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お昼頃、テレビをつけると、毎年恒例、初売りの福袋売り場の様子が放送されていた。
一時期は我先にもみうくちゃになる様子が映っていたけれど、整理券などですこし改善されたのだろう。こんなのが当たりましたー、と喜ぶ女性の後ろの百貨店の様子を見ながら、ため息をつく。
店員さん、大変だなぁ。
勝くんが福袋の売り場を担当しているわけではないだろうけど、この様子じゃどの売り場もさして状況は変わらないだろう。年末の混雑を思い出しながら、ごろりと仰向けに横たわる。
天井の味気ない照明を目にして、ふと気づいた。勝くんはいっつもここで眠っているのだ。
ごろりと横になってみる。
右。左。上。
どんな気持ちで、なにを考えながら眠っているんだろう。
……疲れてるから、考える間もなく眠ってるかな。
思えば思うほど、ベッドで眠らせてあげられないのが申し訳ない。
昨日は「いいから」とやんわり断られてしまったけれど、今日こそはベッドで眠ってもらおう。
……そうじゃなければ。
私は、ごくりと唾を飲み込んだ。
* * *
「ただいまー」
帰ってきた勝くんには、さすがに疲れの色が見えた。
私は心配になりながら近づいていく。
「お疲れさま」
「うん」
脱いだコートとジャケットを引き受けてあげると、勝くんは照れ臭そうに笑った。
「……ありがと」
「う、うん……」
出しゃばりすぎたかな。なんか新妻っぽい振る舞いだったような気がする。気恥ずかしくなっていると、また勝くんがはぁと息をついた。
「すごい人だった? お店」
「ん? ああーー」
勝くんは苦笑した。
「今日、あんまり店行ってないから。お得意様のところのご挨拶周りがほとんど。でも、そうだね。閉店後に見てみた様子だと、まあ例年通りかな」
「そっか」
私はコートとジャケットをかけながら頷く。
「寒かったでしょ。お茶いる? お風呂入る?」
今度はなんかオカンぽいなと反省する。勝くんはからりと笑った。
「その前に」
言って、朝と同じようにかがむと、私の目をじっと見た。
「がんばったご褒美」
「えーーえ」
「ダメ?」
私は情けない顔になっているのを自覚しながら、しばらく目をさまよわせ、勝くんを見上げた。
そこには穏やかな笑顔がある。
ぎゅっと胸が締め付けられて、落ち着こうとひと息ついて、一歩近づいた。
本当に軽く触れるだけのキスをして、離れる。
「……お疲れさま」
「ありがとう」
勝くんは心底嬉しそうに笑った。
* * *
お風呂と食事を済ませた勝くんは、自分の荷物を確認して「あれ?」と首を傾げた。
私はどきりとしながら、平静を装う。
「どうかした?」
「寝袋が……」
勝くんはきょろきょろして、こたつの中も確認して、私を疑わしげに見る。
「……梢ちゃん、どっか隠した?」
「えっ、えー。今日掃除したとき、どっかやっちゃったかなぁ」
言いながら、自分の演技力のなさにがっかりする。これは到底女優にはなれないな。
ほとんど棒読みな私の台詞に、勝くんは呆れたような目を向けてため息をつくと、その場にあぐらをかいた。
「どういうつもり?」
頬杖をついて私を見上げる。スーツのときと違い、セットされていない前髪が目の横にかかって、色気を感じる。
「だ、だって……」
咎めるような視線に堪えかね、私はしどもどと言い訳を始める。
「ベッド使って、って言っても、使ってくれないし。疲れてるだろうに……」
「それで寝袋隠して、どうするつもりなの。ベッドに俺が寝たら、梢ちゃんは隠した寝袋を出してきて寝るわけ?」
「そ、それでも、もちろん、いいんだけど……」
私はうつむいた。顔がどんどん赤く熱を持ってくる。
言え! 言うんだ梢!
寝袋を隠したのは、勝くんを説得するためだけじゃない。自分の退路を絶つためでもあった。
私は大きく深呼吸した後、勝くんを見た。
「……い、っしょに、寝よ?」
勝くんの動きが止まった。
沈黙。
かち、かち、かち、かち、
壁にかかった時計の秒針だけが、音を刻む。
私は背中に変な汗をかきはじめた。
だ、ダメだった? もしかして引いてる? うわ無ぇわこの女とか思ってる?
ど、どうしよう。とりあえず原状復帰を。止まってしまった勝くんの時を取り戻さねば……
ぐるんぐるんと頭が無駄な高速回転をしているうちに、勝くんがふぅう、と息を吐き出した。
絶句したときに呼吸が止まっていたらしい。
「あのね、」
言いかけて、勝くんが咳込む。
「だ、大丈夫?」
「ご、ごめん、ちょっと、待って」
私が横に膝をついて背中をさすってあげると、咳の合間合間で言って、はあ、ともうひと息吐き出した。
「梢ちゃん。君は女性で、俺は男だよ」
勝くんが噛んで含めるように話しはじめる。
私は「うん」と頷いた。
そんなの、知ってる。知りすぎてるくらいに。
「しかも、俺は君が好きなんだ」
勝くんの眼差しは、ためらいなくまっすぐに私に向いている。それにも私は「うん」と頷く。さすがに気恥ずかしくてうつむいたけれど。
勝くんは乱雑に髪をかき上げた。
「そういう男をベッドに誘うっていうのは、どういう意味になるか……さすがに、わかってるよね?」
分かってる。
そうじゃなかったら、そんなこと、言ったりしない。
私は目を上げて、勝くんを見た。
風呂上がりの水気を含んだ首筋。
雑にかき上げた前髪。
私を見つめる熱っぽい視線。
私は唇を開きかけ、一度閉じた。
ドキドキ言ってる胸を手で押さえる。
自分から誘ったことなど、一度もないから。
私はそろりそろりと、勝くんの肩に手を伸ばした。
拒否されたらどうしよう。気持ち悪がられたらどうしよう。
勝くんは望んでないかもしれないのに。
不安と欲望が入り混じり、葛藤しながら、その首にゆるく抱き着いた。
……なんて言おう。
思い浮かぶのは妙な映画やドラマの台詞ばかりだ。なにが相応しいのか、どう言えば伝わるのか、わからない。
そうだ、でも、言わなきゃいけない言葉があった。
「……私も、勝くんが好き」
言うや、恥ずかしさのあまり勝くんの肩に顔を埋めた。
一時期は我先にもみうくちゃになる様子が映っていたけれど、整理券などですこし改善されたのだろう。こんなのが当たりましたー、と喜ぶ女性の後ろの百貨店の様子を見ながら、ため息をつく。
店員さん、大変だなぁ。
勝くんが福袋の売り場を担当しているわけではないだろうけど、この様子じゃどの売り場もさして状況は変わらないだろう。年末の混雑を思い出しながら、ごろりと仰向けに横たわる。
天井の味気ない照明を目にして、ふと気づいた。勝くんはいっつもここで眠っているのだ。
ごろりと横になってみる。
右。左。上。
どんな気持ちで、なにを考えながら眠っているんだろう。
……疲れてるから、考える間もなく眠ってるかな。
思えば思うほど、ベッドで眠らせてあげられないのが申し訳ない。
昨日は「いいから」とやんわり断られてしまったけれど、今日こそはベッドで眠ってもらおう。
……そうじゃなければ。
私は、ごくりと唾を飲み込んだ。
* * *
「ただいまー」
帰ってきた勝くんには、さすがに疲れの色が見えた。
私は心配になりながら近づいていく。
「お疲れさま」
「うん」
脱いだコートとジャケットを引き受けてあげると、勝くんは照れ臭そうに笑った。
「……ありがと」
「う、うん……」
出しゃばりすぎたかな。なんか新妻っぽい振る舞いだったような気がする。気恥ずかしくなっていると、また勝くんがはぁと息をついた。
「すごい人だった? お店」
「ん? ああーー」
勝くんは苦笑した。
「今日、あんまり店行ってないから。お得意様のところのご挨拶周りがほとんど。でも、そうだね。閉店後に見てみた様子だと、まあ例年通りかな」
「そっか」
私はコートとジャケットをかけながら頷く。
「寒かったでしょ。お茶いる? お風呂入る?」
今度はなんかオカンぽいなと反省する。勝くんはからりと笑った。
「その前に」
言って、朝と同じようにかがむと、私の目をじっと見た。
「がんばったご褒美」
「えーーえ」
「ダメ?」
私は情けない顔になっているのを自覚しながら、しばらく目をさまよわせ、勝くんを見上げた。
そこには穏やかな笑顔がある。
ぎゅっと胸が締め付けられて、落ち着こうとひと息ついて、一歩近づいた。
本当に軽く触れるだけのキスをして、離れる。
「……お疲れさま」
「ありがとう」
勝くんは心底嬉しそうに笑った。
* * *
お風呂と食事を済ませた勝くんは、自分の荷物を確認して「あれ?」と首を傾げた。
私はどきりとしながら、平静を装う。
「どうかした?」
「寝袋が……」
勝くんはきょろきょろして、こたつの中も確認して、私を疑わしげに見る。
「……梢ちゃん、どっか隠した?」
「えっ、えー。今日掃除したとき、どっかやっちゃったかなぁ」
言いながら、自分の演技力のなさにがっかりする。これは到底女優にはなれないな。
ほとんど棒読みな私の台詞に、勝くんは呆れたような目を向けてため息をつくと、その場にあぐらをかいた。
「どういうつもり?」
頬杖をついて私を見上げる。スーツのときと違い、セットされていない前髪が目の横にかかって、色気を感じる。
「だ、だって……」
咎めるような視線に堪えかね、私はしどもどと言い訳を始める。
「ベッド使って、って言っても、使ってくれないし。疲れてるだろうに……」
「それで寝袋隠して、どうするつもりなの。ベッドに俺が寝たら、梢ちゃんは隠した寝袋を出してきて寝るわけ?」
「そ、それでも、もちろん、いいんだけど……」
私はうつむいた。顔がどんどん赤く熱を持ってくる。
言え! 言うんだ梢!
寝袋を隠したのは、勝くんを説得するためだけじゃない。自分の退路を絶つためでもあった。
私は大きく深呼吸した後、勝くんを見た。
「……い、っしょに、寝よ?」
勝くんの動きが止まった。
沈黙。
かち、かち、かち、かち、
壁にかかった時計の秒針だけが、音を刻む。
私は背中に変な汗をかきはじめた。
だ、ダメだった? もしかして引いてる? うわ無ぇわこの女とか思ってる?
ど、どうしよう。とりあえず原状復帰を。止まってしまった勝くんの時を取り戻さねば……
ぐるんぐるんと頭が無駄な高速回転をしているうちに、勝くんがふぅう、と息を吐き出した。
絶句したときに呼吸が止まっていたらしい。
「あのね、」
言いかけて、勝くんが咳込む。
「だ、大丈夫?」
「ご、ごめん、ちょっと、待って」
私が横に膝をついて背中をさすってあげると、咳の合間合間で言って、はあ、ともうひと息吐き出した。
「梢ちゃん。君は女性で、俺は男だよ」
勝くんが噛んで含めるように話しはじめる。
私は「うん」と頷いた。
そんなの、知ってる。知りすぎてるくらいに。
「しかも、俺は君が好きなんだ」
勝くんの眼差しは、ためらいなくまっすぐに私に向いている。それにも私は「うん」と頷く。さすがに気恥ずかしくてうつむいたけれど。
勝くんは乱雑に髪をかき上げた。
「そういう男をベッドに誘うっていうのは、どういう意味になるか……さすがに、わかってるよね?」
分かってる。
そうじゃなかったら、そんなこと、言ったりしない。
私は目を上げて、勝くんを見た。
風呂上がりの水気を含んだ首筋。
雑にかき上げた前髪。
私を見つめる熱っぽい視線。
私は唇を開きかけ、一度閉じた。
ドキドキ言ってる胸を手で押さえる。
自分から誘ったことなど、一度もないから。
私はそろりそろりと、勝くんの肩に手を伸ばした。
拒否されたらどうしよう。気持ち悪がられたらどうしよう。
勝くんは望んでないかもしれないのに。
不安と欲望が入り混じり、葛藤しながら、その首にゆるく抱き着いた。
……なんて言おう。
思い浮かぶのは妙な映画やドラマの台詞ばかりだ。なにが相応しいのか、どう言えば伝わるのか、わからない。
そうだ、でも、言わなきゃいけない言葉があった。
「……私も、勝くんが好き」
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