上 下
35 / 49
後日談3 若気の至りが掘る墓穴(勝弘視点)

03

しおりを挟む
 梢ちゃんたちの様子をちらちらうかがいながら、勧められるままに広瀬の酒を受けること一時間強。
 予約していたらしい梢ちゃんたちの席に動きがあって、俺は財布からお札を取り出し、机に置いた。

「……ちょっと、話してくるから」
「二次会とかするかもよ。盛り上がってたし」

 広瀬が相変わらず冷たい目を俺に向けてくる。いつもより数段テンションの低いナギが、「成海、そんな言い方しなくても……」と広瀬をたしなめる。広瀬が小さく舌打ちしたのが聞こえた。

 売り場じゃマルヤマ百貨店の王子、なんて呼ばれてる男が、そんな態度取っていいのかよ。

 とはいえ、広瀬がもともと不器用で、ナギのこととなると歯止めの効かない性分なのは知っている。怒れる広瀬には触らぬが吉。とっとと二人の前から去るに限る、と鞄とコートを手にした。

「……こんばんは」

 サービス業でつちかった笑顔で梢ちゃんの席の横に立った俺は、会費の集金が終わった頃合いを見はからって声をかける。梢ちゃんは俺を見上げかけたが、目が合うのを避けたのが分かった。
 きょとんとした友人たちに、梢ちゃんがおずおずと説明する。

「あ、あの。か、彼氏……」
「えっ、梢の彼氏!? 婚約した?」
「う、うん……まあ……」

 気まずげな梢ちゃんの横で、俺は好青年スマイルを浮かべ頭を下げる。

「遠藤と申します。お楽しみのところ急に声をかけてすみません。ちょうど同じ店にいたので、ご挨拶だけでもと思いまして」
「わー、そうだったの!? もっと早く声かけてくれればよかったのに! 梢も言ってよー!」
「う、うん……」

 わちゃわちゃする女友達二人が「年下とは聞いてたけど、オシャレだしイケメンじゃん!」「うらやましー!」などと互い違いに梢ちゃんの肩をたたく。向かいに座る男友達二人も「へぇ」と目を丸くして俺を見上げ、「いい人っぽいじゃん」「よかったね」と梢ちゃんに声をかけた。

「もう今日時間なくてお開きなんですけど、また今度ぜひゆっくり! 婚約パーティでもしましょ!」
「い、いいよぉそんな……」
「なんで。いいじゃんいいじゃん、瀬戸くんも梢どうしてるか気にしてたしさ、みんなでまた集まって、懐かしい話でもしようよ」

 ――瀬戸くん。

 聞いたことのない男の名が、鮮明に耳に残る。
 誰だ、瀬戸くんって。
 今夜梢ちゃんと集まったのは、ゼミの仲間だと聞いたことを思い出す。姉と梢ちゃんは、同じ大学には通っていたけど学科が違うから、交友関係も別々らしい。姉に聞いても分からないだろう。
 不意に、もやっとした気分が胸に広がる。
 広瀬のお酌を黙々と受けていたからか、いつもよりも酔っているらしい。
 俺はにっこり笑顔で梢ちゃんを見下ろした。

「梢ちゃん、お開きなら家まで送るよ」
「えっ、え、でも……」
「あ、そうしてもらいなよー。よかったね、梢」
「ラブラブじゃーん」

 友人たちがわいわいと店を出ていく。梢ちゃんと俺もそれについていって、店の前で別れた。
 二人になるや、沈黙が訪れる。
 去っていく梢ちゃんの友人たちの背中を見送りながら、俺は口を開きかけ、閉じる。
 なんだ、くそ。
 さっき感じたモヤモヤが、収まらない。

「……瀬戸くんて、誰?」

 吐き出した声は低く、言葉はどことなく冷たくなった。

 あれ? しようとした話って、これだったっけ。

 自分の記憶を辿りながら視線を戻したら、背を向ける恋人の姿が見えた。

「自分で帰れるから。送らなくてもいいよ。おやすみ」

 梢ちゃんは俺の顔も見ずにそう言って歩き出す。我に返った俺は、慌ててその手首をつかんだ。

「ち、違うんだ、梢ちゃん。今のは――違くて」

 そうだ、そもそも、ナギと俺の会話を聞かれたのだった。
 昔の話とはいえ、梢ちゃんを傷つけただろうと思って――なにか、勘違いされては困ると思って――それで。
 俺に手首をつかまれ、足を止めた梢ちゃんは、何も言わず俺と目を合わせる気配もない。
 俺も何か言おうとするのに言葉が浮かばず、ただただ、焦りと困惑が酔いを醒ましていく。

「送る、から。家まで。送らせて……ください」

 うつむいている梢ちゃんの目は、前髪で隠れてよく見えない。泣いていない、ことは分かったが、自然と結ばれた口もとを見ても、怒っているのか悲しんでいるのかもよく分からない。

 ――ようやく手に入れた獲物。

 同期と飲みながら抱いていた強気な思考が、不意に脳裏によみがえる。
 表情の見えない梢ちゃんの姿に不安を覚え、一気に喉が渇いてきた。

 俺は、もしかして、何か盛大な勘違いをしてたんじゃないか?

 梢ちゃんは黙ったまま、俺の顔を見ることもなく歩き出す。
 それについていきながら、アルコールのせいではない鼓動の高鳴りに下唇を噛み締めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

私の赤点恋愛~スパダリ部長は恋愛ベタでした~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「キ、キスなんてしくさってー!! セ、セクハラで訴えてやるー!!」 残業中。 なぜか突然、上司にキスされた。 「おかしいな。 これでだいたい、女は落ちるはずなのに。 ……お前、もしかして女じゃない?」 怒り狂っている私と違い、上司は盛んに首を捻っているが……。 いったい、なにを言っているんだ、こいつは? がしかし。 上司が、隣の家で飼っていた犬そっくりの顔をするもんでついつい情にほだされて。 付き合うことになりました……。 八木原千重 23歳 チルド洋菓子メーカー MonChoupinet 営業部勤務 褒められるほどきれいな資料を作る、仕事できる子 ただし、つい感情的になりすぎ さらには男女間のことに鈍い……? × 京屋佑司 32歳 チルド洋菓子メーカー MonChoupinet 営業部長 俺様京屋様 上層部にすら我が儘通しちゃう人 TLヒーローを地でいくスパダリ様 ただし、そこから外れると対応できない……? TLヒロインからほど遠い、恋愛赤点の私と、 スパダリ恋愛ベタ上司の付き合いは、うまくいくのか……!? ***** 2019/09/11 連載開始

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

遅咲きの恋の花は深い愛に溺れる

あさの紅茶
恋愛
学生のときにストーカーされたことがトラウマで恋愛に二の足を踏んでいる、橘和花(25) 仕事はできるが恋愛は下手なエリートチーム長、佐伯秀人(32) 職場で気分が悪くなった和花を助けてくれたのは、通りすがりの佐伯だった。 「あの、その、佐伯さんは覚えていらっしゃらないかもしれませんが、その節はお世話になりました」 「……とても驚きましたし心配しましたけど、元気な姿を見ることができてほっとしています」 和花と秀人、恋愛下手な二人の恋はここから始まった。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

処理中です...