上 下
22 / 59
第弐章 安田丈の振る舞い

04 恋愛ごっこ

しおりを挟む
「ほな」
「ええ、また」
 食事を堪能した後、四人で連れだって外へ出た。
 すっかり焼肉の臭いが服や髪についてしまったが、爽やかな美男子を前にしての夕飯の機会などめったにない。
 しっかり堪能させてもらった。
 わたしが手を上げると、マーシーも手を挙げて応えた。その隣には当然のようにアーヤが立っている。
「ええなぁ。これから二人でしっぽりか」
 ついつい本音が漏れると、アーヤが赤面して慌てた。
「よ、ヨーコちゃんっ」
 その隣でマーシーは笑って、アーヤの頭にぽんと手を置いた。
「そういや、名取さん。社内に噂、振り撒いてくれてありがとうございました」
 表面上は爽やかな微笑みだが、目がいたずらっぽく輝いている。
「何のことや?」
 わたしは首を傾げてすっとぼけて見せた。
 九州に発つ直前に二人の想いが通じ合ったことは、わたししか知らなかった。
 しかし、彼が九州へ発ってから雰囲気が一変したアーヤに、何かあったと他の職員が感づかない訳もない。その中の一人である山崎部長ーーマーシーを忘年会に無理矢理誘った張本人ーーに問われて、知っていることを素直に答えたまでだ。
 もちろん、その後の展開がおおかた予想できたのは確かだが。
 今や噂は、財務部のみならず、同じフロアの事業部、そして他フロアへとも広がりつつある。
「なんや。今日はそのお礼ってこと。ーーそんな気ィ使わんでよかったのに」
 もちろん厭味だが、あくまでおっとりと返す。マーシーは笑った。
「いやぁ。俺もかわいい後輩を置いていくのが心配だったんで。手綱を握ってくれる人がいるなら安心できます」
「手綱って。俺マーシーの飼い犬っすか」
「違うんか」
「え。よ、ヨーコさんの飼い犬になら喜んでーー」
「ほな、元気でな」
 わたしがジョーの言葉を遮って去ろうとすると、マーシーは大ウケしている。
「ま、悪い奴じゃないですから。めんどくさい奴かもしれないですけど」
「余計たちが悪いわ。勧めんといてくれる?」
 わたしはジョーに目もやらず嘆息する。
「アーヤとうまくいく前に、一度迫っとくべきやったわ」
 あえて色気を混ぜた吐息とともに呟くと、マーシーが苦笑して口を開きかけた。が、
「えっっ」
 先に聞こえたのは、アーヤの驚愕したような声だった。
 わたしとマーシーはアーヤに目をやる。硬直したアーヤの見開いた目が、だんだんと潤んできた。
「何だよ、橘」
 マーシーが低い声で問う。その声は聞いたこともないほどに優しい。
 自分にかけられたわけでもないその声に、わたしの女の部分が甘く疼いた。
「か、勝てる気がしない……」
 ふるふると小さく震えるアーヤを目に、マーシーはまたぷぷっと噴き出した。
「だからお前に色気とか誰も」
「うるさーい!うるさいうるさいー!」
 アーヤはまたしてもマーシーの肩に、ぽかすかと力無いパンチを食らわす。
(ほんに、三十路過ぎのカップルとも思えん初心さやな)
 思うと同時に、やるせなさが胸に広がる。そうではなく、ただ自分が穢れすぎているだけかもしれない。
 わたしは苦笑して見せた。
「惚気は勘弁してや。まあ楽しい夜を」
「どうも」
 アーヤのぽかすか攻撃を両手首を掴んで止めたマーシーは、わたしに目をやり答えた。
「そうさせてもらいます」
 その目は、アーヤを見ていた目のまま優しく蕩けている。
 その甘やかな視線が、ぞわり、と腰に響いた。
(その目ーー他の女に見せたらあかんで)
 わたしはかろうじて、浮かべた笑みを保持した。
「ちょ、ちょっとぉ」
 羞恥に赤くなったアーヤは、なにやらじたばたしている。
「ほら、行くぞ」
 マーシーはそれをなだめながら、引っ張るように連行した。
 二人の背中を見送る。
 マーシーの視線に覚えた下半身の疼きはまだ持続していた。
 その疼きを唇に載せ、歪んだ笑みを形作る。
「あ、あの、ヨーコさん。またよさそうな店、見つけたんですけどーー」
 二人の背中が小さくなったころ、ジョーが頬を紅潮させてわたしに言った。
「もしよければ、一緒にどうですか。この前のとこよりも少し広めの店なんですけどーー」
「ジョー」
 ペラペラと話しつづけるジョーを、静かな呼びかけで止め、横目でジョーを見やる。
「うちが抱きたいなら、はっきりそう言いや」
 マーシーからわたしに残された下半身の疼きとは別に、小さな苛立ちを感じつつジョーを見る。
「あんたが遊んでる若い子とうちを一緒にせんといて。うちに恋愛ごっこしてるエネルギーなんてあらへんわ」
「えーーあのーーそれって」
 困惑したジョーの目を見上げ、わたしは笑った。なおも何か言おうとするジョーの唇に人差し指を押し付け、言葉が紡ぎ出されるのを止める。
「満たしてくれるならそれでええわ。ーー行くで」
 わたしはジョーの返事も待たずに歩き出した。
 マーシーたちが向かった駅とは反対側の、夜の街へ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

冷酷社長に甘く優しい糖分を。

氷萌
恋愛
センター街に位置する高層オフィスビル。 【リーベンビルズ】 そこは 一般庶民にはわからない 高級クラスの人々が生活する、まさに異世界。 リーベンビルズ経営:冷酷社長 【柴永 サクマ】‐Sakuma Shibanaga- 「やるなら文句・質問は受け付けない。  イヤなら今すぐ辞めろ」 × 社長アシスタント兼雑用 【木瀬 イトカ】-Itoka Kise- 「やります!黙ってやりますよ!  やりゃぁいいんでしょッ」 様々な出来事が起こる毎日に 飛び込んだ彼女に待ち受けるものは 夢か現実か…地獄なのか。

My Doctor

west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生 病気系ですので、苦手な方は引き返してください。 初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです! 主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな) 妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ) 医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

冷徹上司の、甘い秘密。

青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。 「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」 「別に誰も気にしませんよ?」 「いや俺が気にする」 ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。 ※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。

【完結】つぎの色をさがして

蒼村 咲
恋愛
【あらすじ】 主人公・黒田友里は上司兼恋人の谷元亮介から、浮気相手の妊娠を理由に突然別れを告げられる。そしてその浮気相手はなんと同じ職場の後輩社員だった。だが友里の受難はこれでは終わらなかった──…

イケメンエリート軍団の籠の中

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり 女子社員募集要項がネットを賑わした 1名の採用に300人以上が殺到する 松村舞衣(24歳) 友達につき合って応募しただけなのに 何故かその超難関を突破する 凪さん、映司さん、謙人さん、 トオルさん、ジャスティン イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々 でも、なんか、なんだか、息苦しい~~ イケメンエリート軍団の鳥かごの中に 私、飼われてしまったみたい… 「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる 他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」

処理中です...