五月病の処方箋

松丹子

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番外編 暑気払いの効能(多田野の話)

01

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 この度は拙作をご覧くださりありがとうございます。
 あまりに多田野がかわいそうだったので救われる話を…と書きました。
 2年後の話ですので、本編読了後にどうぞ。

 ***

 7月のある日。前職である市役所の同期から、暑気払いをやるから来ないかと連絡があった。
 多田野は迷った後、参加の旨、返事を送る。
 次いで来た連絡に、驚いて目を見開いた。
【栗原が班長に昇進したお祝いも兼ねて】
 栗原、とは栗原園美。確かにデキる女だった、とは覚えているーーが。
【早くない?】
 就職してから十数年。役所では異例の抜擢になりはしないか。せいぜい、四十代で班長、が普通だ。それも、こう言っては何だが、女性である。
【法令担当の席が空いたらしい】
(それにしたってーー)
 多田野は栗原のことを、懸命に思い出していた。

 栗原園美は法学部出身、採用後に配属されたのは地域連携課で、同期の中ではエリートと目された。最初の所属など評価と関係ないと先輩たちは言っていたが、できない人間をあえて忙しいところへは回さないだろう。仕事が回らなくなる可能性だってあるのだから。
 想像通り、就職から3年後、栗原は二ヶ所目で人事課へと回された。まさにエリートコースだ。
 多田野は最初、区役所の税務に所属し、次いで本庁の総務へ。行政事務は異動すればほとんど転職も同じだ。今までの仕事のやり方と全く違い、なおかつひたすら他部署の調整に回る仕事に辟易していたとき、西島に出会った。
「転職するなら、今のうちじゃない?」
 結果的には、多田野の背中を押した一人が、栗原だった。
 誰からともなく、現状への不安を口にし始めたとき、何の力みもひがみもなく、あっけらかんと彼女はそう言ったのだ。
「公務員なんて、ほとんど異動の度にゼロスタートで、積み上げられる経験もないし。何かやりたいこと見つかったんだったら、行くのも全然アリっしょ。私だったら応援するけどね」
「そういう栗ちゃんは、どうなの。転職考えないの?」
「えー、私ぃ?」
 栗原は問われて笑った。
「どうかなぁ。多分ずっといると思うよ。自己満だろうけどさ、少しでも地元良くしたい、って思うし。青臭い理想、掲げてても馬鹿にされないし」
「青臭い理想?」
 多田野が問うと、栗原は笑った。
「そうそう。市民に愛される地元、みんな仲良しを目指そう、みたいな?」
「いや、それはさすがに馬鹿にされるだろ」
 誰かが突っ込んで、その場は笑いに紛れた。

 そして、多田野は転職した。
 送別会を開いてくれたのも、栗原だった。
 多田野はそのお礼を言いがてら、隣に座った栗原に問うた。
「忙しいんでしょ、人事」
「そりゃそうよー」
 栗原は笑いながら言ったものだ。
「自転車操業ってやつ? もうなんか、麻痺しつつあるよね」
(それでも笑っていられるんだな)
 それも、作ったような笑顔ではない。いや、心中奥深くではどう思っているか分からないが、多田野も鈍感な方ではないつもりだ。見たところ心底嫌がっている気配はなかった。
「でも、まあ三年。とりあえず三年ね。石の上にも、三年」
「繰り返しすぎだろ、三年」
 他の同期からまたツッコミが飛ぶ。
 団体その他との癒着がないよう、大体の配属先は三年で異動になる。例外で長引くことはあるが、若手の場合、その例外もかなり少ない。
「いや、だって出してもらわないとマズイでしょ。このままじゃどう考えてもお一人様コースまっしぐらよ、私」
「そんな、結婚のことまで職場は面倒見てくれないよ」
「そうだけど。いや、そうだからーー」
 栗原ははっとした顔をして、多田野を見た。多田野が首を傾げると、その肩に手を回す。
「な、何?」
「多田野くん、君を見込んで頼みがある」
 上背のある多田野と肩を組むなど、座っているときではないとできないだろう。栗原は声をひそめて真剣な面持ちで言った。
「私が35まで売れ残ってたら、もらってやって?」
「ーーはぁ?」
 思わず口をついて出た声に、栗原は笑いながら腕を解いた。
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