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後日談3 若気の至りが掘る墓穴(勝弘視点)
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こたつを囲んでご飯を食べながら、梢ちゃんはぽつぽつと昨日の友人たちの話をしてくれた。女性は二人とも結婚していて、昨日は久々に集まれたこと。一人の男性は子どもができたばかりで、赤ちゃんの写真が可愛かったこと。
できるだけ普段と変わらないように振る舞ってくれているのを感じて、俺も極力普段通りにあいづちを打った。俺とて、梢ちゃんが用意してくれた食事を味気ないものにはしたくない。まだ時間はあるのだから、要件は食事の後でもいいだろう。
そうして夕飯を済ませると、俺が買ってパンの中から、デザート代わりになりそうなタルトを取り出した。
「美味しそう。紅茶入れるね」
「ありがとう」
梢ちゃんが食器を下げにキッチンへ向かった。俺も食器を手に向かうと、梢ちゃんは俺の隣でやかんを火にかける。
「洗うね」
「ありがと。疲れてるのに」
梢ちゃんは言ってから、「あ」とエプロンを手にした。
俺のために買ってきてくれた、青いエプロン。
「シャツ、汚れちゃうから使う?」
「うん――」
差し出された青いエプロン。
俺を見上げる丸い目。
こみ上げる罪悪感と切なさ。
「か、勝くん?」
ほとんど考えもなしに、エプロンごと梢ちゃんを抱きしめる。
驚いた梢ちゃんの身体は少しだけこわばって、そしてゆるむ。
「……ごめんね」
耳元で言ってから、眉を寄せる。
違うんだ。もっと。俺が伝えたいのは。
「……好きだよ、梢ちゃん。本当に。俺が好きなのは――一緒にいたいのは、梢ちゃんだけだ」
梢ちゃんの身体が一瞬震えて、おずおずと俺の背中に手が回ってくる。
小さなてのひらが俺の肩甲骨に触れたと思うや、胸に額を押し当てられた。
「……いいの。勝くんは、悪いこと、したわけじゃないでしょ」
「そう……だけど」
大切な人を不安にさせた。傷つけた。それだけでも充分、俺にとっては悪いことだ。
「勝くんが、経験豊富なのは、分かってたし。……どんな女の子も、きっと、勝くんがその気になったら」
梢ちゃんは言いかけて、ふ、と笑った。
顔は見えなくても息遣いだけで、それが自嘲気味な笑いだと分かり困惑する。
「梢ちゃん」
「だから、いいの」
梢ちゃんの声が震えていることに気づいて、俺は動きを止めた。
「いいの。分かってる。勝くんは、素敵だから。私……よりも魅力的な女性が、周りにもたくさんいるのに、私と一緒にいたいって、言ってくれるだけでも充分、奇跡みたいなものだって、分かってる。昨日一緒にいた、同期の……那岐山さん? だっけ? 彼女だって、私からしたら、垢ぬけてて綺麗だし、何より若いし……」
一気に言って、梢ちゃんが顔を上げる。その目は潤んでいて、顔を上げた反動で、涙がほろりと頬を伝い落ちた。
「だから、お願い。もし、もしも、これから誰かとそういうつき合いになったら、そのときは、私にバレないようにしてね。私、馬鹿だから、勝くんの言うことならすぐ、だまされちゃうから。信じる、から。だから、私が気づかないように……」
梢ちゃんの頬を、次から次に涙が流れ落ちていく。俺はあまりのことに言葉が浮かばず、唖然として梢ちゃんを見下ろしていた。
「嘘でも、口先だけでもいいから、ずっと言ってて。さっきみたいに、私だけだって、私のことが好きだって、ずっと一緒にいたいって、言って――」
泣きじゃくる梢ちゃんの頭を後ろから引き寄せ、半ば強引に唇を塞ぐ。涙の塩気がしょっぱくて、切なくて、悔しくなった。
――お前の不義理が、無駄に傷つけた――
広瀬の言葉が脳裏によみがえる。ああ、そうだよ。俺は――そういう男だ。
自分の幼稚さに腹が立つ。好きだったのに。ずっと。もし、家族になるならこの人だって、分かってたのに。ずいぶん前から。二十歳になって、彼女をおぶったあのときから。
それなのに、「だったら今のうちに遊んでおこう」だなんて、頭の端で思ってた、馬鹿な男なんだ。
「浮気なんてしないよ」
涙でぐしょぐしょの梢ちゃんの顔を、てのひらで拭う。
「しないよ。絶対、しない」
「絶対、なんてない」
梢ちゃんは珍しく俺の手を払いのけると、悲鳴のような声をあげた。
「勝くんは、まだ知らないんだよ。三十過ぎなら、まだ、友達だって、結婚したり子どもができたり、それくらいでしょう? アラフォーにもなれば、いろんな話を聞くの。結婚がゴールじゃない。その先も、まだまだ、関係は変化していくの。もしかしたら、私たちだって、二人でいる時間が苦しくなることもあるかもしれない。勝くんにも、今の私にも、想像できない将来が……あるかもしれない」
梢ちゃんの震える身体をそっと撫でる。一日中、考えていたんだろう。俺に、何をどう、伝えたらいいか。梢ちゃんの中にある不安。俺と梢ちゃんが見えている世界のズレ。それは、きっとずっと、彼女を脅かしていたものだ。
梢ちゃんは息を吐き出して、俺のシャツを控えめにつまんだ。
「それでも、そばにいたいよ」
震える小さな声は、懇願するような響きを持っていた。
「不安、も、たくさんある……今が幸せなほど、いつか失ったらと思うと、怖い」
シャツをつまむ梢ちゃんの手が震えている。
俺はおそるおそる、うつむく梢ちゃんの髪を撫でた。
それに促されるように、梢ちゃんが顔を上げる。
涙で濡れた顔は、今まで見たどの表情よりも綺麗だった。
「それでも……勝くんと、一緒にいたい」
たまらず抱きしめると、梢ちゃんもぎゅうと抱き着いてきた。
「勝くんと、いたいよ」
めいっぱい、自分の気持ちを俺に預けてくれる梢ちゃんの姿に、泣きそうになる。
情けない。笑顔でいて欲しい人を、こんな風に泣かせて。
そう思うのに、同時にあたたかさも感じる。
俺のために必死になってくれていることが、こんなにも嬉しい。
「いるよ。ずっといる」
いつもよりも強めに、抱きしめる。
「絶対なんてないと思うなら、俺が証明する」
離すものか。この優しくて繊細な大切な人を。
絶対に。俺の手で。幸せにする。
絶対に。
「これからはもう、梢ちゃんが、俺の唯一の人だから」
梢ちゃんは、俺の腕の中で笑ったらしかった。
できるだけ普段と変わらないように振る舞ってくれているのを感じて、俺も極力普段通りにあいづちを打った。俺とて、梢ちゃんが用意してくれた食事を味気ないものにはしたくない。まだ時間はあるのだから、要件は食事の後でもいいだろう。
そうして夕飯を済ませると、俺が買ってパンの中から、デザート代わりになりそうなタルトを取り出した。
「美味しそう。紅茶入れるね」
「ありがとう」
梢ちゃんが食器を下げにキッチンへ向かった。俺も食器を手に向かうと、梢ちゃんは俺の隣でやかんを火にかける。
「洗うね」
「ありがと。疲れてるのに」
梢ちゃんは言ってから、「あ」とエプロンを手にした。
俺のために買ってきてくれた、青いエプロン。
「シャツ、汚れちゃうから使う?」
「うん――」
差し出された青いエプロン。
俺を見上げる丸い目。
こみ上げる罪悪感と切なさ。
「か、勝くん?」
ほとんど考えもなしに、エプロンごと梢ちゃんを抱きしめる。
驚いた梢ちゃんの身体は少しだけこわばって、そしてゆるむ。
「……ごめんね」
耳元で言ってから、眉を寄せる。
違うんだ。もっと。俺が伝えたいのは。
「……好きだよ、梢ちゃん。本当に。俺が好きなのは――一緒にいたいのは、梢ちゃんだけだ」
梢ちゃんの身体が一瞬震えて、おずおずと俺の背中に手が回ってくる。
小さなてのひらが俺の肩甲骨に触れたと思うや、胸に額を押し当てられた。
「……いいの。勝くんは、悪いこと、したわけじゃないでしょ」
「そう……だけど」
大切な人を不安にさせた。傷つけた。それだけでも充分、俺にとっては悪いことだ。
「勝くんが、経験豊富なのは、分かってたし。……どんな女の子も、きっと、勝くんがその気になったら」
梢ちゃんは言いかけて、ふ、と笑った。
顔は見えなくても息遣いだけで、それが自嘲気味な笑いだと分かり困惑する。
「梢ちゃん」
「だから、いいの」
梢ちゃんの声が震えていることに気づいて、俺は動きを止めた。
「いいの。分かってる。勝くんは、素敵だから。私……よりも魅力的な女性が、周りにもたくさんいるのに、私と一緒にいたいって、言ってくれるだけでも充分、奇跡みたいなものだって、分かってる。昨日一緒にいた、同期の……那岐山さん? だっけ? 彼女だって、私からしたら、垢ぬけてて綺麗だし、何より若いし……」
一気に言って、梢ちゃんが顔を上げる。その目は潤んでいて、顔を上げた反動で、涙がほろりと頬を伝い落ちた。
「だから、お願い。もし、もしも、これから誰かとそういうつき合いになったら、そのときは、私にバレないようにしてね。私、馬鹿だから、勝くんの言うことならすぐ、だまされちゃうから。信じる、から。だから、私が気づかないように……」
梢ちゃんの頬を、次から次に涙が流れ落ちていく。俺はあまりのことに言葉が浮かばず、唖然として梢ちゃんを見下ろしていた。
「嘘でも、口先だけでもいいから、ずっと言ってて。さっきみたいに、私だけだって、私のことが好きだって、ずっと一緒にいたいって、言って――」
泣きじゃくる梢ちゃんの頭を後ろから引き寄せ、半ば強引に唇を塞ぐ。涙の塩気がしょっぱくて、切なくて、悔しくなった。
――お前の不義理が、無駄に傷つけた――
広瀬の言葉が脳裏によみがえる。ああ、そうだよ。俺は――そういう男だ。
自分の幼稚さに腹が立つ。好きだったのに。ずっと。もし、家族になるならこの人だって、分かってたのに。ずいぶん前から。二十歳になって、彼女をおぶったあのときから。
それなのに、「だったら今のうちに遊んでおこう」だなんて、頭の端で思ってた、馬鹿な男なんだ。
「浮気なんてしないよ」
涙でぐしょぐしょの梢ちゃんの顔を、てのひらで拭う。
「しないよ。絶対、しない」
「絶対、なんてない」
梢ちゃんは珍しく俺の手を払いのけると、悲鳴のような声をあげた。
「勝くんは、まだ知らないんだよ。三十過ぎなら、まだ、友達だって、結婚したり子どもができたり、それくらいでしょう? アラフォーにもなれば、いろんな話を聞くの。結婚がゴールじゃない。その先も、まだまだ、関係は変化していくの。もしかしたら、私たちだって、二人でいる時間が苦しくなることもあるかもしれない。勝くんにも、今の私にも、想像できない将来が……あるかもしれない」
梢ちゃんの震える身体をそっと撫でる。一日中、考えていたんだろう。俺に、何をどう、伝えたらいいか。梢ちゃんの中にある不安。俺と梢ちゃんが見えている世界のズレ。それは、きっとずっと、彼女を脅かしていたものだ。
梢ちゃんは息を吐き出して、俺のシャツを控えめにつまんだ。
「それでも、そばにいたいよ」
震える小さな声は、懇願するような響きを持っていた。
「不安、も、たくさんある……今が幸せなほど、いつか失ったらと思うと、怖い」
シャツをつまむ梢ちゃんの手が震えている。
俺はおそるおそる、うつむく梢ちゃんの髪を撫でた。
それに促されるように、梢ちゃんが顔を上げる。
涙で濡れた顔は、今まで見たどの表情よりも綺麗だった。
「それでも……勝くんと、一緒にいたい」
たまらず抱きしめると、梢ちゃんもぎゅうと抱き着いてきた。
「勝くんと、いたいよ」
めいっぱい、自分の気持ちを俺に預けてくれる梢ちゃんの姿に、泣きそうになる。
情けない。笑顔でいて欲しい人を、こんな風に泣かせて。
そう思うのに、同時にあたたかさも感じる。
俺のために必死になってくれていることが、こんなにも嬉しい。
「いるよ。ずっといる」
いつもよりも強めに、抱きしめる。
「絶対なんてないと思うなら、俺が証明する」
離すものか。この優しくて繊細な大切な人を。
絶対に。俺の手で。幸せにする。
絶対に。
「これからはもう、梢ちゃんが、俺の唯一の人だから」
梢ちゃんは、俺の腕の中で笑ったらしかった。
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