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第三章 凶悪な正義
08 鎧の下の鎧
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しばらく、俺とヨーコさんは身体の関係がなくなった。
身体の関係どころか、手を繋ぐこともキスすることもない。ストイックといえば大変ストイックに、互いの皮膚にふれることはなかった。
でも、不思議なことに、そうして肌の触れ合いが減ってからの方が、俺とヨーコさんの距離感は近くなった気がする。
ヨーコさんは取りつくろった愛想笑いをしなくなったし、あえて俺を挑発することもなくなった。
彼女なりの、無表情で無感情な鎧が、一つ剥げたような。
まあ、その下にはツンツンな鎧があったみたいだけど。
それまでの遠慮などそっちのけで、俺を直接的に攻撃するような言葉を口にする彼女は、なんだか可愛い。
その表情や態度がちょっと少女じみて見えるからかもしれない。
ごくごくたまには、リラックスしたようなぼんやりした表情をすることもあるし、何かを目にして笑うこともある。
そのとき見えるのは、以前とは違う、心からの笑顔だ。
だから多分、最初に比べればだいぶ進展しているんだろう、とーー
何となく、そんな気がしていた。
ヨーコさんは、年末になると毎年実家に帰る。
……んだと思っていたけど、京都には帰っても実家には帰っていないらしい。
思い込んでいた俺が、
「親御さん元気でした?」
って聞いたら、
「会ってへんから分からん」
とあっさり返ってきて驚いた。
俺はといえば、年末年始は実家に帰って母のお節を満喫し、お年玉目的でやってきた甥っ子姪っ子と走り回って遊び、家の中のものを壊して怒られて過ごした。
あまりの過ごし方の違いに、思わず目を丸くした。
「……じゃ、何で京都に?」
「おばあちゃん」
ヨーコさんは淡々と答えた。
「もう、だいぶ歳やねん。施設に居ててな。今回はうちのこと、お母さんやと思うてはったわ」
言いながら、ヨーコさんは微笑む。少し、痛みを感じる微笑みだった。
「おいくつなんですか?」
「もう、90……超えたんやないかな、確か」
「すっげぇ、長寿」
俺は思わず手を叩いた。ヨーコさんが呆れたような顔で俺を見る。
まあ、俺を見る表情としてはデフォルトなんだけどさ。
「すごいじゃないっすか、90って。ほんとにいるんだ」
「何やの、その感想」
「だって、うち、父も65で死んでるし、じーちゃんばーちゃんも、70過ぎとか、そこらだった気がするなぁ」
ヨーコさんは少し気まずげに目をさまよわせた。
俺は彼女の繊細さを見て取り、微笑む。
「気にしないでください。父が死んでからもう五年経つし、じーちゃんばーちゃんもあんまり覚えてないし」
ヨーコさんはそれでもやっぱり気まずそうに、目を伏せた。
「……さよか」
長い睫毛が細かく震える。
ああ、綺麗だ。
白い頬。赤い唇。柔らかなラインの鼻筋。控えめな顎。
その顔に、自由に触れられる日は来るんだろうか。来ないかもしれない。それならそれでもよかった。
その代わり、他の男にも触れさせる気はないけど。
俺は彼女の横顔を見ながら、ただひたすら、再び彼女を抱きしめる日を夢見ていた。
夢にまで見た「その日」が、そんな形で来ることなど、そのときは想像も期待もしていなかったけれど。
身体の関係どころか、手を繋ぐこともキスすることもない。ストイックといえば大変ストイックに、互いの皮膚にふれることはなかった。
でも、不思議なことに、そうして肌の触れ合いが減ってからの方が、俺とヨーコさんの距離感は近くなった気がする。
ヨーコさんは取りつくろった愛想笑いをしなくなったし、あえて俺を挑発することもなくなった。
彼女なりの、無表情で無感情な鎧が、一つ剥げたような。
まあ、その下にはツンツンな鎧があったみたいだけど。
それまでの遠慮などそっちのけで、俺を直接的に攻撃するような言葉を口にする彼女は、なんだか可愛い。
その表情や態度がちょっと少女じみて見えるからかもしれない。
ごくごくたまには、リラックスしたようなぼんやりした表情をすることもあるし、何かを目にして笑うこともある。
そのとき見えるのは、以前とは違う、心からの笑顔だ。
だから多分、最初に比べればだいぶ進展しているんだろう、とーー
何となく、そんな気がしていた。
ヨーコさんは、年末になると毎年実家に帰る。
……んだと思っていたけど、京都には帰っても実家には帰っていないらしい。
思い込んでいた俺が、
「親御さん元気でした?」
って聞いたら、
「会ってへんから分からん」
とあっさり返ってきて驚いた。
俺はといえば、年末年始は実家に帰って母のお節を満喫し、お年玉目的でやってきた甥っ子姪っ子と走り回って遊び、家の中のものを壊して怒られて過ごした。
あまりの過ごし方の違いに、思わず目を丸くした。
「……じゃ、何で京都に?」
「おばあちゃん」
ヨーコさんは淡々と答えた。
「もう、だいぶ歳やねん。施設に居ててな。今回はうちのこと、お母さんやと思うてはったわ」
言いながら、ヨーコさんは微笑む。少し、痛みを感じる微笑みだった。
「おいくつなんですか?」
「もう、90……超えたんやないかな、確か」
「すっげぇ、長寿」
俺は思わず手を叩いた。ヨーコさんが呆れたような顔で俺を見る。
まあ、俺を見る表情としてはデフォルトなんだけどさ。
「すごいじゃないっすか、90って。ほんとにいるんだ」
「何やの、その感想」
「だって、うち、父も65で死んでるし、じーちゃんばーちゃんも、70過ぎとか、そこらだった気がするなぁ」
ヨーコさんは少し気まずげに目をさまよわせた。
俺は彼女の繊細さを見て取り、微笑む。
「気にしないでください。父が死んでからもう五年経つし、じーちゃんばーちゃんもあんまり覚えてないし」
ヨーコさんはそれでもやっぱり気まずそうに、目を伏せた。
「……さよか」
長い睫毛が細かく震える。
ああ、綺麗だ。
白い頬。赤い唇。柔らかなラインの鼻筋。控えめな顎。
その顔に、自由に触れられる日は来るんだろうか。来ないかもしれない。それならそれでもよかった。
その代わり、他の男にも触れさせる気はないけど。
俺は彼女の横顔を見ながら、ただひたすら、再び彼女を抱きしめる日を夢見ていた。
夢にまで見た「その日」が、そんな形で来ることなど、そのときは想像も期待もしていなかったけれど。
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