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 勝くんの、二度目のキスを受け止めて。
 開いた目の先に、優しい笑顔があった。
 どういうことなの?
 聞きたくて、でもやっぱりちょっと怖い。
 ここまできて、姉代わりということも……ない、だろうけど。
 勝くんが照れ臭そうに笑い、何か言いかけたとき、

「あっっ」

 私は声を出して、勝くんの腕から抜け出した。
 勝くんはまばたきしながら、私を目で追う。
 私は冷蔵庫からぶりを出して、コンロに鍋をかけた。

「魚、先に焼いちゃうと固くなるから、帰ってきてから焼こうと思って」

 言いながら手を動かす。みそ汁をもう一度火にかけて、ご飯をつごうとして気づく。

「あ、焼けてからがいっか。冷めたら美味しくないもんね」

 急にテキパキと動き出した私を見た勝くんは、一息の後ため息をついて、ゆっくりと近づいてきた。
 ダメだって。
 脳内で、警報が鳴っている。
 私のためじゃない、勝くんのために。
 勝くんはまだ32で、これからまだまだ、素敵な出会いだってあるだろう。
 もうほとんど枯れたような、私みたいな女じゃ釣り合わない。
 だけど、一時のつき合いやただのお遊びとして済ませるには、私たちの関係は微妙すぎる。
 みっちーに気を使われるのは嫌だし、勝くんとだって、今のような、ちょっと姉弟みたいな関係を、リセットしたくない。
 それに……子どもとか考えると、私も年齢的にリミットが近いのだ。
 そっか……私、もうそんな年齢なんだ。
 大学卒業して、男社会の大手ゼネコンに就職して。
 がむしゃらに仕事して、一家を養う男性並の収入もらって、ある程度認められたはいいけど、他のことは全然、ほったらかしにしてしまった。
 友達の晴れ姿を見ながら、「いつかは私も」なんて思ってる内に、一通りラッシュが過ぎてしまえば、そもそもそんなことを思う機会もなくなって。
 続々と産まれる友人の子どもたちの写真を、年賀状で見て「可愛い~」「大きくなったな~」なんて楽しんで。
 みっちーが言ってた「自覚」って、こういうことなのかな。

「梢ちゃん、ぶり焦げるよ。みそ汁も沸騰してる」
「えっ、ひゃ、あ」

 指摘されて意識を戻し、慌ててぶりをひっくり返す。勝くんが黙ってみそ汁の火を切った。
 ほっと息をつくけれど、醤油が焦げ付いたような臭いがして、ちょっと涙目で勝くんを見上げる。

「……ごめん、ぼんやりしてて」
「うん」

 勝くんが微笑んで、鍋の方へ視線を向ける。

「……広瀬のこと、気に入った?」

 静かに問われて、まばたきした。
 広瀬……?
 ああ、

「王子ね」
「ぶっ」

 私の言葉に、勝くんが噴き出す。
 どうしたのかと思いきや、勝くんは笑いながら「それ、梢ちゃんの感想?」と聞いてきた。

「だって、そうじゃない? 王子っぽくない?」

 言いながら、思い出す。そうだ、今日はそれを話題にしようと思ってたんだ。

「そうそう、広瀬さん。すごい親切だったよ。ファンとかいそうだよね。勝くん、ちょうど同じくらいの歳じゃない?」
「うん、同期」
「そうなんだ。仲いいの?」
「んー、まぁ。同期30人くらいいるけど、よく飲みに行く方かな」

 勝くんは答えて、みそ汁を器に移す。私も火を止めて、ぶりの照り焼きをお皿に盛りつけた。

「じゃあ、同期ではあの広瀬さんと勝くんが、人気を二分してたりして」
「え?」
「だって、タイプの違うイケメン……」

 私が顔を向けると、勝くんは照れたように目を頬をかいた。

「……イケメン? 俺が?」
「え? だって、モテるでしょ」

 女慣れしてるし、とは、心の中で付け足す。
 勝くんは目をさまよわせて、私を少年のような目で見た。

「……梢ちゃんは、どっちがタイプ?」
「え?」
「俺と、広瀬」
「えー、そりゃ……」

 私は笑ってごまかそうとし、勝くんの真剣な眼差しに気づいて目を反らした。

「………………勝くん」

 聞こえないといいなー、くらいの声音で、一応正直に答えた瞬間、後ろからぎゅっと抱きしめられる。

「か、勝くん、ごはん」
「うん……うん……食べる……食べるけど……」

 言いながら、勝くんの抱擁は少しだけきつくなる。「勝くん」と呼びながら振り向くと、照れ臭さと喜びと、なんだか色んな感情がないまぜになったような勝くんの赤い顔があった。
 胸が、「きゅん」を通り越して「ぎゅん」てする。
 また心臓が駆け足を始める。

「……勝くん」
「なに?」
「……もしかして、勝くんて」

 私は一瞬迷ってから、冗談にできる程度の軽さで続けた。

「わ、私のこと、好きだったりーー」

 言葉はまた勝くんの唇で塞がれた。
 触れるだけの、でも長いキス。

「……本気だって言ったよ」

 ゆっくり離れた勝くんは、息がかかるほどの至近距離のまま、ちょっとすねたように私を見つめる。
 だから。
 心臓が。
 出ちゃうから。

「わ、わかった、わかったから」
「わかってない。絶対、梢ちゃん、わかってない」
「わかってるってーー」

 勝くんの腕の中で、くるりと身体を反転されて抱きしめられる。

「……好きだよ」

 温かくてたくましい腕の中で囁かれ、理性が吹っ飛びそうになる。

 でも。

 と、私の中のどこかの部分が、ブレーキを踏む。

 勝くんは、まだ、32で。
 これから、まだまだ、色んな出会いが。
 きっと、私よりも素敵な女性とーー

「ご飯! あったかいうちに、食べて。あっ、ほらもうこんな時間! 年越し蕎麦茹でるから! 先食べてて」

 私は勝くんの胸を押して身体を離し、膳を整えてこたつの上に置いた。
 勝くんは不服げな顔でため息をつき、こたつに入った。
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