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後日談5 ウェディングドレスの選び方(交互視点)

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梢と勝弘、視点が交互に切り替わります。ご了承ください。

***

 ずらりと並んだ白いドレスを前に、私はすっかり腰が引けていた。

「梢ちゃん。こっちは? 肩はレースついてるけど、裾は広がってないから着易くない?」
「形が落ち着いたものでしたら、マーメイドドレスがおすすめですよ。パニエがないので膨らまずに、ラインが綺麗に見えますから」

 全く怯むことなくドレスをひとつひとつ見て楽しんでいる勝くんと、衣装係の女性のにこやかな声がけにも、私は引きつった笑顔しか返せない。

 ――もう、いいよ。ドレスなんて、いいから。

 そう言えたらいいけど、そんなわけにも行かないだろう。だって、勝くんが選んでいるのは私のドレスなのだ――そう、結婚式のための、ドレス。

 こんなことなら、和装にした方がよかったかな……。

 ドレスに比べれば、まだ選択肢は少なかっただろう。そんな気がして後悔する。けど、いくつか式場を見たときに、「和装と洋装、どっちにする?」と目を細めた勝くんの微笑みと、背景のチャペルのステンドグラスがあまりにお似合いすぎて、その瞬間、見えてしまったのだ――白いタキシード姿で、赤いじゅうたんの先に待つ勝くんの姿が。
 もちろん、それは私の妄想の中の勝くんなのだけど、でも、そんなのが頭に浮かんでしまったら、もう他の選択肢なんて思い浮かばなかった。だって、スーツも似合う勝くんだもの、タキシードが似合わないはずがない。それで、優しい笑顔を浮かべて手を差し伸べられでもしたら、それだけで一生の思い出になるだろう――
 そんなわけで、その部分については即決だった。チャペルウェディング。勝くんとバージンロードを歩きたい。そう、思ったのはいいのだけれど――

「……ウェディングドレスって、こんなにいっぱい種類があるんだね……」
「結婚式といえば主役は花嫁だもん。梢ちゃんもばっちり着飾っちゃってね」

 打合せから帰路につきながら微笑む勝くんは、私のドレスの試着にも必ず付き添うからと、次の予約も取り付けてくれた。式の準備すら花嫁に任せる人もいると聞くのに、優柔不断な私のドレス選びにまでつき合ってくれるだなんて、なんて面倒見のいいひとなんだろう。

「ごめんね……ドレス、すぐ決まらなくて……」
「あはは。そんなことない、楽しいよ」

 隣でそう笑う勝くんは、本当に楽しそうに見えるから、単純な私はそれだけで救われた気持ちになる。
 ドレス選びは今日が一度目。勧められるままに数着試着してみたけれど、着れば着るほど一着に絞れる自信がなくなってしまった。
 もう四十にもなろうというのに、自分の衣装ひとつ決められない自分が情けない。
 内心のため息が喉元までこみ上げたとき、握った手をつつっと撫でられて顔を上げた。
 そこには、私に甘い笑顔を向ける勝くんの姿。
 後ろに夕日を背負って、いつも以上にまばゆく見える。

「梢ちゃんの綺麗な姿、たくさん見られて嬉しい。式で着るのは1着だけだから、他のを着てる姿は俺だけしか見られない――役得だね」

 勝くんの大きくて暖かい手が、私の手をぎゅっと握った。同時に心も掴まれたようにきゅんとする。
 役得、はこっちの台詞だ。メイクだって普段とさして変わらないままなのに、何を着ても「かわいい」「きれい」なんて褒めてもらえるんだから。
 ――けど、それを嬉しいと言ったら、きっと勝くんは今の何倍も褒め言葉を口にするようになるだろうから、やめておくことにする。
 だって、そんなにたくさん言われたら、恥ずかしくって私の方がもちそうにないもの。

 ***

 その日は勝くんもうちに泊まっていく予定だったから、そのまま家で夕飯を食べてゆっくり過ごした。気疲れした私を気遣ってか、勝くんはあえて式と関係ない話をして、気分を和ませてくれる。
 そういう配慮、どこで学んだものなんだろう。――それが歴代の彼女たちの影響じゃないといいなぁ、なんて思ってしまう辺り、元カノのことが気にならない、とも言いきれないんだなと自覚する。
 勝くんが女性から見て素敵な男性だってことは、私にも充分分かっていて、今までたくさんの女性と夜を過ごしたんだろうってことも、よく分かっていた。今では私だけだと言ってくれるし、私もそう信じているけど、やっぱりときどき、思ったりする。もっとはやく、隣にいられたらよかったのにな、なんて――もう少し、若いうちに。

「……梢ちゃん?」

 囁く声が耳元で聞こえて、私はびっくりしながら振り向いた。
 髪が当たるくらい近くに勝くんの顔があって、かと思うと唇が重なる。
 あたたかくて、優しいキス。
 受け止めると途端に、私の心臓はどきどきと動きを速める。

「何か、考え事してた?」

 ふっ、と笑って、勝くんが私の目を覗き込んでくる。
 その目に戸惑う私の顔が写っていることが、嬉しいけれど恥ずかしくて、目を泳がせた。

「べ、別に……」
「ほんとに?」

 唇が耳に触れるくらいに、近くで囁かれる。ぞくりと悪寒のような痺れが、首から腰へと抜けて行く。心臓のドキドキとそわそわに気づかれないように、そっぽを向いたまま「ほんと」と答える。
 ふっと笑う気配がしたと思ったら、勝くんのキスが首元に落ちてきた。

「……勝くん」
「うん……」

 ちゅ、ちゅぅ、ちゅ……と音を立てて、軽く吸い上げるような勝くんのキスが、私の首筋を降りて行く。戸惑って呼びかけても、顔を上げない。勝くんの口は段々降りて行って、ざらついた舌が胸の上を舐めた。
 すっかり慣らされた甘い痺れに、思わず勝くんの袖を掴む。

「か……つくん」
「ふふふ」

 勝くんは笑うだけで、私の声に応えない。私のシャツのボタンを開けて、胸の柔らかいところをさらにはむはむと唇で咥える。次いで舌が胸を這う。舌は下着の内側に侵入して、隠れた突起を舐める。

「っ……」

 ぴくりと震えた私の腰を、逃がさないとばかりに勝くんの手が引き寄せる。その腕の力強さに、また身体が甘く痺れて、本能が求める。
 ――もう、欲しい――まだ、お風呂、入ってないのに。
 私が漏らした甘い吐息に満足したように、勝くんが顔を胸から離し、再び私の顔と同じ高さに戻した。その垂れ目はますます垂れて、私を甘く見つめる。

「きれいな梢ちゃんたくさん見たら、我慢できなくなっちゃった。――ベッド、行こう?」

 王子様みたいな優しい微笑みに、私はこくりと頭を落とすようにして頷いた。
 頬が熱くて、すっかり真っ赤になっているだろうな、なんて思いながら。
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