マイ・リトル・プリンセス

松丹子

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.7 年の差カップル

35 変化

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 俺と礼奈には、二十年にわたる元々の関係がある。俺が礼奈を愛でるのも元々のことやし、恋人になったからってそう急に変わることは何もない――と思うてた俺けど、それは読みが甘かったと、気づかされるまでにそう時間はかからんかった。
 一番の誤算は――礼奈のかわいさや。
 ってなに言うてんねん、今までもさんざんかわいいかわいい言うてたやろ、今さらやんか! と、思うやろ? 思うやろ? 思うやんか! 俺もそう思うで、ほんまなに言うてんやろって感じなんやけどな……従兄妹だったときの礼奈に感じるかわいさが、胸がきゅんとした後ほわんと和む感じやとしたら、恋人になった礼奈には、心臓直接殴られて呼吸困難なる感じのかわいさやねん!
 分かるかな? 分かるやろ? えっ、分からへん? とにかくしんどいかわいさってことや、察してや!
 そんなわけでな……予想外ちゅうたら、もうこれ以上になることはないやろ、思うてた礼奈への想いが、もう青天井ちゅうか、底抜けになってもうたことで……え、こういうのノロケて言うん? マジか? 俺、結構真剣に悩ましいねんけど。
 いや、だってな。電話しても会うても、あの丸い印象の猫目をくるんと見開いて、「栄太兄」ってねだるねんで。なにをねだるかって、モノやない、「好きって言って?」て……またその語ー尾ー! ちょっとだけ上げる感じ、かわいすぎやーん!
 それまでも、かわいいとか天使とか、心の中では何度も叫んでたしまあ口に出すのもそう抵抗ないねんけど(たぶん)、好き、言うんはなんちゅうかかんちゅうかその……こっぱずかしいにも程があるで、いやほんま勘弁して、て言うんやけど「私はいっぱい言ったもん、栄太兄も言って?」て言われるともう、はい、としか言えんっちゅうか……もう、はい、かわいいです、礼奈が優勝、てなるやん。
 果ては、「愛してる、は好き五回分」なんて言い出して、はぁぁぁあなに言うてんの!? あほやん! ほんまに! あほやん!! かわいすぎてしんどい! 好きやし!!!! ――て爆発しそうになんねん。
 俺かて好きや、好きすぎてしんどいくらいやで、言葉にしたら爆発しそうやん。いん石とか落ちてきそうやん。まだ星にもチリにもなりたくないねん、せっかく礼奈と一緒におれんねんから!
 礼奈と会うたび、そんな風に、ぐらっぐら揺さぶられとるわけやけど、それもこれも、幼い頃からの付き合い、ちゅうのが、かなり効いてる感はある。甘えてくるときは小さい頃の面影がよぎるし、不意に見せる色気には抗体がないでどぎまぎするし。元々表情が豊かな礼奈やけど、思春期の頃からは子どもっぽく見られたくなくて抑えてたんやろうな。俺の前だけではまた奔放さを見せるようになったその表情がもう、いちいち、俺のツボに刺さって痛いねん。
 そのうち心臓がひきつけ起こすんやないかて正直心配なくらいやけど、幼妻を残して逝くわけにはいかんからな。……まだ妻やないけど。妻やないけど、まだな。まだ……
 ……まだってなんやの、浮かれすぎやん俺!

 まず、とにかく、落ち着け。俺はそりゃ、結婚を前提に、て言うた。言うたで。もう三十やし、ほら、政人たちとの関係もあるしな。けど、礼奈は違う。まだ二十歳になったばっかで……将来有望っちゅうか、これからの人やん。もう低空飛行になりつつある俺とは違うっちゅうか、あんまり縛り付けるのもどうかと思うねん。
 思うねん……けどな。けど、もう、ここまで気持ち持ってかれて、手放せるかっちゅうたら無理やろって思うねん。たぶん俺、死ぬわ。心臓は動いてても、礼奈おらんようになったらたぶん抜け殻になって、中身ないまま木に張り付いたセミの抜け殻みたいに、そのうち風にあおられてどっか行ってまうんやろな、て思うねん。ふらふら、へらへら……そんで誰かに踏まれるか、猫に食べられるかするんやろ。くしゃって。
 せやから、礼奈から聞く大学の様子は懐かしいし、応援してるつもりなのに、応援したいと思うてるのに、同時にえらい焦りも感じる。
 年上なんやし、穏やかに見守ってやりたいのに、毎日のように顔を合わせてるキャンパスの仲間がうらやましい。悠人や政人ら、家族もうらやましい。
 ――一緒に住めればええのに。
 いつだか礼奈が言った言葉が、俺の胸にもよぎっては、無理矢理打ち消す。そんなん言うてたらあかん。そんなん言うてる暇があったら――まずちゃんと、俺がやってけるところを、政人と彩乃さんに見せんといかん。
 それには、礼奈にばかり気を取られてたらいかん。転職した先でしっかり信頼を得て、柔軟に働けるように仕事に慣れておくべきや。大学卒業後、礼奈がどんな進路を選ぶかも知れん。もしかしたら院に進みたくなるかもしれんし、もしかしたら――もしかしたら、俺の元から離れてくかもしれん。
 それでも――大丈夫なようにならな、あかん。
 礼奈に支えてもらうような、そんな気持ちでおったらあかんねん。

 ぐいぐい引き寄せられる、底なし沼のような想いの一方で、俺は必死で心理的な一線を――ともすれば手綱を離れそうになる自分のこころを、守ろうとしていた。
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