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後日談1 天然系彼女が愛し過ぎる件(勝弘視点)

01

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 長年の想い人と、晴れて両想いになって早や10日。
 月末の連休を前に、俺は多いに悩んでいた。

「広瀬。お前、今日早番だろ。夜、予定あんの?」

 俺が声をかけると、マルヤマ百貨店の王子と呼ばれる広瀬成海がまばたきをした。長いまつげが音を立てそうだが、さすがにそんな音は聞こえない。

「……ないけど、何?」

 広瀬は言って、長い首を傾げた。細身のスーツを厭味なく着こなした姿は従業員もお客様も見惚れるほどだ。彼も俺に先んじて長年の片想いを実らせたのだが、そうと知っていてもファンは減らない。どころか、少しでも相手の話をすれば顔を赤くするのが可愛いと、むしろ評判は上がっている。
 彼と、その恋人である那岐山優麻は俺の同期だ。3人とも何だかんだ目立つたちだからか、ただ単に気が合っただけか、何かとつるんでいた。いや、今もつるんでいる。さすがに機会は減ったが。
 まあそんなで、一応先に積年の想いを実らせた彼から意見を聞きたいというところだ。俺は「とりあえず飯でも行こうぜ」と曖昧にごまかして、広瀬の肩をたたいた。

 ***

 仕事から上がると、職場近くの居酒屋に入った。二人してタバコの臭いを嫌うので、分煙になったその店は定番のチョイスだ。
 それぞれ好きなものを頼んで、ビールグラスを合わせる。数口飲んで息をつくと、広瀬が俺を疑わしげな目で見た。

「……で、話って何?」
「なんだよ、ずいぶん急かすなぁ」

 俺は怪訝そうな広瀬を前に苦笑した。

「ナギと落ち着くまでは散々俺のこと振り回してた癖に。少しくらい恩返ししろよ」

 黙ったのは俺の言葉に間違いがなかったからだろう。広瀬は女のように赤い唇をきゅっと引き結んだ。
 彼が本命といい仲になるまで、ちょいちょい声をかけられて二人で飲んでは、広瀬がグズグズ言いはじめるのがいつものパターンだった。
 俺とは違い、片想いの相手を一途に想い続けていた広瀬は、女との噂が立たなかった。そのせいで、俺と「デキているのでは」という噂も流れていたくらいだ。まあこの容姿だから、好きに妄想したい女子がいるのはわからなくもない。
 広瀬に比べれば俺はさして容姿に恵まれているわけではない。目は足れ気味で凛々しさに欠けるし、鼻は大きすぎる。ただ、180を裕に超える身長と、広瀬よりも筋肉質なおかげでスーツ映えする方だとは思う。
 そのスーツ姿を、積年の想い人たる梢ちゃんが好んでのぞき見しに来ていたとは、この年末年始に知った嬉しい発見の一つだ。
 広瀬が戸惑いながら俺を見た。

「……彼女の惚気なら、優麻が聞きたがってたよ」
「いいんだよ、あいつは来るとまたうるさいから」

 俺は苦笑して手を振った。広瀬は肩をすくめる。俺は表情を引き締めて広瀬を見た。

「お前、もう親への挨拶済ませたんだろ」

 ズバリ言うと、広瀬は顔を赤くして目をさ迷わせ、頷いた。
 一歩売り場を離れればクール過ぎて表情の乏しい男が、こと恋人に絡む話にはこの照れ顔だ。こっちが照れるくらいだが、気にしていては進まないので、あえて気にせず続ける。

「結構いきなり行ったよな、確か。段取りとかどうだったの?」

 広瀬は戸惑いながらも、ぽつりぽつりと話した。

「秋の連休のときに……二人で旅行行って、プロポーズして……そのまま、指輪つけて優麻のおばあちゃんたちに会ったから、大騒ぎになっちゃって……」

 まあそりゃ、なるわな。いつ結婚するんだかしないんだかと言われてた孫が、イケメン連れてきた上に指輪してたら。

「知らない間に優麻の家に電話行っちゃって、その帰りに挨拶に寄って……優麻のご両親がそのままうちに乗り込んで来そうな勢いだったから、どうにか止めて、その連休中にうちの親に挨拶に……」

 俺は聞きながら不思議な納得感を覚えていた。どこか生温かい俺の視線に、広瀬が「……何?」と問う。

「その親があってこそのナギなんだなと納得した」
「それは……俺も思ったけど」

 モゴモゴと口の中で広瀬が言い、ビールを口に運ぶ。俺はため息をついた。

「そっかー。なるほどなぁ。プロポーズの後か……」

 俺とて、言葉としてはプロポーズめいたことを伝えたのだが、あいにく彼女と休みが合わず、指輪も見に行けずにいる。勝手に買ってもいいのだが、せっかくなら気に入ってつけてほしいから、一緒に選びたいと思っている。
 そう、サービス業である俺と、俺の彼女となった梢ちゃんは、ぜんっぜん、休みが合わない。それはそれで、どちらかの休日やシフトに合わせて夕飯を一緒に摂ったり、俺の職場に程近い彼女の家に泊まって翌朝出勤したり、極力一緒に過ごせる方法を考えてはいるのだが……親への挨拶ともなると、仕事終わりに夕飯にお邪魔します、ともいかない。
 となると、年末年始の代わりのこの連休が勝負だ。指輪買って両親に挨拶して、できれば式場のリストアップするか一つ見学するくらいまでは行きたい。

「でも……まだつき合いはじめたばっかでしょ、遠藤」

 確認するように広瀬が言う。俺は「そうだけど」と咳ばらいした。

「早く結婚して挙式したいの。できるだけ早く」

 そう言うには訳がある。梢ちゃんが子ども好きで、自分の子を望んでいるのは何となく知っている。けれど彼女は40手前。梢ちゃんの友人でもある俺の姉は彼女の一つ上だが、もう小学生になろうという息子がいる。
 「早くしないと梢がかわいそうよ。あんた今まで散々長引かせたんだから、さっさと責任取っちゃいなさい」と俺にハッパをかける筆頭はまさにその姉だ。
 次の連休は7連休。土日も丸っと含まれる。どうにか、梢ちゃんに一日でも休みをとれないか聞いてみて、一通り段取りを済ませてしまおう。
 よし、と拳を握る俺を、広瀬がやや呆れた表情で見ている。俺はその顔前に親指を立てた。

「お前らはのんびり進めるみたいだから、俺の方が先かもな」
「それは……優麻が」

 広瀬は言いかけてやめた。彼の相手である那岐山優麻が、「式場見学って格安でフルコース食べられてシャンパン飲めて、最高じゃない?」と目を輝かせていたのは記憶に新しい。広瀬自身は早く決めてしまいたいようだが、ナギの方がのんびり構えているわけで、このカップルはいちいち男女が逆転している。

「衣装も……優麻、自分のはこだわりないらしいんだけど、俺にタキシードやたら着せたがって……」

 ま、王子だからな。着せたくもなるよな。ドレス着せられないだけよかったんじゃないの。似合いそうだもんな、ドレスも。
 そう思いはしたが、絶対に怒ると分かっているのであえて口にはしなかった。
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