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後日談4 アネゴ気質の鍛え方(梢視点)
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『もしもし、梢。どうかしたの? 急に会いたいなんて』
「ん、うん……」
夜、十時。電話越しのみっちーの声に、安心すると同時にちょっと緊張する。
考えてみればみっちーは私の友人でもあるけれど、もうすぐ義姉になる人で。
いつまでも頼っていていいんだろうか、なんて気持ちが脳裏をよぎったのだ。
『ごめんねー、会う時間作れなくて。ちょっと年度末でバタついててさ』
「ううん、いいの。忙しいところごめんね。電話でも嬉しい」
『そう? ……もしかして、うちの愚弟がまた何か馬鹿なことした?』
「あっえっ、いや、そういうんじゃなくて!」
みっちーが子育てと仕事の両立に日々奮闘しているのは知っているから、咎める気はさらさらない。ついでに、弟である勝くんが馬鹿なことをしでかすなんて、私には想像もつかない。
いつだって勝くんは、私のことをきちんと受け止めてくれる。
過去の女にくだらないやきもちをやいても、起こるかも分からない将来の不安を吐露しても。
勝くんは穏やかに笑って、私を抱きしめて、「心配ない」と伝えてくれる。
だからこそ、このままじゃいけないと思ったのだ。
勝くんが私のことを大切に想ってくれているのは分かっている。
それなのにいちいち不安になるのは、私にどーんと構えてられる器量がないからだ。
アネゴ肌といえば、勝くんの姉であるみっちー。そう思って、何かこう……精神的な安定の秘訣? みたいなものを、ご教示願えればと思ったわけだ。
「私、なんかこう……すぐ、一人で妄想して、不安になったりするからさ……。これから先、いろんなことある度にこれじゃだめだなって反省して」
『はぁ』
「こう、心を強く持つ方法が知りたいっていうか」
『んんんー?』
私の言葉に、みっちーは笑い始めた。私が困惑していると、『ごめんごめん』と笑いながら言う。
『私からしたら、梢の方こそ、どーんとしてブレないなーと思ってたよ』
「え?」
『んー、なんつーかほら、結婚ラッシュとかあっても、平気でみんなの幸せ喜んでてさ。「私はいつ結婚できるんだろー!」みたいな焦り、全然なかったし。周りの人たちがどうあろうと、自分は自分、みたいな』
「そ、それは……」
確かに心当たりがあるけど、そんなに立派なもんじゃない。
「……ただ単に、あんまり考えてなかっただけだよ」
そう、たぶんただそれだけのことだ。
勝くんと過ごした年末年始、急に感じた子どもを持つことへのタイムリミット。それまでもいろんな人に言われてはいたのに、なんだかぴんと来てなくて、どこか他人事として考えていた。
『そうかなぁ。でもまあ、勝としてはそういうとこ、安心すんじゃない? あいつはああ見えて、周りの目結構気にするっていうか、かっこつけたがるっていうか……』
「そ、そうなの?」
意外な評に驚いて、思わず戸惑った声が出る。『そう思わない?』と言うみっちーに、「全然。いつも余裕な感じで、落ち着いてるなって」と答えると、また笑いが返ってきた。
『ああ、そう。勝も勝なりに、一生懸命梢に尽くしてるわけだ。それ聞いて安心したわ』
くつくつ笑う声は姉としての優しさに満ちていて、きょうだいっていいなぁ、なんて思う。勝くんは「姉さんのせいで若干女性恐怖症になった」と半ば冗談めかして言うけど、やっぱりこういう話をしていると、みっちーもみっちーなりに勝くんのことを大切に想ってるんだなぁと伝わってくる。
『ともあれ、梢は梢のままでいいんだと思うよ。勝だって、だからこそ梢を選んだんだし。無理に強くなる必要はないよ』
「そうなのかなぁ……」
『それに』
みっちーはまた笑った。
『勝も面倒見のいいとこあるからね。わちゃわちゃしてて、ちょっと放っておけない、くらいの方がちょうどいいかも』
わちゃわちゃして。
放っておけない。
思い当たる節がありすぎて、思わず眉を寄せる。
「それって……あんまり嬉しくないんだけど」
『そうぉ? 梢ってぽやーっとしてたかと思えば、急に変なスイッチ入ったりして、見てて飽きないじゃない』
「そんな……」
まるで見世物扱いなのに不満を感じて唇を尖らせたとき、みっちーが慌てた様子で誰かに応じる声がした。
『ごめん、子ども起きちゃったみたい。また何かあったら連絡して。何もなくても連絡していいけど』
「ふふ。うん、わかった。ごめんね、忙しいのに。ありがとう」
『全然。ま、とにかくさ、思ったことはドンドン勝にぶつけちゃいなよ。梢って考えてること口に出すの苦手でしょ。今のうちからトレーニングしとかないと、子どもできたときため込むことになるよー』
なるほど……そういうもんか。
通話を終えると、電話の向こうからわずかに聞こえた子どもたちの声を思い出して納得する。確かに、子育て中は、ああしていつお呼びがかかるか分からない。夫婦でゆっくり話し合う時間もなかなか取れないだろう。そのうち話そう、また今度、いやでも……なんてやってたら、結局何も言わずに過ぎてしまいそうだ。
離婚した友達が言っていた「気づいたらすっかりかみ合わなくなってた」という言葉を思い出して、ぞっとした。最初は小さなすれ違いが、重なりに重なって大きくなっていくことは、充分あり得る。
積もり積もった感情は、自分でもコントロールできるものじゃないだろう。
まずは、自分の気持ちをちゃんと伝えること……
みっちーとの会話を思い返して、一人大きくうなずいた。
「ん、うん……」
夜、十時。電話越しのみっちーの声に、安心すると同時にちょっと緊張する。
考えてみればみっちーは私の友人でもあるけれど、もうすぐ義姉になる人で。
いつまでも頼っていていいんだろうか、なんて気持ちが脳裏をよぎったのだ。
『ごめんねー、会う時間作れなくて。ちょっと年度末でバタついててさ』
「ううん、いいの。忙しいところごめんね。電話でも嬉しい」
『そう? ……もしかして、うちの愚弟がまた何か馬鹿なことした?』
「あっえっ、いや、そういうんじゃなくて!」
みっちーが子育てと仕事の両立に日々奮闘しているのは知っているから、咎める気はさらさらない。ついでに、弟である勝くんが馬鹿なことをしでかすなんて、私には想像もつかない。
いつだって勝くんは、私のことをきちんと受け止めてくれる。
過去の女にくだらないやきもちをやいても、起こるかも分からない将来の不安を吐露しても。
勝くんは穏やかに笑って、私を抱きしめて、「心配ない」と伝えてくれる。
だからこそ、このままじゃいけないと思ったのだ。
勝くんが私のことを大切に想ってくれているのは分かっている。
それなのにいちいち不安になるのは、私にどーんと構えてられる器量がないからだ。
アネゴ肌といえば、勝くんの姉であるみっちー。そう思って、何かこう……精神的な安定の秘訣? みたいなものを、ご教示願えればと思ったわけだ。
「私、なんかこう……すぐ、一人で妄想して、不安になったりするからさ……。これから先、いろんなことある度にこれじゃだめだなって反省して」
『はぁ』
「こう、心を強く持つ方法が知りたいっていうか」
『んんんー?』
私の言葉に、みっちーは笑い始めた。私が困惑していると、『ごめんごめん』と笑いながら言う。
『私からしたら、梢の方こそ、どーんとしてブレないなーと思ってたよ』
「え?」
『んー、なんつーかほら、結婚ラッシュとかあっても、平気でみんなの幸せ喜んでてさ。「私はいつ結婚できるんだろー!」みたいな焦り、全然なかったし。周りの人たちがどうあろうと、自分は自分、みたいな』
「そ、それは……」
確かに心当たりがあるけど、そんなに立派なもんじゃない。
「……ただ単に、あんまり考えてなかっただけだよ」
そう、たぶんただそれだけのことだ。
勝くんと過ごした年末年始、急に感じた子どもを持つことへのタイムリミット。それまでもいろんな人に言われてはいたのに、なんだかぴんと来てなくて、どこか他人事として考えていた。
『そうかなぁ。でもまあ、勝としてはそういうとこ、安心すんじゃない? あいつはああ見えて、周りの目結構気にするっていうか、かっこつけたがるっていうか……』
「そ、そうなの?」
意外な評に驚いて、思わず戸惑った声が出る。『そう思わない?』と言うみっちーに、「全然。いつも余裕な感じで、落ち着いてるなって」と答えると、また笑いが返ってきた。
『ああ、そう。勝も勝なりに、一生懸命梢に尽くしてるわけだ。それ聞いて安心したわ』
くつくつ笑う声は姉としての優しさに満ちていて、きょうだいっていいなぁ、なんて思う。勝くんは「姉さんのせいで若干女性恐怖症になった」と半ば冗談めかして言うけど、やっぱりこういう話をしていると、みっちーもみっちーなりに勝くんのことを大切に想ってるんだなぁと伝わってくる。
『ともあれ、梢は梢のままでいいんだと思うよ。勝だって、だからこそ梢を選んだんだし。無理に強くなる必要はないよ』
「そうなのかなぁ……」
『それに』
みっちーはまた笑った。
『勝も面倒見のいいとこあるからね。わちゃわちゃしてて、ちょっと放っておけない、くらいの方がちょうどいいかも』
わちゃわちゃして。
放っておけない。
思い当たる節がありすぎて、思わず眉を寄せる。
「それって……あんまり嬉しくないんだけど」
『そうぉ? 梢ってぽやーっとしてたかと思えば、急に変なスイッチ入ったりして、見てて飽きないじゃない』
「そんな……」
まるで見世物扱いなのに不満を感じて唇を尖らせたとき、みっちーが慌てた様子で誰かに応じる声がした。
『ごめん、子ども起きちゃったみたい。また何かあったら連絡して。何もなくても連絡していいけど』
「ふふ。うん、わかった。ごめんね、忙しいのに。ありがとう」
『全然。ま、とにかくさ、思ったことはドンドン勝にぶつけちゃいなよ。梢って考えてること口に出すの苦手でしょ。今のうちからトレーニングしとかないと、子どもできたときため込むことになるよー』
なるほど……そういうもんか。
通話を終えると、電話の向こうからわずかに聞こえた子どもたちの声を思い出して納得する。確かに、子育て中は、ああしていつお呼びがかかるか分からない。夫婦でゆっくり話し合う時間もなかなか取れないだろう。そのうち話そう、また今度、いやでも……なんてやってたら、結局何も言わずに過ぎてしまいそうだ。
離婚した友達が言っていた「気づいたらすっかりかみ合わなくなってた」という言葉を思い出して、ぞっとした。最初は小さなすれ違いが、重なりに重なって大きくなっていくことは、充分あり得る。
積もり積もった感情は、自分でもコントロールできるものじゃないだろう。
まずは、自分の気持ちをちゃんと伝えること……
みっちーとの会話を思い返して、一人大きくうなずいた。
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