マイ・リトル・プリンセス

松丹子

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.6 重なる道

28 再会

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 年明け、毎年恒例の新年会で鎌倉に集まった。イトコも久々に勢揃いすることになり、俺は大晦日から祖父母の家で過ごし、準備を手伝う。
 当日、続々と集まってきたイトコたちと声を交わした。相変わらず研究に没頭している翔太、四月から消防士になった悠人、就職先が決まった健人と朝子、そして――
 久々に会うた礼奈の姿に、一瞬、目を奪われた。

 ――なんや……えらい綺麗になったな。

 前に会うたときにはまだ少女の名残が残ってたはずやのに、すっかり女になってはる。

 ――大事にされてるんやろうな。

 俺も三十年ちょい、無駄に生きてきたわけやない。それくらいのことは分かるつもりや。
 じわりと、寂しさが胸に広がった。
 彼氏とうまく行ってるのやったら、俺のことなんかもう、お役ごめんやな。
 やっぱり、おひいさまの相手は、俺やなかったっちゅうこっちゃ。
 頭のどこかで分かってたはずのことやのに、切なさを感じる。そんな自分の情けなさに自嘲の苦笑が浮かんだ。
 それでも、転職という目標をひとつ、達成できてよかったわ。そうやなかったら、顔向けできへんかったかもしれん。

 礼奈はわざとかどうか、あまり俺と目を合わせへん。
 思春期のときの棘のある態度とはまた違う、ぎこちない態度。
 さすがに、俺もそれにいちいち絡んでいくほど、デリカシーに欠けるつもりはない。今までと変わらん調子で振る舞いつつ、礼奈の様子に、二年前の約束を思い出していた。

 ――二十歳になったら、もう一度話をしよう。

 あの話は無し、ちゅうことやろか。
 それなら、それでもええ。仕方ない。
 礼奈の二十歳の誕生日まで、あと二ヶ月半。俺にとってはあっという間の二年やったけど、やっぱり礼奈にとっては長い二年やったっちゅうこっちゃ。
 そう割り切れば、逆に腹が据わった。
 どうせ、元に戻るだけや。何の繋がりもなくなるわけやない。
 これからも、ただの従兄妹として、礼奈と接すればええ。
 いずれは礼奈も、また元のように話しかけてもくれるやろう。一度ぎこちなくなった思春期を経て、また話しかけてくれるようになったように。きっと、時間が解決してくれる。

 座卓にイトコたちが集まっているのを見ながら、俺はじいちゃんばあちゃんと食卓に陣取った。
 久々に全員が集まったからか、いつもより賑やかに感じる。イトコたちはわいわいと盛り上がり、健人が悠人に絡んどるのが見えた。
 ほんま他人をいじるのが好きなやっちゃな。健人のやつ、役所に内定もらったて言うてたけど、あんなで大丈夫か?
 呆れていたら、朝子の短い悲鳴が聞こえた。

「何や、どうした?」
「ごめん、栄太兄、タオルある?」

 悠人が困りきった顔を上げる。俺はうなずいた。

「待っとき。持ってくる。ばあちゃん、タオル借りるで」
「はいはい、どうぞ」

 台所に入ると、戸棚からフェイスタオルを数枚取り出した。
 一枚を朝子に渡して、床やテーブルを拭いてやる。

「災難やったな。まさか悠人がビールかけしはると思わんかったわ」
「やだな、そんなことしてないよ。ただ私がこぼしちゃっただけ」

 俺の冗談に答える朝子のタイツは、濡れて色が濃くなっとる。

「足も濡れとるやん。ばあちゃんの服、借りとったら」
「いいよ……よくないか。他のとこが濡れちゃうかな」

 朝子は独り言のように呟いて、ゆっくり立ち上がった。足元を見下ろして「わ」と顔を歪める。
 驚くのも分かるわ。ほんま、びちょびちょやん。
 床を濡らさないようにと、爪先立ちになる朝子に手を差し出した。
 足が濡れとる上につま先で歩いたら転んでまいそうや。

「ごめん、ありがと」

 朝子が俺の手に手を添えて歩き出した。「ばあちゃん、着替え貸したって」と声をかけると、祖母がうなずいて立ち上がった。
 朝子が着替える間に、床やら何やらを拭いたタオルを洗面所に持って行った。
 そのままやとビール臭くなりそうやからな。冷たい水で下洗いを済ませ、水を張ったバケツに浸して、風呂場に置いておく。
 洗濯はあとですればええやろ。
 そういえば、朝子の服は大丈夫やろか。スカート、ウール素材に見えたけど。よう似合ってたのに、かわいそうに――
 居間に戻ると、急に人が減ったように感じた。
 いないのは朝子と、ばあちゃんと……あれ?

「礼奈は?」
「なんか、買い物にコンビニ行くって」

 悠人は答えて、不思議そうに首をかしげた。

「泣きそうだったんだけど、どうしたんだろうね」

 おっとり言われて、思わず絶句した。
 ――いやいや、泣きそうって。どういうこっちゃい!

「でも、どこまで行ったのかなぁ。コンビニにしては、まだ帰ってこないね」

 なんやねんそれ!
 こいつもまた、不安をあおるようなことをおっとりと、平気な顔で……!
 苦い顔でスマホを取り出す。「そんなら、連絡して……」と指を滑らせたとき、

「スマホここだよ」

 健人の声がした。指さす先を見やれば、確かに机の上にはスマホ。
 女子らしいカバーがつけてあるそれは、礼奈のものやろう。
 連絡できへんやん……。
 俺はがっくり肩を落とした。
 一連の様子を見ていた健人は、さもおかしそうに笑って、俺の肩を叩いた。

「大丈夫だって、放っときなよ」
「何でやねん! お前心配やないんか!」
「だって、もう子どもじゃないんだしさぁ」

 そりゃそうや、子どもやない。
 けど――だからこそ、危ないこともあるやんか!
 正月といえば朝から酒を飲んでる奴も多い。気が大きくなった酔っぱらいに絡まれでもしたらどうすんねん!
 かわいい礼奈が! 怖い目に遇うたら! どうすんねん!
 想像したらいてもたってもいられへん。礼奈は俺が守ったる! なんのために母さんに鍛えられた思てんねん!

 俺は据わった目で健人を睨みつけた。

「……探してくる」
「えっ?」
「お前、ここおって。もし、帰ってきたら俺に連絡せえ」

 いらいらしながらスマホをポケットに突っ込むと、健人が戸惑ったような顔をした。

「マジ? ちょ、栄太兄、ほんと、そんな心配しなくても……」
「何もないならそれでええねん」

 そうや、それならそれでええ。けど、心配なもんは心配なんや。――じっとしてられるか!

「行ってくる。ほな、よろしくな」
「栄太兄、せめてコート……!」

 健人の声が聞こえた気がしたけど、急いた気持ちのままドアを開く。
 ただただ、礼奈の無事を祈って、寒空の下へ滑り出た。
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