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後日談4 アネゴ気質の鍛え方(梢視点)

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「他に見たいものとか、買いたいものとかある?」
「な、ないです……あの、ほんとによかったの?」
「もちろん。梢ちゃん、欲しいものとか全然言わないからさ。ちょっと強引だったけど、ごめんね」
「ううん……ありがとう」

 三本の口紅のタッチアップを終えて、結局購入することにしたのは一本目の口紅だった。他の二本の口紅よりも、断然私を綺麗に見せてくれたからだ。
 曽根さんは最初の口紅を改めてつけ直してくれて、勝くんが当然のように支払いを済ませる間、店頭に並ぶコスメを眺めていた私にこっそり耳打ちしてくれた。

「タッチアップだけでも、またお越しくださいね。もし、他の色が欲しくなったら、遠藤さんにおねだりしたらきっと喜んで買ってくれますよ」

 マスカラで放射状に広がった片目をぱちん、と閉じるウインクに、私は照れながらもお礼を言って、百貨店を後にした。

「……ブランドコスメなんていつぶりだろ」

 手にした小さな紙袋は、光をうけてツヤツヤ輝いている。実際には一万円にも満たない買い物なのに、ちょっとだけ背伸びした気分になれる。
 それがブランドの魅力なのかもしれない。

「また来るといいよ。気に入ったのあったら、俺が買って帰るし。彼女、話しやすかったでしょ?」
「うん……」

 私は頷いて、勝くんの横顔を見上げて、ふふ、と笑った。勝くんが不思議そうな顔で首を傾げる。

「普段の勝くんは、あんな感じなのかなって、ちょっと新鮮だった」
「え、そんなにいつもと違った?」
「違った部分もあるし、なんとなく想像できてた部分もある」

 私が言うと、勝くんは困ったように「なんか怖いなー」と頭に手を添えた。私は笑って、もう一方の手を握る。勝くんは少し驚いた後で優しく握り返してくれた。

「ご機嫌だね」
「うん。勝くんの職場での顔見れたから」
「そんなのが嬉しいの?」
「嬉しいよ。だって……」

 言いかけて、気恥ずかしくなって口を閉ざす。勝くんは優しいたれ目で「だって?」と先を促す。

「……だって、好きな人のことだもん」

 こういうの、勝くんはさらっと言えるのに、私はやっぱり、不器用につっかえてしまう。それでも勝くんはくすりと笑って、「照れるなぁ」と嬉しそうに、私の手をぎゅぅと強く握ってくれた。
 まだ春になりきらないこの時期は、日が落ちるとまだまだ肌寒い。手袋をするほどではないけど、手をつないでいても腕が当たるほど近くを歩いても不自然じゃない気候がありがたい。勝くんの隣を歩きながら、また一つ、小さな発見をする。

 私と勝くんは、みっちーを通してしか、互いを知らなかった。一緒に学校に通ったこともなければ、仕事をしたこともない。遊びに行ったことだってない。
 私はそれを、寂しいことだと思ってたし、私よりもずっと彼を理解してる人がたくさんいることがちょっと悔しかった。不安でもあった。
 でも、今日気づいたのだ。私が知ってる勝くんは、たぶん、他の人が誰も知らない勝くんで、これから私は、他の人が知っている勝くんの顔を、少しずつ知っていくことができる。
 それがすごく、すごく、楽しみになった。

「ものは考えようだねぇ」
「え? 梢ちゃん、また何か考えてるの?」
「ううん、考えてないよ。楽しみだなって、思っただけ」
「楽しみ……?」

 勝くんは首を傾げて、腕時計を見て、「ディナーは向こう口のホテルの上階だから」と微笑んだ。

 楽しみって、そういう意味じゃないんだけど。
 もしかしてただの食いしん坊だと思われてるかも、なんて思いながら、私は「うん」と頷いた。
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