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第三章 凶悪な正義
12 転居
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ヨーコさんの新居は、俺よりもひと駅会社側にある、駅近くの物件に決まった。
引っ越しはその二週間後だ。
とはいえ、家具は基本的に業者に引き取ってもらう、とヨーコさんは言った。
「男が汚い手でさわったかも知れへんもん、使うのなんて嫌や」
言わんとすることはよく分かる。家具や食器はよほど気に入っているものを除き、新しく買い替えることにした。
家具類の古商問屋の手配は俺がし、引き渡しのときにも同席することになった。そうは言うものの、急なことなので家の明け渡し自体はもう少し先だ。週末を利用した作業は少し時間がかかる。何より、ヨーコさんが「絶対に持っていく」と言ったのは本とCDで、壁一面に並べられたそれらを箱詰めするだけでもそれなりの時間と労力が必要そうだった。
明け渡しまでの間に、必要なものを整理すればいい。
俺とヨーコさんは二人でそう話した。
引っ越しのときは手伝う、と言ったけど、ヨーコさんは必要ないと言い張った。
新しい場所に男を入れたくないのかと、無理強いするのはやめたが、「何かあったらすぐ行くので呼んでください」と言っておいた。
でもやっぱり、連絡はなかった。
+ + +
ヨーコさんから連絡があったのは、新居が利用可能になった翌週の週末の夕方だ。日頃、ヨーコさんから連絡してくることはない。もしやまた何かあったのではと、慌てて駆けつけた。
ほとんど走ってヨーコさんの家の前にやってきた俺を出迎えたのは、ご機嫌に笑うヨーコさんだった。
「三十分、かかってないな。偉い偉い」
家に着くなり、そう笑って俺の頭を撫でる姿に、俺は荒くなった呼吸を整えつつ、困惑の眼差しを向ける。
「あの……何もなく?」
「何もないで」
念のため確認すると、ヨーコさんはくつくつ笑った。
俺はひとまず、ほっと息を吐き出す。
「……なら、よかった」
俺がつぶやくと、ヨーコさんはまたくつくつ笑い、きびすを返した。
「早よ上がり」
言いながらぱたぱたと中へ入っていく。
ダイニングにはラグが引かれ、2人用のテーブルと椅子があって、まだ荷ときされていないままの段ボールが隅においてあった。
「荷とき、手伝いましょうか?」
「んー、まあぼちぼちやるわ。まだ本棚買ってへんねん」
言いながらキッチンへ向かったヨーコさんは、おもむろにワインボトルを二本並べた。
「今日は飲むでぇ」
やはり珍しいほどに機嫌がいい。俺は苦笑する。
「買ってきたんですか。重かったでしょうに」
「タクシー使ったから、大丈夫や」
ヨーコさんは言いながら、ごそごそと袋から何かを出す。
「あんた呼んだのは、これお願いするためや」
言って、ワインオープナーを俺に渡す。
「頼んだで」
にこりと笑うと、夕飯の支度に取り掛かった。
台所には冷蔵庫と電子レンジ、小さい炊飯器。一通り生活に必要なものは揃っているらしいと見て少しほっとする。
夕飯を御相伴に預かっていいということなのだろうか。
思いつつ、渡された栓抜きとワインボトルを交互に見やる。
「えーと……、もう栓抜いていいんですか?」
「うん。ほとんど出来合いのもの並べるだけやし」
言いながら、簡単に火を通したり、皿に盛りつけたりしている。
ヨーコさんはあんまり料理をしないと言いながら、盛りつけが結構好きらしい。ちょっと添え物をしたりして、鼻歌でも歌い出さんばかりだ。
その楽しそうな顔を見ながら、それならばとコルクに栓抜きを捩込み始めた。
引っ越しはその二週間後だ。
とはいえ、家具は基本的に業者に引き取ってもらう、とヨーコさんは言った。
「男が汚い手でさわったかも知れへんもん、使うのなんて嫌や」
言わんとすることはよく分かる。家具や食器はよほど気に入っているものを除き、新しく買い替えることにした。
家具類の古商問屋の手配は俺がし、引き渡しのときにも同席することになった。そうは言うものの、急なことなので家の明け渡し自体はもう少し先だ。週末を利用した作業は少し時間がかかる。何より、ヨーコさんが「絶対に持っていく」と言ったのは本とCDで、壁一面に並べられたそれらを箱詰めするだけでもそれなりの時間と労力が必要そうだった。
明け渡しまでの間に、必要なものを整理すればいい。
俺とヨーコさんは二人でそう話した。
引っ越しのときは手伝う、と言ったけど、ヨーコさんは必要ないと言い張った。
新しい場所に男を入れたくないのかと、無理強いするのはやめたが、「何かあったらすぐ行くので呼んでください」と言っておいた。
でもやっぱり、連絡はなかった。
+ + +
ヨーコさんから連絡があったのは、新居が利用可能になった翌週の週末の夕方だ。日頃、ヨーコさんから連絡してくることはない。もしやまた何かあったのではと、慌てて駆けつけた。
ほとんど走ってヨーコさんの家の前にやってきた俺を出迎えたのは、ご機嫌に笑うヨーコさんだった。
「三十分、かかってないな。偉い偉い」
家に着くなり、そう笑って俺の頭を撫でる姿に、俺は荒くなった呼吸を整えつつ、困惑の眼差しを向ける。
「あの……何もなく?」
「何もないで」
念のため確認すると、ヨーコさんはくつくつ笑った。
俺はひとまず、ほっと息を吐き出す。
「……なら、よかった」
俺がつぶやくと、ヨーコさんはまたくつくつ笑い、きびすを返した。
「早よ上がり」
言いながらぱたぱたと中へ入っていく。
ダイニングにはラグが引かれ、2人用のテーブルと椅子があって、まだ荷ときされていないままの段ボールが隅においてあった。
「荷とき、手伝いましょうか?」
「んー、まあぼちぼちやるわ。まだ本棚買ってへんねん」
言いながらキッチンへ向かったヨーコさんは、おもむろにワインボトルを二本並べた。
「今日は飲むでぇ」
やはり珍しいほどに機嫌がいい。俺は苦笑する。
「買ってきたんですか。重かったでしょうに」
「タクシー使ったから、大丈夫や」
ヨーコさんは言いながら、ごそごそと袋から何かを出す。
「あんた呼んだのは、これお願いするためや」
言って、ワインオープナーを俺に渡す。
「頼んだで」
にこりと笑うと、夕飯の支度に取り掛かった。
台所には冷蔵庫と電子レンジ、小さい炊飯器。一通り生活に必要なものは揃っているらしいと見て少しほっとする。
夕飯を御相伴に預かっていいということなのだろうか。
思いつつ、渡された栓抜きとワインボトルを交互に見やる。
「えーと……、もう栓抜いていいんですか?」
「うん。ほとんど出来合いのもの並べるだけやし」
言いながら、簡単に火を通したり、皿に盛りつけたりしている。
ヨーコさんはあんまり料理をしないと言いながら、盛りつけが結構好きらしい。ちょっと添え物をしたりして、鼻歌でも歌い出さんばかりだ。
その楽しそうな顔を見ながら、それならばとコルクに栓抜きを捩込み始めた。
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