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 勝くんを待つ間に、お湯を沸かして、お膳を整えた。
 一緒に食べたかったから、お節は手を付けずに残してある。
 子どものときから好きだった、栗きんとんと黒豆。紅白かまぼこ、数の子に酢のもの。色とりどりのお節がちょこちょこっと入っている。

「お節、買ったの?」
「あ、うん」
「もしかして、それで昨日、うちの店に?」
「うん……あと、エプロン」

 頷いて、気恥ずかしさにうつむく。
 勝くんは私の様子を見て、ふと笑った。

「そっか。言ってくれれば、社割してあげたのに」
「えっ、だ、だって、それじゃ売上の貢献にならない」
「俺は外商担当だから、店舗の売上は直接的には関係ないよ」

 言われて「そうだけど」と口を尖らせる。

「でも、勝くんこそ、どうして昨日あそこにいたの?」
「外商のお客様が、店舗に来てお買い上げになることも多いんだよ。商品は実際見て選んで、後で外商が運ぶっていう」
「はぁ」

 私が間抜けな相づちを打つと、勝くんはまた笑った。

「嬉しいな。少しでもお正月気分をって、思ってくれたの?」

 ずばり言い当てられて、こくりと頷く。勝くんはまた笑って、私の頭をくしゃりと撫でた。

「そういうとこ、ほんと可愛い」

 ぼっ、て音が聞こえそうな勢いで、顔が発火……もとい、赤くなった。
 私の髪を撫でた勝くんの手は、そのまま私の頬を撫で、顎の辺りへと降りていく。

「……勝、くん」
「うん……」

 熱っぽい視線だけで、また理性が飛びそうになる。
 勝くんは私に一歩近づき、囁いた。

「……もう一度、していい?」

 なにを、と聞く前に、勝くんの顔が近づいて来る。
 私はぎゅっと目をつぶった。
 少し間が開いてから、頬に柔らかいものが当たる。
 目を開くと、勝くんの照れ臭そうな苦笑があった。

「やっぱり、今日はやめとくよ」

 言って、お膳の方へ向かった。

「初心者コース、初心者コース」

 なんて、自分に言い聞かせるように呟きながら。
 私は「もうそんなのいいから! 好きにしちゃって!!」とも言えず、ためらった後で勝くんと一緒にこたつに入った。
 二人で食べたお節は、なんだかすごく甘く感じた。

 * * *

「おはよ、梢ちゃん」

 結局ベッドを使ってくれなかった勝くんは、翌朝も爽やかなワイシャツ+エプロン姿で出迎えてくれた。

「おはよ」

 私があくびを噛み殺すと、勝くんはふふ、と笑って近づいて来る。

「ご飯は準備してあるから。俺はもう行くけど、お願いがあって」

 私はまばたきして、勝くんを見上げた。勝くんは微笑む。

「今日明日が商戦の本番だから。応援してくれる?」
「んっ、する、するよ」

 ようやく私の出番がやってきた! と顔を輝かせると、勝くんは「ありがとう」と私の前に立つ。
 にこりと笑い、やや前傾になり、目をつぶる。

「……え?」

 私がまばたきすると、勝くんは自分の唇をとんとんと指先で示した。

「ええと……」

 なおもためらう私に、勝くんは目を開く。

「……駄目?」
「いや、あの……」
「嫌か……残念」

 心底残念そうに肩を落とす勝くんの腕を慌ててつかむ。起こしかけた上体を止めて、勝くんは垂れがちな目を私に向けた。

「……してくれるの?」
「うっ。えと、あっと……」

 まごつく私に、勝くんは苦笑を浮かべた。

「……いいよ。ごめん。冗談」

 上体を起こしてエプロンを取ると、ハンガーにかけていたネクタイを手にした。

「梢ちゃん、優しいから断れないだけだよね。ごめん、わかってたのに……いろいろ、無理矢理」

 しゅるしゅると、衣擦れの音がする。
 勝くんはネクタイを結び終えてジャケットを手にした。
 そして、ふー、と細く息を吐き出す。

「うーし。初売り、行ってきます」
「ま、待って」

 私は慌てて、シャツのすそをつかむ。
 勝くんが動きを止めて私を見た。
 あ、ちょっとネクタイ曲がってる。

「ネクタイ……なおす」
「……ありがと」

 勝くんがちょっとがっかりしたのが分かった。
 両手を勝くんのネクタイに添えて、きゅ、と向きを直す。

「オーケー?」

 勝くんが優しく微笑んだ。

 あ、
 好き。

 思うと同時に、身体が動く。
 ネクタイを引き寄せて、つま先立ちになった。
 ちゅ、と触れるだけのキス。

「……がんばってね」

 すぐにネクタイを手放した私は、気恥ずかしくて顔が上げられないまま言う。

「……ありがとう」

 やっぱり気恥ずかしそうな、でも嬉しそうな勝くんの声。

「超がんばれそう」

 その言葉が少年時代の彼を思い出させて、私は思わず笑ってしまった。

「そういえば、勝くん4日休みだって?」
「うん、そうだけど……」

 勝くんはジャケットを着ながら頷いて、苦笑した。

「梢ちゃんにも、連絡あった?」
「みっちーから?」
「うん」

 勝くんはコートを着ながらため息をつく。

「ったく、ひどいよね。この時期どれだけ俺が大変か、知ってる癖に、勝手に予定入れて」

 私は何とも言えずに苦笑を返す。勝くんはちらりと私を見た。

「……そうなんだ。4日は休みだから……」

 玄関へ向いたその頬が、少し赤いように見える。
 だから? と問うより先に、続きが聞こえた

「3日の夜は……ゆっくりできるよ」

 私が言葉の意味を推察するより先に、勝くんは「行ってきます」と足早に出勤してしまった。

 * * *

 キッチンには、焼いたトーストと目玉焼きがあった。
 私は寝巻のまま、それを手にこたつに座る。

 疲れてるだろうに、優しいなぁ。
 なんだか、甘えてばっかりだ。
 勝くんの優しさに。包容力に。

 パンを頬張りながら、思い出した。
 勝くんの、自信なさげな、不安そうな顔。

 勝くんでも、自信がなくなることがあるのかなぁ。

 そこで不意に、私は自分の気持ちを言っていないと気づいた。
 何度、どう思い出してみても、私は勝くんが言ってくれた言葉と同じ意図の言葉を、口にしていない。
 本気だよ、とか、好きだとか……結婚……とか。

 ……そりゃ、不安にもなるよね……

 自分に呆れて額を押さえる。
 馬鹿だなぁ……梢。
 私から言わずとも、彼は言ってくれた。
 結婚、とか……そういう言葉を。

 重いとか……思わないでくれるかも。

 無意識に唇が引き上がっているのを感じて、両手の指で口の端を横に引っ張った。
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