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21(終)

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 ニットにコートを羽織って外に出ると、気持ちのいい天気だった。
 空気は冷たいけど風はほとんどなくて、日差しの当たるところはぽかぽかしている。

「勝くん、スーツで帰るの?」
「スーツ以外持って来てないもん」

 返ってきた答えに、それもそうかと頷く。
 スーツにウールのコートを着た勝くんと並んで歩きながら、「もうちょっとオシャレすればよかったな」と後悔する。考えてみたら、思いが通じ合って初めてのお出かけなのだ。
 あんまり張り切りすぎたら、みっちーに馬鹿にされそうだからやめたのもあるんだけど。

 せめてスーツに釣り合う服を着てくればよかったなぁ。

 不意に、勝くんの手が私の手に触れた。
 ちらりと見上げると、少し照れた勝くんが微笑んでくる。
 私も微笑んで、手を握り返した。

「お腹すいたね」
「駅でちょっと食べて行こうか」
「ブランチだね」
「そうだね」

 身支度をして家を出たら、もう12時頃だった。昼食時だから混むかなぁと、勝くんの大きな手の温もりを感じながら歩く。
 なんだか不思議な気分だった。
 こうしていると、まるで今までの距離感の方がおかしくて、手を繋いでいる今の関係の方がよほどしっくり来る。

 ……こういう感じだったのかな。

 勝くんが私をおんぶしたときに感じた、「不思議な気分」を思い出してまた勝くんの横顔を見上げた。
 前を向いていた勝くんは、ときどきちらちらと私を見てくる。私と目が合うと照れ臭そうに笑ってまた前を向いた。
 そんな彼を見ていると、私も照れる。首にぐるぐる巻きにした赤いマフラーに口元を隠した。

「勝くん、もっと堂々としてよ」
「堂々と? なんで」
「なんか……照れられると、照れる」
「照れたらダメなの?」

 勝くんはくすくす笑って、握った私の手を親指で撫でる。私も同じように返して、ぎゅっと握りしめる。

「……みっちーに馬鹿にされるよ」
「されるだろうね」

 勝くんは苦笑を浮かべた。

「でも、もう馬鹿にされてるし」
「なんで?」
「今日の予定、連絡あった日。姉さんから休憩時間に電話があったの」

 勝くんは言って、私の表情が硬直しているのを見ると笑った。

「まだ手出してないのかって。意気地なしって」
「な、なにそれ」
「『梢だって、自分の気持ちに気づいてないだけで嫌だとは言わないはずなんだから。あんたが首尾良くやりなさいよ、営業でしょ』って。営業じゃなくて外商だけどね」

 みっちーの口調を真似した勝くんは、そう言うと肩をすくめた。細められたその目が笑っている。私は赤くなった顔を勝くんから引きはがして、前を向いた。

「……そんなこと、言われても。ものには順序ってものが」
「順序、ね。そうだね。初心者コースだもんね」

 勝くんがご機嫌に笑うのを、横から睨みつける。

「でも、ちょっと駆け足の履修だったよ。ついて来れた?」
「それは……聞かないで」

 起きぬけほどではないけれど、こうして歩いていても身体があちこち痛むのだ。
 その理由がどうしてなのか、口にせずとも互いにわかっている。
 勝くんは笑いながら、私の肩を抱き寄せた。
 もう少し歩くと、駅前の大通りにさしかかる。

「……でも、可愛かったなぁ。昨夜の梢ちゃん」

 しみじみ、勝くんが呟いた。私はぐいと脇腹を押す。

「ちょっと。そういうこと……」
「でも、これからは俺のもの」

 見上げたすきに、顎に手を添えられたと思えば、軽く唇が触れた。
 ちゅ、と小さな音がする。

「か、勝くーー」
「うちの百貨店、ちょっと寄ってく?」

 私の肩を抱く勝くんは、あくまでご機嫌だ。
 私は疑わしげな目で、勝くんを見上げる。
 勝くんは優しく私を見下ろした。

「梢ちゃんのことだから、指輪のブランドとかデザインとか、よく知らないでしょ。ちょっと見てみようよ。俺もいい勉強になるし」
「え、で、でも……勝くんの職場でしょ。変な噂でも立ったら……」
「変な噂じゃないでしょ。遠藤が婚約するらしいって噂だよ」

 勝くんはあっさり答えて、首を傾げた。

「それとも、俺とは結婚、できない?」
「ーーそんなこと、ないけど」

 大通りに出て、交差点の信号が見えた。赤信号で立ち止まると、ちょうど勝くんの勤める百貨店の看板が、建物の影から見える。
 それを見上げて、私は首を振った。

「……でも、今日はダメ」
「なんで?」
「……そのときは……ちゃんと、オシャレ、していくから」

 うつむいて発した声は小さくなった。勝くんはまばたきをしてからふっと笑うと、オッケー、と答えて、改めて私の手を握る。

「困るよなぁ」
「え?」
「そういう可愛いとこ」

 勝くんは私を見下ろす。

「梢ちゃん」
「なぁに」
「返品不可だからね」

 言われて、私は唇を尖らせた。

「……そっちこそ」

 言った途端、きゅうと胸が苦しくなる。
 離れなくてはならなくなったら、と想像してしまって、目が潤んだ。

「返品されたら……後がないんだから」

 勝くんはまばたきをして、微笑んだ。

「安心して」

 うつむいた私の髪を大きな手が撫でる。

「嫌だって言っても、もう離す気はないから」

 信号が青に変わった。勝くんが歩き出し、手を繋いだ私も自然と一緒に歩き出す。

「さぁて……女王さまへの手土産はなにがいいかなぁ」

 勝くんの台詞に思わず笑った。

「ケチったら文句言われるよ」
「知ってる。センスなくても文句言われる」
「となれば、女王さまよりお子たち狙いかなぁ」
「いいね。文句言えないからね」
「言うだろうけど、仕方ないか、ってなるよね、きっと」
「あ、やべ。お年玉用意しなきゃ」
「あ、そうだそうだ。なんか懐かしいなぁ、お年玉」

 駅へ向かって歩きながら、勝くんと笑う。
 次に迎える年末も、きっと、彼と一緒に過ごせるのだろう。
 そのときには、彼と繋ぐこの手指に、約束の印があるのだろうか。
 私は勝くんを見上げる。勝くんも微笑んだ。


 ーーまさか1年後、その約束の印が、彼の指に輝くところまで進むとは思っていなかったけれど。

 FIN.

***

本編完結、明日から勝弘視点で後日談を公開します!
お付き合いくださりありがとうございました♪

 松丹子 拝
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