マイ・リトル・プリンセス

松丹子

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.13 ふたりでひとつ

91 心配性

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 朝子との時間は穏やかに過ぎて、気づけば八時にさしかかる頃合いになった。

「あっ、しまった。もうこんな時間」

 朝子が時計を見たのを機に、俺もうなずく。

「そろそろ出るか」
「うん。ご馳走様でしたー」

 会計を済ませて店を出ると、当然ながらもう外は暗い。
 ふとよぎったのは礼奈のことや。
 今、どうしとるやろ。迎えに行かんと心配やな……。
 思ったところで気づく。横にいる従妹はどうするつもりなんやろ。

「朝子は……駅まで誰か迎えに来てくれるのか?」
「え? ううん。ひとりで帰るよ」

 何気ない質問にあっさり答えが返ってきた。
 思わず顔が引きつる。

「な、なんやて? 翔太は……飲み会やて言うてたか」
「うん。で、お父さんとお母さんはデート」
「デ……」
「今日はそれぞれ食べようねって話したから。お母さんたちもときどきは二人でゆっくりしたいだろうし」

 そりゃそうかもしれへんけど……できた娘やなぁ。
 って、感心しとる場合やない。俺と食事したあと、朝子に何かあったなんてことになれば間違いなく父である隼人兄ちゃんに殺される。
 母さんみたいに格闘技はやってへんけど、あの人は怒らせると母さん以上に怖いねん。なんちゅうか一生のトラウマを植え付けるような、精神的にドギツイ目にあうに決まっとる。
 迷うたのは一瞬やった。俺は朝子を見下ろして、息を吸い直した。

「送る」
「は?」
「いや、せやから家まで送るて」

 真面目に言うた俺に、なぜか朝子が慌てた。

「な、何言ってるの。いいよ、大丈夫だよ。そんな送ってもらうような……」
「せやかて、ひとりで帰らせてなんかあったらどうすんねん。大丈夫や言うても分からんやろ。女一人で夜道歩かせるなんてできるか」

 しばらくそんな問答をしてから、「分かった、分かったから!」と朝子が俺の言葉を止めた。

「とりあえず、お兄ちゃんに連絡してみるから……飲み会のあとは家に帰ってくることも多いし、もしかしたら合流できるかも。そしたら、わざわざ栄太郎お兄ちゃんに送ってもらわなくても大丈夫でしょ?」

 朝子はスマホを取り出し、翔太に連絡したらしい。メッセージを送り終えると顔を上げて苦笑した。

「栄太郎お兄ちゃん、ほんと心配性だね」
「当然やろ。大事な従妹になんかあったら困るで」

 憤然として言うてから、周囲を見渡した。

「返事、しばらく来ぉへんやろ。ひとまずお茶でもして待つか」
「……うん」

 返事に一瞬、迷ったような間が開いた気がしたのは、俺の気のせいやろうか。
 カフェに向かう途中、朝子がお手洗いに寄ると一度離れた。
 そのとき、ジャケットの下でスマホが揺れる。
 画面に礼奈の名前が見えて、自然と頬が緩む。
 歓迎会、終わったんやろか。

「もしもし?」
『あっ、もしもし?』

 向こうから、居酒屋特有のざわめきが聞こえる。潜めた礼奈の声が続けた。

『ごめん、なかなか連絡できなくて……あと一時間くらいで、帰れると思うんだけど……』
「ああ。俺のことは気にせんで、ゆっくり楽しんどき」

 これからの職場のことや。何かと先輩に頼ることも多いやろうし、最初に少しでも仲良くなっといた方がええはずや。
 自分のときのことを思い返しながら、穏やかに答えたとき、後ろから俺を呼ぶ声がした。

「栄太郎お兄ちゃん。お待たせ」
「ああ。――礼奈、それじゃな」
『えっ、あ、うん……』

 礼奈は何か言いたそうやったけど、電話の向こうで名前を呼ばれるのが聞こえた。金田さん――て、俺の名字やねんけど、今はもう礼奈のでもあって、なんやくすぐったい。
 就職前に結婚したから、最初から新しい名字で名前を覚えてもらえる――礼奈本人もそう言うてたけど、おかげでここ二週間で、金田と呼ばれることにだいぶ慣れたらしい。
 はにかんでそう話す礼奈の表情を思い出してスマホをしまうと、俺の顔を見た朝子がぷはっと噴き出した。

「電話、礼奈ちゃんからだね? 栄太郎お兄ちゃん、顔、デレデレだよ」
「うっ……るさいな」

 あはははは、と朝子に笑われ、顔が赤くなるのが分かった。

「お前……笑いすぎやで」
「だって、わかりやすすぎだよ」

 けらけら笑う朝子を促して、カフェへ向かう。
 まったく……俺のことを何やと思うとるんや。
 入ったカフェには、黒縁の壁時計がかけられとった。
 時刻は八時――さて、こいつの兄ちゃんはいつ返事よこすやろか。
 場合によっては礼奈にこっちに合流するよう伝えよう。
 そう思いながら、翔太と――内心は、礼奈の次の連絡を待つ俺やった。
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