マイ・リトル・プリンセス

松丹子

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.11 新婚旅行

66 行き先

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 卒業式から数日後。
 俺たちは、二泊三日の新婚旅行へ出発することにした。
 行き先は宮城県。どうしてそうなったかっちゅう話は、少し戻って、二月に入ったばかりの頃や。
 一度目の卒業旅行から帰ってきた礼奈が、「宮城かな」言うたのはさすがに予想外やった。

「なんで宮城?」

 確かに観光地やし、歴史のある都市やけど、新婚旅行て言うて、あえて選ぶ理由が分からへん。
 首を傾げた俺に、礼奈はほくほく顔で「トーフ」と言った。

「宮城、美味しい豆腐屋さんがあるんだって。コンクールで優勝したんだって。……それ、食べてみたいなーと思ってたの」

 うっとりした顔につられて、思わず表情がゆるんだ。
 そういえば、豆腐は昔から礼奈の大好物や。離乳食のときから見つければ手を伸ばして、トーフ、トーフ言うてたなぁ。
 顔中に白い食べかすをつけた赤ん坊の顔を思い出して笑ってもうた。

「豆腐なぁ。宮城っていうとずんだ餅のイメージやけどな」
「うん。まあ、原料は同じだし」
「えっ、そうなん!?」

 驚いた俺に、「知らなかったの?」と礼奈がまばたきした。
 いや、知らんかったっちゅうか、あえて考えたことなかったんやけど……「枝豆て大豆なのか?」て聞くと礼奈が笑った。

「栄太兄ってば、もー。いろいろ抜けてるんだから」

 他の人に言われたら「馬鹿にされてる」と落ち込む言葉も、礼奈に言われれば愛情表現やなーと思うところが不思議やな。「そうやったんか……物知りやなぁ」て感心しとると、礼奈は笑った後、こてん、と俺の肩に頭を預けてきた。

 な、なんや? 突然甘えたモードか?

 ときめきとどぎまぎとが同時に去来して、その頭を撫でるべきか抱き寄せるべきかキスするべきか押し倒すべきかと、頭の中をめまぐるしいアレコレがよぎる。
 結局身動きできずにおるうちに、礼奈がふふっと笑う振動が肩越しに伝わってきた。

「だって、友達と一緒に旅行行って、豆腐食べたいんだー、なんて言えないから……栄太兄なら、いいって言ってくれるかなって」

 ……あ、うん?
 うん。ええで。ええけどその、まずは今から礼奈を食べてもいいか?

 沸いた頭が訳の分からんことを言うのを深呼吸で抑える。
 落ち着け俺。礼奈がかわいいのはよう知っとる。けど会話をぶった切るのはあかん。

「……まあ、礼奈が喜んでくれるなら、俺はどこでもええし」
「ふふふ」

 礼奈は猫みたいに喉を鳴らして、俺の腕に抱きついてきた。
 あああああ、かわええ。
 頭、撫でるくらいは……ええやろ? ええよな?
 触れ合いを許される関係にはなったけど、相変わらずバイトに旅行にと忙しい礼奈やから、そんなにしょっちゅうは愛せへん。腕の中でとろっとろになる姿は、もうかわいいで愛おしくてたまらんのやけど……まあ、もうちょっとの辛抱や。一緒に住むようになったらな。そしたらもう、どんだけでも愛せるはず。
 あと二ヶ月足らずや。それまでは……少し、紳士的に。
 自分に言い聞かせながら手を伸ばす。髪を撫でると、礼奈はおとなしくなされるがまま目を閉じていた。
 と思えば、あっ、と何かに気づいたようにくるりと目を開く。

「でも、栄太兄に行きたいところがあるんなら、私だってどこでもつき合うよ。栄太兄が喜んでくれることなら、私だってしたいんだから」

 前のめり気味に、まっすぐな目でそんなん言われたら、もう抑えなんて効かへんやん。我慢できずに、じゃっかん台詞の最後に被るくらいのタイミングでその身体を抱き寄せた。

「そんなら、ちょうだい」
「……なにを?」

 耳元でささやくと、仔猫みたいな目が俺を見上げる。その瞳の中には笑う俺が見えた。

「たまには、礼奈から」
「……だからなに……」

 問われる途中で目をつぶる。冗談のつもりで、「ん」と軽く唇を突き出してみた。

 ……うん? これ女の子がやったらかわええかもしれんけど男がやったらキモくないか?

 ノリでやってみたものの、冷静さを取り戻した頭の片隅が慌て始める。
 もしかして引かれてるんやないやろか。
 表情を見ようと恐る恐る薄目を開けたら、目を泳がせる礼奈の顔があった。
 ……あ、迷ってはる。そんな表情もかわいい。
 とりあえずキモがられてはないらしいことにほっとしたところで、礼奈が俺の頬に手を添えた。
 え、ほんましてくれるん?
 わくわくしてる俺の唇に、触れるだけの軽いキス。すぐ離れて行く柔らかな熱――くぅううう~~~っ……たまらん! ――けど。

「……そんだけ?」

 おとなのキスして。なんて、俺には言わはるくせに。
 笑ってやると、礼奈は顔を赤らめて唇を引き結んだ。
 負けず嫌いやから、笑われるとムキになるらしい。昔から変わらんわ。
 どうするやろ、て様子を見てたら、礼奈は俺の首に手を伸ばして、もう一度ゆっくり唇を重ねた。
 華奢な身体が俺の胸へ寄り添う。
 礼奈の手が、髪を掬うように俺の頭を撫でた。ゆっくり角度を変えながら、唇を食むようなキスを、二度、三度と重ねる。小さな水音がその間から響く。
 ふっと呼吸とともに唇が離れて、こつん、と額が重なった。
 礼奈の目が、目の前で止まる。
 ……俺だけを映す目が、切なく揺れる。
 一瞬、時間が止まったような感覚の後、礼奈の目が泳いだ。

「……下手だった?」

 自信なさげに問われて、思わず笑ってもうた。

「いや。下手やないで」

 手を伸ばして、礼奈の背中を抱き寄せる。
 力を抜いた礼奈の身体は、すっぽり俺の膝上に収まった。

「……たっぷり、礼奈の愛が伝わってきた」
「うぅぅぅぅ」

 礼奈がうめいて俺の胸の顔をうずめる。俺が笑うと、ますます俺の胸にしがみつくようにして顔を隠した。

「なんやの? 今さら恥ずかしがらんでもええやん」
「だ、だぁって……だってぇ……」

 俺の服の中でモゴモゴ言うのが聞こえる。

「……いっぱいになって」
「うん?」
「……キス、してると……栄太兄のことで、頭がいっぱいになる……」
「いっぱいに?」

 首を傾げる俺の服に顔をおしつけて、礼奈は「あぁぁぁぁ」とわめいた。

「もう、しない。特別なときにしかしない」
「なんでやねん」
「だ、だって。だって……」

 その先を言わない新妻の頬を撫でて顔を上げさせた。耳も首筋も真っ赤になった顔が俺を見て、また目を泳がせる。

「……好きが、爆発しそうだもん」

 小さな声に、呼吸が止まった。

 うん。……俺も爆発しそうやけどな?

 あかんもう我慢できへん。
 結局そのままソファに押し倒して、その夜は存分に、その身体をかわいがった。
 ――え、俺悪くないやろ? どう考えても煽ったのは礼奈やで。
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