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目を閉じた玲子の髪を、椿希は愛おしむように掬い上げ、撫でる。
情事の後のけだるさを楽しんでいたはずが、一度柔らかくなったはずの自身が元気を取り戻していくのを感じて思わず笑った。まるで中高生のようだ。
温もりと余韻に浸っていたくて、引き抜かずにいたのが良くなかったか。
反省しながらも、やはり身体は繋がったまま、まだ目を開けない玲子の頬を指先で撫でる。
「ーー好きだよ」
呟き、その頬に唇を寄せる。首筋から立ち上る香りはシャンプーのものか、彼女自身の香りか。
止まらなくなりそうだと気づいて自重した。勝手に進めても意味はない。あくまで欲しいのは彼女の心であって、身体を求めているだけだと思われても困る。
はあ、と椿希は息を吐き出した。
玲子の頬に頬を擦り寄せる。
「玲子さぁん。起きて」
その声は自分でも聞いたことがないほどに甘い。椿希はまた、玲子の頬に口づけた。
この人を手にできるのであれば、小悪魔にでも好青年にでも何でもなろうと思ってから、早や五年。我ながら長期間よく耐えたものだと自画自賛してみる。
自分がこんなにも一途に一人を想う日が来るなど思ってもみなかった。
出会ったときの憧れに近い感情が、明確に恋に変わるまで、就職後さして時間はかからなかった。
落ち込んで帰った翌朝、必ずと言っていいほどデスクに置いてあった缶コーヒー。
初めてそれを目にしたとき、誰が置いてくれたのかと水城に問うと、玲子だと答えた。
「玲ちゃんが新人のとき落ち込むと、私が缶コーヒーあげてたの。嬉しかったから自分も後輩にしてあげたいんだって」
水城は言って、笑った。
「でも、私と違うところは面と向かって渡さないところね。誰が差し入れたかも分からないと怖くて飲めないのにねぇ」
椿希は手にした缶コーヒーを眺めながら、じわりと胸を満たしていく温もりを感じていた。
多田野が玲子に惹かれたのがいつかは分からないが、就職して二年目の新年会、玲子が席を外したすきに、水城が一本指を立てた。
「紳士協定を結びましょう」
一体何を言っているのだと、多田野と二人目を見合わせたとき、水城は当然のように言う。
「だって二人とも玲ちゃん好きでしょ。玲ちゃんって、意外と真面目で融通利かないから。二人が好きにアプローチして、振り回しちゃうと仕事に支障が出そうだもの」
多田野と椿希は困惑した顔を再度見合わせた。
「それはーーつまり、諦めろと?」
「ううん。それもかわいそうだからぁ」
水城はにこにこしながら首を傾げる。椿希から見れば、実は彼女こそなかなかの策士だ。
「ここんとこ、玲ちゃん5月は元気ないでしょう。五月病ってごまかしてるけど、きっと何かあったんだと思うのよねぇ」
水城は、だからね、と言葉を次いだ。
「その理由を、玲ちゃんから聞き出した方が、先にアタックする。もう一方は、その結果が出るまで見守る。どう?」
「どう? ってーー」
多田野と椿希はまたしても顔を見合せる。水城は楽しげに笑った。
「もしくは、玲ちゃんが五月病にならなくなったら。そしたらアタックしてもいいよ」
言う水城は、玲子の五月病の理由をおおかた察していたのだろう。だからこそそういう提案をしたに違いない。
それならばと多田野と椿希は苦笑混じりに合意したのだったが、結局ここに至るまで玲子の“五月病“が治ることはなかった。
そして、偶然ーーほとんど奇跡的に知った、小林克己という存在と、五月の関係。
ほとんど賭けに等しい投げかけは、まさに玲子を動かした。
日頃冷静沈着な玲子を、動かしたことこそがーー五月の憂鬱の理由を、椿希にはっきりと、知らしめた。
椿希はまた込み上げてくる不安を苦笑で押し殺し、玲子の頬をてのひらで包んだ。
玲子の眼球がまぶたの下で動く。
ゆっくりと開かれた目に、目一杯の微笑みを返して見せた。
「ーー起きました?」
その声が、またしても甘い。
そう思ったのは椿希だけではなかったのだろう、玲子は頬を染めた。椿希は笑う。
「……何よ」
「玲子さん、大人ぶってて、意外とウブだから」
くすくすと笑いながら、またその頬に頬ずりする。玲子の首元に息がかかり、くすぐったそうに身をよじった。
「ウブ、なんて。処女でもあるまいし」
「それとこれとは関係ないでしょう」
椿希は言いながら玲子の髪を撫でる。
「可愛いよ」
額に口づけると、玲子は迫力のない目で睨みつけてきた。
「さーて」
椿希は言いながら、するりと温もりから自身を引き抜く。
「ふぁ」
玲子の口から漏れた甘い吐息に、だいぶ大きくなっていた男根が、またぴくりと揺れた。
「無事、起きたところで」
既に装着していた使用済の避妊具を引き抜きながら、椿希は玲子に笑顔を向ける。
玲子の顔が物言いたげに歪んだ。
「第二ラウンド行きましょ?」
言いながら、椿希は二つ目の避妊具を装着する。
「な、なんでーー今したばっかりなのに」
「ね。しかも玲子さん意識飛んじゃうし」
椿希は自然と込み上げる笑顔を玲子に投げかける。
「そんなに気持ち良かった? 記憶飛んだりしてないよね?」
「と、飛んではいないけどーー」
玲子は視線をさ迷わせた。記憶を飛ばしてはいないものの、快感に溺れて半ば理性が飛んでいたため、かなり曖昧ではある。
「じゃ、もう一度確認」
椿希は言いながら、手を添えた自身で玲子の入口を上下する。
「ねぇ、ちょっと待っーー」
慌てた玲子が椿希を止めようと手を伸ばして来る。椿希はその手を片手で受け、指先を口に含んだ。指先を丁寧に舐め取りながら、玲子を横目で見やる。
「ーーっ」
玲子が顔を真っ赤にして、椿希を見やった。
椿希は笑って、耳元に口を寄せる。
「愛してる」
一度目の名残を残した玲子の中に、椿希が再び身を沈めた。
情事の後のけだるさを楽しんでいたはずが、一度柔らかくなったはずの自身が元気を取り戻していくのを感じて思わず笑った。まるで中高生のようだ。
温もりと余韻に浸っていたくて、引き抜かずにいたのが良くなかったか。
反省しながらも、やはり身体は繋がったまま、まだ目を開けない玲子の頬を指先で撫でる。
「ーー好きだよ」
呟き、その頬に唇を寄せる。首筋から立ち上る香りはシャンプーのものか、彼女自身の香りか。
止まらなくなりそうだと気づいて自重した。勝手に進めても意味はない。あくまで欲しいのは彼女の心であって、身体を求めているだけだと思われても困る。
はあ、と椿希は息を吐き出した。
玲子の頬に頬を擦り寄せる。
「玲子さぁん。起きて」
その声は自分でも聞いたことがないほどに甘い。椿希はまた、玲子の頬に口づけた。
この人を手にできるのであれば、小悪魔にでも好青年にでも何でもなろうと思ってから、早や五年。我ながら長期間よく耐えたものだと自画自賛してみる。
自分がこんなにも一途に一人を想う日が来るなど思ってもみなかった。
出会ったときの憧れに近い感情が、明確に恋に変わるまで、就職後さして時間はかからなかった。
落ち込んで帰った翌朝、必ずと言っていいほどデスクに置いてあった缶コーヒー。
初めてそれを目にしたとき、誰が置いてくれたのかと水城に問うと、玲子だと答えた。
「玲ちゃんが新人のとき落ち込むと、私が缶コーヒーあげてたの。嬉しかったから自分も後輩にしてあげたいんだって」
水城は言って、笑った。
「でも、私と違うところは面と向かって渡さないところね。誰が差し入れたかも分からないと怖くて飲めないのにねぇ」
椿希は手にした缶コーヒーを眺めながら、じわりと胸を満たしていく温もりを感じていた。
多田野が玲子に惹かれたのがいつかは分からないが、就職して二年目の新年会、玲子が席を外したすきに、水城が一本指を立てた。
「紳士協定を結びましょう」
一体何を言っているのだと、多田野と二人目を見合わせたとき、水城は当然のように言う。
「だって二人とも玲ちゃん好きでしょ。玲ちゃんって、意外と真面目で融通利かないから。二人が好きにアプローチして、振り回しちゃうと仕事に支障が出そうだもの」
多田野と椿希は困惑した顔を再度見合わせた。
「それはーーつまり、諦めろと?」
「ううん。それもかわいそうだからぁ」
水城はにこにこしながら首を傾げる。椿希から見れば、実は彼女こそなかなかの策士だ。
「ここんとこ、玲ちゃん5月は元気ないでしょう。五月病ってごまかしてるけど、きっと何かあったんだと思うのよねぇ」
水城は、だからね、と言葉を次いだ。
「その理由を、玲ちゃんから聞き出した方が、先にアタックする。もう一方は、その結果が出るまで見守る。どう?」
「どう? ってーー」
多田野と椿希はまたしても顔を見合せる。水城は楽しげに笑った。
「もしくは、玲ちゃんが五月病にならなくなったら。そしたらアタックしてもいいよ」
言う水城は、玲子の五月病の理由をおおかた察していたのだろう。だからこそそういう提案をしたに違いない。
それならばと多田野と椿希は苦笑混じりに合意したのだったが、結局ここに至るまで玲子の“五月病“が治ることはなかった。
そして、偶然ーーほとんど奇跡的に知った、小林克己という存在と、五月の関係。
ほとんど賭けに等しい投げかけは、まさに玲子を動かした。
日頃冷静沈着な玲子を、動かしたことこそがーー五月の憂鬱の理由を、椿希にはっきりと、知らしめた。
椿希はまた込み上げてくる不安を苦笑で押し殺し、玲子の頬をてのひらで包んだ。
玲子の眼球がまぶたの下で動く。
ゆっくりと開かれた目に、目一杯の微笑みを返して見せた。
「ーー起きました?」
その声が、またしても甘い。
そう思ったのは椿希だけではなかったのだろう、玲子は頬を染めた。椿希は笑う。
「……何よ」
「玲子さん、大人ぶってて、意外とウブだから」
くすくすと笑いながら、またその頬に頬ずりする。玲子の首元に息がかかり、くすぐったそうに身をよじった。
「ウブ、なんて。処女でもあるまいし」
「それとこれとは関係ないでしょう」
椿希は言いながら玲子の髪を撫でる。
「可愛いよ」
額に口づけると、玲子は迫力のない目で睨みつけてきた。
「さーて」
椿希は言いながら、するりと温もりから自身を引き抜く。
「ふぁ」
玲子の口から漏れた甘い吐息に、だいぶ大きくなっていた男根が、またぴくりと揺れた。
「無事、起きたところで」
既に装着していた使用済の避妊具を引き抜きながら、椿希は玲子に笑顔を向ける。
玲子の顔が物言いたげに歪んだ。
「第二ラウンド行きましょ?」
言いながら、椿希は二つ目の避妊具を装着する。
「な、なんでーー今したばっかりなのに」
「ね。しかも玲子さん意識飛んじゃうし」
椿希は自然と込み上げる笑顔を玲子に投げかける。
「そんなに気持ち良かった? 記憶飛んだりしてないよね?」
「と、飛んではいないけどーー」
玲子は視線をさ迷わせた。記憶を飛ばしてはいないものの、快感に溺れて半ば理性が飛んでいたため、かなり曖昧ではある。
「じゃ、もう一度確認」
椿希は言いながら、手を添えた自身で玲子の入口を上下する。
「ねぇ、ちょっと待っーー」
慌てた玲子が椿希を止めようと手を伸ばして来る。椿希はその手を片手で受け、指先を口に含んだ。指先を丁寧に舐め取りながら、玲子を横目で見やる。
「ーーっ」
玲子が顔を真っ赤にして、椿希を見やった。
椿希は笑って、耳元に口を寄せる。
「愛してる」
一度目の名残を残した玲子の中に、椿希が再び身を沈めた。
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