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 翌朝、目を覚ますと、もう勝くんは出勤してしまっていた。

【おはよう。今日も遅くなると思うので、気にせず先に眠っててね。行ってきます】

 残されたメモを手に息をつく。時計を見て口をへの字にした。
 まだ7時なのに。
 元旦なのに。
 そっか、夜通し電車が動いているから、いつからでも仕事できるってことなのか。
 良し悪しだなぁ、なんて思いながら、昨日勝くんが座っていた辺りに座ってみる。
 ちょっと寒いのでこたつに足を入れて。
 ふぅ、と一息吐き出した。

 あ、お節。
 せっかく、朝出してあげようと思ってたのに。
 ひとりで食べるのももったいないし、夜に帰ってきたら食べよう。

 なんだか朝食を食べる気にもならなくて、手を伸ばしてリモコンを持ち、テレビをつけた。
 明けましておめでとうございます! と、楽しげに言うレポーター。初詣している人々。
 みんな楽しそうだなぁ。
 なんて、遠い場所みたいに見やる。
 一晩明けてみたら、身体の熱っぽさなんて嘘のようだ。
 すっかり、いつも通りの私。
 ……今朝、勝くんに会えなかったのもあるかもしれないけど。
 こたつの上に頬杖をついて、テレビを眺める。
 そうだよ、年始は人々にとって、一大イベントなのだ。
 ひとりで過ごすのはちょっと寂しいな、なんて思ったところで、勝くんの昨晩の台詞を思い出した。

 ーー年越しのときに、梢ちゃんを一人にしたくなかったから。

 あ、そうか。
 勝くん、私のこういう気持ち、察してくれてたんだ。

 自分でも気付かなかったちょっとセンチメンタルな自分。
 勝くんの方が気づいてたなんて、なんだか不思議。
 苦笑したとき、スマホが揺れる音がした。私はのそのそとこたつを出て、スマホがある寝室へと向かう。
 着信したメッセージは、みっちーからだった。

【明けましておめでとう! で、愚弟の首尾は?】

 ……うん?
 私はどうにか眉を寄せ、スマホをタップする。

【明けましておめでとう。首尾とは?】

 送った数秒後、ぶるぶるとまたスマホが揺れた。
 電話の着信だ。

「あ、あの。おはよ」
『まだ手出してないの?』

 え、いやいやいや。
 ちょっと待って。みっちー、ちょっと待っ

『どうなのよ、梢。黙ってないで言いなさい。どこまでいったの。手握ったとか肩抱いたとかそんな小学生みたいなこと言わないわよね。せめてディープなキスくらい行っといてくれないと困るんだけど』

 困るって何が。今、みっちーの勢いに困ってるのは私なのだけど。

「あ、あの……みっちー?」
『なに?』
「ど、どういう……電話なんでしょう、これ」
『ああ?』

 若干レディースっぽい声音で聞き返される。ぎゃー怖い。みっちーがキレそう。なんでよ、どうしてよー。
 思っていると、みっちーが深々とため息をついた。

『……告白くらいはしたの?』
「え?」
『勝』

 …………告白。

 ーー好きだよ。

 ごふっ。

 思い出された柔らかな声音に、顔が一気に沸騰する。

『……したのね』
「いや、違、違う、待って、ちょっと待って、今頭が沸騰して」
『頭が沸騰しようが心臓が飛び出ようが、死ななければ何でもいいよ。まあそれなら、第一段階としてはとりあえず良しとしよう。でもセックスはまだなわけね』
「みっちー、待って、みっちー」

 息も絶え絶えな私に、みっちーは勝ち誇ったような声音で畳みかけて来る。言葉が直接的すぎてエグい。なんというか、私の心にある乙女なHPが削られていく。

『まあいいわ。私が帰るの5日だから。梢、仕事いつから?』
「え……5日……」
『よし。勝も確か、4日が休みだったわね。じゃあ4日に我が家集合。朝一なんて野暮言わないから安心して。そうねぇ、お茶菓子持参で13時、了解?』
「え……え」
『了解?』
「……りょうかい……」
『勝には連絡しとくから。じゃあまた』

 みっちーが男前に言い切るなり、つー、つー、という電子音に切り替わる。
 嵐のような通話に、私はしばし放心状態に陥った。

 えーと、みっちー、なんて言ってたっけ?
 なにか、いきなり約束させられた気がする。
 4日? 4日に来いって?
 あ、そうだ。午後に来いって……何時って言ってたっけ?

 ほとんど通告のような一方的な言い草だった。いくらみっちーでも、あれほどの強引さは珍しい。
 困惑しながらスマホをタップして、スケジュールアプリを呼び出した。
 状況がよくわからないまま、とりあえず、4日の午後のスケジュールに「みっちー」と入れた。

 * * *

 朝昼兼用でおもちを食べた後、ふと思い立った私は初詣へ向かった。
 寒いからダウンを着て、手袋とマフラーもつけて。毛糸の帽子もかぶって、完全防備。
 見た目なんかそっちのけだけど、風邪引いたらやだからね。そろそろ回復力が低下して来ているのは自覚がある。……悲しいながら。
 風が冷たくて、日の当たるところでもあんまり暖を取れない。ほぅと息をつけば真っ白で、おもしろくなってほぅほぅと吐き出してみる。
 ふと視線を感じて見やると、母親の手に引かれた子どもがじっと私を見ていた。恥ずかしくなって口を結ぶと、にこりと笑われて私も笑い返す。
 その子の親と目が合って、笑顔で会釈された。私も会釈を返しながら、「私より片手くらい年下かな」なんて思う。
 自分と同じ年くらいのお母さんを「若いお母さんだな」なんて見ていた時期も、気づけば過ぎ去ってしまった。
 今や、小さい子連れのお母さんは多くが私より年下だ。
 子どもが手を振ってくれて、私も手を振り返す。大小の背を目で追ってから、また白い息を吐き出した。
 子どもは昔から好きだ。だからみっちーの子どもが産まれたときも、折につけ遊びに行かせてもらった。すっかり子どもたちも私に慣れてくれて、二人とも可愛い。
 でも……自分の子どもだと、もっと可愛いのかなぁ。
 考えるのを避けていたことが、ぽかんぽかんと頭に浮かぶ。

 いやいや、でも、その前に結婚でしょう。結婚しないと。

 思ったとたん、ぽやぽやと、今度は勝くんの笑顔が浮かんで、きゅんとなる。
 私と勝くんは、6歳差。
 38と32。
 アリといえばアリ……ナシといえば、ナシ?
 自分のことだから到底、冷静になれない。

<気にせずいっちゃいなよ!>

 とマイペースな自分が言う横で、冷静な私が止める。

<それって、自分のことしか考えてなくない? 勝くんにとってはどうなの? いきなり結婚前提とか、正直引かない? 自分が子ども欲しいからって、自分のことしか考えてないんじゃないの。梢、あんたほんとは、勝くんじゃなくてもいいんじゃないの?>

 私は眉を寄せる。詰問者になった私がまた、繰り返す。

<勝くんじゃなくて、「好きだよ」って優しく囁いてくれる男だったら、誰でもいいんじゃないの!?>

 気付けば、近所の神社についていた。小さい割に長蛇の列だ。鳥居の手前で曲がった列は、くにゃりと曲がって境内へ続いている。
 現代人に信仰心なんてなさそうなのに、こういうときの人込みは、むしろ子どもの頃よりも増しているような気がする。
 人でない何かにすがりたいからだろうか。
 科学が進歩したからこそ、目に見えない力が無視できないものだと気づいたのだろうか。
 黙ってその列に並ぶと、手袋をはめた手をすり合わせた。手袋をはめていても、手が冷たくなっている。
 10分くらいかかるかな。もっとかかるかな。
 くねった人の列は、まるで一息ついた龍のしっぽのようだ。
 視線でそれを辿って、階段の上の社殿を見上げる。

 聞けるものなら、神様に聞いてみたい。
 どういうつもりで、この年末年始、私と勝くんを一緒に過ごさせてくれたんだろう。
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