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後日談3 若気の至りが掘る墓穴(勝弘視点)
03
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梢ちゃんたちの様子をちらちらうかがいながら、勧められるままに広瀬の酒を受けること一時間強。
予約していたらしい梢ちゃんたちの席に動きがあって、俺は財布からお札を取り出し、机に置いた。
「……ちょっと、話してくるから」
「二次会とかするかもよ。盛り上がってたし」
広瀬が相変わらず冷たい目を俺に向けてくる。いつもより数段テンションの低いナギが、「成海、そんな言い方しなくても……」と広瀬をたしなめる。広瀬が小さく舌打ちしたのが聞こえた。
売り場じゃマルヤマ百貨店の王子、なんて呼ばれてる男が、そんな態度取っていいのかよ。
とはいえ、広瀬がもともと不器用で、ナギのこととなると歯止めの効かない性分なのは知っている。怒れる広瀬には触らぬが吉。とっとと二人の前から去るに限る、と鞄とコートを手にした。
「……こんばんは」
サービス業でつちかった笑顔で梢ちゃんの席の横に立った俺は、会費の集金が終わった頃合いを見はからって声をかける。梢ちゃんは俺を見上げかけたが、目が合うのを避けたのが分かった。
きょとんとした友人たちに、梢ちゃんがおずおずと説明する。
「あ、あの。か、彼氏……」
「えっ、梢の彼氏!? 婚約した?」
「う、うん……まあ……」
気まずげな梢ちゃんの横で、俺は好青年スマイルを浮かべ頭を下げる。
「遠藤と申します。お楽しみのところ急に声をかけてすみません。ちょうど同じ店にいたので、ご挨拶だけでもと思いまして」
「わー、そうだったの!? もっと早く声かけてくれればよかったのに! 梢も言ってよー!」
「う、うん……」
わちゃわちゃする女友達二人が「年下とは聞いてたけど、オシャレだしイケメンじゃん!」「うらやましー!」などと互い違いに梢ちゃんの肩をたたく。向かいに座る男友達二人も「へぇ」と目を丸くして俺を見上げ、「いい人っぽいじゃん」「よかったね」と梢ちゃんに声をかけた。
「もう今日時間なくてお開きなんですけど、また今度ぜひゆっくり! 婚約パーティでもしましょ!」
「い、いいよぉそんな……」
「なんで。いいじゃんいいじゃん、瀬戸くんも梢どうしてるか気にしてたしさ、みんなでまた集まって、懐かしい話でもしようよ」
――瀬戸くん。
聞いたことのない男の名が、鮮明に耳に残る。
誰だ、瀬戸くんって。
今夜梢ちゃんと集まったのは、ゼミの仲間だと聞いたことを思い出す。姉と梢ちゃんは、同じ大学には通っていたけど学科が違うから、交友関係も別々らしい。姉に聞いても分からないだろう。
不意に、もやっとした気分が胸に広がる。
広瀬のお酌を黙々と受けていたからか、いつもよりも酔っているらしい。
俺はにっこり笑顔で梢ちゃんを見下ろした。
「梢ちゃん、お開きなら家まで送るよ」
「えっ、え、でも……」
「あ、そうしてもらいなよー。よかったね、梢」
「ラブラブじゃーん」
友人たちがわいわいと店を出ていく。梢ちゃんと俺もそれについていって、店の前で別れた。
二人になるや、沈黙が訪れる。
去っていく梢ちゃんの友人たちの背中を見送りながら、俺は口を開きかけ、閉じる。
なんだ、くそ。
さっき感じたモヤモヤが、収まらない。
「……瀬戸くんて、誰?」
吐き出した声は低く、言葉はどことなく冷たくなった。
あれ? しようとした話って、これだったっけ。
自分の記憶を辿りながら視線を戻したら、背を向ける恋人の姿が見えた。
「自分で帰れるから。送らなくてもいいよ。おやすみ」
梢ちゃんは俺の顔も見ずにそう言って歩き出す。我に返った俺は、慌ててその手首をつかんだ。
「ち、違うんだ、梢ちゃん。今のは――違くて」
そうだ、そもそも、ナギと俺の会話を聞かれたのだった。
昔の話とはいえ、梢ちゃんを傷つけただろうと思って――なにか、勘違いされては困ると思って――それで。
俺に手首をつかまれ、足を止めた梢ちゃんは、何も言わず俺と目を合わせる気配もない。
俺も何か言おうとするのに言葉が浮かばず、ただただ、焦りと困惑が酔いを醒ましていく。
「送る、から。家まで。送らせて……ください」
うつむいている梢ちゃんの目は、前髪で隠れてよく見えない。泣いていない、ことは分かったが、自然と結ばれた口もとを見ても、怒っているのか悲しんでいるのかもよく分からない。
――ようやく手に入れた獲物。
同期と飲みながら抱いていた強気な思考が、不意に脳裏によみがえる。
表情の見えない梢ちゃんの姿に不安を覚え、一気に喉が渇いてきた。
俺は、もしかして、何か盛大な勘違いをしてたんじゃないか?
梢ちゃんは黙ったまま、俺の顔を見ることもなく歩き出す。
それについていきながら、アルコールのせいではない鼓動の高鳴りに下唇を噛み締めた。
予約していたらしい梢ちゃんたちの席に動きがあって、俺は財布からお札を取り出し、机に置いた。
「……ちょっと、話してくるから」
「二次会とかするかもよ。盛り上がってたし」
広瀬が相変わらず冷たい目を俺に向けてくる。いつもより数段テンションの低いナギが、「成海、そんな言い方しなくても……」と広瀬をたしなめる。広瀬が小さく舌打ちしたのが聞こえた。
売り場じゃマルヤマ百貨店の王子、なんて呼ばれてる男が、そんな態度取っていいのかよ。
とはいえ、広瀬がもともと不器用で、ナギのこととなると歯止めの効かない性分なのは知っている。怒れる広瀬には触らぬが吉。とっとと二人の前から去るに限る、と鞄とコートを手にした。
「……こんばんは」
サービス業でつちかった笑顔で梢ちゃんの席の横に立った俺は、会費の集金が終わった頃合いを見はからって声をかける。梢ちゃんは俺を見上げかけたが、目が合うのを避けたのが分かった。
きょとんとした友人たちに、梢ちゃんがおずおずと説明する。
「あ、あの。か、彼氏……」
「えっ、梢の彼氏!? 婚約した?」
「う、うん……まあ……」
気まずげな梢ちゃんの横で、俺は好青年スマイルを浮かべ頭を下げる。
「遠藤と申します。お楽しみのところ急に声をかけてすみません。ちょうど同じ店にいたので、ご挨拶だけでもと思いまして」
「わー、そうだったの!? もっと早く声かけてくれればよかったのに! 梢も言ってよー!」
「う、うん……」
わちゃわちゃする女友達二人が「年下とは聞いてたけど、オシャレだしイケメンじゃん!」「うらやましー!」などと互い違いに梢ちゃんの肩をたたく。向かいに座る男友達二人も「へぇ」と目を丸くして俺を見上げ、「いい人っぽいじゃん」「よかったね」と梢ちゃんに声をかけた。
「もう今日時間なくてお開きなんですけど、また今度ぜひゆっくり! 婚約パーティでもしましょ!」
「い、いいよぉそんな……」
「なんで。いいじゃんいいじゃん、瀬戸くんも梢どうしてるか気にしてたしさ、みんなでまた集まって、懐かしい話でもしようよ」
――瀬戸くん。
聞いたことのない男の名が、鮮明に耳に残る。
誰だ、瀬戸くんって。
今夜梢ちゃんと集まったのは、ゼミの仲間だと聞いたことを思い出す。姉と梢ちゃんは、同じ大学には通っていたけど学科が違うから、交友関係も別々らしい。姉に聞いても分からないだろう。
不意に、もやっとした気分が胸に広がる。
広瀬のお酌を黙々と受けていたからか、いつもよりも酔っているらしい。
俺はにっこり笑顔で梢ちゃんを見下ろした。
「梢ちゃん、お開きなら家まで送るよ」
「えっ、え、でも……」
「あ、そうしてもらいなよー。よかったね、梢」
「ラブラブじゃーん」
友人たちがわいわいと店を出ていく。梢ちゃんと俺もそれについていって、店の前で別れた。
二人になるや、沈黙が訪れる。
去っていく梢ちゃんの友人たちの背中を見送りながら、俺は口を開きかけ、閉じる。
なんだ、くそ。
さっき感じたモヤモヤが、収まらない。
「……瀬戸くんて、誰?」
吐き出した声は低く、言葉はどことなく冷たくなった。
あれ? しようとした話って、これだったっけ。
自分の記憶を辿りながら視線を戻したら、背を向ける恋人の姿が見えた。
「自分で帰れるから。送らなくてもいいよ。おやすみ」
梢ちゃんは俺の顔も見ずにそう言って歩き出す。我に返った俺は、慌ててその手首をつかんだ。
「ち、違うんだ、梢ちゃん。今のは――違くて」
そうだ、そもそも、ナギと俺の会話を聞かれたのだった。
昔の話とはいえ、梢ちゃんを傷つけただろうと思って――なにか、勘違いされては困ると思って――それで。
俺に手首をつかまれ、足を止めた梢ちゃんは、何も言わず俺と目を合わせる気配もない。
俺も何か言おうとするのに言葉が浮かばず、ただただ、焦りと困惑が酔いを醒ましていく。
「送る、から。家まで。送らせて……ください」
うつむいている梢ちゃんの目は、前髪で隠れてよく見えない。泣いていない、ことは分かったが、自然と結ばれた口もとを見ても、怒っているのか悲しんでいるのかもよく分からない。
――ようやく手に入れた獲物。
同期と飲みながら抱いていた強気な思考が、不意に脳裏によみがえる。
表情の見えない梢ちゃんの姿に不安を覚え、一気に喉が渇いてきた。
俺は、もしかして、何か盛大な勘違いをしてたんじゃないか?
梢ちゃんは黙ったまま、俺の顔を見ることもなく歩き出す。
それについていきながら、アルコールのせいではない鼓動の高鳴りに下唇を噛み締めた。
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