14 / 100
.3 まさかの本心
14 いたずらな天使
しおりを挟む
観覧車に乗るころには、さすがに俺も気持ちを整えた。
なんやちょっと、急に大人びた従妹に戸惑ったけど、それだけや。
変な言動したら、すぐお縄やからな。俺は兄貴も同然、兄貴も同然。健人になったつもりで接すればええやろ。そうや、今日は家族に用事があって、日中一緒にいてやれない、言うて俺のお呼びがかかったんやからな。あながち間違いやないわ。
「さて、こっから十五分か。結構あるな。――あ、そうやそうや」
一度向き合って座った後で、思い出して礼奈の横に移動する。スマホのカメラを自分たちに向けて、写真を一枚。
写りを確認すると、「うし。よう撮れてるわ」と健人に送信した。これまた、行った場所で証拠写真を送れっちゅう健人の指示や。
あいつ、色々注文多いねん。前、礼奈の浴衣の写真を撮り忘れて母さんに怒られたし、忘れんうちに済ませとかなあかんなーと思うててん。
若干テンパってる礼奈をそのまま、スマホをジャケットの内ポケットにしまう。
――忘れない内に、といえば。
「改めて、合格おめでとう」
うつむきながら頷く礼奈に、すい、と箱を差し出す。
「先月のお詫びと、ホワイトデーのお返しと、誕生日プレゼント。……さすがに兼ねすぎやな?」
俺が笑うと、礼奈は戸惑いながら受け取った。礼奈が包みを開ける合間に、俺は取りつくろうように補足した。
「何がええか分からんかったから、健人にも一緒に選んでもらったわ。俺の仕事用の時計と同じメーカーなんやけど……もし気に入らなければ変えるで」
最近、なにかをプレゼントしても、なんや礼奈の反応がよくなくて、ちょっとしたトラウマやってん。
気に入ってもらえるやろか。
ドキドキしながら表情を伺う。
中に入っているのは、腕時計。ピンクゴールドのチェーンに、エンジ色の文字盤。
最後の二本までは健人にも協力してもらって、最後は俺が選んだ。
箱を開けた礼奈が、一瞬じっとそれを見つめる。
……あかんかったか?
思うた瞬間、はにかむように笑った。
「……かわいい」
俺はほっと胸をなでおろす。「気に入ったか?」と問うと、礼奈はこくりと頷いた。
ああ、よかった。礼奈が本当に嬉しそうにしてるのを見て、内心ガッツポーズした。
健人にも、あとでお礼言っとかなあかんな。
ひとりで頷きながら、改めて口を開く。
「それはそれとして、合格祝いはまた別な。ちなみに、もう決まっとるか? 決まってるなら今日買いに行ってもええし。まあ買わんでも、見に行ってみてもええし」
礼奈の目が、不意に泳いだ。
膝の上にある自分の手元と、俺の膝上にある俺の手を見る。
そして、ごくり、と、唾を飲んだ。
「……栄太兄」
呼ばれて、首を傾げる。
「ん?」
なんやろ。ちゃんと聞いてるで。
「……合格祝い……」
観覧車の箱の中が、不思議な緊張感に包まれる。
うん? なんや??
礼奈は息を吸って、消え入りそうな声で続けた。
「合格祝いに……栄太兄が欲しい」
世界が固まった、気がした。
***
えっ? 今、礼奈何て言うた? 合格祝い? 欲しいて? 俺? 俺が欲しい? どういうことや? 呪文か? 暗号か? 穴埋め問題か? 俺、の、何が欲しいて?
男が女に、お前が欲しい、言うたら、そりゃ、あの、そういうことやろう。けど、女が男に言うときは、どういう意味になるんや? 同じ? いやありえへん、純粋無垢な礼奈が、そんな穢れたこと言うわけあらへん。じゃ何や? どういうことや? 本人に訊くか? いや、でもそれも変やな。だいたい、俺は男の分類なのか? 従兄、いやほとんど叔父みたいなもんやないか。姪が叔父に欲しいて言うたら――どんな意味になんねん、分からへんわ!
混乱しているうちに、観覧車を降りる順が来た。礼奈が先に降り、俺も慌てて続く。思考の方に気を取られて、着地がおぼつかずたたらを踏んだ。礼奈が慌てて俺の肘を持ってくれる。
「――危ない」
華奢な腕。白い肌。桃色の爪。
「……大丈夫?」
俺を見上げる、猫のような目。丸い頬。うっすらと歯列の見える、ピンク色の唇。
俺は慌てて目を逸らした。
「あ、ああ。すまん」
「ううん……」
礼奈は首を振って、そろり、と手を離しかけ、俺を見上げた。
「な、何や?」
動揺で、声がどもる。礼奈は気恥ずかしそうに、首を傾げた。
「……手、繋いでい?」
~~~~~っ……!!!
悶え死ぬ!!!
――がしかし、俺はぐっと歯を食いしばった。
「れ、礼奈。あかんで」
「……何が?」
礼奈がまた、こてっと首を傾げる。
かわええ。ほんまかわええ。
頭がお花畑になりそうになる。
が、ここは年長者として、びしっと言わなあかん。
俺は真剣な顔をして、じっと礼奈を見つめた。
「――そういう冗談で人を困らせるのは、あかん」
礼奈は一瞬、ぼかんとして、ああ、と頷いた。
「冗談じゃないよ?」
首を傾げた礼奈が、疑問形で返す。
何で疑問形やねん! ……かわええやんか!!
「え、ちょ、いや、あの」
俺が言葉にならない声を出している間に、礼奈は俺の手を――恋人握りして、ぐい、と引っ張った。
楽し気に振り向く、天真爛漫な笑顔。
――俺の顔が熱を持つ。
「次は? 道、混んでるかな。もう帰った方がいいかも?」
「そ、そうやな……」
手が、汗ばんでるのが分かる。い、一度、手離そうか。三十路男の手に汗なんて、気持ち悪いやん。絶対、気持ち悪いやろ。
でも、礼奈は離そうとしない。小さな身体で、俺を引っ張る。
後ろに結わえたポニーテールが、子猫のしっぽのように揺れて、俺を翻弄する。
「車、どこだっけ。この辺?」
「ああ、ええと……」
動揺しまくっている俺に、礼奈は心配そうな顔を向けた。
「栄太兄、運転、できる?」
「あ、当たり前やろ!」
く、くそっ。何で十二も下の従妹に、心配されなあかんねん!
何で――何で俺、こんなに動揺してんねん。
なんやちょっと、急に大人びた従妹に戸惑ったけど、それだけや。
変な言動したら、すぐお縄やからな。俺は兄貴も同然、兄貴も同然。健人になったつもりで接すればええやろ。そうや、今日は家族に用事があって、日中一緒にいてやれない、言うて俺のお呼びがかかったんやからな。あながち間違いやないわ。
「さて、こっから十五分か。結構あるな。――あ、そうやそうや」
一度向き合って座った後で、思い出して礼奈の横に移動する。スマホのカメラを自分たちに向けて、写真を一枚。
写りを確認すると、「うし。よう撮れてるわ」と健人に送信した。これまた、行った場所で証拠写真を送れっちゅう健人の指示や。
あいつ、色々注文多いねん。前、礼奈の浴衣の写真を撮り忘れて母さんに怒られたし、忘れんうちに済ませとかなあかんなーと思うててん。
若干テンパってる礼奈をそのまま、スマホをジャケットの内ポケットにしまう。
――忘れない内に、といえば。
「改めて、合格おめでとう」
うつむきながら頷く礼奈に、すい、と箱を差し出す。
「先月のお詫びと、ホワイトデーのお返しと、誕生日プレゼント。……さすがに兼ねすぎやな?」
俺が笑うと、礼奈は戸惑いながら受け取った。礼奈が包みを開ける合間に、俺は取りつくろうように補足した。
「何がええか分からんかったから、健人にも一緒に選んでもらったわ。俺の仕事用の時計と同じメーカーなんやけど……もし気に入らなければ変えるで」
最近、なにかをプレゼントしても、なんや礼奈の反応がよくなくて、ちょっとしたトラウマやってん。
気に入ってもらえるやろか。
ドキドキしながら表情を伺う。
中に入っているのは、腕時計。ピンクゴールドのチェーンに、エンジ色の文字盤。
最後の二本までは健人にも協力してもらって、最後は俺が選んだ。
箱を開けた礼奈が、一瞬じっとそれを見つめる。
……あかんかったか?
思うた瞬間、はにかむように笑った。
「……かわいい」
俺はほっと胸をなでおろす。「気に入ったか?」と問うと、礼奈はこくりと頷いた。
ああ、よかった。礼奈が本当に嬉しそうにしてるのを見て、内心ガッツポーズした。
健人にも、あとでお礼言っとかなあかんな。
ひとりで頷きながら、改めて口を開く。
「それはそれとして、合格祝いはまた別な。ちなみに、もう決まっとるか? 決まってるなら今日買いに行ってもええし。まあ買わんでも、見に行ってみてもええし」
礼奈の目が、不意に泳いだ。
膝の上にある自分の手元と、俺の膝上にある俺の手を見る。
そして、ごくり、と、唾を飲んだ。
「……栄太兄」
呼ばれて、首を傾げる。
「ん?」
なんやろ。ちゃんと聞いてるで。
「……合格祝い……」
観覧車の箱の中が、不思議な緊張感に包まれる。
うん? なんや??
礼奈は息を吸って、消え入りそうな声で続けた。
「合格祝いに……栄太兄が欲しい」
世界が固まった、気がした。
***
えっ? 今、礼奈何て言うた? 合格祝い? 欲しいて? 俺? 俺が欲しい? どういうことや? 呪文か? 暗号か? 穴埋め問題か? 俺、の、何が欲しいて?
男が女に、お前が欲しい、言うたら、そりゃ、あの、そういうことやろう。けど、女が男に言うときは、どういう意味になるんや? 同じ? いやありえへん、純粋無垢な礼奈が、そんな穢れたこと言うわけあらへん。じゃ何や? どういうことや? 本人に訊くか? いや、でもそれも変やな。だいたい、俺は男の分類なのか? 従兄、いやほとんど叔父みたいなもんやないか。姪が叔父に欲しいて言うたら――どんな意味になんねん、分からへんわ!
混乱しているうちに、観覧車を降りる順が来た。礼奈が先に降り、俺も慌てて続く。思考の方に気を取られて、着地がおぼつかずたたらを踏んだ。礼奈が慌てて俺の肘を持ってくれる。
「――危ない」
華奢な腕。白い肌。桃色の爪。
「……大丈夫?」
俺を見上げる、猫のような目。丸い頬。うっすらと歯列の見える、ピンク色の唇。
俺は慌てて目を逸らした。
「あ、ああ。すまん」
「ううん……」
礼奈は首を振って、そろり、と手を離しかけ、俺を見上げた。
「な、何や?」
動揺で、声がどもる。礼奈は気恥ずかしそうに、首を傾げた。
「……手、繋いでい?」
~~~~~っ……!!!
悶え死ぬ!!!
――がしかし、俺はぐっと歯を食いしばった。
「れ、礼奈。あかんで」
「……何が?」
礼奈がまた、こてっと首を傾げる。
かわええ。ほんまかわええ。
頭がお花畑になりそうになる。
が、ここは年長者として、びしっと言わなあかん。
俺は真剣な顔をして、じっと礼奈を見つめた。
「――そういう冗談で人を困らせるのは、あかん」
礼奈は一瞬、ぼかんとして、ああ、と頷いた。
「冗談じゃないよ?」
首を傾げた礼奈が、疑問形で返す。
何で疑問形やねん! ……かわええやんか!!
「え、ちょ、いや、あの」
俺が言葉にならない声を出している間に、礼奈は俺の手を――恋人握りして、ぐい、と引っ張った。
楽し気に振り向く、天真爛漫な笑顔。
――俺の顔が熱を持つ。
「次は? 道、混んでるかな。もう帰った方がいいかも?」
「そ、そうやな……」
手が、汗ばんでるのが分かる。い、一度、手離そうか。三十路男の手に汗なんて、気持ち悪いやん。絶対、気持ち悪いやろ。
でも、礼奈は離そうとしない。小さな身体で、俺を引っ張る。
後ろに結わえたポニーテールが、子猫のしっぽのように揺れて、俺を翻弄する。
「車、どこだっけ。この辺?」
「ああ、ええと……」
動揺しまくっている俺に、礼奈は心配そうな顔を向けた。
「栄太兄、運転、できる?」
「あ、当たり前やろ!」
く、くそっ。何で十二も下の従妹に、心配されなあかんねん!
何で――何で俺、こんなに動揺してんねん。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
皇帝陛下は皇妃を可愛がる~俺の可愛いお嫁さん、今日もいっぱい乱れてね?~
一ノ瀬 彩音
恋愛
ある国の皇帝である主人公は、とある理由から妻となったヒロインに毎日のように夜伽を命じる。
だが、彼女は恥ずかしいのか、いつも顔を真っ赤にして拒むのだ。
そんなある日、彼女はついに自分から求めるようになるのだが……。
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる