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.2 イトコたち
08 父性の芽生え?
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「いや、でもさー。多分、イトコん中で俺だけよ、経験済みなの」
夕飯を食べて、シャワーを浴びて。さあ寝るかという段になって、健人が思い出したように言った。
なんやこいつ、あれからずっと考えとったんか。
歯磨きに向かおうとしていた俺は足を止めて振り返る。
「もうええで、その話は……」
「いや、なんか気になってさ」
健人は言って、ごろんと布団に横たわる。こいつが行き来するようになってから、安い布団を買っておいてあるのだ。ベッドの隣に敷いて、何やかやと話しながら寝ることが多い。だいたい、仕事で疲れた俺が先に寝落ちするんやけど。
「……ふ、あはははは」
「今度は何やの」
呆れて健人を見ると、健人はまた腹を抱えて笑っていた。
「いや、それなら、礼奈に弁解しとかないとなと思って」
「何が?」
「だってさ、栄太兄のこと、チャラいとかなんとか言ってたのよ。堅実なおつき合いしてたみたいよ、って言ったら、少しは印象もマシになるんじゃない?」
俺は思わず眉を寄せた。礼奈の印象が悪くなるのはいただけへんけど、わざわざ童貞をバラすのもおかしな話やろ。
「いろいろ言わんといてくれ。お前が口出しすると、ろくなことないわ」
「あ、言ったな。――まあでも、確かにそうかも」
礼奈といえば、と思い出す。高三の年末といえば、もう受験勉強も大詰めのはずや。
「礼奈、勉強がんばっとるか?」
「うん、がんばってるみたいよ」
「やつれたりしてへん?」
「してないっしょ、たぶん」
テキトーやな! お前それでも兄貴か!
俺はむっとして健人に迫った。
「お前、心配やないんか?」
「まーだって、なるようになるっしょ」
「そりゃ、そうやけど……!」
眉を寄せると、健人はあっけらかんと笑う。
「そんな心配なら、神頼みでもしてあげれば。あいつ、周りにあれこれ言われるの嫌がるし、お守りでも渡してさ、応援してるよーって伝えてやればいいじゃん」
言うだけ言うて、従弟はあっさり眠りについた。「おやすみー」て言うたかと思たら、ほんま三秒くらいで寝息を立て始める。
どんだけ器用やねん! 羨ましいな!
俺はイライラしながら、健人の言葉を思い出していた。
神頼み。神頼みか……。
歯磨きをしに洗面所に立つ。もうほとんど消えた爪痕が、うっすらと頬に残っていた。
……ついでに、厄除けでもしとくか。
一年の穢れは、払ってから年越しを迎えるがよさそうや。
あの女、平気で呪ってきそうやったもんな――
狡猾な目を思い出してまたぞっとした。ぶるっと震えて、ため息をつく。
はー、それにしても、ほんとえらい目に遭うたわ。
年末には奈良の実家に帰るつもりや。せっかくやし、礼奈にお守りも買ってやろう。京都や奈良はなかなか行けへんやろうし、何より、気休めになる。――俺の。
……俺のかい! て思うやろ。
せやかて、礼奈はああ見えてしっかりしてんねん。たぶん、俺がどうこうせんでも、ようがんばって無事合格するに違いない。けどな、俺としては、かわいいかわいい従妹が、受験で憔悴してる姿なんて想像したくないねん。かといって、礼奈にはたぶん会えんし、会いに行けばウザがられるやろ。
神様に祈れば、せめて少しは落ち着くやん。手を合わせて思い浮かべるのは神様やなくて礼奈の笑顔やな。
俺の天使。
思い浮かべるとついつい幼少期まで遡ってまうのはご愛敬や。一番よう会っとったのは俺が大学生んとき。そんときはまだ礼奈も小学生やったし――そうや、俺が大学生になり、初めての彼女にうつつを抜かしているときも、礼奈はまだ小学生なったばっかで、ほんまかわいかったわ。
大学と政人の家が近くてしょっちゅう行ったせいで、その彼女に言われたような気もするわ。「イトコと私とどっちと一緒にいたいの!?」て。そんとき、俺は動きを止めて、思考も止まったな。いや、比べるのがおかしいやろ、この女気が変になったのか、て本気で思ったんやけど、そう思うんやったら潮時やろ、いうて別れた記憶がある。まあ、若気の至りやな。
彼女にフラれたと聞いて、礼奈は丸い目で心配そうに俺を見上げてくれた。「えいたにい、だいじょうぶ? れいなはえいたにいのことすきだよ。げんきだして」言うて、精いっぱい手を伸ばして、ぎゅうと抱きしめてくれて――俺が大学二年のときやから、七つか八つか。
あかん、思い出したら目頭が熱くなってきた。そうかー、あの礼奈が大学受験……。成長したなぁ。俺も老けるわけやなぁ。
一時期は、礼奈も思春期になって、俺のことなんて構ってくれんようになったけど……今はそれも少しずつ改善傾向や。そうして一皮、また一皮むけてって、大人に近づくんやな。んで、大学に入れば男でもつくって、そんで、そんで――
「あーーー! 嫌や!! そんなん許さへん!!」
男といちゃつく礼奈を想像して、俺は頭を抱えた。
あかん! あのかわいい礼奈が、男に触られてるとこなんか見とうない!!
「栄太兄ぃ、何ぃ? うるさいんだけど」
健人の面倒くさそうな声がした。
こいつ! 悠長に寝やがって! ほんまムカつくわ!!
俺は歯磨きを終えると、わざと健人の脚を蹴ってから布団に入った。健人が「痛てっ! 何すんだよ!!」と喚くのも気にせぇへん。頭の中にもやもや浮かんだ礼奈の色めいた姿を打ち消すのに必死や。
なのに、結局夢に見る羽目になってしもうた。頬を染めた礼奈が、男の腕に肩を抱かれ、見つめ合う二人の距離が段々と近づいて、唇が――
あーーーーーかーーーーーんーーーーー!!
翌朝、朝食を用意してくれた健人に、「栄太兄、悪夢でも見た? うなされてたよ」と問われ、げっそりしたまま適当な相槌を打った。
おかしい……俺は本気で礼奈のことを娘やと思うとるんやろか。
知らぬ間に芽生えた父性(らしきもの)に、困惑する俺やった。
夕飯を食べて、シャワーを浴びて。さあ寝るかという段になって、健人が思い出したように言った。
なんやこいつ、あれからずっと考えとったんか。
歯磨きに向かおうとしていた俺は足を止めて振り返る。
「もうええで、その話は……」
「いや、なんか気になってさ」
健人は言って、ごろんと布団に横たわる。こいつが行き来するようになってから、安い布団を買っておいてあるのだ。ベッドの隣に敷いて、何やかやと話しながら寝ることが多い。だいたい、仕事で疲れた俺が先に寝落ちするんやけど。
「……ふ、あはははは」
「今度は何やの」
呆れて健人を見ると、健人はまた腹を抱えて笑っていた。
「いや、それなら、礼奈に弁解しとかないとなと思って」
「何が?」
「だってさ、栄太兄のこと、チャラいとかなんとか言ってたのよ。堅実なおつき合いしてたみたいよ、って言ったら、少しは印象もマシになるんじゃない?」
俺は思わず眉を寄せた。礼奈の印象が悪くなるのはいただけへんけど、わざわざ童貞をバラすのもおかしな話やろ。
「いろいろ言わんといてくれ。お前が口出しすると、ろくなことないわ」
「あ、言ったな。――まあでも、確かにそうかも」
礼奈といえば、と思い出す。高三の年末といえば、もう受験勉強も大詰めのはずや。
「礼奈、勉強がんばっとるか?」
「うん、がんばってるみたいよ」
「やつれたりしてへん?」
「してないっしょ、たぶん」
テキトーやな! お前それでも兄貴か!
俺はむっとして健人に迫った。
「お前、心配やないんか?」
「まーだって、なるようになるっしょ」
「そりゃ、そうやけど……!」
眉を寄せると、健人はあっけらかんと笑う。
「そんな心配なら、神頼みでもしてあげれば。あいつ、周りにあれこれ言われるの嫌がるし、お守りでも渡してさ、応援してるよーって伝えてやればいいじゃん」
言うだけ言うて、従弟はあっさり眠りについた。「おやすみー」て言うたかと思たら、ほんま三秒くらいで寝息を立て始める。
どんだけ器用やねん! 羨ましいな!
俺はイライラしながら、健人の言葉を思い出していた。
神頼み。神頼みか……。
歯磨きをしに洗面所に立つ。もうほとんど消えた爪痕が、うっすらと頬に残っていた。
……ついでに、厄除けでもしとくか。
一年の穢れは、払ってから年越しを迎えるがよさそうや。
あの女、平気で呪ってきそうやったもんな――
狡猾な目を思い出してまたぞっとした。ぶるっと震えて、ため息をつく。
はー、それにしても、ほんとえらい目に遭うたわ。
年末には奈良の実家に帰るつもりや。せっかくやし、礼奈にお守りも買ってやろう。京都や奈良はなかなか行けへんやろうし、何より、気休めになる。――俺の。
……俺のかい! て思うやろ。
せやかて、礼奈はああ見えてしっかりしてんねん。たぶん、俺がどうこうせんでも、ようがんばって無事合格するに違いない。けどな、俺としては、かわいいかわいい従妹が、受験で憔悴してる姿なんて想像したくないねん。かといって、礼奈にはたぶん会えんし、会いに行けばウザがられるやろ。
神様に祈れば、せめて少しは落ち着くやん。手を合わせて思い浮かべるのは神様やなくて礼奈の笑顔やな。
俺の天使。
思い浮かべるとついつい幼少期まで遡ってまうのはご愛敬や。一番よう会っとったのは俺が大学生んとき。そんときはまだ礼奈も小学生やったし――そうや、俺が大学生になり、初めての彼女にうつつを抜かしているときも、礼奈はまだ小学生なったばっかで、ほんまかわいかったわ。
大学と政人の家が近くてしょっちゅう行ったせいで、その彼女に言われたような気もするわ。「イトコと私とどっちと一緒にいたいの!?」て。そんとき、俺は動きを止めて、思考も止まったな。いや、比べるのがおかしいやろ、この女気が変になったのか、て本気で思ったんやけど、そう思うんやったら潮時やろ、いうて別れた記憶がある。まあ、若気の至りやな。
彼女にフラれたと聞いて、礼奈は丸い目で心配そうに俺を見上げてくれた。「えいたにい、だいじょうぶ? れいなはえいたにいのことすきだよ。げんきだして」言うて、精いっぱい手を伸ばして、ぎゅうと抱きしめてくれて――俺が大学二年のときやから、七つか八つか。
あかん、思い出したら目頭が熱くなってきた。そうかー、あの礼奈が大学受験……。成長したなぁ。俺も老けるわけやなぁ。
一時期は、礼奈も思春期になって、俺のことなんて構ってくれんようになったけど……今はそれも少しずつ改善傾向や。そうして一皮、また一皮むけてって、大人に近づくんやな。んで、大学に入れば男でもつくって、そんで、そんで――
「あーーー! 嫌や!! そんなん許さへん!!」
男といちゃつく礼奈を想像して、俺は頭を抱えた。
あかん! あのかわいい礼奈が、男に触られてるとこなんか見とうない!!
「栄太兄ぃ、何ぃ? うるさいんだけど」
健人の面倒くさそうな声がした。
こいつ! 悠長に寝やがって! ほんまムカつくわ!!
俺は歯磨きを終えると、わざと健人の脚を蹴ってから布団に入った。健人が「痛てっ! 何すんだよ!!」と喚くのも気にせぇへん。頭の中にもやもや浮かんだ礼奈の色めいた姿を打ち消すのに必死や。
なのに、結局夢に見る羽目になってしもうた。頬を染めた礼奈が、男の腕に肩を抱かれ、見つめ合う二人の距離が段々と近づいて、唇が――
あーーーーーかーーーーーんーーーーー!!
翌朝、朝食を用意してくれた健人に、「栄太兄、悪夢でも見た? うなされてたよ」と問われ、げっそりしたまま適当な相槌を打った。
おかしい……俺は本気で礼奈のことを娘やと思うとるんやろか。
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