マイ・リトル・プリンセス

松丹子

文字の大きさ
上 下
60 / 100
.10 卒業まで

60 新年会

しおりを挟む
 翌日の昼前、いつも通りの頃合いに、いつも通りの親戚が鎌倉に集まった。
 まずは礼奈の家族、政人一家。消防士である長兄の悠人は勤務明けらしく、眠気をはらうように伸びをしている。

「眠いなら、上で寝て来いや」
「うん……乾杯したら、そうする」

 ふわぁとあくびをかみ殺した目が、自然と流し目になった。女が見たらドキッとしそうやけど、考えてみれば政人によく似た容姿やのに、悠人に浮いた話はまったくない。
 いったいどんな女に興味を持つんやろうな。
 ちょっと気になって、またいずれ従兄弟おとこどもで集まるかと頭の中で算段をつけた。

 次いで、隼人一家がやって来た。ゆるっとしていた空気も、ここの女性陣が来ると自然と引き締まる。この一家の中では、長男の翔太がマイペースなゆるい奴やけど、今日は研究なのか来てへんらしい。
 香子さんと娘の朝子がてきぱき動いて、持ってきたおかずを卓に広げ、コップを並べる。それぞれ料理を持ち寄った宴会がいつものスタイルや。

 これまたいつも通り、席は自然と、親と子どもに分かれた。俺はといえばどっちつかずで、そのときどきで政人たちと話したりイトコに混ざったりする。
 乾杯して少しすると、悠人は「じゃあ、ベッド借りる」と席を立った。俺が使った――いうても寝てないけど――部屋を示してやると、「ありがと」と眠そうに微笑んで廊下へ出て行く。
 それを見送ったところで、「栄太兄」と礼奈が俺を呼んだ。

「なんや?」
「氷、作ってあったっけ。忘れてた」
「ああ、昨日俺がセットしといたから、ひと山はあるで」
「ほんと? よかった」

 にこっとはにかむ笑顔に吊られて微笑む。
 はぁ、俺の嫁ほんまかわええ。
 和んでいたら、座った礼奈の肘を、朝子がちょいちょいとつついた。

「まだ栄太兄って呼んでるんだね」
「う、うん……変かな」

 礼奈もちょっと気にしているのか、朝子の反応をじっと見ている。が、朝子はビールを口に運びながら笑った。

「別に、呼び方なんて夫婦それぞれだし、ふたりがそれでいいならいいんじゃない? いまさら名前が呼びにくいなら、あだ名つけちゃうとか」
「あだ名?」
「じゃあじゃあ、栄ちゃんとか?」

 女子ふたりの会話に、横から健人が割って入る。
 とたんに女子同士、神妙に顔を見合わせた。

「……なんか違うか」
「うん……なんだろ、違うね」

 ……なんやねんそれ。一瞬期待した俺が馬鹿みたいやわ。
 内心舌打ちしながら、ビールを手にして座り直す。
 横に隼人兄ちゃんが来て、「仕事、どう?」と肩を叩かれた。

「うん、まあまあやわ。まだ慣れんこともあるけど、前より人間らしい生活できてるし」
「そっか。やっぱそうじゃなきゃねぇ。新婚なんだし。もう一緒に住んでるの?」
「いや、まだやけど」
「あ、そうなんだ。卒業、待つ感じ?」

 その話については……隼人兄ちゃんの横にいる政人が気になる。
 いや、俺は一応、そのつもりやねんけど。礼奈もたぶん、そのつもりやけど。でも、まだ、政人に何も話してへんし、それに――

「そういや、栄太郎。母さんから、話聞いたか?」

 政人が声をかけてきて、俺は思わず目を泳がせた。「あ、ああ」とうなずくと、隼人兄ちゃんが「なに?」と俺たちの顔を見比べる。政人がうなずいた。

「ここの家、栄太郎たちにやるって。――だろ、母さん」

 ばあちゃんは声をかけられて、にこにこしながらうなずいた。政人は俺を見て、「便利とは言いがたい場所だから、よく考えろ」と言うたけど……乗り気やのは俺よりも礼奈の方なんやけどな。
 ちらっと礼奈を振り返ったけど、礼奈は朝子や健人と何やら話してはる。俺をどう呼ぶかで盛り上がっとるらしい。

「――ま、その話は、あとでしよう。とりあえず、仕事に慣れたならよかったな」

 政人は叔父らしい鷹揚さで微笑んだ。
 今日は義父モードではなく叔父モードらしい――今は、と言うべきかもしれんけど。

「せやなー。……ほんま、思い切れば変わるもんやな」
「そうだよねぇ。意外とうまく行ったり、行かなかったり。人生っておもしろいねぇ」

 隼人兄ちゃんはにこにこしながら、そんなことを言う。ほんまそうやな。うまくいったり、いかなかったり。それでも、どうにかこうにか、努力を続けていけば、報われる――ことも、ある。
 ……そうやないこともあるやろうけど。
 ビールの炭酸を口の中で転がしながら、しばらくわいわいとした和やかな賑やかさを楽しんでいたら、リビングのドアが開いた。
 のっそりと顔を出したのは悠人や。

「栄太兄……」
「ああ、なんや悠人。もう起きたんか」
「うん……」

 こくりとうなずいて、大きくのびをする。一時間そこそこしか眠ってへんけど、仕事中も仮眠は取ってはるはずやから、そんなに長々と休まんでも平気なのかもしれへん。けど、若さもあるやろな。ちょっとうらやましさを感じて――いや、でも俺もまだ若いはずや、と自分を慰める。
 腕を下ろしてふぅと息をつくと、悠人が首をかしげた。

「あのさ、栄太兄って……結構、几帳面?」

 突然の問いに、俺も首をかしげる。

「なんや、急に?」
「うん……あの部屋、栄太兄が泊まったんだよね?」

 急に、嫌な予感がした。背中が強ばる。

「なんか……シーツ、張ったばっかみたいだったし、誰か寝た感じしなかったから……」
「ちょちょっ、悠人……!」

 慌てた俺は、飛びつくように悠人の口を塞いだ。政人とばあちゃんの顔は――怖くて見れへん。
 ばあちゃんはおっとりと笑った。

「あらぁ。だから、布団敷いて一緒に寝ればって言ったのに。ベッドに二人じゃ狭いでしょう」
「い、いやあの、ば、ばーちゃん……!」
「なんで? 結婚してるんだし、いいじゃない。ねえ、政人?」

 ばあちゃん結構ぶっ込むな! 顔があっつくて真っ赤になっとるのが分かる。後ろで政人の「まあな」という苦り切った声が聞こえた。
 その声、全然納得してへんやん!
 そんであれや、こういう話になるといっつも参戦してくる奴がおる――そう、健人や。ニヤニヤしながら立ち上がり、俺の肩を抱くとうんうんうなずいた。

「そうだよねぇ。結婚してるんだし、多少のイチャイチャは仕方ないよねぇ。っていっても、まあ、いちお、他人の家なわけだしィ? イチャイチャも常識の範囲内にしてほしいとこだけどォ……」

 健人! お前、アレコレわかってて言うてるやろ! そういうとこやぞ! ほんまそういう……!

 奥歯を噛み締めてにらみつけても、健人にはどこ吹く風や。
 ほんっま、ムカつくなこいつ!
 少しは年上の沽券を見せつけたろ、と息を吸ったとき、ぽつり、と声が聞こえた。

「……だって、年末、一緒にいられなかったんだもん」

 男たちの空気が一瞬止まって、うつむいた礼奈に視線が向く。

「……新婚だったのに。一緒に年、越せなかったから。今年」

 ちょっととがらせた唇をコップに添えながら、そうつぶやいた礼奈に――

「っかわいい……!!」

 飛びついたのは、隣の席の朝子やった。

「そうだよねぇ、初めての年越し、一緒にしたいよねぇ」

 朝子がわしゃわしゃ礼奈の頭を撫でながら愛でる。俺は唖然としてそれを見ていた。
 ――ずるい。ずるすぎる。それ俺の役目やん。そこ、変わってや!
 なりふりかまわず抱きしめたいのに、目の前に義両親と義兄がいてはそうもいかん。朝子がヨシヨシと礼奈の肩を抱き寄せている。くっそぉお朝子ぉお! 俺が動けへんの分かってて礼奈にべたついとるやろ! 俺かてベタベタして、甘やかしてなだめてドロドロに甘やかしたいっちゅうねん!
 憤りに燃える目をそちらに向けとったら、こほん、とひとつ、咳払いが聞こえた。
 はっとすると、政人が立ち上がる。

「――ったく。ここにいると、ゆっくり話もできないな。栄太郎、上行くぞ。隼人、酒持ってこい」

 えっ? とまばたきする俺の横で、隼人兄ちゃんが「はいはーい」と酒瓶を持ち上げる。

「香子ちゃん、ちょっと行ってくるね」
「うん、いってらっしゃーい」

 香子さんと、彩乃さんまでがにこにこしながら手を振る。
 え? 話? ……なんの話?
 戸惑う俺の背中を、ぽんと手がたたく。びくっとひるんだ俺の横で、政人がにやりと笑った。

「なぁにビビってんだ。つるし上げたりしないから安心しろ。ほら、行くぞ」

 俺は小さくなって、はぁ、とあいまいにうなずいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

【本編完結・R18】旦那様、子作りいたしましょう~悪評高きバツイチ侯爵は仔猫系令嬢に翻弄される~

とらやよい
恋愛
悪評高き侯爵の再婚相手に大抜擢されたのは多産家系の子爵令嬢エメリだった。 侯爵家の跡取りを産むため、子を産む道具として嫁いだエメリ。 お互い興味のない相手との政略結婚だったが……元来、生真面目な二人は子作りという目標に向け奮闘することに。 子作りという目標達成の為、二人は事件に立ち向かい距離は縮まったように思えたが…次第に互いの本心が見えずに苦しみ、すれ違うように……。 まだ恋を知らないエメリと外見と内面のギャップが激しい不器用で可愛い男ジョアキンの恋の物語。 ❀第16回恋愛小説大賞に参加中です。 ***補足説明*** R-18作品です。苦手な方はご注意ください。 R-18を含む話には※を付けてあります。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

処理中です...