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.13 ふたりでひとつ
83 募る想い
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四月に入ると、礼奈はとうとう社会人になった。
就職先は中規模の病院で、俺も聞き覚えのある系列のとこや。もちろん看護師やなくて事務職で、最初の二週間は研修らしい。同じ系列の病院合同で研修をして、最終日に配属先が言い渡され、その後はOJTでの研修――っちゅうことや。
礼奈は期待と不安を抱えながら、少しくたびれてきたリクルートスーツで毎日、研修会場のある都内へ出かけていく。
会場は俺の職場よりも遠いから、俺よりも早く出て遅く帰る。そもそも、慣れない生活でなにかと疲れるやろうと、家事全般は最初から俺が引き受けると宣言した。
一般的なビジネスマナーから社内でのルール、仕事の進め方、その他もろもろ。知っとるつもりのこと、知らないこと……研修を受けて帰宅した礼奈はだいたいしばらくソファから動けへんらしい。ぐったりしたまま「ごめんね、何にもできなくて……」て泣きそうに言うもんやから、もうかわいそうでいたたまれない。
無理せんでええねんで――そう言いたいけど、何でもがんばるのが礼奈の性格やから仕方ない。俺には俺ができることをして、礼奈が安心して帰って来られるようにしたい。
「家のことは気にせんでええで。できるときにできる人がやればええし。最初はみんなそんなもんや」
礼奈に答えて、夕飯を整える。今日のメニューは……いつもとちょっと違う。
最初は、疲れてはるなら夕飯で元気出してもらおうと、スタミナのつきそうな肉料理なんかを作ってみたけど、あんまりこってりしたメニューはしんどそうに見えて、さっぱりめの和食にシフトした。
喉を通りやすいうどんやら、自分で具を選べる鍋やら――そうしとるうち、そうや、と思いついたのがネットでのお取り寄せ。
そう――旅行で行った、宮城の豆腐や。
ついでやから、他にも笹かまぼこやら、牛タンなんかも頼んでみた。
旅行のときの気分を思い出して、少しでも元気になってくれるとええな、なんて思うて。
「――さて、準備できたで。食べよう」
「うん……」
這いずるようにしながら近づいてきた礼奈は、食卓に並んだものを見回して、俺の顔を見た。
「これ……宮城の?」
「せや。よう分かったな」
「えー、取り寄せたの?」
あきれ半分、笑い半分の口調で言われて、「まあそんなとこや」と口尖らせて答えたら、久々に晴れやかな笑顔が返ってきた。
「ありがと、嬉しい」
ぴょんと跳ねるように近づいてきたと思ったら、俺の頬にキスをして――
えっ……と、メシは後にして礼奈食べてええか?
なんて思うてる間に、礼奈は俺から離れて食卓についた。なんとなく鼻歌めいたもんも聞こえる。
ちっ……残念やけど仕方ない。少しでも元気づけられたならそれでええわ。
ほくほく顔の礼奈はいつもの三割増しのご機嫌で、「いただきまーっす」と手を合わせた。
真っ先に手を伸ばしたのは、案の定、豆腐や。
「んぅー、おいしっ。豆の味するぅー」
頬に手を添えて感想を言ったあとは、夢中でスプーンを口に運んでいく。
疲れ切ってた顔に、少し元気が出てきたのを見てほっとした。
今の礼奈を見てると思い出す。俺も就職したばっかのときは俺もへろへろで、こんなんがあと五十年も続くんか、て絶望したもんや。
礼奈の母、彩乃さんもそれが分かってたからこそ、仕事に慣れるまでは実家にいなさい、て言うてたわけや。
その気持ちは分からんでもない。
じいちゃんに晴れ姿見せたい――て礼奈が言うて早めた結婚やったけど、失敗やったなんて思われるわけにはいかん。俺はとにかく礼奈を支えて、政人にも彩乃さんにも、俺と結婚してよかったて思うてもらいたい――
「はぁー、お腹いっぱい。ごちそうさまっ」
食事を終えた礼奈が、明るさの戻った声で言った。
食器を下げ始めるのを見て「俺が片付けるで」と言うと、礼奈はにこっと笑ってうんとうなずく。
次いで無造作に近づいてきたと思うたら、後ろから抱き締められ、頬を擦り寄せられた。
「ありがと、栄太兄。……大好き」
ささやいて、頬にキスをひとつ。
うん……押し倒してええか?
瞬時に思うたけど耐えた。
あかんで。礼奈は疲れてんねん。あかん。自制しろ、俺。
研修が始まってから、明日で一週間が経つ。先の旅行でようやく筆おろしをすませたものの、その後は一度トライしてまたうまくいかへんかったから、最後までできたのはあのときだけや。
ムスコは「また繋がりたい」てうずうずしとるけど、とにかく礼奈に無理させるわけには行かん。
机の上に置いた手に、箸を折りそうな勢いで力を入れながら、「俺もやで」と爽やかに返すと、礼奈は嬉しそうに笑って「お風呂入る~」ともう離れて行ってもうた。
最近、つくづく思うけど……やっぱり天使やなくて、小悪魔かもしれん。
どっちにしろ、めっちゃ好きやねんけどな。
浴室に消えた礼奈を思って、俺は細長ーいため息をつく。
なんとも幸せな甘酸っぱさをかみしめた。
就職先は中規模の病院で、俺も聞き覚えのある系列のとこや。もちろん看護師やなくて事務職で、最初の二週間は研修らしい。同じ系列の病院合同で研修をして、最終日に配属先が言い渡され、その後はOJTでの研修――っちゅうことや。
礼奈は期待と不安を抱えながら、少しくたびれてきたリクルートスーツで毎日、研修会場のある都内へ出かけていく。
会場は俺の職場よりも遠いから、俺よりも早く出て遅く帰る。そもそも、慣れない生活でなにかと疲れるやろうと、家事全般は最初から俺が引き受けると宣言した。
一般的なビジネスマナーから社内でのルール、仕事の進め方、その他もろもろ。知っとるつもりのこと、知らないこと……研修を受けて帰宅した礼奈はだいたいしばらくソファから動けへんらしい。ぐったりしたまま「ごめんね、何にもできなくて……」て泣きそうに言うもんやから、もうかわいそうでいたたまれない。
無理せんでええねんで――そう言いたいけど、何でもがんばるのが礼奈の性格やから仕方ない。俺には俺ができることをして、礼奈が安心して帰って来られるようにしたい。
「家のことは気にせんでええで。できるときにできる人がやればええし。最初はみんなそんなもんや」
礼奈に答えて、夕飯を整える。今日のメニューは……いつもとちょっと違う。
最初は、疲れてはるなら夕飯で元気出してもらおうと、スタミナのつきそうな肉料理なんかを作ってみたけど、あんまりこってりしたメニューはしんどそうに見えて、さっぱりめの和食にシフトした。
喉を通りやすいうどんやら、自分で具を選べる鍋やら――そうしとるうち、そうや、と思いついたのがネットでのお取り寄せ。
そう――旅行で行った、宮城の豆腐や。
ついでやから、他にも笹かまぼこやら、牛タンなんかも頼んでみた。
旅行のときの気分を思い出して、少しでも元気になってくれるとええな、なんて思うて。
「――さて、準備できたで。食べよう」
「うん……」
這いずるようにしながら近づいてきた礼奈は、食卓に並んだものを見回して、俺の顔を見た。
「これ……宮城の?」
「せや。よう分かったな」
「えー、取り寄せたの?」
あきれ半分、笑い半分の口調で言われて、「まあそんなとこや」と口尖らせて答えたら、久々に晴れやかな笑顔が返ってきた。
「ありがと、嬉しい」
ぴょんと跳ねるように近づいてきたと思ったら、俺の頬にキスをして――
えっ……と、メシは後にして礼奈食べてええか?
なんて思うてる間に、礼奈は俺から離れて食卓についた。なんとなく鼻歌めいたもんも聞こえる。
ちっ……残念やけど仕方ない。少しでも元気づけられたならそれでええわ。
ほくほく顔の礼奈はいつもの三割増しのご機嫌で、「いただきまーっす」と手を合わせた。
真っ先に手を伸ばしたのは、案の定、豆腐や。
「んぅー、おいしっ。豆の味するぅー」
頬に手を添えて感想を言ったあとは、夢中でスプーンを口に運んでいく。
疲れ切ってた顔に、少し元気が出てきたのを見てほっとした。
今の礼奈を見てると思い出す。俺も就職したばっかのときは俺もへろへろで、こんなんがあと五十年も続くんか、て絶望したもんや。
礼奈の母、彩乃さんもそれが分かってたからこそ、仕事に慣れるまでは実家にいなさい、て言うてたわけや。
その気持ちは分からんでもない。
じいちゃんに晴れ姿見せたい――て礼奈が言うて早めた結婚やったけど、失敗やったなんて思われるわけにはいかん。俺はとにかく礼奈を支えて、政人にも彩乃さんにも、俺と結婚してよかったて思うてもらいたい――
「はぁー、お腹いっぱい。ごちそうさまっ」
食事を終えた礼奈が、明るさの戻った声で言った。
食器を下げ始めるのを見て「俺が片付けるで」と言うと、礼奈はにこっと笑ってうんとうなずく。
次いで無造作に近づいてきたと思うたら、後ろから抱き締められ、頬を擦り寄せられた。
「ありがと、栄太兄。……大好き」
ささやいて、頬にキスをひとつ。
うん……押し倒してええか?
瞬時に思うたけど耐えた。
あかんで。礼奈は疲れてんねん。あかん。自制しろ、俺。
研修が始まってから、明日で一週間が経つ。先の旅行でようやく筆おろしをすませたものの、その後は一度トライしてまたうまくいかへんかったから、最後までできたのはあのときだけや。
ムスコは「また繋がりたい」てうずうずしとるけど、とにかく礼奈に無理させるわけには行かん。
机の上に置いた手に、箸を折りそうな勢いで力を入れながら、「俺もやで」と爽やかに返すと、礼奈は嬉しそうに笑って「お風呂入る~」ともう離れて行ってもうた。
最近、つくづく思うけど……やっぱり天使やなくて、小悪魔かもしれん。
どっちにしろ、めっちゃ好きやねんけどな。
浴室に消えた礼奈を思って、俺は細長ーいため息をつく。
なんとも幸せな甘酸っぱさをかみしめた。
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