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.4章 かめは本音をさらけ出す
..35 ふたりの思い出
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俺と早紀は予定通り、一泊旅行へ出かけることにした。
泊まるのは海近くで温泉つき。そう決めて予約したのは千葉のホテルだ。
ホテルの予約をするとき、早紀に「他にどっか行く?」と聞いたけれど、「考えとく」と言ったきり、話はそのままになっていた。そのことを、俺もあえて早紀に訊ねたりしなかった。
年末間近のこの時期、お互いの仕事も暇ではない。休日出勤も必要になる頃だから、定休日とはいえ半ば強引に調整した連休だ。後々自分が苦しまないように、その前は仕事の整理に追われていた。
そんなわけで、疲れているのはお互いさまだ。あえて行きたい場所がなければ、わざわざどこかに行く必要もない。ホテルでのんびりするのもいいだろう。元々、日常を離れて一息つくことが一番の目的の旅だし。
そう思っていた俺に、旅行の前日、早紀がいそいそと近づいてきた。
「あのね、幸弘くん。明日の旅行なんだけど……ここ、行きたい」
「うん? どこ」
レンタカーを借りているからどこにでも行けるよ、と俺が言ったのは覚えていたんだろう。
早紀が手にしたスマホには、芝生に乱立したハニワの一群が写っていた。
思わぬ光景に、思わず言葉を失う。
「……ハニワ?」
「かわいいでしょ」
かわいい……。かわいい、か。うん、どっちかっていうと……
「シュールだよな」
「ふふっ、うん、そうかも」
笑いながら、早紀は画面を繰る。施設は歴史系野外博物館というところか、昔の建物や町並みなんかもあるようだ。なんつーか、
「香子が好きそうだな」
「でしょ。香子ちゃんが好きそうだよね」
俺の言葉に、早紀が嬉しそうにうなずく。ついでに、「香子ちゃんが好きそうなお土産あるかな」なんて楽しげだ。
いやいや。旅行に行くのは俺たちなのに、なんで香子を喜ばせる必要があるんだ。
「……早紀はいいの、それで」
「うん。なんで?」
「いや、だって千葉っつったら……」
あえて調べずとも、水族館や遊園地、牧場など、メジャーな観光地もあったはずだ。
具体例を挙げようと開きかけた口を、ふと閉じた。
そうだ。確かに、色んな施設がある。
けれど――そこはきっと、子連れ客で賑わっているだろう。
それを見て、俺と早紀がどんな気持ちになるか……互いに平静を保っていられるかどうか、まだ分からなかった。
続く言葉は飲み込んで、早紀のスマホを借りた。案内を見てみれば、どちらかといえば大人向けの施設のようだ。
「……うん、分かった。そこに行こう」
「うん」
スマホを返すと、早紀は笑ってうなずいた。もう月経も終わり、気持ちも体調も落ち着いているらしい。
少しずつ、前を向いて行ければいいと思う。同じように、俺も、少しずつ、早紀に寄り添っていければいい。
焦る必要はない。
まだ、二人の生活は続いていくんだから。
「幸弘くん、ハニワと一緒に写真撮ってね」
スマホを胸に抱きしめた早紀は、嬉しそうにそう言った。
ああ、とうなずきかけたタイミングで、早紀が張り切るように拳を握る。
「いい写真が撮れるように、がんばる」
ふと違和感を抱いて眉を寄せる。
「……もしかして、俺がハニワと一緒に写るってこと?」
てっきり、早紀がハニワに囲まれている様を撮るもんだと思っていたんだけど。
確認したら、早紀は目を丸くしてきょとんとした。それ以外に何があるのという調子で「うん」とうなずく。
……あ、そうなのね。俺を、撮るのね。俺がハニワに囲まれる方ね。
やっぱり、決まってんだ。早紀の中では、色んなことが決まってる。
当たり前みたいな顔がかわいくて愛おしくて、噴き出すのを堪えてにやりとした。
「じゃあ俺は、早紀を撮るからな」
「えっ、やだ」
「俺ばっか撮られるのは不公平だろ」
「いいの。私の思い出にするんだから」
「俺たちの、思い出作りだろ」
早紀が写真に写るのが苦手なのは知っている。
けど、笑いながらその額を小突いた。
「一緒に撮ろ。お互いの写真も、二人の写真も」
目を見つめながら言うと、早紀はじっと俺の言葉を聞いてから、困ったように笑った。
「うん、分かった。……たくさん、撮ろうね」
そうだな。たくさん、撮ろうな。
早紀が笑ってる写真。困ってる写真。俺たち二人の時間を、未来の俺たちが忘れないように。
泊まるのは海近くで温泉つき。そう決めて予約したのは千葉のホテルだ。
ホテルの予約をするとき、早紀に「他にどっか行く?」と聞いたけれど、「考えとく」と言ったきり、話はそのままになっていた。そのことを、俺もあえて早紀に訊ねたりしなかった。
年末間近のこの時期、お互いの仕事も暇ではない。休日出勤も必要になる頃だから、定休日とはいえ半ば強引に調整した連休だ。後々自分が苦しまないように、その前は仕事の整理に追われていた。
そんなわけで、疲れているのはお互いさまだ。あえて行きたい場所がなければ、わざわざどこかに行く必要もない。ホテルでのんびりするのもいいだろう。元々、日常を離れて一息つくことが一番の目的の旅だし。
そう思っていた俺に、旅行の前日、早紀がいそいそと近づいてきた。
「あのね、幸弘くん。明日の旅行なんだけど……ここ、行きたい」
「うん? どこ」
レンタカーを借りているからどこにでも行けるよ、と俺が言ったのは覚えていたんだろう。
早紀が手にしたスマホには、芝生に乱立したハニワの一群が写っていた。
思わぬ光景に、思わず言葉を失う。
「……ハニワ?」
「かわいいでしょ」
かわいい……。かわいい、か。うん、どっちかっていうと……
「シュールだよな」
「ふふっ、うん、そうかも」
笑いながら、早紀は画面を繰る。施設は歴史系野外博物館というところか、昔の建物や町並みなんかもあるようだ。なんつーか、
「香子が好きそうだな」
「でしょ。香子ちゃんが好きそうだよね」
俺の言葉に、早紀が嬉しそうにうなずく。ついでに、「香子ちゃんが好きそうなお土産あるかな」なんて楽しげだ。
いやいや。旅行に行くのは俺たちなのに、なんで香子を喜ばせる必要があるんだ。
「……早紀はいいの、それで」
「うん。なんで?」
「いや、だって千葉っつったら……」
あえて調べずとも、水族館や遊園地、牧場など、メジャーな観光地もあったはずだ。
具体例を挙げようと開きかけた口を、ふと閉じた。
そうだ。確かに、色んな施設がある。
けれど――そこはきっと、子連れ客で賑わっているだろう。
それを見て、俺と早紀がどんな気持ちになるか……互いに平静を保っていられるかどうか、まだ分からなかった。
続く言葉は飲み込んで、早紀のスマホを借りた。案内を見てみれば、どちらかといえば大人向けの施設のようだ。
「……うん、分かった。そこに行こう」
「うん」
スマホを返すと、早紀は笑ってうなずいた。もう月経も終わり、気持ちも体調も落ち着いているらしい。
少しずつ、前を向いて行ければいいと思う。同じように、俺も、少しずつ、早紀に寄り添っていければいい。
焦る必要はない。
まだ、二人の生活は続いていくんだから。
「幸弘くん、ハニワと一緒に写真撮ってね」
スマホを胸に抱きしめた早紀は、嬉しそうにそう言った。
ああ、とうなずきかけたタイミングで、早紀が張り切るように拳を握る。
「いい写真が撮れるように、がんばる」
ふと違和感を抱いて眉を寄せる。
「……もしかして、俺がハニワと一緒に写るってこと?」
てっきり、早紀がハニワに囲まれている様を撮るもんだと思っていたんだけど。
確認したら、早紀は目を丸くしてきょとんとした。それ以外に何があるのという調子で「うん」とうなずく。
……あ、そうなのね。俺を、撮るのね。俺がハニワに囲まれる方ね。
やっぱり、決まってんだ。早紀の中では、色んなことが決まってる。
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「じゃあ俺は、早紀を撮るからな」
「えっ、やだ」
「俺ばっか撮られるのは不公平だろ」
「いいの。私の思い出にするんだから」
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早紀が写真に写るのが苦手なのは知っている。
けど、笑いながらその額を小突いた。
「一緒に撮ろ。お互いの写真も、二人の写真も」
目を見つめながら言うと、早紀はじっと俺の言葉を聞いてから、困ったように笑った。
「うん、分かった。……たくさん、撮ろうね」
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