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.2章 かめは甲羅に閉じこもる
..10 早紀
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早紀を憧れの対象として見ている男子が多い中で、俺はあんまり賛同してなかった。
確かに立ち居振る舞いはおっとりしていて柔らかだけれど、特段美人というわけでもないし、何かといえば控えめだし。
特に最初の頃なんか、正直なところ「思ってることがあるならはっきり言えよ!」とイライラしてたこともあるくらいだ。
けれど、早紀とつき合っていく内に分かってきたのは、意外と頑固、ってこと。
一見穏やかに見えるけれど、ここぞというときにはどうやったって揺らがないのだ。
ブレない――と言えば聞こえはいいけど、早紀の中で揺らがないのは、ネガティブなもののことが多かった。
つまり、自己評価の低さとか。
よく覚えているのは、文化祭で使う小道具を作っていたときだ。
俺たち一年は授業の合間を活用して、紙吹雪を作っていた。
オリガミを短冊状にした後、黙々と切り刻んでいくという単純作業。
講義の関係で、たまたま俺と早紀の二人だけが部室で作業することになったんだと思う。
カッターとハサミがひとつずつしか見つからなかったから、分担を決めて取りかかった。
早紀がカッターで紙を短冊状に切る。俺はそれを、ハサミで小さくしていく。
そう決めて、いざ始めてみたものの、どうにも、俺の手が止まる。早紀の作業が終わるのを待つことになる。
これじゃなかなか進まないなと、俺もハサミで短冊作りを手伝い始めた。
早紀は恐縮した。
「ごめんね……トロくて」
「いや、別に。丁寧なんだから仕方ないよ」
本心、そう言ったつもりだった。俺の切った短冊より早紀が作った方がサイズが揃っているのは明確で、進みが速いとはいえ俺は雑なのだ。
「こないだ、サリーちゃんと香子ちゃんにも言われちゃった。どうせ紙吹雪の大きさなんて、みんなそう気にしてないんだから、もっと気楽にやりなよって。……確かに、そうなのかもしれないんだけど。そういうの、できなくて」
ぽつり、と口にした早紀の話に、あの二人なら言いそうだな、と思って笑った。早紀は困ったような微笑みを浮かべて、「馬鹿だから、私」と意外なほどきつい自虐の言葉を口にした。
「童話で、うさぎとかめ、って話あるでしょ。あれ、なんだか私、自分のこと見てるみたいで苦手なんだ。かめはどれだけ一所懸命走っても、うさぎに追いつかないんだよね」
予想外の解釈にまばたきした。
あれって、そういう話だったっけ?
「でも、それでサボって昼寝してるうさぎを、結局かめが追い抜くだろ」
「そうなんだけど……」
早紀はますます困ったような顔でうつむいた。自分の手元に向かって、ため息交じりに呟く。
「私だったらきっと、うさぎさんを放って行けないもん。うさぎさん、追いつきましたよって、起こしちゃうと思う。だから、私は童話のかめにもなれないの」
早紀は心底悲しげで、物憂げだったのだけど――俺は我慢できずに、ぶはーっ、と噴き出した。
突然げらげら笑い始めた俺に、早紀は驚いたらしい。目をまん丸くして、まばたきを繰り返した。
しばらく笑ってから、ひぃひぃ言いながら俺は聞いた。
「お、起こすの? せっかく寝てんのに?」
俺の問いに、早紀の白い頬にじわっと赤みが差した。
ちょっと慌てたような、必死な調子で、だって、と言い訳のように口にした。
「だって、なんか、そのまま置いていくのって、できないよ。横を通り過ぎても気づかないくらい、ぐっすり寝てたら、風邪、引いちゃうかもしれないし」
風邪引く心配までしてんの、とか、だって勝負してるんだからさ、とか、もうツッコミどころが満載で、けど確かに、いつもの不器用な早紀を見てると納得できる部分もあって。
その上、笑う俺を怒るでもなく、気恥ずかしそうにしながら自分の気持ちを懸命に説明しようとする早紀の姿がまた、俺の笑いを煽って、笑いが止まんなかった。
笑いすぎて、涙すら浮かんできて、そんな自分にまたウケて。机に突っ伏して笑い続ける俺を、早紀は困ったように見ていた。
「……そんなに、笑わなくても」
珍しく拗ねて尖らせたその唇に、突然、俺の目が吸い寄せられた。
口紅もグロスも塗っていない、柔らかそうな桃色。
――かわいいな、こいつ。
あのとき初めて、心からそう思った。腹を抱えて笑いながら。
それから少しして、気づいた。そわそわと落ち着かない心中。そして願った。
笑っていてほしいな。
この無垢で柔らかくて不器用なかめの子が、将来、うさぎの襲来におびやかされずに、慣れないかけっこをするはめにならずに、ぬくぬくと笑っていてほしいな、と。
そのために、俺が一緒にいようと思った。いられればいいと、思った。
思った――はず、だったのに。
確かに立ち居振る舞いはおっとりしていて柔らかだけれど、特段美人というわけでもないし、何かといえば控えめだし。
特に最初の頃なんか、正直なところ「思ってることがあるならはっきり言えよ!」とイライラしてたこともあるくらいだ。
けれど、早紀とつき合っていく内に分かってきたのは、意外と頑固、ってこと。
一見穏やかに見えるけれど、ここぞというときにはどうやったって揺らがないのだ。
ブレない――と言えば聞こえはいいけど、早紀の中で揺らがないのは、ネガティブなもののことが多かった。
つまり、自己評価の低さとか。
よく覚えているのは、文化祭で使う小道具を作っていたときだ。
俺たち一年は授業の合間を活用して、紙吹雪を作っていた。
オリガミを短冊状にした後、黙々と切り刻んでいくという単純作業。
講義の関係で、たまたま俺と早紀の二人だけが部室で作業することになったんだと思う。
カッターとハサミがひとつずつしか見つからなかったから、分担を決めて取りかかった。
早紀がカッターで紙を短冊状に切る。俺はそれを、ハサミで小さくしていく。
そう決めて、いざ始めてみたものの、どうにも、俺の手が止まる。早紀の作業が終わるのを待つことになる。
これじゃなかなか進まないなと、俺もハサミで短冊作りを手伝い始めた。
早紀は恐縮した。
「ごめんね……トロくて」
「いや、別に。丁寧なんだから仕方ないよ」
本心、そう言ったつもりだった。俺の切った短冊より早紀が作った方がサイズが揃っているのは明確で、進みが速いとはいえ俺は雑なのだ。
「こないだ、サリーちゃんと香子ちゃんにも言われちゃった。どうせ紙吹雪の大きさなんて、みんなそう気にしてないんだから、もっと気楽にやりなよって。……確かに、そうなのかもしれないんだけど。そういうの、できなくて」
ぽつり、と口にした早紀の話に、あの二人なら言いそうだな、と思って笑った。早紀は困ったような微笑みを浮かべて、「馬鹿だから、私」と意外なほどきつい自虐の言葉を口にした。
「童話で、うさぎとかめ、って話あるでしょ。あれ、なんだか私、自分のこと見てるみたいで苦手なんだ。かめはどれだけ一所懸命走っても、うさぎに追いつかないんだよね」
予想外の解釈にまばたきした。
あれって、そういう話だったっけ?
「でも、それでサボって昼寝してるうさぎを、結局かめが追い抜くだろ」
「そうなんだけど……」
早紀はますます困ったような顔でうつむいた。自分の手元に向かって、ため息交じりに呟く。
「私だったらきっと、うさぎさんを放って行けないもん。うさぎさん、追いつきましたよって、起こしちゃうと思う。だから、私は童話のかめにもなれないの」
早紀は心底悲しげで、物憂げだったのだけど――俺は我慢できずに、ぶはーっ、と噴き出した。
突然げらげら笑い始めた俺に、早紀は驚いたらしい。目をまん丸くして、まばたきを繰り返した。
しばらく笑ってから、ひぃひぃ言いながら俺は聞いた。
「お、起こすの? せっかく寝てんのに?」
俺の問いに、早紀の白い頬にじわっと赤みが差した。
ちょっと慌てたような、必死な調子で、だって、と言い訳のように口にした。
「だって、なんか、そのまま置いていくのって、できないよ。横を通り過ぎても気づかないくらい、ぐっすり寝てたら、風邪、引いちゃうかもしれないし」
風邪引く心配までしてんの、とか、だって勝負してるんだからさ、とか、もうツッコミどころが満載で、けど確かに、いつもの不器用な早紀を見てると納得できる部分もあって。
その上、笑う俺を怒るでもなく、気恥ずかしそうにしながら自分の気持ちを懸命に説明しようとする早紀の姿がまた、俺の笑いを煽って、笑いが止まんなかった。
笑いすぎて、涙すら浮かんできて、そんな自分にまたウケて。机に突っ伏して笑い続ける俺を、早紀は困ったように見ていた。
「……そんなに、笑わなくても」
珍しく拗ねて尖らせたその唇に、突然、俺の目が吸い寄せられた。
口紅もグロスも塗っていない、柔らかそうな桃色。
――かわいいな、こいつ。
あのとき初めて、心からそう思った。腹を抱えて笑いながら。
それから少しして、気づいた。そわそわと落ち着かない心中。そして願った。
笑っていてほしいな。
この無垢で柔らかくて不器用なかめの子が、将来、うさぎの襲来におびやかされずに、慣れないかけっこをするはめにならずに、ぬくぬくと笑っていてほしいな、と。
そのために、俺が一緒にいようと思った。いられればいいと、思った。
思った――はず、だったのに。
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