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シャワーを浴びながら、玲子はふと思い出した。
「あ。百合」
椿希からもらった百合を生けるのをすっかり忘れていた。
一度受け取ったものの、歩き出すときに椿希が引き出物の袋に入れていたのだ。
(上がったら、生けよう)
花瓶はないが、代用できるものがあっただろうかと考える。花を家に飾るなど滅多にない。
玲子はふと思い出す。百合を差し出したときの椿希の微笑みと共に、一瞬感じたときめき。
シャワーを流しながら、手で身体を撫でる。不意に、部屋にいる椿希と、彼からの愛撫を思い出して、気まずさに眉を寄せた。
(一体、私は何をやってるんだろう)
嘆息して壁に手をつく。その間も、シャワーは玲子の身体を、床をたたいて単調な音を立てた。
克己への思いに振り回され、椿希のアプローチにグラグラと揺れ――
両方とも今まで否定してきた感情だったが、この際認めざるを得ない。シャワーに濡れた裸の身体を見下ろして、情けなさに顔を覆ってみた。当然、何が変わるわけでもない。苦笑しながら手を下ろし、シャワーのお湯を手にためて顔を洗った。髪も洗い、シャワーを止める。簡単に髪を絞って身体を拭くと、ラフ目な服を着て髪にタオルを巻いた。
もともと顔立ちがはっきりしている玲子はあまり濃い化粧をしない。とはいえ、自分の素顔を鏡に見ると、化粧をした時よりも幼く見える。
(もういいや)
玲子は日頃、自分の直感を信じて行動するようにしている。
ゼミを選ぶとき、仕事を選ぶとき――ただ、恋愛は別だった。だいたいの物事には積極的に、自分から動いていく玲子だが、こと恋愛に関しては受け身に構えてしまう。
恋愛に奥手でも彼氏はできたし、問題ないと思っていた。が、それが逆に自分を裏切っていたのかもしれないと、この年になってようやく気づきつつある――
だからといって、これからどうするべきかはわからないのだが。
(幻滅するなら、幻滅してしまえばいい)
もう失うのはまっぴらだーーと、手に入れたこともない男を思い出してまた苦笑する。
手に入らなくてもーーいや、手に入らなかったからこそ、だからだろうかーー失った感覚から立ち直れないのだ。これで椿希に裏切られでもすれば、もう次はないだろう。
(なくてもいいか)
ーー枯れる前に手折るーー
椿希の言葉を思い出した。
(枯れてしまった方が、楽かもしれない。自分に振り回されないし)
諦観に苦笑しながら、リビングへつながるドアを開けると、椿希がじっと座って待っていた。
「ーーあ」
椿希は戸惑った顔で玲子を見て、頬を染め顔を反らす。
「何よ」
「いやーー初めて見たんで」
「何を」
「化粧落としたとこ」
言われて、玲子は嘆息した。
「見たくないもの見たって?」
「いやいやいや」
椿希は即座に首を振って否定した。
「ないでしょう、それは。ありえないでしょう」
「何がよ」
後輩の言うことが全く理解できず、また嘆息して部屋を見渡す。引き出物の入った紙袋を部屋の隅に見つけ、そちらに歩き出した。
「髪、乾かさなくていいんですか?」
「うん、お花、忘れてたから」
玲子は言いながら袋に近づいた。近い位置にいた椿希も近づき、ほとんど同時に屈み込む。
先に花を手にしたのは椿希だった。手に取ると玲子に差し出し、目を上げる。
「どうぞーー」
言いかけて、また困ったように目を反らした。
「何よ、いちいち」
玲子が唇を尖らせながら受けとると、椿希は深々と嘆息した。
「目の保養というか、目の毒というかーー」
「は?」
「警戒心とか、ないんですか」
玲子を見る椿希の目に、困惑と苛立ちが浮かんでいる。
「ーー何よ、それ」
玲子は不服げに顔をそらし、花瓶代わりになるものを探しにキッチンへと向かった。
少し大きめのグラスを見つけ、それに水を張って百合を生ける。花を顔の高さへ持っていくと、自然と口元に笑みが浮かんだ。
視線を感じた先を見ると、椿希が穏やかに微笑んでいる。
ーーその笑顔は、嫌いじゃない。
直感的に、玲子は思った。
「石田くん」
「はい?」
自然と口をついた呼びかけに答えて、椿希が首を傾げる。
何か言おうとした訳ではなかったのだが、玲子は取り繕って微笑んだ。
「ーーお花、ありがとう」
椿希は切れ長の目を細め、にこりと笑った。
「どういたしまして」
「あ。百合」
椿希からもらった百合を生けるのをすっかり忘れていた。
一度受け取ったものの、歩き出すときに椿希が引き出物の袋に入れていたのだ。
(上がったら、生けよう)
花瓶はないが、代用できるものがあっただろうかと考える。花を家に飾るなど滅多にない。
玲子はふと思い出す。百合を差し出したときの椿希の微笑みと共に、一瞬感じたときめき。
シャワーを流しながら、手で身体を撫でる。不意に、部屋にいる椿希と、彼からの愛撫を思い出して、気まずさに眉を寄せた。
(一体、私は何をやってるんだろう)
嘆息して壁に手をつく。その間も、シャワーは玲子の身体を、床をたたいて単調な音を立てた。
克己への思いに振り回され、椿希のアプローチにグラグラと揺れ――
両方とも今まで否定してきた感情だったが、この際認めざるを得ない。シャワーに濡れた裸の身体を見下ろして、情けなさに顔を覆ってみた。当然、何が変わるわけでもない。苦笑しながら手を下ろし、シャワーのお湯を手にためて顔を洗った。髪も洗い、シャワーを止める。簡単に髪を絞って身体を拭くと、ラフ目な服を着て髪にタオルを巻いた。
もともと顔立ちがはっきりしている玲子はあまり濃い化粧をしない。とはいえ、自分の素顔を鏡に見ると、化粧をした時よりも幼く見える。
(もういいや)
玲子は日頃、自分の直感を信じて行動するようにしている。
ゼミを選ぶとき、仕事を選ぶとき――ただ、恋愛は別だった。だいたいの物事には積極的に、自分から動いていく玲子だが、こと恋愛に関しては受け身に構えてしまう。
恋愛に奥手でも彼氏はできたし、問題ないと思っていた。が、それが逆に自分を裏切っていたのかもしれないと、この年になってようやく気づきつつある――
だからといって、これからどうするべきかはわからないのだが。
(幻滅するなら、幻滅してしまえばいい)
もう失うのはまっぴらだーーと、手に入れたこともない男を思い出してまた苦笑する。
手に入らなくてもーーいや、手に入らなかったからこそ、だからだろうかーー失った感覚から立ち直れないのだ。これで椿希に裏切られでもすれば、もう次はないだろう。
(なくてもいいか)
ーー枯れる前に手折るーー
椿希の言葉を思い出した。
(枯れてしまった方が、楽かもしれない。自分に振り回されないし)
諦観に苦笑しながら、リビングへつながるドアを開けると、椿希がじっと座って待っていた。
「ーーあ」
椿希は戸惑った顔で玲子を見て、頬を染め顔を反らす。
「何よ」
「いやーー初めて見たんで」
「何を」
「化粧落としたとこ」
言われて、玲子は嘆息した。
「見たくないもの見たって?」
「いやいやいや」
椿希は即座に首を振って否定した。
「ないでしょう、それは。ありえないでしょう」
「何がよ」
後輩の言うことが全く理解できず、また嘆息して部屋を見渡す。引き出物の入った紙袋を部屋の隅に見つけ、そちらに歩き出した。
「髪、乾かさなくていいんですか?」
「うん、お花、忘れてたから」
玲子は言いながら袋に近づいた。近い位置にいた椿希も近づき、ほとんど同時に屈み込む。
先に花を手にしたのは椿希だった。手に取ると玲子に差し出し、目を上げる。
「どうぞーー」
言いかけて、また困ったように目を反らした。
「何よ、いちいち」
玲子が唇を尖らせながら受けとると、椿希は深々と嘆息した。
「目の保養というか、目の毒というかーー」
「は?」
「警戒心とか、ないんですか」
玲子を見る椿希の目に、困惑と苛立ちが浮かんでいる。
「ーー何よ、それ」
玲子は不服げに顔をそらし、花瓶代わりになるものを探しにキッチンへと向かった。
少し大きめのグラスを見つけ、それに水を張って百合を生ける。花を顔の高さへ持っていくと、自然と口元に笑みが浮かんだ。
視線を感じた先を見ると、椿希が穏やかに微笑んでいる。
ーーその笑顔は、嫌いじゃない。
直感的に、玲子は思った。
「石田くん」
「はい?」
自然と口をついた呼びかけに答えて、椿希が首を傾げる。
何か言おうとした訳ではなかったのだが、玲子は取り繕って微笑んだ。
「ーーお花、ありがとう」
椿希は切れ長の目を細め、にこりと笑った。
「どういたしまして」
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