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.最終話 マイ・リトル・プリンセス
98 マイ・リトル・プリンセス
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「礼奈~。来たで」
「あ、うん」
部屋のドアを開けると、礼奈はコットから顔を上げて微笑んだ。
1ヶ月前にバッサリ切ったショートカットは、初めての短さやそうやけどよう似合ってる。病院から借りただぼっとしたパジャマの腹部には、三日前まであった膨らみはない。
その代わり、手を添えたコットの中のタオルから、小さな小さな手が見えた。
「礼奈ちゃん、お疲れさま。おめでとう」
後ろから母さんが入ってくる。ついさっき、新幹線で関東に来たばっかりや。
「わぁ、小さいなぁ。こんな小さいもんやったっけ」
「孝次郎くん、栄太郎のときも仕事忙しくてそれどころじゃなかったもんね」
父さんのコメントに母さんが笑って、礼奈がふたりによく見えるようにコットを動かす。
二日前に出てきたばかりの、俺たちの赤ん坊はすやすやと眠っている。
「どう、体調は?」
「大丈夫です。ようやく身体が軽くなりました。なんかお腹が動かなくなったから変な感じです」
「だよねぇ。ほんとお疲れさま」
母さんと会話を交わす横で、「お茶買うてきたで、入れとくな」と冷蔵庫にペットボトルを入れる。礼奈はありがとう、と答えて、机の上を示した。
「出生証明書、もらったよ」
「おおきに。俺も出生届もらってきたで。ここで書いてくな」
机借りるで、と言うと、うん、とうなずきが返ってきた。椅子に座ってペンを出す。クリアファイルから書類を出して、机に並べた。
「名前はもう、決まったの?」
「えっと、一応……」
母さんに聞かれて礼奈がうなずく。俺が筆を走らせるのを母さんが横で読み上げた。
「金田……一華ちゃん? あら、かわいいわね」
「せやろ! かわええやろ!」
俺の子やしな! 礼奈の子やしな! かわいいのがええよな!
「シンプルだけど、華のある名前がいいなと思って」
はにかむ礼奈に書類を確認してもらって、もう一度鞄にしまいこむと、コットの中を覗き込んだ。
「一華~。いーちか。いっちゃん」
「こら、栄太郎、起こさないの」
「ふふ、大丈夫ですよ」
礼奈が笑って、コットの中からバスタオルにくるまった赤ん坊を取り出す。
「一華ちゃん、お父さんだよ」
優しく声をかけると、俺の方へ差し出した。
「栄太郎、座って座って。落としたら怖い」
「大丈夫やて」
笑いながら、一応椅子に座って受け止める。ふにゃふにゃの顔とぎゅっと握った小さな手。顔が動いたと思ったら、あくびをしてそのまま眠る。
「明日からは家で過ごそうな。待っとるからな」
「やだ、栄太郎がパパしてる」
また失礼なことを平気で言うて、母さんが父さんの肩を叩いた。当然や、パパやもん。ふん、と鼻を鳴らして、髪の薄い頭に頬ずりした。
「一華。これからはお前が、俺のおひいさまや」
聞いた礼奈が「あら、妬けちゃう」と笑う。
その顔はもう立派に母親のそれや。じんと胸に暖かな衝動が広がった。
母さんが軽やかな笑い声をあげ、父さんが俺の背中を撫でる。低い声が、栄太郎、と俺の名を呼んだ。
「大事なもんがまた増えたな。きばりや」
「当然やろ」
父さんに笑って答えると、礼奈と目が合った。
カーテンの隙間から、春の日が部屋に入り込む。
礼奈の微笑みは女神のように輝いていた。
Fin.
「あ、うん」
部屋のドアを開けると、礼奈はコットから顔を上げて微笑んだ。
1ヶ月前にバッサリ切ったショートカットは、初めての短さやそうやけどよう似合ってる。病院から借りただぼっとしたパジャマの腹部には、三日前まであった膨らみはない。
その代わり、手を添えたコットの中のタオルから、小さな小さな手が見えた。
「礼奈ちゃん、お疲れさま。おめでとう」
後ろから母さんが入ってくる。ついさっき、新幹線で関東に来たばっかりや。
「わぁ、小さいなぁ。こんな小さいもんやったっけ」
「孝次郎くん、栄太郎のときも仕事忙しくてそれどころじゃなかったもんね」
父さんのコメントに母さんが笑って、礼奈がふたりによく見えるようにコットを動かす。
二日前に出てきたばかりの、俺たちの赤ん坊はすやすやと眠っている。
「どう、体調は?」
「大丈夫です。ようやく身体が軽くなりました。なんかお腹が動かなくなったから変な感じです」
「だよねぇ。ほんとお疲れさま」
母さんと会話を交わす横で、「お茶買うてきたで、入れとくな」と冷蔵庫にペットボトルを入れる。礼奈はありがとう、と答えて、机の上を示した。
「出生証明書、もらったよ」
「おおきに。俺も出生届もらってきたで。ここで書いてくな」
机借りるで、と言うと、うん、とうなずきが返ってきた。椅子に座ってペンを出す。クリアファイルから書類を出して、机に並べた。
「名前はもう、決まったの?」
「えっと、一応……」
母さんに聞かれて礼奈がうなずく。俺が筆を走らせるのを母さんが横で読み上げた。
「金田……一華ちゃん? あら、かわいいわね」
「せやろ! かわええやろ!」
俺の子やしな! 礼奈の子やしな! かわいいのがええよな!
「シンプルだけど、華のある名前がいいなと思って」
はにかむ礼奈に書類を確認してもらって、もう一度鞄にしまいこむと、コットの中を覗き込んだ。
「一華~。いーちか。いっちゃん」
「こら、栄太郎、起こさないの」
「ふふ、大丈夫ですよ」
礼奈が笑って、コットの中からバスタオルにくるまった赤ん坊を取り出す。
「一華ちゃん、お父さんだよ」
優しく声をかけると、俺の方へ差し出した。
「栄太郎、座って座って。落としたら怖い」
「大丈夫やて」
笑いながら、一応椅子に座って受け止める。ふにゃふにゃの顔とぎゅっと握った小さな手。顔が動いたと思ったら、あくびをしてそのまま眠る。
「明日からは家で過ごそうな。待っとるからな」
「やだ、栄太郎がパパしてる」
また失礼なことを平気で言うて、母さんが父さんの肩を叩いた。当然や、パパやもん。ふん、と鼻を鳴らして、髪の薄い頭に頬ずりした。
「一華。これからはお前が、俺のおひいさまや」
聞いた礼奈が「あら、妬けちゃう」と笑う。
その顔はもう立派に母親のそれや。じんと胸に暖かな衝動が広がった。
母さんが軽やかな笑い声をあげ、父さんが俺の背中を撫でる。低い声が、栄太郎、と俺の名を呼んだ。
「大事なもんがまた増えたな。きばりや」
「当然やろ」
父さんに笑って答えると、礼奈と目が合った。
カーテンの隙間から、春の日が部屋に入り込む。
礼奈の微笑みは女神のように輝いていた。
Fin.
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