめていたくて。
ヨーコさんは、ふふ、と笑った。もぞもぞと寝返りを打ち、俺の方へ手を伸ばす。
「な、ジョー」
「なんですか」
「こっち、来て」
俺は息を止めた。ずっと側にいるのに、いまだに俺は、ヨーコさんが甘えてくる姿にどうしようもなくときめく。それが自分だけに見せる姿だと分かっているからかもしれないし、段々と、柔らかさが増しているからかもしれない。
「でも……狭いですよ」
「ええねん、狭くても」
ヨーコさんは握った俺の片手を指先でさする。
「また、しばらく会えへんようなるやろ」
俺は少し迷った後で、ヨーコさんの布団の中に招かれた。
もしかしたら、ヨーコさんも、俺と同じだったのかな。
久しぶりに繋がって、満たされて……満たされたからこそ、また欲しくなって、寂しくなって。
布団に入ってきた俺に、ヨーコさんが腕と脚を絡める。
柔らかいところは柔らかく、華奢なところは華奢な肢体。
目をつぶっても思い出せるほど、俺の内外に染み付いた彼女の身体。
「おおきに」
俺の胸に額を押し付けながら、ヨーコさんは囁く。
「何がですか」
俺はヨーコさんを抱きしめながら応じた。
「……何度も行き来するの、大変やろ」
ヨーコさんが黒目がちな目で見上げて来る。俺は微笑んで首を振ると、唇を軽く合わせた。
ちゅ、と小さな水音がたつ。
「……リップ、塗ってるんですか」
「あ」
ヨーコさんは珍しく恥ずかしそうに頬を染めた。
「こないだ……手も唇も、ガサガサやったやろ……すっかり手入れしてへんかったの、忘れててん」
言いながら、自分の胸元で両手を合わせる。俺はその指をなぞり、俺の指と絡めた。
「気にしませんよ、そんなの」
「嫌や」
ヨーコさんはぽってりした唇を尖らせた。
「あんたが気にせぇへんでも、うちが気にする」
俺はくつくつ笑いながら、ヨーコさんの指先を口に含んだ。
「ハンドクリーム塗ったとこやで」
「うん、なんか味がする」
「身体に悪いんちゃう」
「そうかも」
言いながら、一本一本丁寧に、唇と舌で愛撫していく。
「……ガサガサしてたら、俺の役目ができたのに」
愛妻の指先に唇を寄せる合間にそう言うと、ヨーコさんがまばたきした。
俺は微笑む。
「ヨーコさんの身体中、保湿して、マッサージして……」
手を握り、頬にキスをする。
「……ヨーコさんの身体を堪能する」
「もう、阿呆」
ヨーコさんは笑った。
「あんた、ほんと阿呆やね」
俺も笑い返して、ヨーコさんの唇にキスをする。
ヨーコさんは黙ってそれを受けてから、眉間に小さなしわを寄せた。
「……ハンドクリームの味がするわ」
「あ、すみません」
言い合って、二人で笑った。
ホテルに宿泊するつもりだったが、義母が「泊まりなさい」と言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。
ヨーコさんがいそいそと、自分の部屋に二人分の布団を並べる。
手伝おうと手を伸ばすと、目が合って嬉しそうに微笑まれた。
あー、可愛い。
キスしたい。抱きしめたい。
膨れ上がる欲望をかろうじて押さえ込み、布団を引く。
「ホームの入所の件な、二人待ちらしいねん」
手を動かしながら、ヨーコさんが話しはじめた。
「もう少しで冬やし、入所まで一緒に待つか……せめて春まではと思てな」
「そうですか」
覚悟はしていた言葉だ。俺はできるだけ明るく頷いた。
「ヨーコさんの悔いがないようにしてください。俺はそれを応援するだけです」
ヨーコさんはふにゃりと微笑んだ。
「……おおきに」
囁くように言って、そろりと手を伸ばして来る。
引き終わった布団を間に挟み、指を絡めて手を繋いだ。
「……年末年始、またこっちに来ましょうか」
俺が問うと、ヨーコさんが首を振った。
「その頃は、うちが一度関東に帰るわ。……あんたの誕生日もあるしな」
意外なことを言われて、俺は黙る。ヨーコさんが笑った。
「昨年は祝えへんかったけど、忘れてへんねんで。大晦日産まれやなんて、あんたらしいというかなんというか、一度聞いたら忘れられへんわ」
ヨーコさんは、ふぅと息を吐く。あるはずもないその吐息の甘さを感じて身体が疼く。
「どうせ喪中で新年は祝えへんし、じっくりあんたの誕生日を祝おうな」
俺は照れ臭い上に反応に困って、はい、とだけ、答えた。
電気を消して布団に入ると、俺はおずおずと手を伸ばした。
ヨーコさんはふと笑って、手を握り返してくれる。
その温もりを感じて。俺はほっと息をついた。
薄暗い室内で隣を見る。
愛妻の白い肌が、カーテン越しの月明かりにぼんわりと浮き出している。
まるでかぐや姫みたいだ。
じゃあ、いずれ月に帰ってしまうのだろうか。
「……ジョー?」
かすれた囁き声が、俺の名を呼ぶ。
「あ、すみません」
つい、手に力が入っていたことに気づいた。
はかなげで綺麗なこのひとのことを、ずっと手元に繋ぎとめていたくて。
ヨーコさんは、ふふ、と笑った。もぞもぞと寝返りを打ち、俺の方へ手を伸ばす。
「な、ジョー」
「なんですか」
「こっち、来て」
俺は息を止めた。ずっと側にいるのに、いまだに俺は、ヨーコさんが甘えてくる姿にどうしようもなくときめく。それが自分だけに見せる姿だと分かっているからかもしれないし、段々と、柔らかさが増しているからかもしれない。
「でも……狭いですよ」
「ええねん、狭くても」
ヨーコさんは握った俺の片手を指先でさする。
「また、しばらく会えへんようなるやろ」
俺は少し迷った後で、ヨーコさんの布団の中に招かれた。
もしかしたら、ヨーコさんも、俺と同じだったのかな。
久しぶりに繋がって、満たされて……満たされたからこそ、また欲しくなって、寂しくなって。
布団に入ってきた俺に、ヨーコさんが腕と脚を絡める。
柔らかいところは柔らかく、華奢なところは華奢な肢体。
目をつぶっても思い出せるほど、俺の内外に染み付いた彼女の身体。
「おおきに」
俺の胸に額を押し付けながら、ヨーコさんは囁く。
「何がですか」
俺はヨーコさんを抱きしめながら応じた。
「……何度も行き来するの、大変やろ」
ヨーコさんが黒目がちな目で見上げて来る。俺は微笑んで首を振ると、唇を軽く合わせた。
ちゅ、と小さな水音がたつ。
「……リップ、塗ってるんですか」
「あ」
ヨーコさんは珍しく恥ずかしそうに頬を染めた。
「こないだ……手も唇も、ガサガサやったやろ……すっかり手入れしてへんかったの、忘れててん」
言いながら、自分の胸元で両手を合わせる。俺はその指をなぞり、俺の指と絡めた。
「気にしませんよ、そんなの」
「嫌や」
ヨーコさんはぽってりした唇を尖らせた。
「あんたが気にせぇへんでも、うちが気にする」
俺はくつくつ笑いながら、ヨーコさんの指先を口に含んだ。
「ハンドクリーム塗ったとこやで」
「うん、なんか味がする」
「身体に悪いんちゃう」
「そうかも」
言いながら、一本一本丁寧に、唇と舌で愛撫していく。
「……ガサガサしてたら、俺の役目ができたのに」
愛妻の指先に唇を寄せる合間にそう言うと、ヨーコさんがまばたきした。
俺は微笑む。
「ヨーコさんの身体中、保湿して、マッサージして……」
手を握り、頬にキスをする。
「……ヨーコさんの身体を堪能する」
「もう、阿呆」
ヨーコさんは笑った。
「あんた、ほんと阿呆やね」
俺も笑い返して、ヨーコさんの唇にキスをする。
ヨーコさんは黙ってそれを受けてから、眉間に小さなしわを寄せた。
「……ハンドクリームの味がするわ」
「あ、すみません」
言い合って、二人で笑った。
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