マイ・リトル・プリンセス

松丹子

文字の大きさ
上 下
48 / 100
.9 新婚生活

48 内定祝い

しおりを挟む
 翌週、礼奈と予定を合わせて夕飯を一緒に摂ることにした。
 家で食べたい、と言うた礼奈は弁当でもええと言うてたけど、お祝いのつもりやしそれじゃ味気ないやろうと半休を取り、少し華やかな夕飯を準備した。

「ほんとによかったんか? せっかくの内定祝いが俺の家で」
「うん、いいの」

 迎えにいった駅から家まで連れ立って歩きながら問えば、礼奈は歌うようにうなずいた。
 軽やかな足取りは気持ちの現れやろう。鼻歌すら聞こえそうな横顔に、自然と俺の口元も緩む。
 嬉しそうな礼奈を見るだけでご機嫌になれるなんて、我ながら単純過ぎるやろうか。でも、それでええねん。あんまりごちゃごちゃ考えるのは性に合わへん。
 駅近くのスーパーのロゴが入ったビニール袋ががさがさ言うて揺れてる。それぞれ一本ずつ飲もうと買った、俺のビールと礼奈のレモンサワー。
 頬を撫でる風は涼しくて、日中の暑さはない。もう秋になるんやなぁ、とつくづく思う。
 昨年の、紅葉狩りのときだったか。礼奈にプロポーズしよう、思うたのは。礼奈こそが俺の半身や、てくらい、なんや強く思ったのは。それからもう一年経つ。
 あのとき一緒に歩いたじいちゃんは、今はもういない。
 結婚式の翌月、じいちゃんは他界した。俺たちの結婚式を見て、ほんま喜んでくれてて、「栄太郎の面倒を見れるのは礼奈くらいしかいないぞ」なんて言うてたじいちゃん。俺が初孫やったからな、えらいかわいがってくれてたし、えらい、気にかけてくれた。
 大切な人と一緒に歩く、何てことのない道を、毎日を、じいちゃんとの時間が大切なもんやて教えてくれた。こうして、礼奈と一緒に歩いているこの時間も、きっと数十年後には大切な思い出になるんやろう。

 住宅街に入ったとたん、駅前の喧噪はぐっと遠ざかった。
 どちらからともなく伸ばした手は、自然に指を絡めて繋がった。三十センチの身長差も、十二の年の差も、こうして歩けば気にならへん。
 礼奈となら、どこまででも行けそうな気がする。どこへでも行きたいと思える。
 歩いてるうち、目が合って、笑った。互いの歩みを感じながら、ときどき会話を交わして、なんでもないことに笑う。
 その笑いが、でれでれに緩んでる気ぃがするのはご愛敬や。
 ――もう少ししたら、こうして毎日一緒に歩くことになるんやろか。
 自分の妄想に、いや、毎日あるわけやないか、と訂正する。
 生活時間帯が合わないと、一緒に通勤することもないやろうし。礼奈はどんな生活になるんやろ。医療事務やって言うてたけど――

「栄太兄? 考え事?」

 三十センチ下から見上げてくる礼奈にきゅんとしつつ、「いや、何でもない」と笑った。

 二人での生活を想像してた、なんて、気恥ずかしくて言えへんわ。

「ほんま、ようがんばったな。お疲れさま、礼奈」

 俺が頭を撫でると、おひいさまは弾んだ笑い声と共にうなずいた。

 ***

「ふぁー、おいしかったぁあ!」
「お口に合ってよかったわ」
「うん。ほんとおいしかった! 栄太兄お店出せる!」
「それは言い過ぎやろ」

 夕飯の後は、コーヒーをいれてちょっとお高いケーキを食べた。
 職場の女性陣一押しの、ちょっとビターで濃厚なチョコレートチーズケーキ。職場近くで買うておいたやつや。

「ケーキもほんと美味し……お腹いっぱいなのに食べちゃう」
「ええで、全部食べても」
「ええぇ、一気に食べるのもったいないよ。せっかくホールで買ってくれたんだもん、明日の朝も食べたい……」

 幸せな悩みに頬を押さえる礼奈に笑ったところで、「あ、そうや」と思い出した。
 部屋の片隅に置いてあった紙袋を手にする。
 健人が置いていったあれや。
 礼奈が袋と俺を見比べてきょとんとした。

「なに? これ」
「健人からや」
「健人兄ぃ?」

 礼奈は途端に微妙な表情になった。

「……なんか変なもの入ってたりしない?」

 そうやろ、やっぱそう思うやろ。あいつの日頃の行いのせいやんな。
 内心大いに賛同しつつも、笑いをこらえる。

「礼奈が喜ぶもんや言うてたで」
「ほんとかなぁ……」

 考えるような顔の礼奈に、俺は笑った。

「俺もなんか買うてやれればよかったんやけど……今度また選びに行こうな」
「え、い、いいよ。今日だってたくさん準備してくれたし……栄太兄とは、一緒にいられればそれでいい」

 ふわんと微笑まれて、こっちまで笑顔が移る。
 はぁ……今日もほんまかわいい。
 礼奈は「よし」と気合いを入れて、慎重に紙袋を開いた。
 紙袋の中には白いきんちゃく状のラッピング。
 そのリボンをほどいて中をのぞいたとたん、礼奈の顔がぱっとほころぶ。

「ふわ!」

 なんやろと思えば、袋から出てきたのはタオル――いや、

「ふっわふわ! もっふもふ! 栄太兄、触ってみて!」

 礼奈に差し出されて触れたそれは、白いタオル地の服みたいや。
 確かにもふもふのふわふわで、さわり心地がたまらん。

「……癒やされるなぁ」
「だよね!」

 礼奈は嬉しそうに言いながら、それを広げた。
 白いパーカーと、セットらしい短パン。ルームウェアってやつやろう。

「え、今日これで寝る。パジャマにする」
「よかったな。風呂、湧いてるで。入っといで」
「うん」

 大きくうなずくと、礼奈は嬉しそうに洗面所へ向かった。
 礼奈が喜ぶ、ちゅうのは正解やったなぁ、と健人の言葉を思い返す。
 けど、俺が喜ぶっちゅうのはどういうこっちゃろ――

 ――俺の想像力が不足してただけや、ちゅうのは、礼奈が出て来てすぐに分かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

皇帝陛下は皇妃を可愛がる~俺の可愛いお嫁さん、今日もいっぱい乱れてね?~

一ノ瀬 彩音
恋愛
ある国の皇帝である主人公は、とある理由から妻となったヒロインに毎日のように夜伽を命じる。 だが、彼女は恥ずかしいのか、いつも顔を真っ赤にして拒むのだ。 そんなある日、彼女はついに自分から求めるようになるのだが……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

処理中です...