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「かんぱーい」
「お疲れぇ」
カチンとビールジョッキを合わせて、おのおの喉に流し込む。特段店を予約していなかった二人がぶらりと覗いたレストランバーは、カウンター席しか空いていなかったが、次ぐ店を探すのも面倒だと並んで座ることにした。
「お腹すいたぁ」
「ああ、講義するとそうだよなぁ。食え食え」
「何、おごり?」
「マジか。人気講師なんだろ?」
「それ、そっちのことでしょ。ーーあれ、ください」
軽いやり取りを楽しみながら、本日のオススメとして黒板に書いてあったカルパッチョを指し示すと、カウンター越しに店員がにこりと笑顔を返した。
「お通しです」
出された小皿のコールスローを呆気なく平らげる玲子に、克己は笑って自分のものを差し出す。いいのと目で問うと穏やかな頷きが返って来たので、ありがたく食べることにして、玲子は皿に手を添えた。
ぱくりぱくりと遠慮なく食べる様を、克己は面白そうな目で見ている。隣り合わせの席という至近距離で見られていることに玲子が文句を言おうと克己を見やったとき、克己の手が伸びてきた。
咄嗟に、言葉を失う。
「髪、食ってるぞ」
口の端にかかった玲子の黒髪を、克己が指先で優しく払う。玲子は飲み込んだ息をゆるゆると吐き出し、込み上げる悔しさに目を反らした。
「ーーどうも」
ぶっきらぼうに言って、またビールを一口煽る。男にその気はないと分かっている。少し鈍いところのある克己は、きっと自分の気持ちには気づいていないだろうーー
「変わんねぇなぁ」
軽やかに、克己は笑った。玲子は物言いたげにその笑顔を睨みつける。
「いやぁ、椿希くんがさ、お前が学生時代どんな女だったか聞いてきて。上手いよなぁ、彼。気づいたらついつい引き出されちゃってさ」
何をどう引き出されたのか確認しておきたい気もしたが、同時に怖い気もしてやめた。
嘆息してジョッキを傾けつつ、しれっと口を開く。
「そりゃ、我が社随一のコミュニケーション系講師ですから」
「そうだな、それもよく分かる」
話す克己はやや興奮気味だ。ずいぶんと椿希に感化されたらしいと分かる。何らかの力を持つ人材に出会えた時、彼はいつもこうなる。その輝く目はまるで新しい玩具を手にした少年のようだ。
すごいと思ったら、褒める。その褒め方は何かと比較してのそれでなく、おだてでもひがみでもない。
それが彼の魅力で、その気取らなさが学生にも好かれるところだろう。
(変わらないのはどっちよ)
思いながら、玲子は口の端を上げた。あまりに自然にこぼれた自分の笑顔に、心中で呆れる。
(やれやれだわ)
思っている間にも、克己の楽しげな話は続いている。
「社員研修の講義って、ある意味さ、一人だけアウェイな訳だろ? 受講生はみんな、同じ会社で働いてるし、その点共通認識があるわけで」
克己の言葉に、そうねと答える。
「だから外部講師って、コイツ何者? って目から始まるわけで、掴みが大事だよな」
「それは学生も同じでしょう」
むしろ学生の評価の方が遠慮ないだろう。社員研修は社員が自腹を切っているわけではないし、研修というのは面白くないものだと思っている大人には、少しでも遊び心を感じてもらえれば比較的心を掴めたりもする。
「でも、椿希くんなら学生も気に入りそうだよな」
「まあ、学生時代家庭教師やってたらしいし」
「うわぁ。塾講師は考えなかったのかな」
「考えてはいたみたいよ」
実際、いくつか内定ももらったと聞いたように思う。会社の大きさから考えれば、うちこそ様子見の記念受験だっただろうに――
そこまで考えて、玲子は思考を意図的にストップした。これ以上考えるとやぶ蛇になりそうだと気づいたからだ。
「ま、他校に取られて強力なライバルにならなくて良かったと思うべきかな」
言って、克己はジョッキを傾けた。
「でも、敵には回したくないタイプだ」
「それは私も同意見」
玲子も笑って賛同すると、克己に並んでジョッキに口づけた。
「お疲れぇ」
カチンとビールジョッキを合わせて、おのおの喉に流し込む。特段店を予約していなかった二人がぶらりと覗いたレストランバーは、カウンター席しか空いていなかったが、次ぐ店を探すのも面倒だと並んで座ることにした。
「お腹すいたぁ」
「ああ、講義するとそうだよなぁ。食え食え」
「何、おごり?」
「マジか。人気講師なんだろ?」
「それ、そっちのことでしょ。ーーあれ、ください」
軽いやり取りを楽しみながら、本日のオススメとして黒板に書いてあったカルパッチョを指し示すと、カウンター越しに店員がにこりと笑顔を返した。
「お通しです」
出された小皿のコールスローを呆気なく平らげる玲子に、克己は笑って自分のものを差し出す。いいのと目で問うと穏やかな頷きが返って来たので、ありがたく食べることにして、玲子は皿に手を添えた。
ぱくりぱくりと遠慮なく食べる様を、克己は面白そうな目で見ている。隣り合わせの席という至近距離で見られていることに玲子が文句を言おうと克己を見やったとき、克己の手が伸びてきた。
咄嗟に、言葉を失う。
「髪、食ってるぞ」
口の端にかかった玲子の黒髪を、克己が指先で優しく払う。玲子は飲み込んだ息をゆるゆると吐き出し、込み上げる悔しさに目を反らした。
「ーーどうも」
ぶっきらぼうに言って、またビールを一口煽る。男にその気はないと分かっている。少し鈍いところのある克己は、きっと自分の気持ちには気づいていないだろうーー
「変わんねぇなぁ」
軽やかに、克己は笑った。玲子は物言いたげにその笑顔を睨みつける。
「いやぁ、椿希くんがさ、お前が学生時代どんな女だったか聞いてきて。上手いよなぁ、彼。気づいたらついつい引き出されちゃってさ」
何をどう引き出されたのか確認しておきたい気もしたが、同時に怖い気もしてやめた。
嘆息してジョッキを傾けつつ、しれっと口を開く。
「そりゃ、我が社随一のコミュニケーション系講師ですから」
「そうだな、それもよく分かる」
話す克己はやや興奮気味だ。ずいぶんと椿希に感化されたらしいと分かる。何らかの力を持つ人材に出会えた時、彼はいつもこうなる。その輝く目はまるで新しい玩具を手にした少年のようだ。
すごいと思ったら、褒める。その褒め方は何かと比較してのそれでなく、おだてでもひがみでもない。
それが彼の魅力で、その気取らなさが学生にも好かれるところだろう。
(変わらないのはどっちよ)
思いながら、玲子は口の端を上げた。あまりに自然にこぼれた自分の笑顔に、心中で呆れる。
(やれやれだわ)
思っている間にも、克己の楽しげな話は続いている。
「社員研修の講義って、ある意味さ、一人だけアウェイな訳だろ? 受講生はみんな、同じ会社で働いてるし、その点共通認識があるわけで」
克己の言葉に、そうねと答える。
「だから外部講師って、コイツ何者? って目から始まるわけで、掴みが大事だよな」
「それは学生も同じでしょう」
むしろ学生の評価の方が遠慮ないだろう。社員研修は社員が自腹を切っているわけではないし、研修というのは面白くないものだと思っている大人には、少しでも遊び心を感じてもらえれば比較的心を掴めたりもする。
「でも、椿希くんなら学生も気に入りそうだよな」
「まあ、学生時代家庭教師やってたらしいし」
「うわぁ。塾講師は考えなかったのかな」
「考えてはいたみたいよ」
実際、いくつか内定ももらったと聞いたように思う。会社の大きさから考えれば、うちこそ様子見の記念受験だっただろうに――
そこまで考えて、玲子は思考を意図的にストップした。これ以上考えるとやぶ蛇になりそうだと気づいたからだ。
「ま、他校に取られて強力なライバルにならなくて良かったと思うべきかな」
言って、克己はジョッキを傾けた。
「でも、敵には回したくないタイプだ」
「それは私も同意見」
玲子も笑って賛同すると、克己に並んでジョッキに口づけた。
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