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第参章 想定外のプロポーズ

14 最愛の人

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 帰宅後すぐにシャワーを浴び、わたしとジョーはベッドへなだれ込んだ。
「ヨーコさんの肌、気持ちいい」
 髪から肩、腰回りへと手を滑らせつつ、ジョーが嬉しげにキスを落としていく。額、頬、肩、鎖骨ーー大切なところはあえて避けるようにしながら、指先の一本一本まで。
 一通り身体に触れた後、ジョーはわたしの頬に手を添え、肩先にキスをしながら首元に顔を埋めた。
「ヨーコさんの匂い」
「ワンコか」
 シャワーを浴びたのだから、同じ石鹸の匂いになっているはずだ。が、彼に言わせると多少は違うものらしい。
 深呼吸するように匂いを楽しみ、ジョーはふふと笑った。
 耳元での笑いはくすぐったくて、思わず身をよじる。
「うわ、今のエロい」
 ジョーが嬉しそうに呟き、またキスを落とす。耳、頬、唇の端。
「……なんで?」
 唇にはしてくれないのかと見上げると、ジョーは満足げに微笑んだ。
「いいんすね、ほんとに」
「ここまできて何を」
 裸で男女が縺れ合い、他に何があるというのか。ジョーは首を傾げて、
「もし俺を労うつもりなら、やめときますよ」
「こんなにしとる癖して」
 言いながらそそり立つそれをつつく。ジョーは苦笑した。
「それは生理反応だから仕方ないです。好きな人の身体に触ってるんだから。……やめるなら自分で抜いてきます」
 わたしは首を振った。ジョーの頭に手を伸ばす。両手をその頬に添え、耳へ、後頭部へと滑らせながら抱き寄せた。
「抱いて」
 耳元で囁く。ジョーを労うためではない、自分のためだ。
「うちが生きてるてーー感じさせて」
 ジョーはうちの首筋にキスを落とし、微笑んだ。
「As you like」
 その微笑みに今までにないほどの色気を感じて、わたしの身体はふるりと震えた。

 ジョーはわたしの髪をゆっくりと手指で梳きながら、目、頬、口へ触れるだけのキスを降らせる。もう片方の手は肩から脇、腰を撫で、時々下腹部を温めるようにへその下に手を当てる。
「ヨーコさん、綺麗」
「嘘や」
「ほんとですよ」
 否定するのは、何度でも聞きたいから。
 そう気づいているのかいないのか、
「綺麗ですよ」
 ジョーは耳元で囁き、そのまま耳の淵を舐めとる。
 熱い舌に、ほぅと吐息が漏れる。ジョーはふと笑った。
「綺麗だし、可愛い」
 耳から頬へ唇を寄せ、至近距離でわたしの目を覗き込む。
 丸い目が垂れてとろけていた。
 息がかかるほどの距離で、穏やかな微笑みを浮かべるジョーの唇を奪う。
 ジョーはふふ、と満足げに笑いながら、わたしのキスに応じた。
 唇の表面を舐めた舌は、熱を確認するように互いの口内に侵入する。歯列を辿り、舌先を絡め、また唇を舐めとり、時々音を立てて吸い上げる。
「--ふ」
 吐息を吸い込むように、ジョーはわたしの後頭部に手を添え、更に深いキスをした。わたしもジョーの両頬に手を添える。ジョーの片手が、わたしの首筋、胸、へその横、太ももを、触れるか触れないかの距離で辿る。ぞくぞくと身体に走ったのは、さらなる快感を求める期待。甘い痺れが腰を走り、自然と腰が上がる。
「愛してます」
 唇をわずかに離しての囁きは、ほとんど凶器のように、身体中を痺れさせた。
 心にあいた風穴が、少しずつ、彼の熱にとかされた表皮で覆われていく。
 わたしの吐息をそのままに、ジョーは唇を首、鎖骨、胸へと降ろしていく。片手で乳房を柔らかく包み込み、手と口で愛撫する。
 もう一方の手はゆっくりと動き、太ももをさすり上げてはまた下ろし、さすり上げては下ろす。快楽への期待を高めるように。
「ジョー」
 呼んで、筋肉質な肩越しに、背中に手を回す。しなやかな広背筋がしっとりと手に吸い付く。
「もっと、キスして」
 ジョーは笑って、胸元から顔を上げた。
 軽く触れるだけのキスをし、離れようとするのを目で止めると、
「やばい。可愛い」
 ジョーはくしゃりと破顔して、一気に深いキスをした。
 合間合間に鼻から、口から、熱い吐息が漏れる。太ももをさすっていたもう一方の手が、下腹部の繁みを探り当てて撫でる。
「う、ふ」
 わたしの鼻にかかった息遣いの合間にも、ジョーはキスと愛撫を続ける。長いキスにくらくらしてきたとき、ジョーが唇を離し、探り当てた秘所へ指をさし入れた。
「っ」
 ジョーの頭を掻き抱くと、嬉しそうな笑いが耳元で聞こえる。
「ヨーコさんって、何度抱いても飽きない」
「な、んやそれ」
 くすくすと笑いながら、ジョーは愛撫を止めない。
「前は、慣れてます、諦めてますって風だったのに」
 愛撫していない方の乳房を吸い上げると、わたしの口から甘い声が出た。
「ときどき、ほとんど経験のない子みたいで、可愛い」
 満足げな声は、乳房の下、下腹部へとキスを落としながら下りて行く。
「子、って、歳でもないやろ」
 わたしが言うと、そうかもと笑った。
 太ももの内側にキスを落とし、ジョーはにやりと笑う。
「では改めて、イタダキマス」
 言うなり、返事も聞かずに甘い痺れの中心へ唇を寄せた。


 男に抱かれるのは、好きではない。
 好きではなかった。
 愛情に飢えたわたしは、刹那的な存在肯定をのみ求めて、男に抱かれていたのだ。
 心から望んで男と身体を重ねる日など、ないと思っていた。
 それなのに、今は。

 ジョーがわたしを見る目はただただ熱い。
 その目には陰欝さも陰険さもない。
 すべてにおいて、陰、というものを、感じない男だ。
 だからこそ、ひどく危険な男にも思える。

 ジョーの手がわたしの髪を撫でる。頬に触れる。身体に、敏感な芽に触れていく。
 身勝手な存在肯定のために、彼の手を求めたときもあった。
 道具として彼を利用しようとしたのだ。
 それでも、彼は離れて行かなかった。
 わたしは目を閉じて、ジョーの首を抱き寄せる。
 ジョーが笑った気配がした。
 首筋に柔らかいものが触れる。わたしの口から吐息が漏れる。
 もっと。
 求めるのは愛情ではない。
 今はただ、彼と溶け合いたい。
 人と交わう幸せは、こういうことだったのか。
 ジョーがわたしに教えてくれた喜び。
 互いの身体に触れ。熱を感じ熱を移し。優しく、ときに貪欲に。
 本能的に。直感的に。
 わたしは彼を求める。
 彼はわたしを求める。
 わたしは彼に、彼はわたしに。
 ふたりは一つになっていく。
 そう、いっそ、始まりも終わりもわからないほどに、一つに溶けてしまえれば。

「ジョー」

 わたしが呼ぶと、彼は悦ぶ。

「ヨーコさん」

 優しい声音で、彼はわたしを呼ぶ。
 幸せだ。
 わたしは、こんなにも。
 絶望に突き落としたそれと同じ行為で、幸せを感じている。

「愛してる」

 ジョーが囁いた。
 他の男の囁くそれと違って、温かく聞こえるのは、きっとわたしが彼の言葉を信じられるからだ。
 わたしはジョーの頬を引き寄せ、唇にキスをした。
 ジョーは丸い目を弓なりに細めて笑う。
 わたしもそれにつられるように微笑んだ。
 相手の幸せが、自分の幸せになるーー
 まごうことはない。
 彼が、わたしの最愛の人。
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