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.1 こじらせたイケメン
05 こじらせた三十代
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翌朝、礼奈は出勤する俺を見送ってくれた。
たぶん俺のために早起きしてくれたんやけど、「別に栄太兄のためじゃないもん」なんて言うのがもう、典型的なツンデレにしか見えへん。素直じゃないところがまたかわええんやわ。
自分じゃポーカーフェイスのつもりかも知れへんけど、礼奈はいちいち目が泳いだり赤くなったりするから丸分かりやねん。はぁー、ほんまかわええ。
何度も言うけど、もちろん変な意味やないで。赤ん坊の頃から見てきた、いわば妹分やからな。でも最近はその感覚も、どんどん変わってきとる自覚はある。結婚やら子どもやらを諦め始めたからか、もはやオジの心境ちゅうか父親の心境ちゅうか――そこ、哀れみの目で見んといてくれる? 正直、自分でも言うてても切ないねん。
大丈夫や、俺の親父には弟がおって、そこには息子が二人おる。俺が無理でもどっちかが結婚するやろ。で、母さんには弟二人、この一人が礼奈の父親の政人やねんけど、ここにもそれぞれ息子と娘がおる。つまり両家共に、血は繋がるはずや。一家が絶える心配はない。
俺にとってはそこが、唯一の慰めや。今やイエや血なんぞどーでもええわ、ちゅう論もあるけどな。
――本音言うたら俺かてそんなんどーでもええねん! 他からいろいろ言われんでも、疲れたときに癒してくれる人が欲しいわ!!
切実な願いを心中で叫びながら、俺を乗せた電車は進む。頭の中で流れる曲はもちろん売られた子牛のあの歌や。あーるー晴れたーひーるー下がりー、いやまだ朝やな! 残念ながら1日はこれからやで!
なんやサボれる言い訳になりそうなトラブルがないもんかと思うてたけど、揺られ揺られて電車は順調に目的地へ到着した。
日本の電車は律儀やなぁ、律儀すぎやで。たまにはちょっとサボってみてもええんちゃう? ――てそれは俺もやな。知っとる。俺がちょっとばかし勇気を出して、「体調不良でも記念日でもないし介護も育児もないけど休みますー」言えばそれで済む話や。どんな白い目も甘んじて受け止める覚悟をすればいいだけの話や。それができれば、時間通りに電車回してる人たちへの批難も要らんはずやな。
それでもついつい真面目に出勤するのが俺やねん。政人みたいに外資に行けば少しは違ったろうか――と思わなくもないけど、性格の問題やな、あいつはツボの押さえどころと手の抜き方がえらい上手いからな。
形ばかり真似してみても、結局叔父のようにはなれんねん。それは当然のことやけど、表面上はそれっぽく演じられるようになっただけでもよしとせなあかんな。
駅から会社に向かっとったら、後ろから「あれっ?」と声がした。例の後輩や。
「金田さん、家この路線でしたっけ?」
「いや、違うねんけど……今日はちょっと」
「あっ、もしかして!」
後輩が俺の言葉を遮ってニヤリとした。
「あー、そういえば昨日誕生日だったんですもんねぇ。今日は女の人のとこから出勤ですか」
「……まぁな」
ひゅー、と後輩が茶化してくる。……嘘は言うてへんで。女は女や。ばあちゃんと従妹やけど。じいちゃんもおったけど。
「資料の確認、しといたで。赤入れといたからまた会社でな」
「あっ、すいません! あざっす!」
昨日会社に忘れたものっちゅうんはこの後輩から確認を頼まれてた資料や。何が悲しゅうて誕生日に持ち帰り仕事をと思てたけど、今朝たまたま礼奈にそれを言ったら「頼りにされてるんだね」やって。「いいように使われてるだけや」て答えたけど、内心感動を噛み締めとったわ。
いや、高校生やのに凄くないかそのコメント。百点満点やろ。百点なんて生ぬるいな、百二十点満点や。相手に負担なく、かつさりげなく気分を上げてくれる返しやん。そう思うやろ?
はー、ほんまいい子に育っとるわ。政人も彩乃さんも子育て成功やな。少なくとも礼奈の成長には俺が太鼓判押したる。その兄貴どもは知らんけど。
「……金田さん、にやついてますけど」
「え、あ、すまん」
いかんいかん。礼奈のことを考えとったらつい頬が緩んどった。後輩は半眼になりつつ、「ったくもー。どんないい夜過ごしたんですか、羨ましいなー。このっ、このっ」と肘でぐりぐり脇をつついてくる。
俺は「ははは」と笑いながら、心中で言い返したわ。
そーやろ! ええやろ! 浴衣姿の女子(従妹)と花火大会から帰ってきて(花火は見てない)、熟女(ばあちゃん)の手料理食って、深夜までお前の資料確認して、朝も熟女と女子高生(ばあちゃんと従妹)に「いってらっしゃい~」言うて見送られたねんで!
どうや、羨ましい誕生日やろ! こんちくしょー!!
ええねん、ええねん。大台に乗る日の夜に、ひとりで過ごさんで済んだだけありがたいこっちゃ。あんまり贅沢言うとばちが当たるもんな。実際まあまあほっこり過ごせたんやし、ええことにしとこ。深く考えたらあかん。
こうして俺は無事、童貞をこじらせた三十代に突入したのだった。完。(あ、いやまだ話は続くで)
たぶん俺のために早起きしてくれたんやけど、「別に栄太兄のためじゃないもん」なんて言うのがもう、典型的なツンデレにしか見えへん。素直じゃないところがまたかわええんやわ。
自分じゃポーカーフェイスのつもりかも知れへんけど、礼奈はいちいち目が泳いだり赤くなったりするから丸分かりやねん。はぁー、ほんまかわええ。
何度も言うけど、もちろん変な意味やないで。赤ん坊の頃から見てきた、いわば妹分やからな。でも最近はその感覚も、どんどん変わってきとる自覚はある。結婚やら子どもやらを諦め始めたからか、もはやオジの心境ちゅうか父親の心境ちゅうか――そこ、哀れみの目で見んといてくれる? 正直、自分でも言うてても切ないねん。
大丈夫や、俺の親父には弟がおって、そこには息子が二人おる。俺が無理でもどっちかが結婚するやろ。で、母さんには弟二人、この一人が礼奈の父親の政人やねんけど、ここにもそれぞれ息子と娘がおる。つまり両家共に、血は繋がるはずや。一家が絶える心配はない。
俺にとってはそこが、唯一の慰めや。今やイエや血なんぞどーでもええわ、ちゅう論もあるけどな。
――本音言うたら俺かてそんなんどーでもええねん! 他からいろいろ言われんでも、疲れたときに癒してくれる人が欲しいわ!!
切実な願いを心中で叫びながら、俺を乗せた電車は進む。頭の中で流れる曲はもちろん売られた子牛のあの歌や。あーるー晴れたーひーるー下がりー、いやまだ朝やな! 残念ながら1日はこれからやで!
なんやサボれる言い訳になりそうなトラブルがないもんかと思うてたけど、揺られ揺られて電車は順調に目的地へ到着した。
日本の電車は律儀やなぁ、律儀すぎやで。たまにはちょっとサボってみてもええんちゃう? ――てそれは俺もやな。知っとる。俺がちょっとばかし勇気を出して、「体調不良でも記念日でもないし介護も育児もないけど休みますー」言えばそれで済む話や。どんな白い目も甘んじて受け止める覚悟をすればいいだけの話や。それができれば、時間通りに電車回してる人たちへの批難も要らんはずやな。
それでもついつい真面目に出勤するのが俺やねん。政人みたいに外資に行けば少しは違ったろうか――と思わなくもないけど、性格の問題やな、あいつはツボの押さえどころと手の抜き方がえらい上手いからな。
形ばかり真似してみても、結局叔父のようにはなれんねん。それは当然のことやけど、表面上はそれっぽく演じられるようになっただけでもよしとせなあかんな。
駅から会社に向かっとったら、後ろから「あれっ?」と声がした。例の後輩や。
「金田さん、家この路線でしたっけ?」
「いや、違うねんけど……今日はちょっと」
「あっ、もしかして!」
後輩が俺の言葉を遮ってニヤリとした。
「あー、そういえば昨日誕生日だったんですもんねぇ。今日は女の人のとこから出勤ですか」
「……まぁな」
ひゅー、と後輩が茶化してくる。……嘘は言うてへんで。女は女や。ばあちゃんと従妹やけど。じいちゃんもおったけど。
「資料の確認、しといたで。赤入れといたからまた会社でな」
「あっ、すいません! あざっす!」
昨日会社に忘れたものっちゅうんはこの後輩から確認を頼まれてた資料や。何が悲しゅうて誕生日に持ち帰り仕事をと思てたけど、今朝たまたま礼奈にそれを言ったら「頼りにされてるんだね」やって。「いいように使われてるだけや」て答えたけど、内心感動を噛み締めとったわ。
いや、高校生やのに凄くないかそのコメント。百点満点やろ。百点なんて生ぬるいな、百二十点満点や。相手に負担なく、かつさりげなく気分を上げてくれる返しやん。そう思うやろ?
はー、ほんまいい子に育っとるわ。政人も彩乃さんも子育て成功やな。少なくとも礼奈の成長には俺が太鼓判押したる。その兄貴どもは知らんけど。
「……金田さん、にやついてますけど」
「え、あ、すまん」
いかんいかん。礼奈のことを考えとったらつい頬が緩んどった。後輩は半眼になりつつ、「ったくもー。どんないい夜過ごしたんですか、羨ましいなー。このっ、このっ」と肘でぐりぐり脇をつついてくる。
俺は「ははは」と笑いながら、心中で言い返したわ。
そーやろ! ええやろ! 浴衣姿の女子(従妹)と花火大会から帰ってきて(花火は見てない)、熟女(ばあちゃん)の手料理食って、深夜までお前の資料確認して、朝も熟女と女子高生(ばあちゃんと従妹)に「いってらっしゃい~」言うて見送られたねんで!
どうや、羨ましい誕生日やろ! こんちくしょー!!
ええねん、ええねん。大台に乗る日の夜に、ひとりで過ごさんで済んだだけありがたいこっちゃ。あんまり贅沢言うとばちが当たるもんな。実際まあまあほっこり過ごせたんやし、ええことにしとこ。深く考えたらあかん。
こうして俺は無事、童貞をこじらせた三十代に突入したのだった。完。(あ、いやまだ話は続くで)
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