上 下
40 / 49
後日談4 アネゴ気質の鍛え方(梢視点)

01

しおりを挟む
『もしもし、梢。どうかしたの? 急に会いたいなんて』
「ん、うん……」

 夜、十時。電話越しのみっちーの声に、安心すると同時にちょっと緊張する。
 考えてみればみっちーは私の友人でもあるけれど、もうすぐ義姉になる人で。
 いつまでも頼っていていいんだろうか、なんて気持ちが脳裏をよぎったのだ。

『ごめんねー、会う時間作れなくて。ちょっと年度末でバタついててさ』
「ううん、いいの。忙しいところごめんね。電話でも嬉しい」
『そう? ……もしかして、うちの愚弟がまた何か馬鹿なことした?』
「あっえっ、いや、そういうんじゃなくて!」

 みっちーが子育てと仕事の両立に日々奮闘しているのは知っているから、咎める気はさらさらない。ついでに、弟である勝くんが馬鹿なことをしでかすなんて、私には想像もつかない。
 いつだって勝くんは、私のことをきちんと受け止めてくれる。
 過去の女にくだらないやきもちをやいても、起こるかも分からない将来の不安を吐露しても。
 勝くんは穏やかに笑って、私を抱きしめて、「心配ない」と伝えてくれる。
 だからこそ、このままじゃいけないと思ったのだ。
 勝くんが私のことを大切に想ってくれているのは分かっている。
 それなのにいちいち不安になるのは、私にどーんと構えてられる器量がないからだ。
 アネゴ肌といえば、勝くんの姉であるみっちー。そう思って、何かこう……精神的な安定の秘訣? みたいなものを、ご教示願えればと思ったわけだ。

「私、なんかこう……すぐ、一人で妄想して、不安になったりするからさ……。これから先、いろんなことある度にこれじゃだめだなって反省して」
『はぁ』
「こう、心を強く持つ方法が知りたいっていうか」
『んんんー?』

 私の言葉に、みっちーは笑い始めた。私が困惑していると、『ごめんごめん』と笑いながら言う。

『私からしたら、梢の方こそ、どーんとしてブレないなーと思ってたよ』
「え?」
『んー、なんつーかほら、結婚ラッシュとかあっても、平気でみんなの幸せ喜んでてさ。「私はいつ結婚できるんだろー!」みたいな焦り、全然なかったし。周りの人たちがどうあろうと、自分は自分、みたいな』
「そ、それは……」

 確かに心当たりがあるけど、そんなに立派なもんじゃない。

「……ただ単に、あんまり考えてなかっただけだよ」

 そう、たぶんただそれだけのことだ。
 勝くんと過ごした年末年始、急に感じた子どもを持つことへのタイムリミット。それまでもいろんな人に言われてはいたのに、なんだかぴんと来てなくて、どこか他人事として考えていた。

『そうかなぁ。でもまあ、勝としてはそういうとこ、安心すんじゃない? あいつはああ見えて、周りの目結構気にするっていうか、かっこつけたがるっていうか……』
「そ、そうなの?」

 意外な評に驚いて、思わず戸惑った声が出る。『そう思わない?』と言うみっちーに、「全然。いつも余裕な感じで、落ち着いてるなって」と答えると、また笑いが返ってきた。

『ああ、そう。勝も勝なりに、一生懸命梢に尽くしてるわけだ。それ聞いて安心したわ』

 くつくつ笑う声は姉としての優しさに満ちていて、きょうだいっていいなぁ、なんて思う。勝くんは「姉さんのせいで若干女性恐怖症になった」と半ば冗談めかして言うけど、やっぱりこういう話をしていると、みっちーもみっちーなりに勝くんのことを大切に想ってるんだなぁと伝わってくる。

『ともあれ、梢は梢のままでいいんだと思うよ。勝だって、だからこそ梢を選んだんだし。無理に強くなる必要はないよ』
「そうなのかなぁ……」
『それに』

 みっちーはまた笑った。

『勝も面倒見のいいとこあるからね。わちゃわちゃしてて、ちょっと放っておけない、くらいの方がちょうどいいかも』

 わちゃわちゃして。
 放っておけない。

 思い当たる節がありすぎて、思わず眉を寄せる。

「それって……あんまり嬉しくないんだけど」
『そうぉ? 梢ってぽやーっとしてたかと思えば、急に変なスイッチ入ったりして、見てて飽きないじゃない』
「そんな……」

 まるで見世物扱いなのに不満を感じて唇を尖らせたとき、みっちーが慌てた様子で誰かに応じる声がした。

『ごめん、子ども起きちゃったみたい。また何かあったら連絡して。何もなくても連絡していいけど』
「ふふ。うん、わかった。ごめんね、忙しいのに。ありがとう」
『全然。ま、とにかくさ、思ったことはドンドン勝にぶつけちゃいなよ。梢って考えてること口に出すの苦手でしょ。今のうちからトレーニングしとかないと、子どもできたときため込むことになるよー』

 なるほど……そういうもんか。

 通話を終えると、電話の向こうからわずかに聞こえた子どもたちの声を思い出して納得する。確かに、子育て中は、ああしていつお呼びがかかるか分からない。夫婦でゆっくり話し合う時間もなかなか取れないだろう。そのうち話そう、また今度、いやでも……なんてやってたら、結局何も言わずに過ぎてしまいそうだ。
 離婚した友達が言っていた「気づいたらすっかりかみ合わなくなってた」という言葉を思い出して、ぞっとした。最初は小さなすれ違いが、重なりに重なって大きくなっていくことは、充分あり得る。
 積もり積もった感情は、自分でもコントロールできるものじゃないだろう。

 まずは、自分の気持ちをちゃんと伝えること……

 みっちーとの会話を思い返して、一人大きくうなずいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

私達の世界はタイトル未定。

宝ひかり
恋愛
【はじめに】 病気の症状に関してだけは、自分の実体験を元に書いております。 なので、一概には言えません。 ◎その他の物語は、全てフィクションです。 ~~~ 『喉頭ジストニア(こうとう じすとにあ)』 という、声が出づらい障害を持っている鳰都《にお みやこ》。 病気のせいで大人しく暗くなってしまった都は、大学の学生課の事務員として働く25歳。 一方、クールで感情表現が苦手な、奈古千隼《なこ ちはや》は、都の務める大学に通う、一年生。 * あるきっかけで出会う二人。 だが、都は人と関わることに引け目を感じ、中々前に進めないでいた。 自分は社会のお荷物だ、家族の厄介者だ、必要のないものだと、ずっとずっと思っていた。 * 「一歩、一歩、前を向いて歩こう。鳰さん、俺と一緒に歩こう」 執筆期間 2018.10.12~2018.12.23 素敵な表紙イラスト ─ しゃもじ様に許可を頂き、お借りしました。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

辺境騎士の夫婦の危機

世羅
恋愛
絶倫すぎる夫と愛らしい妻の話。

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

処理中です...