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私が落ち着くと、勝くんは台所を見やって「せっかく作ってくれたんだから、一緒に食べよう」と微笑んだ。頷いた私は腫れぼったい目を手の甲で冷まそうとしながら、ぼそぼそになったハンバーグをおずおずと見せる。
「全然うまくいかなくて……」
「腹に入れば一緒でしょ」
からりと笑う勝くんは、「ロコモコ丼にしようか」と私に似たことを言って、大きな器にご飯をついで上にハンバーグ(にしたかった残骸)を乗せた。ちぎった途中のレタスや切っておいたトマトもぽんぽんと乗せていく。
「ロコモコと言えば卵だね。ゆで卵でもしようか?」
「でも、遅いからあんまり食べるのも」
「それもそうだね」
二人で話しながら準備をして、ご飯を運び、こたつにもぞもぞと入る。
こたつの冷たさに気づいて、勝くんが私を見つめた。
「今日もスイッチ切ってたの?」
「ううん。夕飯に手こずって」
そもそも、夕飯づくりの開始時間が遅かったのだけど、それはこの際伏せておく。
勝くんは「そっか、がんばってくれたんだね」と笑って、私の髪を愛おしむように撫でた。
私は泣いたばかりだからか、なんだか夢みたいだ。勝くんとの会話を交わしながらも、どこかほわほわして感じる。
パサパサになってしまったお肉も、「美味い」と言いながら食べてくれて、「梢ちゃん、いらないならもらうよ」と私の器にまでスプーンを伸ばして来たから、少しだけあげた。
勝くんは年末年始の仕事の話をしてくれた。いつもより饒舌になっているのは、明日が休みだからという安堵感からか、それとも先ほどの告白が気恥ずかしいからか。
……もしくは、この先のイベントのせいかもしれない。
私もその会話にいつもよりも上擦ったテンションで相槌をうち、二人で笑ってご飯を食べ、勝くんに勧められて先にお風呂に入った。
……買ったばかりの勝負下着も忘れずに。
お風呂の外では、勝くんがお茶碗を洗う音が聞こえている。
私がプレゼントした、お揃いのエプロンをして。
時々、水音に紛れて鼻歌も聞こえた。
私は湯舟に浸かりながら、勝くんとのやりとりを思い出す。
彼が話していた、二十歳を祝った夜のおんぶ。
気の知れた二人と飲んだことと、彼氏と上手く行かなくなっていたことがあって、ちょっと飲みすぎたのだ。
仕事が忙しくなっていた私は、こまめに連絡を要求する彼に嫌気がさしていた。
見守って欲しかったし、応援してほしかったのだ。
もちろん嫌な仕事もあったけど、ようやく少しずつ、自分なりの仕事のやり方が見えてきたところだったのだから。
膝を抱き抱えて、裸の肩に手を添える。
勝くんは、どうなんだろう。
やっぱり……恋人が仕事ばっかりじゃ、嫌になるんだろうか。
勝くんと一緒に過ごせるのなら、少しは仕事の優先順位も変わってくる気はした。
でも、今までの生活がすぐに変えられるような気もしない。
就職して15年。
彼氏がいてもいなくても、仕事のやり方は変わらなかった。
その間に作ってしまった自分なりのリズムを崩すのは怖くもあったし、エネルギーもいるだろう。
……そんなこと、今考えても意味ないか。
目を閉じて湯舟の温もりに浸る。
そうだ、勝くんの方が疲れてるに違いない。はやく替わってあげなくちゃ。
お湯から上がった私は身体を拭くと、今日買ったばかりの下着を身につける。
いろいろ、あれこれ、垂れてる身体だけれど。
少しでも魅力的に見てもらえるように。
寝巻を上からかぶって、タオルを頭に巻き、キッチンへつながるドアを開いた。
* * *
勝くんは私と入れ違いに浴室へ入り、私が髪を乾かし終わる頃に出て来た。
男の人ってお風呂早いんだなぁなんて思っていたら、後ろからぎゅっと抱きしめられる。
どうしたのかと思って振り向くと、勝くんは困った顔でため息をついた。
「……ごめん……なんか、思った以上に余裕なくて」
いつでも余裕ありげな勝くんの言葉に、私はつい笑った。
「そうなの、勝くんが?」
「うん……なんか風呂も、そわそわして。ゆっくりできなかった」
言うと、私をぎゅっと抱きしめる。タオルで拭いただけの髪の先からしずくが滴って、私の首筋に落ちた。ぴくんと身震いすると、「ごめん」とタオルを頭にかぶる。
「髪、乾かす?」
「うん……」
ドライヤーを差し出した私に勝くんは答えて、また私を抱きしめる。まるで子どものように甘えてくるので、なんだか可愛くてつい頭を撫でてあげた。
「梢ちゃんを抱きしめてないと落ち着かない」
冗談にしては本気の混ざった声音で言い、勝くんは私の顔を見上げる。
「気持ち悪い? 俺がこんな風なの」
「気持ち悪い? なんで?」
「だって……子どもっぽいっていうか」
私は笑って、タオルでがしがし頭を拭いてあげた。
「気持ち悪くないよ。子どもができてもそれじゃ、困るけど」
言ってから、失言だと気づいた。勝くんは結婚の話はしたけど、子どもの話なんてしてない。
慌てて取り繕おうと口を開きかけたけど、勝くんはふっと笑って「そうだね」と言っただけだった。
「梢ちゃんも仕事続けるんだろうから、俺ががんばんないとね。子どもできたら内勤に変えてもらおうかな。都合調整しやすいし」
当然のように言う姿に戸惑う。今までの彼氏だったら絶対にありえない発言だ。6歳の差で何か価値観の違いでもあるのだろうか。
「男親の役割については姉さんから散々聞かされてるからね。梢ちゃんに愛想つかされないように、俺なりにがんばるつもり」
ああ、そういうことかと納得する。みっちーも共働きだから、実家に戻ってきたときには何かと話しているのだろう。
「……でも、そういう話してくれると、本気にするよ」
勝くんが優しい目で私を見つめる。私はそれを受け止めながら首を傾げた。
「本気にしちゃダメなの?」
「んー」
勝くんは首を傾げて、笑みを含んだ表情のまま、私を包み込むように抱きしめた。
「俺が梢ちゃんから離れられなくなる」
「それの何に問題が?」
「ない?」
「ない」
「ほんと?」
「ほんと」
至近距離のまま見つめ合い、勝くんが笑った。
「なら……よかった」
そのまま、唇が重なる。
徐々に深くなるキスに、私は身を任せた。
「全然うまくいかなくて……」
「腹に入れば一緒でしょ」
からりと笑う勝くんは、「ロコモコ丼にしようか」と私に似たことを言って、大きな器にご飯をついで上にハンバーグ(にしたかった残骸)を乗せた。ちぎった途中のレタスや切っておいたトマトもぽんぽんと乗せていく。
「ロコモコと言えば卵だね。ゆで卵でもしようか?」
「でも、遅いからあんまり食べるのも」
「それもそうだね」
二人で話しながら準備をして、ご飯を運び、こたつにもぞもぞと入る。
こたつの冷たさに気づいて、勝くんが私を見つめた。
「今日もスイッチ切ってたの?」
「ううん。夕飯に手こずって」
そもそも、夕飯づくりの開始時間が遅かったのだけど、それはこの際伏せておく。
勝くんは「そっか、がんばってくれたんだね」と笑って、私の髪を愛おしむように撫でた。
私は泣いたばかりだからか、なんだか夢みたいだ。勝くんとの会話を交わしながらも、どこかほわほわして感じる。
パサパサになってしまったお肉も、「美味い」と言いながら食べてくれて、「梢ちゃん、いらないならもらうよ」と私の器にまでスプーンを伸ばして来たから、少しだけあげた。
勝くんは年末年始の仕事の話をしてくれた。いつもより饒舌になっているのは、明日が休みだからという安堵感からか、それとも先ほどの告白が気恥ずかしいからか。
……もしくは、この先のイベントのせいかもしれない。
私もその会話にいつもよりも上擦ったテンションで相槌をうち、二人で笑ってご飯を食べ、勝くんに勧められて先にお風呂に入った。
……買ったばかりの勝負下着も忘れずに。
お風呂の外では、勝くんがお茶碗を洗う音が聞こえている。
私がプレゼントした、お揃いのエプロンをして。
時々、水音に紛れて鼻歌も聞こえた。
私は湯舟に浸かりながら、勝くんとのやりとりを思い出す。
彼が話していた、二十歳を祝った夜のおんぶ。
気の知れた二人と飲んだことと、彼氏と上手く行かなくなっていたことがあって、ちょっと飲みすぎたのだ。
仕事が忙しくなっていた私は、こまめに連絡を要求する彼に嫌気がさしていた。
見守って欲しかったし、応援してほしかったのだ。
もちろん嫌な仕事もあったけど、ようやく少しずつ、自分なりの仕事のやり方が見えてきたところだったのだから。
膝を抱き抱えて、裸の肩に手を添える。
勝くんは、どうなんだろう。
やっぱり……恋人が仕事ばっかりじゃ、嫌になるんだろうか。
勝くんと一緒に過ごせるのなら、少しは仕事の優先順位も変わってくる気はした。
でも、今までの生活がすぐに変えられるような気もしない。
就職して15年。
彼氏がいてもいなくても、仕事のやり方は変わらなかった。
その間に作ってしまった自分なりのリズムを崩すのは怖くもあったし、エネルギーもいるだろう。
……そんなこと、今考えても意味ないか。
目を閉じて湯舟の温もりに浸る。
そうだ、勝くんの方が疲れてるに違いない。はやく替わってあげなくちゃ。
お湯から上がった私は身体を拭くと、今日買ったばかりの下着を身につける。
いろいろ、あれこれ、垂れてる身体だけれど。
少しでも魅力的に見てもらえるように。
寝巻を上からかぶって、タオルを頭に巻き、キッチンへつながるドアを開いた。
* * *
勝くんは私と入れ違いに浴室へ入り、私が髪を乾かし終わる頃に出て来た。
男の人ってお風呂早いんだなぁなんて思っていたら、後ろからぎゅっと抱きしめられる。
どうしたのかと思って振り向くと、勝くんは困った顔でため息をついた。
「……ごめん……なんか、思った以上に余裕なくて」
いつでも余裕ありげな勝くんの言葉に、私はつい笑った。
「そうなの、勝くんが?」
「うん……なんか風呂も、そわそわして。ゆっくりできなかった」
言うと、私をぎゅっと抱きしめる。タオルで拭いただけの髪の先からしずくが滴って、私の首筋に落ちた。ぴくんと身震いすると、「ごめん」とタオルを頭にかぶる。
「髪、乾かす?」
「うん……」
ドライヤーを差し出した私に勝くんは答えて、また私を抱きしめる。まるで子どものように甘えてくるので、なんだか可愛くてつい頭を撫でてあげた。
「梢ちゃんを抱きしめてないと落ち着かない」
冗談にしては本気の混ざった声音で言い、勝くんは私の顔を見上げる。
「気持ち悪い? 俺がこんな風なの」
「気持ち悪い? なんで?」
「だって……子どもっぽいっていうか」
私は笑って、タオルでがしがし頭を拭いてあげた。
「気持ち悪くないよ。子どもができてもそれじゃ、困るけど」
言ってから、失言だと気づいた。勝くんは結婚の話はしたけど、子どもの話なんてしてない。
慌てて取り繕おうと口を開きかけたけど、勝くんはふっと笑って「そうだね」と言っただけだった。
「梢ちゃんも仕事続けるんだろうから、俺ががんばんないとね。子どもできたら内勤に変えてもらおうかな。都合調整しやすいし」
当然のように言う姿に戸惑う。今までの彼氏だったら絶対にありえない発言だ。6歳の差で何か価値観の違いでもあるのだろうか。
「男親の役割については姉さんから散々聞かされてるからね。梢ちゃんに愛想つかされないように、俺なりにがんばるつもり」
ああ、そういうことかと納得する。みっちーも共働きだから、実家に戻ってきたときには何かと話しているのだろう。
「……でも、そういう話してくれると、本気にするよ」
勝くんが優しい目で私を見つめる。私はそれを受け止めながら首を傾げた。
「本気にしちゃダメなの?」
「んー」
勝くんは首を傾げて、笑みを含んだ表情のまま、私を包み込むように抱きしめた。
「俺が梢ちゃんから離れられなくなる」
「それの何に問題が?」
「ない?」
「ない」
「ほんと?」
「ほんと」
至近距離のまま見つめ合い、勝くんが笑った。
「なら……よかった」
そのまま、唇が重なる。
徐々に深くなるキスに、私は身を任せた。
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