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後日談3 若気の至りが掘る墓穴(勝弘視点)
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梢ちゃんとは、仕事終わりに会うことになった。
「夕飯、適当に作っておくから」と言われて「ありがとう」と返す。いったい何をどう話せばいいのか、自分でも整理しきれないまま、梢ちゃんの家へ足を向けた。
お詫びの印と夕飯のお礼に、職場で梢ちゃんが好きそうなパンを買った。
朝食用のパンは、焼くと表面がパリッとして、中がモチモチした歯ごたえのあるパンが、梢ちゃんの好みだ。
それを見繕いながら、梢ちゃんの家で過ごした年末年始を思い出した。
あのとき、これが最初で最後のチャンスだと思った。想いを打ち明けて手に入らなければ、諦めるしかないと思った。
胸に抱いた悲痛な覚悟と決意。同時に、彼女と過ごすひとときに感じた苦しいほどの幸せ。
仕事で疲れて玄関を開ければ、「おかえり」と出迎えてくれる梢ちゃんの照れ臭そうな笑顔。
逃すわけにはいかないだなんて、なんて自分勝手なんだろう。
まるですべてが俺の思い通りになるかのように、錯覚していた。
あまりに、梢ちゃんが優しすぎて。
知らず知らずに甘えていたんだ。
俺にとって大切な梢ちゃんは、姉にとっても大切な友人だ。傷つけたくない。不幸になんてしたくない。ちゃんと向き合って、そして――
ぐるぐると考えながらたどり着いた彼女の家の玄関先で、今まで感じたことがないほど緊張しながらインターホンを鳴らした。
はい、と控えめな声がするまでの間が、ひどく長く感じた。
少しの間の後、鍵が開いて、ドアが開いた。
と同時に――
「……梢ちゃん」
俺が無意識に引き寄せたのか、それとも梢ちゃんが俺の胸に飛び込んできたのか。
分からないまま、愛しい温もりを抱きしめた。
***
しばらく玄関先でそうしてから、梢ちゃんの動きを察して腕の力を緩めた。本当は、聞きたくない言葉を聞くくらいならこのまま腕の中に閉じ込めておきたかったけど、それは本当の意味で俺が望む関係じゃない。
名残惜しさが伝わっていることを祈りつつ、ゆっくりと腕を彼女の肩から腰上まで下ろしていく。
「……あの」
梢ちゃんは俺を見上げようとして、うつむいた。
その顔が赤いことを見て取って、少しだけ安堵する。
「ごめんね、急に」
ああ、いつもの梢ちゃんだ。
安堵すると同時に、自分の情けなさに泣きたくなる。先に謝らなくちゃいけないのは俺の方なのに。
「ううん。俺こそごめんね、押しかけて」
梢ちゃんはようやく気恥ずかしそうに俺を見上げて微笑み、「どうぞ」と中へ入っていく。
すぐに返信がなかったから、俺と距離を置きたいのかもしれない、と思っていた。
それでも、きちんと返事をくれて、こうして家に招き入れてくれる梢ちゃんはやっぱり優しい。
「ご飯、適当に作ったから……下手だけど」
「何でもいいよ。梢ちゃんが作ってくれたものなら、炭でも毒でも食べるって言ったでしょ」
「やだ。そんなの食べさせないもの」
いつだか言った冗談を口にすると、それを覚えていたらしい梢ちゃんはそう言って笑った。
その優しい笑顔に、凍りついていた胸が溶けていく。梢ちゃんのあたたかさが、同時に苦しくも感じる。
――もし、このぬくもりを失うことになったら。
とてもじゃないが耐えられない。彼女の幸せを願っているけど、それは俺が横にいる前提だ。俺が、梢ちゃんを幸せにする。梢ちゃんは俺の隣で幸せになってもらわなくてはいけない。
強い想いが胸を圧迫する。誰にも渡したくない――誰にも。
「勝くん?」
不意に黙り込んだ俺を見て、梢ちゃんが首を傾げた。
「あ、ううん。何でもない。……ご飯、ありがとう。冷めないうちにいただいてもいいかな」
答えると、梢ちゃんはまたにこりと笑って頷いた。
「夕飯、適当に作っておくから」と言われて「ありがとう」と返す。いったい何をどう話せばいいのか、自分でも整理しきれないまま、梢ちゃんの家へ足を向けた。
お詫びの印と夕飯のお礼に、職場で梢ちゃんが好きそうなパンを買った。
朝食用のパンは、焼くと表面がパリッとして、中がモチモチした歯ごたえのあるパンが、梢ちゃんの好みだ。
それを見繕いながら、梢ちゃんの家で過ごした年末年始を思い出した。
あのとき、これが最初で最後のチャンスだと思った。想いを打ち明けて手に入らなければ、諦めるしかないと思った。
胸に抱いた悲痛な覚悟と決意。同時に、彼女と過ごすひとときに感じた苦しいほどの幸せ。
仕事で疲れて玄関を開ければ、「おかえり」と出迎えてくれる梢ちゃんの照れ臭そうな笑顔。
逃すわけにはいかないだなんて、なんて自分勝手なんだろう。
まるですべてが俺の思い通りになるかのように、錯覚していた。
あまりに、梢ちゃんが優しすぎて。
知らず知らずに甘えていたんだ。
俺にとって大切な梢ちゃんは、姉にとっても大切な友人だ。傷つけたくない。不幸になんてしたくない。ちゃんと向き合って、そして――
ぐるぐると考えながらたどり着いた彼女の家の玄関先で、今まで感じたことがないほど緊張しながらインターホンを鳴らした。
はい、と控えめな声がするまでの間が、ひどく長く感じた。
少しの間の後、鍵が開いて、ドアが開いた。
と同時に――
「……梢ちゃん」
俺が無意識に引き寄せたのか、それとも梢ちゃんが俺の胸に飛び込んできたのか。
分からないまま、愛しい温もりを抱きしめた。
***
しばらく玄関先でそうしてから、梢ちゃんの動きを察して腕の力を緩めた。本当は、聞きたくない言葉を聞くくらいならこのまま腕の中に閉じ込めておきたかったけど、それは本当の意味で俺が望む関係じゃない。
名残惜しさが伝わっていることを祈りつつ、ゆっくりと腕を彼女の肩から腰上まで下ろしていく。
「……あの」
梢ちゃんは俺を見上げようとして、うつむいた。
その顔が赤いことを見て取って、少しだけ安堵する。
「ごめんね、急に」
ああ、いつもの梢ちゃんだ。
安堵すると同時に、自分の情けなさに泣きたくなる。先に謝らなくちゃいけないのは俺の方なのに。
「ううん。俺こそごめんね、押しかけて」
梢ちゃんはようやく気恥ずかしそうに俺を見上げて微笑み、「どうぞ」と中へ入っていく。
すぐに返信がなかったから、俺と距離を置きたいのかもしれない、と思っていた。
それでも、きちんと返事をくれて、こうして家に招き入れてくれる梢ちゃんはやっぱり優しい。
「ご飯、適当に作ったから……下手だけど」
「何でもいいよ。梢ちゃんが作ってくれたものなら、炭でも毒でも食べるって言ったでしょ」
「やだ。そんなの食べさせないもの」
いつだか言った冗談を口にすると、それを覚えていたらしい梢ちゃんはそう言って笑った。
その優しい笑顔に、凍りついていた胸が溶けていく。梢ちゃんのあたたかさが、同時に苦しくも感じる。
――もし、このぬくもりを失うことになったら。
とてもじゃないが耐えられない。彼女の幸せを願っているけど、それは俺が横にいる前提だ。俺が、梢ちゃんを幸せにする。梢ちゃんは俺の隣で幸せになってもらわなくてはいけない。
強い想いが胸を圧迫する。誰にも渡したくない――誰にも。
「勝くん?」
不意に黙り込んだ俺を見て、梢ちゃんが首を傾げた。
「あ、ううん。何でもない。……ご飯、ありがとう。冷めないうちにいただいてもいいかな」
答えると、梢ちゃんはまたにこりと笑って頷いた。
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