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2 人事課の女王
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落ち込んでいる私に成海から連絡があったのは昼過ぎのことだ。
仕事中に電話してくるなど珍しい。もしかして、また何かあったかと一瞬緊張する。
『今、忙しい?』
「ううん、大丈夫……どうしたの?」
成海は戸惑いながら、「うん……」と頷いた。沈黙した合間に、食堂の賑やかな音が聞こえる。
『優麻、明日早番だよね?』
「そうだけど……」
『俺も明日、早番……で、明後日休み』
一瞬の間に、照れと気遣うような気配を感じて、思わず笑う。
「明日……うち、来る?」
『うん……いい?』
「いいよ」
『よかった』
それで通話を終わりにするのかと思ったが、成海はまだ何か言いたげにしている。私は首を傾げた。
「どうしたの?」
『ん……なんか、俺のことで優麻を変に苦しませてる気がして』
ごめん、と言う成海に苦笑する。
「そんなことないよ。好きでやってることだから」
『知ってる。だから心配』
成海はすぐに答えた。意外な答えに、思わず黙る。
『優麻はいつも人のことばっかり考えるから、自分のことがおろそかになりがち』
言った後で笑った。
『なんか似たようなこと、優麻が俺に言ってた気がするけど。……でもほんと、そう思ってるよ』
成海は一息ついて、ためらいがちに続ける。
『明日……会えるの、楽しみにしてる』
照れ臭そうな声。
きっとその声の通り、頬を染めて、照れ臭そうな微笑みを浮かべているのだろう。
彼の微笑みを思い出して、強張った心が少しだけ緩む。
「うん。私も、楽しみにしてる」
答えて電話を切った。
煮え切らずにぐずぐずしているのも、人に心配されるのも、到底私の性に合わない。
気合いを入れ直そう。
顔を洗いに洗面所に立つ。
そこには、成海の歯ブラシがあった。
それが初めて家に置かれた頃の、複雑な気持ちを思い出す。
二本の歯ブラシを目にして、ふと笑みが浮かんだ。
次は……何が増えるのかな。
私は蛇口を握り、勢いよく捻った。
***
翌日、また木庭さんにランチに誘われた。
蓮田さんのこと、エンドゥーから聞いたんだろうか。
ついていくと、木庭さんはレストラン入った。、
それぞれランチを注文し、特段差し支えのない話をしながら食べる。
「さて」と木庭さんが口を開いたのは、食後のアイスコーヒーが運ばれてきた頃だ。
これから本題かと、緩んでいた気持ちを引き締め直す。
私のそんな様子を見て、木庭さんは笑った。
「この間は食欲がなくなってしまったらしいから、配慮したわ」
「……それは、どうも……」
そうなのかなとは薄々思ったけれど、さすがの気遣いに恐れ入る。
木庭さんはゆっくり口を開いた。
「蓮田さんとは、話をしたわ」
さすが、早い。
不甲斐ない自分と比べて、思わず目を反らす。
木庭さんは淡々と口を開いた。
きっと、私の葛藤に気づきながら、あえて気づいていないふりをしてくれているのだろう。
「遠藤くんは上への報告も済ませたみたい。遅い、って怒られたみたいだけど、まあ彼のことだからね。その場は平伏してたみたいだけど、後で会ったら飄々としてたわ」
安易に想像がついて苦笑する。遠藤は打たれ強い男、とは同期の中でも定評がある。
「念のため言っとくけれど、辞めなさいとは言ってないわよ。『お客様に買い物を楽しんでいただくことを第一に考えて行動できているかしら』と言っただけ。まあ、それでも真っ青になって泣きそうだったけれど」
木庭さんは言って、ため息をついた。頬に手を添えて遠い目をする。
「それにしても、蓮田さんがそんなことをするだなんてねぇ。何をするにもビクビクして、雑巾の絞り具合やかけ方まで周りに確認するような子なのよ。どう考えても他に黒幕がいるとしか……って、こんな話してると、なんかサスペンスみたいね。名探偵さっちゃん、てとこかしら」
木庭さんはにやりと笑って、アイスコーヒーを口に含む。
私は苦笑を返した。
「あの……すみません、いろいろご迷惑おかけして」
私の言葉に、木庭さんは半眼になった。
「それは自意識過剰じゃないかしら? 私はあなたのためだけにあれこれやってるわけじゃないわよ」
木庭さんは言って、コーヒーを口に含む。私は困惑してまばたきした。
「いい、那岐山さん。あなたは反省しているなら何も言わず済まそうと思ったんでしょうけれど、そう簡単な問題じゃないのよ。場合によっては、謝る機会を失うことで彼女が潰れてしまうこともある」
私は意外な言葉に目を見開いた。そんな考え方はしたことがなかったのだ。
「私に指摘されて、泣いて謝って、もしかしたらうちの会社を辞めてしまうかもしれない。けど、きっとまた落ち着いたら違うところで働けるわ。もし謝る機会を失って、一人で抱え続けたら、そのうち自責の念に押し潰されて、部屋を出られなくなるかもしれない」
「そんなこと……」
「そういうことの有り得るくらい、蓮田さんは気持ちの弱い子だわ。中にはそういう子もいるの」
私は黙った。たくさんの後輩を指導してきた木庭さんに、そういうところは敵わない。
木庭さんはふんと息を吐き出した。
「そんなことも知らないのなら、人事課の女王にはまだまだ早いわね。せいぜい女王見習いってとこかしら」
「それ……私が呼ばせてる訳じゃないですから……勝手に言われてるだけですからね……」
女王というならまさに木庭さんこそだろう。
ーーとは口にするのは、ギリギリで思い留まった。
***
そして一週間もしないうちに、蓮田さんが会社を辞めたという噂を伝え聞いた。
時期は8月。まさに繁忙期真っ盛りだ。
ちまたの連休はサービス業の我々にとって稼ぎ時。日によっては休む時間もろくに取れない。
だから、ようやく戦力として育ってきた若手の欠員は、売り場にとって非常事態だった。どの売り場も人手が足りない時期にあって、内勤もその対応に追われている。
自然、不満の矛先を探すようになり、それは木庭さんではなく私に向いているようだった。
とはいえ、直接的に私が悪いとは誰も思っていないらしく、言葉では何も言われない。だから、なんとなく注ぐ白い視線を、甘んじて受けるしかなく、店舗へ足を運ぶのを控えるようになった。
「空気悪ぃなぁ、売り場」
エンドゥーが肩をすくめる横で、成海が黙ってワインを口に運ぶ。
たまたま早番だった私と広瀬を飲みに誘ったのはエンドゥーだった。彼自身は休日だったので、一人だけラフなスタイルだ。
いつもはセットしている前髪も、柔らかく前へと降りている。それをかき上げながら、エンドゥーは成海を見た。
「広瀬、その後はどうなんだ。問題は発生してないか?」
「直接的にはね。おかげさまで」
「直接的には、か」
エンドゥーは参ったなと苦笑して、ハイボールのジョッキを口に運ぶと、やれやれと息をつく。
「ナギはどう」
「刺激するのもよくないから、売り場の巡回は控えてる」
「おぅ……マジか」
エンドゥーはがっくりうなだれた。
「お前らのせいじゃねぇのになぁ……」
「でも、私たちの話がなかったら、起こらなかったかも知れないし」
「そうなのかねぇ」
エンドゥーはまたジョッキをあおって、ため息をついた。
同期のなんとも言えない表情に、私は思わず苦笑する。
「正直、一瞬よぎったけどね。つき合い始めてこうなったなら、私たちが別れれば……」
ガタン、と机が揺れたかと思えば、成海が立ち上がっていた。
「それなら俺、仕事辞める……!」
「な、なんでよ」
私は慌てた。
「成海、好きなんでしょ。うちの会社も、接客も」
「好きだけど……でも、優麻の方が大事」
ほとんど泣きそうな顔で言われて、私は一瞬、身体を引く。
エンドゥーが呆れた顔で手を挙げた。
「広瀬。それさ、ナギはお前より仕事が大事っつったらどーすんの」
私は本音を言い当てられたような気がしてぎくりとした。
成海は立ったままきょとんとして首を傾げる。
「いいんじゃないの。なんで?」
「いいんかい!」
エンドゥーが私の代わりにつっこんでくれた。
私は思わず笑いそうになる。
成海は椅子に座り直しながら、不思議そうにエンドゥーを見た。
「だって優麻、仕事してるときイキイキしてるもん。他の男に行くより全然よくない?」
「よくない? って……知らねぇけど……」
「だいたい、俺の場合、どこ行っても同じようなもんでしょ。結局変なことに絡まれるんだったら、限られた人と接するような仕事するしかないんじゃないの」
平気な顔で言う成海に、思わずエンドゥーと顔を見合わせる。
「成海も成海なりにいろいろ考えてるんだね」
「……優麻、それ褒め言葉になってないからね?」
「褒めてないな、確かに」
感心して言った言葉は、男二人に一蹴された。
おかしいなぁ。褒めたつもりだったのに。
エンドゥーはよっこらせと立ち上がった。
「まあ、とりあえず、二人が元気そうでよかったよ。惚気が始まったところで、お邪魔虫は退散するか」
「え?」
私と成海が見上げると、エンドゥーはふっと笑って懐から一万円札を取り出し、机に置いた。
「遅くなったけど広瀬の誕生日プレゼントってことで。ま、二人でゆっくりしろよ」
ひらりと手を振り去る背中を見送る。
その背が見えなくなったとき、成海と二人、顔を見合わせた。
「……優麻」
「何?」
「なんであいつ、あんなに気が利くのに、本命にアプローチできないんだろうね」
「……さあね」
まあ、エンドゥーのことだ。何も手をつけていないわけではないだろう。
エンドゥーなりに頑張ってはいるのだろうけれど、よほど相手が鈍感か、もしくは相当に小悪魔か。
友人のために、相手が前者であることを祈る。
……それはそれで苦労しそうだけど。
私は気持ちを切り替えて、視線を成海へ向けた。
「成海。明日は仕事?」
「うん。遅番。優麻は?」
「私も遅番」
言って、二人でくすりと笑う。
「どっちの家行く?」
「どっちでもいいよ」
成海はいつもの柔らかい笑顔を浮かべた。
心身ともに疲れた今にあっても、彼の笑顔は私を癒してくれる。
「優麻といられるなら、どこでもいい」
私は思わず噴き出した。
「それが相当な極地でも?」
「いいよ。砂漠でも無人島でも」
成海は頬杖をついて笑った。
「優麻となら、どこででも生きていけそう」
「それ、サバイバルスキルがありそうってこと?」
「とりあえず、ちょっとやそっとじゃ死ななそうだし、死なせてもくれなそう」
私はそれを聞いてまたひとしきり笑い、「褒め言葉だと受け取っておこう」と言って立ち上がった。
仕事中に電話してくるなど珍しい。もしかして、また何かあったかと一瞬緊張する。
『今、忙しい?』
「ううん、大丈夫……どうしたの?」
成海は戸惑いながら、「うん……」と頷いた。沈黙した合間に、食堂の賑やかな音が聞こえる。
『優麻、明日早番だよね?』
「そうだけど……」
『俺も明日、早番……で、明後日休み』
一瞬の間に、照れと気遣うような気配を感じて、思わず笑う。
「明日……うち、来る?」
『うん……いい?』
「いいよ」
『よかった』
それで通話を終わりにするのかと思ったが、成海はまだ何か言いたげにしている。私は首を傾げた。
「どうしたの?」
『ん……なんか、俺のことで優麻を変に苦しませてる気がして』
ごめん、と言う成海に苦笑する。
「そんなことないよ。好きでやってることだから」
『知ってる。だから心配』
成海はすぐに答えた。意外な答えに、思わず黙る。
『優麻はいつも人のことばっかり考えるから、自分のことがおろそかになりがち』
言った後で笑った。
『なんか似たようなこと、優麻が俺に言ってた気がするけど。……でもほんと、そう思ってるよ』
成海は一息ついて、ためらいがちに続ける。
『明日……会えるの、楽しみにしてる』
照れ臭そうな声。
きっとその声の通り、頬を染めて、照れ臭そうな微笑みを浮かべているのだろう。
彼の微笑みを思い出して、強張った心が少しだけ緩む。
「うん。私も、楽しみにしてる」
答えて電話を切った。
煮え切らずにぐずぐずしているのも、人に心配されるのも、到底私の性に合わない。
気合いを入れ直そう。
顔を洗いに洗面所に立つ。
そこには、成海の歯ブラシがあった。
それが初めて家に置かれた頃の、複雑な気持ちを思い出す。
二本の歯ブラシを目にして、ふと笑みが浮かんだ。
次は……何が増えるのかな。
私は蛇口を握り、勢いよく捻った。
***
翌日、また木庭さんにランチに誘われた。
蓮田さんのこと、エンドゥーから聞いたんだろうか。
ついていくと、木庭さんはレストラン入った。、
それぞれランチを注文し、特段差し支えのない話をしながら食べる。
「さて」と木庭さんが口を開いたのは、食後のアイスコーヒーが運ばれてきた頃だ。
これから本題かと、緩んでいた気持ちを引き締め直す。
私のそんな様子を見て、木庭さんは笑った。
「この間は食欲がなくなってしまったらしいから、配慮したわ」
「……それは、どうも……」
そうなのかなとは薄々思ったけれど、さすがの気遣いに恐れ入る。
木庭さんはゆっくり口を開いた。
「蓮田さんとは、話をしたわ」
さすが、早い。
不甲斐ない自分と比べて、思わず目を反らす。
木庭さんは淡々と口を開いた。
きっと、私の葛藤に気づきながら、あえて気づいていないふりをしてくれているのだろう。
「遠藤くんは上への報告も済ませたみたい。遅い、って怒られたみたいだけど、まあ彼のことだからね。その場は平伏してたみたいだけど、後で会ったら飄々としてたわ」
安易に想像がついて苦笑する。遠藤は打たれ強い男、とは同期の中でも定評がある。
「念のため言っとくけれど、辞めなさいとは言ってないわよ。『お客様に買い物を楽しんでいただくことを第一に考えて行動できているかしら』と言っただけ。まあ、それでも真っ青になって泣きそうだったけれど」
木庭さんは言って、ため息をついた。頬に手を添えて遠い目をする。
「それにしても、蓮田さんがそんなことをするだなんてねぇ。何をするにもビクビクして、雑巾の絞り具合やかけ方まで周りに確認するような子なのよ。どう考えても他に黒幕がいるとしか……って、こんな話してると、なんかサスペンスみたいね。名探偵さっちゃん、てとこかしら」
木庭さんはにやりと笑って、アイスコーヒーを口に含む。
私は苦笑を返した。
「あの……すみません、いろいろご迷惑おかけして」
私の言葉に、木庭さんは半眼になった。
「それは自意識過剰じゃないかしら? 私はあなたのためだけにあれこれやってるわけじゃないわよ」
木庭さんは言って、コーヒーを口に含む。私は困惑してまばたきした。
「いい、那岐山さん。あなたは反省しているなら何も言わず済まそうと思ったんでしょうけれど、そう簡単な問題じゃないのよ。場合によっては、謝る機会を失うことで彼女が潰れてしまうこともある」
私は意外な言葉に目を見開いた。そんな考え方はしたことがなかったのだ。
「私に指摘されて、泣いて謝って、もしかしたらうちの会社を辞めてしまうかもしれない。けど、きっとまた落ち着いたら違うところで働けるわ。もし謝る機会を失って、一人で抱え続けたら、そのうち自責の念に押し潰されて、部屋を出られなくなるかもしれない」
「そんなこと……」
「そういうことの有り得るくらい、蓮田さんは気持ちの弱い子だわ。中にはそういう子もいるの」
私は黙った。たくさんの後輩を指導してきた木庭さんに、そういうところは敵わない。
木庭さんはふんと息を吐き出した。
「そんなことも知らないのなら、人事課の女王にはまだまだ早いわね。せいぜい女王見習いってとこかしら」
「それ……私が呼ばせてる訳じゃないですから……勝手に言われてるだけですからね……」
女王というならまさに木庭さんこそだろう。
ーーとは口にするのは、ギリギリで思い留まった。
***
そして一週間もしないうちに、蓮田さんが会社を辞めたという噂を伝え聞いた。
時期は8月。まさに繁忙期真っ盛りだ。
ちまたの連休はサービス業の我々にとって稼ぎ時。日によっては休む時間もろくに取れない。
だから、ようやく戦力として育ってきた若手の欠員は、売り場にとって非常事態だった。どの売り場も人手が足りない時期にあって、内勤もその対応に追われている。
自然、不満の矛先を探すようになり、それは木庭さんではなく私に向いているようだった。
とはいえ、直接的に私が悪いとは誰も思っていないらしく、言葉では何も言われない。だから、なんとなく注ぐ白い視線を、甘んじて受けるしかなく、店舗へ足を運ぶのを控えるようになった。
「空気悪ぃなぁ、売り場」
エンドゥーが肩をすくめる横で、成海が黙ってワインを口に運ぶ。
たまたま早番だった私と広瀬を飲みに誘ったのはエンドゥーだった。彼自身は休日だったので、一人だけラフなスタイルだ。
いつもはセットしている前髪も、柔らかく前へと降りている。それをかき上げながら、エンドゥーは成海を見た。
「広瀬、その後はどうなんだ。問題は発生してないか?」
「直接的にはね。おかげさまで」
「直接的には、か」
エンドゥーは参ったなと苦笑して、ハイボールのジョッキを口に運ぶと、やれやれと息をつく。
「ナギはどう」
「刺激するのもよくないから、売り場の巡回は控えてる」
「おぅ……マジか」
エンドゥーはがっくりうなだれた。
「お前らのせいじゃねぇのになぁ……」
「でも、私たちの話がなかったら、起こらなかったかも知れないし」
「そうなのかねぇ」
エンドゥーはまたジョッキをあおって、ため息をついた。
同期のなんとも言えない表情に、私は思わず苦笑する。
「正直、一瞬よぎったけどね。つき合い始めてこうなったなら、私たちが別れれば……」
ガタン、と机が揺れたかと思えば、成海が立ち上がっていた。
「それなら俺、仕事辞める……!」
「な、なんでよ」
私は慌てた。
「成海、好きなんでしょ。うちの会社も、接客も」
「好きだけど……でも、優麻の方が大事」
ほとんど泣きそうな顔で言われて、私は一瞬、身体を引く。
エンドゥーが呆れた顔で手を挙げた。
「広瀬。それさ、ナギはお前より仕事が大事っつったらどーすんの」
私は本音を言い当てられたような気がしてぎくりとした。
成海は立ったままきょとんとして首を傾げる。
「いいんじゃないの。なんで?」
「いいんかい!」
エンドゥーが私の代わりにつっこんでくれた。
私は思わず笑いそうになる。
成海は椅子に座り直しながら、不思議そうにエンドゥーを見た。
「だって優麻、仕事してるときイキイキしてるもん。他の男に行くより全然よくない?」
「よくない? って……知らねぇけど……」
「だいたい、俺の場合、どこ行っても同じようなもんでしょ。結局変なことに絡まれるんだったら、限られた人と接するような仕事するしかないんじゃないの」
平気な顔で言う成海に、思わずエンドゥーと顔を見合わせる。
「成海も成海なりにいろいろ考えてるんだね」
「……優麻、それ褒め言葉になってないからね?」
「褒めてないな、確かに」
感心して言った言葉は、男二人に一蹴された。
おかしいなぁ。褒めたつもりだったのに。
エンドゥーはよっこらせと立ち上がった。
「まあ、とりあえず、二人が元気そうでよかったよ。惚気が始まったところで、お邪魔虫は退散するか」
「え?」
私と成海が見上げると、エンドゥーはふっと笑って懐から一万円札を取り出し、机に置いた。
「遅くなったけど広瀬の誕生日プレゼントってことで。ま、二人でゆっくりしろよ」
ひらりと手を振り去る背中を見送る。
その背が見えなくなったとき、成海と二人、顔を見合わせた。
「……優麻」
「何?」
「なんであいつ、あんなに気が利くのに、本命にアプローチできないんだろうね」
「……さあね」
まあ、エンドゥーのことだ。何も手をつけていないわけではないだろう。
エンドゥーなりに頑張ってはいるのだろうけれど、よほど相手が鈍感か、もしくは相当に小悪魔か。
友人のために、相手が前者であることを祈る。
……それはそれで苦労しそうだけど。
私は気持ちを切り替えて、視線を成海へ向けた。
「成海。明日は仕事?」
「うん。遅番。優麻は?」
「私も遅番」
言って、二人でくすりと笑う。
「どっちの家行く?」
「どっちでもいいよ」
成海はいつもの柔らかい笑顔を浮かべた。
心身ともに疲れた今にあっても、彼の笑顔は私を癒してくれる。
「優麻といられるなら、どこでもいい」
私は思わず噴き出した。
「それが相当な極地でも?」
「いいよ。砂漠でも無人島でも」
成海は頬杖をついて笑った。
「優麻となら、どこででも生きていけそう」
「それ、サバイバルスキルがありそうってこと?」
「とりあえず、ちょっとやそっとじゃ死ななそうだし、死なせてもくれなそう」
私はそれを聞いてまたひとしきり笑い、「褒め言葉だと受け取っておこう」と言って立ち上がった。
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