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.2 イトコたち
11 初恋の相手
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新年会は夕方にお開きになった。俺はそのまま鎌倉に泊まって、後片付けやら何やらを手伝う予定や。
あらかたはみんなで片付けるけど、細々したところは誰かいた方がええからな。こういうときくらい、じいちゃんばあちゃん孝行せなあかん。
「じゃあな、栄太郎。また」
「栄太兄、またねー」
「おう、礼奈によろしく」
政人と健人、彩乃さん、そして長男の悠人が去って行くのを見送る。
次いで隼人兄ちゃんの一家や。
あまり話せんかった隼人兄ちゃんが、俺に微笑んだ。
「栄太郎、お疲れさま。姉さんたちは元気だった?」
「元気やったで、もちろん」
「そう。香子ちゃんも、また奈良に行きたいって言ってたよ。そのときはよろしくね」
「母さんに言うとくわ。たぶん、喜ぶで」
隼人兄ちゃんと香子さんが話しながら出ていく後ろを、従兄妹の翔太と朝子がついていく。
「じゃ、栄太郎お兄ちゃん。おやすみなさい」
きちん、と頭を下げる朝子に微笑んで「おやすみ」と答える。
最後に会ってから一年も経ってないけど、えらい大人びたような気がするわ。
ちょいちょいと袖を引いて、声を潜める。
「朝子……もしかして、気になるやつでもできたか?」
「まさか。なんで?」
「いや、なんとなく」
朝子が笑うのを見て、兄の翔太も眼鏡の奥の目を細めた。
「女子校じゃ出会いがないって嘆いてうるさいくらいだよ」
「うるさいなぁ」
朝子と肘で突き合いながら外へ出ていく。
ええなぁ、きょうだいっちゅうのは。
やっぱり、うらやましいもんや。
***
朝子と最後に会ったのは、合格祝いに二人で出掛けたときやった。
俺はイトコの中で最年長なこともあり、大学の入学祝いに、みんなの希望を聞いてやることにしとる。
悠人は隼人兄ちゃんとの食事、翔太は何やよう分からん専門書。健人は俺の家に泊まりに来て雑談してったが、朝子が望んだのは、俺との”デート”やった。
男と二人で出かけたことがないと言う朝子と、都内を一緒に散策した。何もせえへんのも味気ないなと思て、気に入ってそうやった安価なアクセサリーを一つ買うてやった。
朝子は嬉しそうな顔をして、その日は珍しいほど多弁やった。
「でも、なんで俺やったん? 悠人とか健人じゃリアルすぎるか?」
「ううん、そうじゃなくて」
帰路にそう聞いたとき、朝子は照れ臭そうに笑った。
「私、栄太郎お兄ちゃんが初恋だったから。思い出っていうか……もし、栄太郎お兄ちゃんの彼女になってたら、こんな感じかなーって、体験してみたかったの」
俺は言われて目を丸くした。
「そんな言うて、小さいときの話やろ?」
「小さいかなぁ。でも、中学くらいまでは好きだったよ。だから、ちょこちょこ理由作って連絡してたじゃない。就活がんばってー、とか、仕事慣れた? とか……覚えてない?」
……覚えてへんなぁ。
俺は思わず目を逸らした。これじゃ彼女もできへんわけや。我ながら呆れるわ。
「ま、いいけどね。でも、楽しかった。やっぱり栄太郎お兄ちゃんといると楽しい。そういう人と出会えるといいな――出会ったら、相談に乗ってね、栄太郎お兄ちゃん」
そう言って笑う朝子は、もう立派に一人の女やって、俺は感心したもんやった。
そうやって、女は巣立っていくんやなぁなんて。
――やっぱり父親気分なのかもしれん。
***
二家族が出ていくのを見送った俺は、祖父母のために風呂を洗うた。
バスタブをスポンジでこすり、洗いあげて立ち上がる。
上体を屈めていたから、腰に来た。「痛てて……」と思わず腰に手をやる。
これじゃ本格的にオッサンやな。ちゃんと鍛えとかなあかんわ。
はぁー、と思わずため息をついて、給湯ボタンを押すと浴室を出た。
ほんま、朝子もようこんなオッサンとデートしようなんて思うたもんや。
初恋――なんて甘酸っぱいこと言われたら、オッサンとはいえ思わずときめいたのは事実で。
俺にとっても、なんや楽しい思い出として、あの日のことは残ってる。
――礼奈は、誰が初恋なんやろ。
疑問が浮かんでから、思い直した。
そうや、あいつは自分の父親――政人が理想なはずやな。「初恋の人はお父さん!」なんて、平気で言うかもしれん。
政人に敵う男やなんて、なかなか居ぃへんやろうに。要求レベル高くなりそうやな。
あいつもあいつで、難儀な人生を背負うたもんや。影響的には、俺が母さんのせいで女性恐怖症になったのと近しいくらいなもんや。それがポジティブなイメージか、ネガティブなイメージか、っちゅう違いはあるけどな。
風呂が湧けたら、先に祖父母に入ってもらった。俺が風呂を済ませて戻れば、もう夜も九時近い。
祖母とテレビを見ながら話しとったら、スマホに着信。見ると礼奈からや。
【お守り、たくさんありがとう。あと二ヶ月、がんばります】
二か月。――二か月、か。
俺はカレンダーを見て、ふむと頷く。
礼奈のことやから、ラストスパートも気を抜かずがんばるんやろう。
心配やけど、俺ができることは祈ることだけや。負担にならないよう、軽く返事をしておこう。
【がんばりすぎんよーにな。合格祝いは奮発するで】
合格祝い。
礼奈は何をリクエストするやろうか。
食事? モノ? それとも、朝子と同じように――
いやいや。と俺は苦笑して首を振る。
そりゃ、俺も礼奈と二人で出かけてみたい気はしなくもないけど。それはないやろ。
そう、思っていたのに、ひょんなことから、二人で出かけることになったのは、それから三か月後のことやった。
あらかたはみんなで片付けるけど、細々したところは誰かいた方がええからな。こういうときくらい、じいちゃんばあちゃん孝行せなあかん。
「じゃあな、栄太郎。また」
「栄太兄、またねー」
「おう、礼奈によろしく」
政人と健人、彩乃さん、そして長男の悠人が去って行くのを見送る。
次いで隼人兄ちゃんの一家や。
あまり話せんかった隼人兄ちゃんが、俺に微笑んだ。
「栄太郎、お疲れさま。姉さんたちは元気だった?」
「元気やったで、もちろん」
「そう。香子ちゃんも、また奈良に行きたいって言ってたよ。そのときはよろしくね」
「母さんに言うとくわ。たぶん、喜ぶで」
隼人兄ちゃんと香子さんが話しながら出ていく後ろを、従兄妹の翔太と朝子がついていく。
「じゃ、栄太郎お兄ちゃん。おやすみなさい」
きちん、と頭を下げる朝子に微笑んで「おやすみ」と答える。
最後に会ってから一年も経ってないけど、えらい大人びたような気がするわ。
ちょいちょいと袖を引いて、声を潜める。
「朝子……もしかして、気になるやつでもできたか?」
「まさか。なんで?」
「いや、なんとなく」
朝子が笑うのを見て、兄の翔太も眼鏡の奥の目を細めた。
「女子校じゃ出会いがないって嘆いてうるさいくらいだよ」
「うるさいなぁ」
朝子と肘で突き合いながら外へ出ていく。
ええなぁ、きょうだいっちゅうのは。
やっぱり、うらやましいもんや。
***
朝子と最後に会ったのは、合格祝いに二人で出掛けたときやった。
俺はイトコの中で最年長なこともあり、大学の入学祝いに、みんなの希望を聞いてやることにしとる。
悠人は隼人兄ちゃんとの食事、翔太は何やよう分からん専門書。健人は俺の家に泊まりに来て雑談してったが、朝子が望んだのは、俺との”デート”やった。
男と二人で出かけたことがないと言う朝子と、都内を一緒に散策した。何もせえへんのも味気ないなと思て、気に入ってそうやった安価なアクセサリーを一つ買うてやった。
朝子は嬉しそうな顔をして、その日は珍しいほど多弁やった。
「でも、なんで俺やったん? 悠人とか健人じゃリアルすぎるか?」
「ううん、そうじゃなくて」
帰路にそう聞いたとき、朝子は照れ臭そうに笑った。
「私、栄太郎お兄ちゃんが初恋だったから。思い出っていうか……もし、栄太郎お兄ちゃんの彼女になってたら、こんな感じかなーって、体験してみたかったの」
俺は言われて目を丸くした。
「そんな言うて、小さいときの話やろ?」
「小さいかなぁ。でも、中学くらいまでは好きだったよ。だから、ちょこちょこ理由作って連絡してたじゃない。就活がんばってー、とか、仕事慣れた? とか……覚えてない?」
……覚えてへんなぁ。
俺は思わず目を逸らした。これじゃ彼女もできへんわけや。我ながら呆れるわ。
「ま、いいけどね。でも、楽しかった。やっぱり栄太郎お兄ちゃんといると楽しい。そういう人と出会えるといいな――出会ったら、相談に乗ってね、栄太郎お兄ちゃん」
そう言って笑う朝子は、もう立派に一人の女やって、俺は感心したもんやった。
そうやって、女は巣立っていくんやなぁなんて。
――やっぱり父親気分なのかもしれん。
***
二家族が出ていくのを見送った俺は、祖父母のために風呂を洗うた。
バスタブをスポンジでこすり、洗いあげて立ち上がる。
上体を屈めていたから、腰に来た。「痛てて……」と思わず腰に手をやる。
これじゃ本格的にオッサンやな。ちゃんと鍛えとかなあかんわ。
はぁー、と思わずため息をついて、給湯ボタンを押すと浴室を出た。
ほんま、朝子もようこんなオッサンとデートしようなんて思うたもんや。
初恋――なんて甘酸っぱいこと言われたら、オッサンとはいえ思わずときめいたのは事実で。
俺にとっても、なんや楽しい思い出として、あの日のことは残ってる。
――礼奈は、誰が初恋なんやろ。
疑問が浮かんでから、思い直した。
そうや、あいつは自分の父親――政人が理想なはずやな。「初恋の人はお父さん!」なんて、平気で言うかもしれん。
政人に敵う男やなんて、なかなか居ぃへんやろうに。要求レベル高くなりそうやな。
あいつもあいつで、難儀な人生を背負うたもんや。影響的には、俺が母さんのせいで女性恐怖症になったのと近しいくらいなもんや。それがポジティブなイメージか、ネガティブなイメージか、っちゅう違いはあるけどな。
風呂が湧けたら、先に祖父母に入ってもらった。俺が風呂を済ませて戻れば、もう夜も九時近い。
祖母とテレビを見ながら話しとったら、スマホに着信。見ると礼奈からや。
【お守り、たくさんありがとう。あと二ヶ月、がんばります】
二か月。――二か月、か。
俺はカレンダーを見て、ふむと頷く。
礼奈のことやから、ラストスパートも気を抜かずがんばるんやろう。
心配やけど、俺ができることは祈ることだけや。負担にならないよう、軽く返事をしておこう。
【がんばりすぎんよーにな。合格祝いは奮発するで】
合格祝い。
礼奈は何をリクエストするやろうか。
食事? モノ? それとも、朝子と同じように――
いやいや。と俺は苦笑して首を振る。
そりゃ、俺も礼奈と二人で出かけてみたい気はしなくもないけど。それはないやろ。
そう、思っていたのに、ひょんなことから、二人で出かけることになったのは、それから三か月後のことやった。
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