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 勝くんの真剣な目に見つめられて、それだけでもびりびり痺れるような快感を覚える。
 私の服はすっかり乱れているのに、彼は風呂上がりそのままだと気づいて、その裾を掴んだ。

「勝くんは」
「なに?」
「ふ、服……」

 勝くんはまばたきして、微笑む。
 片手は私の髪を、片手は腿の内側を優しく撫でて。

「脱がないよ。我慢できなくなるから」

 言葉の意味がわからずまばたくと、勝くんはふふと笑った。

「だから、気にしないで」
「き、気にする。気にするっ」

 我慢。
 てことは、最後までは抱かないってこと。
 なんで。

 なんだか悔しくて切なくて、膝を曲げる。
 彼の硬くなったそこが腿に当たった。
 ホッとすると同時に、強気になる。

「こんなに、なってるくせに」
「うん。なってるけど」

 勝くんは硬いところに触れた腿を、撫でるようにして自分から離させた。
 私はまた切なくなって、勝くんの首に腕を絡める。

「やだ。なんで」
「だって、ないから?」
「ない……?」
「ゴム」

 鼻先が触れそうな距離で、互いの顔を見つめる。
 1秒。2秒。
 3秒目で私が理解したとき、勝くんが笑った。

「髪とめるやつじゃなくてね」
「わ、わかってるよ」

 そこでようやく、年末のみっちーと勝くんのやりとりを思い出す。私はあわてふためいた。

「や、やだ。なに、じゃみっちー、あのときからその気だったわけ?」
「その表現は語弊があるけど……送り狼になっていいって言ってたじゃない」
「そ、そうだけど、それは冗談だと……」

 困惑している私の唇に、またキスが降って来る。

「……まあ、だから、今日は最後までしないよ。でも」
「……でも?」
「そのままだと、つらいでしょ」

 つらい?
 男の人の方が、つらいもんじゃないの?

 私がハテナ顔になると、勝くんはいたずらっぽい目で茂みの奥をさすった。

「んひゃ」
「ふふふ」
「も、もぉ!」

 脚をばたつかせて彼の手を払おうとするけれど、あっさりと脚で押さえ込まれる。
 太股に彼の硬いそれがまた当たった。動揺に動きを止めると、意地悪な笑みの勝くんがぐいと腰を押し付けてくる。

「……抱きたいよ、俺だって」

 かすれた声が囁いた。

「でも、今日は、梢ちゃんだけね」
「私……だけ……なに」
「だから、今のままじゃつらいでしょ」

 勝くんは私の首筋に、胸元に、キスを落としていく。
 鎖骨あたりで一際強く吸い上げると、私を見上げた。

「きっと、すっきり眠れるよ、今日は」

 もしかして。
 夜中、悶々としていたの、バレてーー

 目を白黒させる私を見て、勝くんは楽しげに笑った。

「ほんと、可愛い。梢ちゃん」

 言うなり、私の中に指をうずめる。
 ずぶ、くちゅ、と音が鳴って、恥ずかしさに身じろぎした。
 勝くんは妖艶に微笑むと、耳元に唇を寄せた。

「たくさん、愛してあげる」

 私の中から溶け出したそれが、ますます彼の指を濡らした。

 * * *

 すっかり消耗した私は、勝くんが言ったとおり、しっかりすっきり眠ってしまった。
 あんなに喘いだのは初めてだ。2度達した頃には喉がカラカラだったけど、そうと察して勝くんが口移しで水を飲ませてくれた。
 お姫さま気分というか、なんというか。何がなんだか、もうよく分からなくなっていて、ただ彼の温もりに包まれたまま、気付けば睡魔にのまれていた。
 起きたのは正午近く。当然、勝くんは仕事に行ってしまっている。
 私はなんとなく「やられた」という気分でもぞもぞと寝返りを打った。
 濡れた下着がぐにゅ、となって、眉を寄せる。
 「風邪を引いたらよくないから」ときちんと服を着せてくれたのだけど、替えの下着を持って来ようかと言われて私は首を横に振ったのだ。
 お見通しの勝くんは、「三枚千円のパンツばっかりでも気にしないよ」なんて笑ってたけど、「そういう問題じゃない」と主張してそのままの下着に甘んじた。
 もうベッドの中には勝くんはいないのに、目を閉じていると触れた温もりと女にはない硬さを思い出す。
 彼のそれが当たっていた腿が、なんとなくむずがゆい。
 吐息をついて目を閉じる。
 私の身体をまさぐった大きな手。
 何度も重ねられた唇と、私を翻弄した舌先。
 耳元で囁かれた言葉、熱い吐息ーー

「……うぅう」

 真っ赤になった顔を手で覆った。
 昨夜の自分を思い返せば、与えられる官能の渦にのまれそうになり、勝くんにすがりついていた。
 必死だったけど、冷静になった今やひどく恥ずかしい。
 男の人に久しぶりに触れてもらって、今まで感じたことのないほど高揚した。

 久しぶりだったから?
 ……ううん、きっと、違う。

 初詣に行きながら自分に問い掛けたことを思い出す。
 愛を囁いてくれるなら、結婚してくれるなら、誰でもいいのか。

 いいわけない。
 勝くんだからだ。
 勝くんだから、触れてほしいと思ったし、結婚したいと思った。
 子どもも……勝くんとだったら、欲しい。

 はぁ、と吐き出した息は、なんだか恋する乙女のそれで、年甲斐もない様に呆れる。
 でも、そんな私のことすら、勝くんは「可愛い」と言ってくれたのだ。
 思い出してまたきゅんとする。

「……勝くん……」

 掛け布団に脚を絡めて、ぎゅうと抱きしめる。
 身体の奥が切ない。

 ……求めるって、こういうことなんだ……

 今まで知らなかった感覚に困惑する。
 今までの彼氏は片手で足りる程度の人数しかいないけど、好きでいたつもりだった。
 それでも、毎週末会おうと言われれば面倒臭く感じたし、夕飯作ってと言われれば「外で食べよう」とごまかした。
 私は淡泊な女なんだと、思い込んでいた。
 格好つけすぎていたのかもしれない。
 勝くんは、みっちーといるときの私の素の姿を知っている。自堕落でいい加減な私を。
 だから、格好つける必要なんてなくて、心底リラックスできる。

 私はまた、ため息をついた。
 身体がうずうずする。心がそわそわする。

 勝くん、はやく帰ってきて。

 そんな自分がすっかり女のコしているように感じて、苦笑と照れ笑いの間みたいに顔を歪めた。
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