マイ・リトル・プリンセス

松丹子

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.3 まさかの本心

14 いたずらな天使

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 観覧車に乗るころには、さすがに俺も気持ちを整えた。
 なんやちょっと、急に大人びた従妹に戸惑ったけど、それだけや。
 変な言動したら、すぐお縄やからな。俺は兄貴も同然、兄貴も同然。健人になったつもりで接すればええやろ。そうや、今日は家族に用事があって、日中一緒にいてやれない、言うて俺のお呼びがかかったんやからな。あながち間違いやないわ。

「さて、こっから十五分か。結構あるな。――あ、そうやそうや」

 一度向き合って座った後で、思い出して礼奈の横に移動する。スマホのカメラを自分たちに向けて、写真を一枚。
 写りを確認すると、「うし。よう撮れてるわ」と健人に送信した。これまた、行った場所で証拠写真を送れっちゅう健人の指示や。
 あいつ、色々注文多いねん。前、礼奈の浴衣の写真を撮り忘れて母さんに怒られたし、忘れんうちに済ませとかなあかんなーと思うててん。
 若干テンパってる礼奈をそのまま、スマホをジャケットの内ポケットにしまう。
 ――忘れない内に、といえば。

「改めて、合格おめでとう」

 うつむきながら頷く礼奈に、すい、と箱を差し出す。

「先月のお詫びと、ホワイトデーのお返しと、誕生日プレゼント。……さすがに兼ねすぎやな?」

 俺が笑うと、礼奈は戸惑いながら受け取った。礼奈が包みを開ける合間に、俺は取りつくろうように補足した。

「何がええか分からんかったから、健人にも一緒に選んでもらったわ。俺の仕事用の時計と同じメーカーなんやけど……もし気に入らなければ変えるで」

 最近、なにかをプレゼントしても、なんや礼奈の反応がよくなくて、ちょっとしたトラウマやってん。
 気に入ってもらえるやろか。
 ドキドキしながら表情を伺う。
 中に入っているのは、腕時計。ピンクゴールドのチェーンに、エンジ色の文字盤。
 最後の二本までは健人にも協力してもらって、最後は俺が選んだ。
 箱を開けた礼奈が、一瞬じっとそれを見つめる。
 ……あかんかったか?
 思うた瞬間、はにかむように笑った。

「……かわいい」

 俺はほっと胸をなでおろす。「気に入ったか?」と問うと、礼奈はこくりと頷いた。
 ああ、よかった。礼奈が本当に嬉しそうにしてるのを見て、内心ガッツポーズした。
 健人にも、あとでお礼言っとかなあかんな。
 ひとりで頷きながら、改めて口を開く。

「それはそれとして、合格祝いはまた別な。ちなみに、もう決まっとるか? 決まってるなら今日買いに行ってもええし。まあ買わんでも、見に行ってみてもええし」

 礼奈の目が、不意に泳いだ。
 膝の上にある自分の手元と、俺の膝上にある俺の手を見る。
 そして、ごくり、と、唾を飲んだ。

「……栄太兄」

 呼ばれて、首を傾げる。

「ん?」

 なんやろ。ちゃんと聞いてるで。

「……合格祝い……」

 観覧車の箱の中が、不思議な緊張感に包まれる。
 うん? なんや??
 礼奈は息を吸って、消え入りそうな声で続けた。

「合格祝いに……栄太兄が欲しい」

 世界が固まった、気がした。

 ***

 えっ? 今、礼奈何て言うた? 合格祝い? 欲しいて? 俺? 俺が欲しい? どういうことや? 呪文か? 暗号か? 穴埋め問題か? 俺、の、何が欲しいて?
 男が女に、お前が欲しい、言うたら、そりゃ、あの、そういうことやろう。けど、女が男に言うときは、どういう意味になるんや? 同じ? いやありえへん、純粋無垢な礼奈が、そんな穢れたこと言うわけあらへん。じゃ何や? どういうことや? 本人に訊くか? いや、でもそれも変やな。だいたい、俺は男の分類なのか? 従兄、いやほとんど叔父みたいなもんやないか。姪が叔父に欲しいて言うたら――どんな意味になんねん、分からへんわ!

 混乱しているうちに、観覧車を降りる順が来た。礼奈が先に降り、俺も慌てて続く。思考の方に気を取られて、着地がおぼつかずたたらを踏んだ。礼奈が慌てて俺の肘を持ってくれる。

「――危ない」

 華奢な腕。白い肌。桃色の爪。

「……大丈夫?」

 俺を見上げる、猫のような目。丸い頬。うっすらと歯列の見える、ピンク色の唇。
 俺は慌てて目を逸らした。

「あ、ああ。すまん」
「ううん……」

 礼奈は首を振って、そろり、と手を離しかけ、俺を見上げた。

「な、何や?」

 動揺で、声がどもる。礼奈は気恥ずかしそうに、首を傾げた。

「……手、繋いでい?」

 ~~~~~っ……!!!
 悶え死ぬ!!!

 ――がしかし、俺はぐっと歯を食いしばった。

「れ、礼奈。あかんで」
「……何が?」

 礼奈がまた、こてっと首を傾げる。
 かわええ。ほんまかわええ。
 頭がお花畑になりそうになる。
 が、ここは年長者として、びしっと言わなあかん。
 俺は真剣な顔をして、じっと礼奈を見つめた。

「――そういう冗談で人を困らせるのは、あかん」

 礼奈は一瞬、ぼかんとして、ああ、と頷いた。

「冗談じゃないよ?」

 首を傾げた礼奈が、疑問形で返す。
 何で疑問形やねん! ……かわええやんか!!

「え、ちょ、いや、あの」

 俺が言葉にならない声を出している間に、礼奈は俺の手を――恋人握りして、ぐい、と引っ張った。
 楽し気に振り向く、天真爛漫な笑顔。
 ――俺の顔が熱を持つ。

「次は? 道、混んでるかな。もう帰った方がいいかも?」
「そ、そうやな……」

 手が、汗ばんでるのが分かる。い、一度、手離そうか。三十路男の手に汗なんて、気持ち悪いやん。絶対、気持ち悪いやろ。
 でも、礼奈は離そうとしない。小さな身体で、俺を引っ張る。
 後ろに結わえたポニーテールが、子猫のしっぽのように揺れて、俺を翻弄する。

「車、どこだっけ。この辺?」
「ああ、ええと……」

 動揺しまくっている俺に、礼奈は心配そうな顔を向けた。

「栄太兄、運転、できる?」
「あ、当たり前やろ!」

 く、くそっ。何で十二も下の従妹に、心配されなあかんねん!
 何で――何で俺、こんなに動揺してんねん。
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