30 / 49
後日談2 ずっと近くにいたいから(梢視点)
03
しおりを挟む
「……大丈夫?」
「だい……じょうぶ」
特有の浮遊感から戻ってきたら、バスタオルにくるまれたままベッドの上に横たわっていた。ズボンを履いた勝くんはまだ上半身裸のままで、髪からしずくが滴っている。
「お水、少し飲んで……だから言ったのに。のぼせないようにねって」
「……ごめん」
水を受け取ろうと身体を起こすと、胸元を隠していたバスタオルがずるりと落ちそうになった。私が動くより先に、勝くんがタオルケットを引き寄せて上からかけてくれる。
……こういう、スマートな振る舞いが、ときどき私を不安にする。
「……梢ちゃん?」
黙って水を口に含み、少しずつ、飲み込む。そうしていないと、言葉がほろりと零れてしまいそうな気がした。
年上とも思えない、みっともない本音。
勝くんの前にプライドなんて、ない。けど、確かに私と勝くんの間には6年の差があって、6年って言ったら、見ていたテレビだって思春期に聞いていた曲だって一回り違うはずなのだ。
それなのに、勝くんは、魅力的すぎる。あまりに、落ち着いていて、優しくて、立ち振る舞いが洗練されていて、それなのに厭味がなくて――
年相応、いやそれ以上の魅力を、勝くんは持っている。たとえ、四十歳になっても、五十歳になっても、彼は魅力的な男の人なんだろう。一回りも二回りも年下の女の子が惹かれてもおかしくないくらいに。
女の直感が、そう私に言っている。そして私の自信と安心を奪っていく。
みっちーに言ったら、買い被りすぎだと笑うだろう。惚れた欲目だと言うだろう。
そうだったら、いいのに。
「……梢ちゃん、どうかし……」
「勝くん、お風呂、入ってきて。まだ途中だったでしょ」
顔を見上げる余裕もなく、言葉を遮って言う。
「風邪、引いたら困るから。しっかりあったまってきて。私も落ち着いたら、自分でパジャマ着るから」
勝くんは困惑した様子で黙った後、「分かった」と寝室を出て行った。
彼がつけてくれた暖房が、ぬくもりを与える代わりに私の身体から水分を奪っていく。
「……はぁ」
私はもう一口、水を飲み込んで、ベッドから足を下した。
私を茶化した会社のオジサンたちの半笑いが瞼の裏に浮かぶ。
――男はいくらでもやり直しきくけど、女は辛いよね。
――しっかり捕まえときなよー。三十っつったらまだまだ遊びたい歳だし。
勝くんがただ若いだけだったら、私もここまで必死にならなかったと思う。
でも、勝くんは自分をよく知ってる人だ。長所も、短所もよく分かった上で、自分の魅せ方を知っている。
彼がそのつもりになれば、どんな人だって――
「……はぁ」
「パジャマ、まだ着てないの?」
ショーツを身につけ、のろのろと上衣のボタンを留めていたら、後ろから抱きすくめられて、驚きに身体がすくんだ。パジャマ越しに感じる温もりと力強さに、気持ちが溢れそうになって息を止める。
勝くんがどこか誇らしげに笑う。
「風呂、ソッコーで済ませてきた。はやく着ないと、風邪ひくよ」
勝くんは私の耳元で囁く。唇が触れそうな距離で感じる彼の吐息に、顔がまた熱を持つ。
「……それとも」
するり、と勝くんの左手が動く。私のむきだしのままの腿を這い、腰まで撫でさする。
「……このまま、してもいいの?」
私は何も言えないまま、空気とわずかな唾液を飲み込む。
「……誘ってくれてるつもりなのかなー、と思ってたんだけど、違った?」
勝くんの右手がパジャマ越しに胸に触れ、かっと身体が熱くなる。
面倒だからとブラジャーを着けずにパジャマを着てしまったことを後悔しかけ――
諦めた。
くるり、と後ろを向いて、勝くんの唇を唇で塞ぐ。
一瞬驚いた様子だった勝くんも、すぐにいつもの余裕を取り戻した。
舌が絡まり、吐息が重なる。私は勝くんの首後ろに腕を回し、ひたすらその唇を味わう。
私の息が上がってくると同時に、勝くんも息が乱れてくる。それが嬉しくて、ますます首に抱き着く。勝くんが私の腰を、ショーツ越しにまさぐる。ときどき、故意かどうか布地が指にひっかかる。いつ脱がされるのか、期待するだけで身体が疼く。
「んっ、ぅん」
勝くんにひときわ強く舌を吸われ、余裕をなくして喉を上げた。空気を求めて息を吸う私の首元に、勝くんが噛みつくようなキスをする。
「――ほんっと、クソ可愛い」
凶暴なのは言葉だけじゃない。荒い息の合間に垣間見える目の奥が燃えているのが見えて、また身体が疼く。求められている。勝くんは、確かに私を、求めている。
嬉しくて切なくて、すがるようにまた首を引き寄せた。
「っ――勝くん」
勝くんの耳元で、子どものような声をあげる。
「なにも、考えられなく、させて」
勝くんが鳴らした喉の音が、言葉代わりの答えだった。
「だい……じょうぶ」
特有の浮遊感から戻ってきたら、バスタオルにくるまれたままベッドの上に横たわっていた。ズボンを履いた勝くんはまだ上半身裸のままで、髪からしずくが滴っている。
「お水、少し飲んで……だから言ったのに。のぼせないようにねって」
「……ごめん」
水を受け取ろうと身体を起こすと、胸元を隠していたバスタオルがずるりと落ちそうになった。私が動くより先に、勝くんがタオルケットを引き寄せて上からかけてくれる。
……こういう、スマートな振る舞いが、ときどき私を不安にする。
「……梢ちゃん?」
黙って水を口に含み、少しずつ、飲み込む。そうしていないと、言葉がほろりと零れてしまいそうな気がした。
年上とも思えない、みっともない本音。
勝くんの前にプライドなんて、ない。けど、確かに私と勝くんの間には6年の差があって、6年って言ったら、見ていたテレビだって思春期に聞いていた曲だって一回り違うはずなのだ。
それなのに、勝くんは、魅力的すぎる。あまりに、落ち着いていて、優しくて、立ち振る舞いが洗練されていて、それなのに厭味がなくて――
年相応、いやそれ以上の魅力を、勝くんは持っている。たとえ、四十歳になっても、五十歳になっても、彼は魅力的な男の人なんだろう。一回りも二回りも年下の女の子が惹かれてもおかしくないくらいに。
女の直感が、そう私に言っている。そして私の自信と安心を奪っていく。
みっちーに言ったら、買い被りすぎだと笑うだろう。惚れた欲目だと言うだろう。
そうだったら、いいのに。
「……梢ちゃん、どうかし……」
「勝くん、お風呂、入ってきて。まだ途中だったでしょ」
顔を見上げる余裕もなく、言葉を遮って言う。
「風邪、引いたら困るから。しっかりあったまってきて。私も落ち着いたら、自分でパジャマ着るから」
勝くんは困惑した様子で黙った後、「分かった」と寝室を出て行った。
彼がつけてくれた暖房が、ぬくもりを与える代わりに私の身体から水分を奪っていく。
「……はぁ」
私はもう一口、水を飲み込んで、ベッドから足を下した。
私を茶化した会社のオジサンたちの半笑いが瞼の裏に浮かぶ。
――男はいくらでもやり直しきくけど、女は辛いよね。
――しっかり捕まえときなよー。三十っつったらまだまだ遊びたい歳だし。
勝くんがただ若いだけだったら、私もここまで必死にならなかったと思う。
でも、勝くんは自分をよく知ってる人だ。長所も、短所もよく分かった上で、自分の魅せ方を知っている。
彼がそのつもりになれば、どんな人だって――
「……はぁ」
「パジャマ、まだ着てないの?」
ショーツを身につけ、のろのろと上衣のボタンを留めていたら、後ろから抱きすくめられて、驚きに身体がすくんだ。パジャマ越しに感じる温もりと力強さに、気持ちが溢れそうになって息を止める。
勝くんがどこか誇らしげに笑う。
「風呂、ソッコーで済ませてきた。はやく着ないと、風邪ひくよ」
勝くんは私の耳元で囁く。唇が触れそうな距離で感じる彼の吐息に、顔がまた熱を持つ。
「……それとも」
するり、と勝くんの左手が動く。私のむきだしのままの腿を這い、腰まで撫でさする。
「……このまま、してもいいの?」
私は何も言えないまま、空気とわずかな唾液を飲み込む。
「……誘ってくれてるつもりなのかなー、と思ってたんだけど、違った?」
勝くんの右手がパジャマ越しに胸に触れ、かっと身体が熱くなる。
面倒だからとブラジャーを着けずにパジャマを着てしまったことを後悔しかけ――
諦めた。
くるり、と後ろを向いて、勝くんの唇を唇で塞ぐ。
一瞬驚いた様子だった勝くんも、すぐにいつもの余裕を取り戻した。
舌が絡まり、吐息が重なる。私は勝くんの首後ろに腕を回し、ひたすらその唇を味わう。
私の息が上がってくると同時に、勝くんも息が乱れてくる。それが嬉しくて、ますます首に抱き着く。勝くんが私の腰を、ショーツ越しにまさぐる。ときどき、故意かどうか布地が指にひっかかる。いつ脱がされるのか、期待するだけで身体が疼く。
「んっ、ぅん」
勝くんにひときわ強く舌を吸われ、余裕をなくして喉を上げた。空気を求めて息を吸う私の首元に、勝くんが噛みつくようなキスをする。
「――ほんっと、クソ可愛い」
凶暴なのは言葉だけじゃない。荒い息の合間に垣間見える目の奥が燃えているのが見えて、また身体が疼く。求められている。勝くんは、確かに私を、求めている。
嬉しくて切なくて、すがるようにまた首を引き寄せた。
「っ――勝くん」
勝くんの耳元で、子どものような声をあげる。
「なにも、考えられなく、させて」
勝くんが鳴らした喉の音が、言葉代わりの答えだった。
0
お気に入りに追加
193
あなたにおすすめの小説
元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
私の赤点恋愛~スパダリ部長は恋愛ベタでした~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「キ、キスなんてしくさってー!!
セ、セクハラで訴えてやるー!!」
残業中。
なぜか突然、上司にキスされた。
「おかしいな。
これでだいたい、女は落ちるはずなのに。
……お前、もしかして女じゃない?」
怒り狂っている私と違い、上司は盛んに首を捻っているが……。
いったい、なにを言っているんだ、こいつは?
がしかし。
上司が、隣の家で飼っていた犬そっくりの顔をするもんでついつい情にほだされて。
付き合うことになりました……。
八木原千重 23歳
チルド洋菓子メーカー MonChoupinet 営業部勤務
褒められるほどきれいな資料を作る、仕事できる子
ただし、つい感情的になりすぎ
さらには男女間のことに鈍い……?
×
京屋佑司 32歳
チルド洋菓子メーカー MonChoupinet 営業部長
俺様京屋様
上層部にすら我が儘通しちゃう人
TLヒーローを地でいくスパダリ様
ただし、そこから外れると対応できない……?
TLヒロインからほど遠い、恋愛赤点の私と、
スパダリ恋愛ベタ上司の付き合いは、うまくいくのか……!?
*****
2019/09/11 連載開始
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
遅咲きの恋の花は深い愛に溺れる
あさの紅茶
恋愛
学生のときにストーカーされたことがトラウマで恋愛に二の足を踏んでいる、橘和花(25)
仕事はできるが恋愛は下手なエリートチーム長、佐伯秀人(32)
職場で気分が悪くなった和花を助けてくれたのは、通りすがりの佐伯だった。
「あの、その、佐伯さんは覚えていらっしゃらないかもしれませんが、その節はお世話になりました」
「……とても驚きましたし心配しましたけど、元気な姿を見ることができてほっとしています」
和花と秀人、恋愛下手な二人の恋はここから始まった。
**********
このお話は他のサイトにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる